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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Memory58 『アストレイの刃』


「……ではこれで」


アイツらは楽しげに笑いながら、夜の闇に消えていく。


「待て! まだ話は」

「楽しみにしていますよ、レイジ君……君とのバトルを」

「……! 待て、待て……」


セイの言葉を、怒りを、嘆きを、全てを道ばたの小石同然に、捨て置きながら。


「待てぇぇぇぇぇぇ!」


夜の闇を、自ら定めた道を進む。その背中には、確かな信念があって――。


「帰るよ、ディード」

「はい。ではレイジさん、これで」

「おう。……なんか悪かったな、コミュニケーション中に巻き込んじまって」

「いえ」


そのままアイツらに手を振って見送ってから。


「レイジ、明日は絶対に勝つよ」

「セイ」

「ガンプラバトルを……大会に出場するみんなを馬鹿にするやり方、絶対に認めない!
何が世界を救うだ! 徹底的にぶっ飛ばして、お呼びじゃないって分からせてやる!」

「……お前、やっぱママさん似だわ」

「がはぁ!」


母親と同類という、今のセイにとっては屈辱的この上ない返しにより、怒りはアッサリへし折られた。

セイ自身も立ち上がれないほどのダメージを受け、地面をはいずり回る。


まずは明日の試合だ。勝ち上がっていく中で、答えは一つずつ出す。


アイツに聞こうとした、問いの答えも含めて――必ず、分かるはずだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「恭文さん、セイさんに教えなくてよかったんですか?」

「何をかな」

「ニルスさんが徹底的に挑発したのは、明日の試合を有利に進めるためだと」

「僕も選手の一人だしね。この程度を二人で超えられないようなら、それまでだ」

「……確かに」

「何度も言われていることだけど、イオリ・セイ&レイジ組の弱点はあの突撃思考だ」


そしていちいちアドバイスをもらわないと、それを改善できないんじゃ……これから先、自分達で戦うことはできない。

だからフェリーニも、千早も、その辺りについては全くツッコんでいない。


僕も倣っているだけだと、ディードにはお手上げポーズを取る。


「元々セイは、性格的にもセコンドに向いてないんだよ。それはスタービルドストライクを作り上げてから、より顕著になっている。
RGシステムやディスチャージを用いた、一点突破……悪く言えば力押しな戦法が目立っているもの」

≪柔軟さで言えば、地区予選のときがベストでした。その分目立ったところがないとも言えますけど≫

「性能に驕(おご)っているのは、違いますね。それならRGシステムの先は生まれなかった」

「皮肉なことに、覚醒しつつあるのかも」

「覚醒? ヤスフミ」

「ショウタロス、思い出してみてよ。セイのバトルを最初に見たとき」


……なぜセイの操縦が、あそこまで下手だったのか。


「ディアーチェが言っていたでしょうが。勝負以前……腰が引けているって」

「おう」

「でも今は違う」


なぜセイは、『前に出ることができなかったのか』。


「セイはセコンドでありながら、自らも前に……前にって進もうとする」


そこを踏まえて今の状況を見ると、いろいろと分かってきた。


「それが原因だよ」

「……おい、そりゃ」

「多分レイジも気づいてる。だからあえて何も言わないんだ」

「……たとえ戦術が単調になろうと、それがセイにとっていい流れであるから、か」

「気づいていないのはセイだけだ」


はっきり言う、今のイオリ・セイはセコンドとして失格――よく言えば三流だ。


「もうレイジが必要じゃないことも」


もう地区予選のようには振る舞えないし、戦えない。自分で積み重ねた『変化』に気づかない限りは。


「レイジがそれを認め、もう一段階先に進もうとしていることも……なーんにも、気づいてない」


でも僕は何も言わない。実際タケシさんも気づいていただろうに、何も言わなかった。

それを言えるのは、やっぱり。


――前に出ろ!――


あのとき……図らずも、セイの本質を捉え、叱咤(しった)したレイジだけだろうから。



魔法少女リリカルなのはVivid・Remix

とある魔導師と彼女の鮮烈な日常

Memory58 『アストレイの刃』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


予定より長めになったお出かけを終えて、部屋に戻り……今日は、恭文さんと添い寝。

リインさん達にも気を使われながら、一緒のベッドへ入り、恭文さんに抱擁。

変わらないときめきと鼓動を伝えるように……恥ずかしがって離れようとするけど、いつも通りに逃がさない。


「デ、ディード」

「嬉(うれ)しいです」


ほほ笑みながら、私より小さな体を独り占め。それで恭文さんも観念してくれて、そっと……両腕を私の体に回してくれる。


「軽音部の合宿も楽しかったですけど、こうして一緒にいられるのは……幸せで」

「……うん」

「実は少し、寂しかったんです。……リインさんやセシリアさん、ナターリアさんと修羅場を」

「それについては、触れないで……!」

「駄目です」


受け止めてもらっているのも嬉(うれ)しい。でも……背中を撫(な)でてくれる、太陽の手を解いて、そっと体の前へ。

そうして導くように……抵抗は封じた上で、飛び込みながら、私の両胸に触れてもらう。


「ディード」

「大丈夫です」


パジャマと下着越しに感じる、温かい温(ぬく)もり。

人の目を引きがちで、戦闘機動にも邪魔だと思っていた、大きな乳房。

でも恭文さんはやっぱり、大きい胸が好きみたいで。そういう意味では嬉(うれ)しくもある。


……念押しで頷(うなず)くと、優しく……その感触を、指先と手で楽しんでくれる。

走る甘い刺激にドキドキしながら、体を恭文さんへ預けるように、私の抱擁は深くなる。


「というか、添い寝するとき……何度も、触れてくれるのに」

「……うん」

「私の胸、気持ちよくありませんか?」

「そんなことない。大きくて、ふわふわで……ずっと触っていたい」

「だったら、そうしてください」


そう、触れてくれた……眠っていて、間違えて……とか。

最初はそうだった。でも私は全く嫌ではなくて。むしろ、恭文さんに求められることは、本当に嬉(うれ)しくて。

それ以上の行為は遂げていないけど、それでも十分幸せだった。


私の鼓動を――私の心を、直接確かめられるような行為だから。


「言ったはずです。自分の夢ややりたいことも大事にするけど……あなたのことも、諦めないと」

「……うん」

「だから……今日はもう少しだけ」


でも、今日は少しだけ間が空(あ)いたから……。


「ステップアップ、したいです」


恭文さんの耳元で囁(ささや)き、精一杯の誘惑。


「そ、そういうのは、あの」

「拒否権はありません」

「なぜ……!」

「どうしてもです。……私だって、恥ずかしいんですから」


それから頬に――。


「ちゃんと、受け取ってください」


気持ちを伝えるように、キスを送った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日も私達CPは、世界大会の試合観戦……これも勉強です。

そう、観戦が主だった。なのに、どういうわけか……!


「杏が、ニルス・ニールセンのセコンド就任!?」

「……はい」

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』


ホテルで朝一番……困惑気味のプロデューサーさんから聞かされたのは、そんなとんでも情報で。

ストライクの改造でハッスルしていたトオルさんも、目をパチクリ。


「昨日夜遅く、申し込みが……既に大会委員会にも通っています」

「ど、どうしてですかぁ! 杏ちゃん、私達には何も……」

「智絵里ちゃんと同じく、私も聞いてません!」

「緒方さん、三村さんも落ち着いてください。……どうもニールセンさんとは、それぞれの親御さん絡みで付き合いがあったそうなんです」

「あぁ、それで……でも確かニルス・ニールセンのお父さんとお母さんって、名探偵と武術家じゃあ」

「はい。私もそう聞いてます」


それとお付き合いがある杏ちゃん一家って、一体……いやいや、納得しちゃ駄目ですよ!


「というか、そこって関係あるんですか!? 即日ですよね!」

「自分もそう思ったのですが、双葉さんの勢いが凄(すご)く、止められず……」

「杏ちゃん、どうしたんだろう。というか、きらり達に内緒ってヒドいよー!」

「そうだよー! それなら莉嘉だって、やっくんのセコンドになるー!」

「……莉嘉ちゃん、リインちゃんを押しのけては……多分無理ですよ?」


だって、あの勢いですよ? どうやったら……そう思っていると。


「あ……」


なぜか莉嘉ちゃんが、何かを察したように一歩引く。


「そうだよね、まず卯月ちゃんから……頑張らないと」

「私が!?」

「莉嘉はまだ子どもだし、順序は大事だよね。うん……うん」

「何を納得してるんですかー!」

「……卯月、お前やっぱり」

「やっぱり!?」


ちょ、トオルさん……というか、みんなまでちょっと引き気味に! やめてー!

私、鬼とかじゃないです! 極々普通の女子高生アイドルなんですー!特長がないのが特徴って言われるんですー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いやー、思えば凄(すご)いことになったもんだ。ニルスが割とぶっ飛んでいたから、ついガチンコ的に載っちゃったけど。


「ニルス、本当に『これ』でいいんだね」

「えぇ。アンズも手伝ってくれたおかげで、”SS”はより完璧になりました」

「もどきは脱却できてないけど」

「遊びなら十分です」


遊びなら……かぁ。会場までの道のりを歩きながら、その言葉には肩を竦(すく)める。


「ねぇニルス、分かってはいると思うけど」

「世界を救う……そう口にした者に、ろくな奴はいない」

「残念ながらね」


やっぱり分かっていたか。荷物を抱えながらも進軍し続けるニルスは、自嘲気味に笑う。


「別にボク一人で、全てを救えるとは思っていません。……ただ……あの日……二〇一〇年十一月」

「世界同時行動不能事件だね」

「あのとき、確かに世界は一つだったんです。それぞれの違いも、利害も乗り越え……それが世界の真実。
ボク達は悲しみという鎖に繋(つな)がれながらも、確かな希望を見た。だから繋(つな)ぎたいんです」

「何をかな」

「あの日、確かに世界が見た……可能性の光を。そして」

「蒼凪プロデューサー達が戦ったことを、無駄にしたくない」


思い当たったところを指摘すると、ニルスがギョッとして停止。


「アンズ、それは」

「島村卯月、いるでしょ。あの子もね、その事件のとき……夢で見たそうなんだよ。
泣きながら、黒いマシュマロマンと戦っている蒼凪プロデューサーを。仲間もいたっぽい」

「……そうだったんですか」

「そのこと、蒼凪プロデューサーは」

「言っていません。ただ誤解がないように言っておくと、恭文さんだけの話じゃないんです」


ニルスは納得しながら、また前を見て歩き出す。


「父さんも、母さんも……先人達は、過ちと向き合いながらも、その変革を繰り返し、世界を繋(つな)いできた。
それをあのとき、改めて意識したんです。ボクが繋(つな)ぎたいものは、先に届けたいものは何かと」

「答えは出ている?」

「もちろん……粒子エネルギーによる、次世代燃料の開発。時間はかかるでしょうけど、やりがいはある」


それは、本当のことだろう。

でも同時に嘘でもある。


ニルスは昨日、理解はする……でも共感はしないと言った。


そうして嘘をついている。ううん、自分を律していると言うべきか。


「……そう」

「アンズ、どうしました」

「いや、最終確認だよ。ただニルス」


生き急ぐように進む友達には、あえて何も言わない。ただ背中を押す。


「ニルスのお父さん達が、ニルスの能力を伸ばす形で育ててきたこと。
そして蒼凪プロデューサーや仲間があのとき、懸命に戦っていたこと」


きっと今は、上手(うま)く言葉にできない。だから表面上の理屈に囚(とら)われている。

でも……それで何かを失うのも馬鹿らしいと、杏も先を見据える。


「それは……決して、ニルスが未来への捨て石になるためじゃないってことは、覚えておいて」

「当然です。ボクは夢を、願いを先に繋(つな)ぐのですから」

「……はぁ」

「なんですか、そのため息は」

「そうして一直線に進む姿を、キャロが更に惚(ほ)れていって……その先が怖くて」

「その話はやめてください!」


さて、このバトルで何が変わるかな。いや、変わらないかもしれない。

……少なくとも今のイオリ・セイに、その力はない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ユウキ会長の勝利……凄(すご)かった。あんな状況から、勝利の糸を引き寄せるなんて。

その足掻(あが)きを、その全力を胸に刻みながら、今日も試合会場に向かっていると。


「――チナちゃん!」


あ……しまった。お母さんのこと、すっかり忘れてた。

イオリくんのお母さんは、憤慨した様子でずかずかと迫ってくる。


「ちょっと、どういうことよ! なんでソイツとチームを組んでいるのよ!」

「これはこれは……ザクとボルジャーノンの区別も付かず、セイさんやタケシさんの足を引っ張ることしかできない、無能マザーではありませんか」


セシリアさん、そこで煽(あお)るんですか! しかも余裕の表情で!


「アンタは黙ってなさい! 私はチナちゃんと話してるの! チナちゃん……本当にどうしちゃったの!?
チームを組むなら、セイと一緒に組めばいいじゃない! そうしたらほら、もっと仲良くなれるし!」

「……駄目です」

「どうして!? だって」

「憧れて、待ってるだけじゃ……駄目なんです」


わたしは、もう置いていかれたくない……でも、イオリくんの足を引っ張ることもできない。

だから追いかける。改めて向き合って、知って、隣を歩けるように……だから、お母さんの言葉には首を振る。


「そういうわけで、わたしはセシリアさんのセコンドとして頑張ります」

「駄目よ!」

「お父さん達の許可は取っています」

「チナちゃん、話を聞いて! お願いだから……そんなことして、もしセイ達と戦うことになったら!」

「そのときは、勝ちに行きます」

「チナちゃん!」

「……よくできました」


セシリアさんはわたしの背中をポンと叩(たた)き、静かに歩き出す。


「どきなさい」

「ひ!」


更に投げかけた言葉で、お母さんは小さな悲鳴を上げ、脇にのいてしまう。

か、完全に格負けしてる……!


「そう、それでいいのです。息子と旦那の足手まといにしかなれない愚物に、阻まれる道はありませんわよ」

「な……!」

「ではごきげんよう」


……歩き出すセシリアさんを追いかける。


「チナちゃん、待って!」


伸びた手をすり抜け、改めて隣に追いつく。


「何よ、それ……そんなに、私が悪いの……でも分かんない……分かんないのよぉ!」


そんなお母さんの叫びも捨て置いて、わたしは進む……もう止まれない。もう、足踏みはしたくない。


「……セシリアさん」

「今までならよかった。でもセイさんは限界を突きつけられ、一歩ずつ成長を続けている」


哀れみさえ感じさせる言葉を放ちながらも、セシリアさんは振り向くことをしない。


「彼の世界は変わっていくんです。なら、変わらない彼女が置いていかれるのは必然」

「わたしも、同じでした」

「でもあなたは、変わりたいと声をあげた。……諭すのであれば、その勇気を伝えなさい」


セシリアさんはそう言って、私の背中を押してくれる。

下ろせない……お母さんのことを無視できない。引きずるわたしの気持ちを認め、教えてくれる。


「……はい」


引きずるなら、相応の引きずり方があると。


イオリくん達と戦う……正直、そのときが怖い。でも戦うってことは、向き合うってことなんだ。

セシリアさんはそのきっかけをくれた。わたしは、星を眺めているだけじゃない。


わたし自身も輝き、星と向き合うこともできる。できなきゃ、おかしいんだって。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


二日目の第一試合は無事に終了。さぁ、次の試合はいよいよ……でも大丈夫かなぁ。

まさか昨日の沸騰状態で飛び出すはずが、ないよね? 飛び出したらただの馬鹿だよ。


「ヤスフミ……いよいよだな!」

「ナターリア、テンション高いなー」

「当然だぞ! ジオも注目してたんだ! 同じアストレイ使いだし!」

「あぁ、そっか……だから」


関係者用の観戦席に陣取り、軽く右側を見やると。


「ニルス・ニールセン……勝ったら面白いことになるよな! アストレイ対決できるかもだぞ、おい!」

「……ジオさん、あんなにテンションが高いんだ」

「うんー」


それでナターリアもテンション高く、僕の左腕に抱きつき……ちょ、離れてー!


「むぅ……恭文さんにくっつきすぎなのですー! リインがソウルパートナーなのに!」

「おのれはもっとくっついてるけどね! 現時点で!」

「そういやよ、ヤスフミ……前にニルスがアストレイって言ってたけど、ありゃ何でだ?」

「それって、戦国アストレイことじゃ」

「少し違うよ」


同席しているベル……そしてディードも勘違いしているので、右人差し指をフリフリ。


「アストレイはね、邪道――王道ではないって意味なんだ。劇中だとストライクの技術を盗用して、作られた機体だから」

「えー! そうなのー!?」

「では、兄弟機対決でもあるのでしょうか」

「うん。それでニルス君が使うレッドフレームのパイロットは、こう口にする」


同じくアストレイ使いのりんが、僕に後ろから抱きつきつつ補足。

や、やめて……あの、暴力的に大きい胸が押しつけられて、凄(すご)いプレッシャー……!


「アストレイという名前は、人を生かすための機械――<兵器>という王道から外れたものを指すと」

「兵器という、王道」


その言葉には感じ入るところがあったのか、ディードはベルを抱き寄せ、愛(いと)おしそうに受け止める。

ベルもディードの胸に蹲(うずくま)り、すりすり……ほほ笑ましいなぁ。


「確かにニールセンさんは邪道ですね。しかし、その本気に偽りはない」

「どうかな」

「お兄様?」


シオンにしては珍しい間違いなので、その辺りは否定しておく。


「もちろんニルスの夢に嘘はない。そうじゃなかったら、みんなが見えるはずないもの」

「では、何が疑問なのでしょう」

「その辺りもバトルで見えてくるかも。ただ……見えなかったとしても、今のままじゃ負けるよ」


ニルスだけなら、まだよかったかもしれない。でも……ヤバいなー。


「しかも杏も加わるなら」

「双葉さん、そんなに能力が高いんですか?」

「だからこそニート志望なんてあり得ないアイドルを、平然と続けられる」


あ、そっか。千早はともかく、ディードやナターリア、りん達は知らないのか。小首を傾(かし)げてるよ。


「みんな、双葉さんのIQ、幾らあると思う?」

「高いんですか?」

「IQ二〇〇以上よ」

『に……!』

「金田一(きんだいち)少年より凄(すご)いのー!?」

「凄(すご)いの。……彼女は新人アイドルであると同時に」


ちなみに僕がIQ一四八――一応、杏と同じく少数派だ。


「346プロが囲った、天才女子高生でもあるの――」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


会場に到着し、いよいよ杏ちゃんの試合を観戦……なんですけど。


「卯月はやっぱり、セイ達に勝ってほしい?」

「はいー。会ちょ」


あ、いけない……一応秘密なんだから、合わせないと。

凛ちゃんには苦笑しつつ、軽くせき払い。


「三代目メイジンとも戦ってほしいですし。でもあっちのニルス君も、本当に強いんですよね」

「うん。……鍵はやっぱり、あの刀と」

「アメリカ決勝で見せた、グレコ・ローガンさんを破った攻撃ですね」

「それをセイ君達が打ち破れるかどうか、かぁ」


そこで未央ちゃんが私達の後ろから、盛り上がる会場を見渡し笑顔。


「じゃあ勝負はクロスレンジかな」

「だと思う」


それならセイ君達もRGシステムと、それを用いて放つ拳があります。

決して押し負けないとは思うけど……ただ私達は以前、プロデューサーさんからあるお話を聞いていて。


「ねぇプロデューサー」


未央ちゃんが控えていたプロデューサーさんへ振り返り、軽く質問。


「前に言ってたよね。戦いで一番怖いのは、知らない技をかけられることだって」

「はい」

「その場でかけられて、技を攻略するのも、やっぱり難しい?」

「その場合、食らうことが前提になりますから」

「耐え切れて初めて、解析なんかができるんですね」

「……ただ、自分の経験から言えば、ニールセンさんが何をしたかは想像が」

『えぇ!』


ちょ、それは初耳です! さすがに聞き捨てならなくて、全員でプロデューサーさんに詰め寄る。


「そうなの!? Pちゃん!」

「ズルいー! 莉嘉にも教えてよー!」

「みりあもー!」

「飽くまでも推測でしたので。もしそれをまともに食らうことになれば」


……その先は聞くまでもなかった。グレコ・ローガンさんのトールギス、粉々でしたから。

まるで中から爆発したみたいな、そんな衝撃が広がって……セイ君達、大丈夫でしょうか。


『ただ今より一回戦:第四試合を始めます』

「あ、出てきたわよ」


美波さんの声で、全員で改めてステージに注目。

いつも通りの杏ちゃん、ニルス君……そして。


「ねぇ卯月、セイが」

「はい……」


気合いが入っているというには、表情が険しすぎるような。レイジ君もちょっとぴりぴりしてますし。


「なんか怒ってる感じ? 遅刻しかけては、いないよね」

「な、何だか不安になってきました」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ひたすらに怒り心頭だった夜を越え、いよいよ試合――。


「絶対に勝つよ、レイジ!」

「おうよ!」

≪――Plaese set your GP-Base≫


ベースから音声が流れたので、手前のスロットにGPベースを設置。

ベースにPPSEのロゴが入り、更にパイロットネームと機体名が表示される。


≪Beginning【Plavesky particle】dispersal. Field――Castle≫


ベースと足元から粒子が立ち上り、フィールドとコクピットを形成。

今回は……何、あれ。夜闇に浮かぶ古城……しゃちほこ!? 名古屋城かな!


≪Please set your GUNPLA≫


指示通りガンプラを置くと、プラフスキー粒子がガンプラに浸透――。

スキャンされているが如(ごと)く、下から上へと光が走る。

カメラアイが光り、首が僅かに上がった。粒子が眼前に収束。


メインコンソールと操縦用のスフィアとなる。

モニターやコンソール、計器類は淡く青色に輝き、アームレイカー型操縦スフィアは月のような黄色。

コンソールにはガンプラ内部の粒子量も逐一表示され、両側に配置された円系ゲージが忙(せわ)しなく動く。


両手でスフィアを掴(つか)むと、ベース周囲で粒子が物質化。

機械的なカタパルトへと変化。

同時に前・左右のメインモニターにカタパルト内の様子が映し出される。


≪BATTLE START≫

「イオリ・セイ!」

「レイジ!」

「スタービルドストライク!」

「行くぜぇ!」


レイジがアームレイカーを押し込み、バトルフィールドへ突撃。


「セイ、奴はどこだ」

「あそこ……城の天守閣!」

「……てんしゅ……なんだ」

「てっぺん!」


しゃちほこの前で、腕組みしながら戦国アストレイが仁王立ち。

反対側のしゃちほこ近くに降り立ち、改めて対峙(たいじ)……満月が柔らかく僕達を照らす中。


「先手必勝!」


レイジがビームライフルを早撃ち。

でもそれは、両肩の隠し腕による抜き打ち双閃であっさりと切り払われる。


『何か仕掛けてくるかと思えば』


そこで響くのは、ニルス君の嘲笑。


『愚策にもデフォルト装備で乗り込むなど……レイジ君、同情しますよ。君のセコンドは最低だ』

「何だと!」

『当然でしょう』

『ビームライフル、ビームキャノン、ビームサーベル……ディスチャージも使えないのは明白なのに』


くそ、言ってくれる! でも、こっちだってそんなのは分かってる!

だからこそ……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


さて、本日はヘコみ気味のリン子さんと観戦……なのだが。


「ちょっと、何よあれぇ! ラルさん!」

「あの刀はビームを弾(はじ)くのです。つまりライフル、ブースターのキャノン、更にビームサーベルは……戦国アストレイの前には通用しません」

「そんな! あ、でも……大丈夫よね! ほら、あの羽根を出す機能でばーんっと!」

「それも使えません」

「何で!?」

「ディスチャージのためには、相手のビーム攻撃を吸収する必要がある……しかし」


セイ君達の戦略が信じられず、私もつい唖然(あぜん)としてしまう。


「戦国アストレイには、その手の武装が全くない。となれば使えるのは」

『分かっていたさ……だからこそ!』


スタービルドストライクはイーゲルシュテルン以外の武装を、全てパージ。

ブースターも天守閣の屋根からずり落ち、地面に消え去る。


『やはり単細胞……君はイオリ・タケシ氏より、ザクとボルジャーノンの違いも分からない、母親の遺伝子を多く引き継いでいるようですね』

「え……!」


そこでリン子さんが顔を真っ青にする。……まさか、彼らの狙いは。


『なぜ捨て置く装備を、わざわざこちらへ持ってきたのですか? 無駄でしょう、無意味でしょう。
何度でも言います……君はセコンド失格。実際世界大会に出場してからの君は、レイジ君をサポートしきれていない』

『何だと!』

『ビルダーとしての君は超一流……この戦国アストレイを上回るだけの実力を誇っている。
そう賞賛してもいいでしょう。しかし君が彼を御しきれなかったことで、一体何度勝利の目を逃したと?』

『第二ピリオドのルワン・ダラーラ、第七ピリオドのスピードレース、第八ピリオドのミーティア喪失――。
そうそう、地区予選準決勝のサザキ戦もあるね。それで今、また同じミスを重ねた』

「セコンド――コンビの頭脳でもある、セイ君への威圧<プレッシャー>か!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「セイ、熱くなるな」

「分かってる!」


そうだ、分かってる……小手先が通用しない相手というのも、全部分かっている。だからこそ。


「あいにく、これは失敗なんかじゃない――戦略の一つだ!」

「あぁ、見せてやるよ!」


ただ一つの力を戦国アストレイに、ニルス君の間違った考えに叩(たた)きつける。

僕達の本気を――ガンプラを本気で楽しむ、みんなの心を!


――RADIAL GENERAL PURPOSE SYSTEM Ver2.0――

「RGシステムVer2.0」

――LIMIT BREAK――

「完全解放!」


半身に構えたスタービルドストライクが震え、クリアパーツが、その体色が赤熱に変わる。

そうして各所のクリアパーツから炎が生まれ、真の力を解放した。


揺らめく炎は、あの刃でも断ち切れない。粒子の波長に会わせて弾(はじ)く刃だからね。

でも不規則な炎であれば、その作業も難解を極(きわ)める。これで斬撃波やら、粒子斬りは封じた。

あとはあの攻撃だけど……それも、ビルドナックルなら打ち砕ける!


「行くぜぇ……!」

『あ、ちょい待った』


そこで杏さんが声をかけてきた。一体何だと思った瞬間……空気が軋(きし)む。

まるでピアノ線が張り詰めたような音が響き、クリアパーツから放たれた炎が消失していく。


「な……!」

「何だこりゃ! セイ!」

「分からないよ!」


慌ててコンソールを叩(たた)き、周囲の状況を確認。


「RGシステムは継続中! でもなんでだ! クリアパーツと装甲による過負荷放出も止まってる!」


……そこで気づく。システム自体は継続している。だからガンプラの問題じゃない。

問題は外……軋(きし)み続ける空気の方だった。まさか、これは……!


「クシャトリヤパピヨンと同じ……粒子エネルギーを霧散させる結界!」

『いいえ、違います』


……そこでまた、新しい警告が響く。

パージしたように見せかけ、避難させていたユニバースブースターが、突如爆散する。


「な……!」


それだけじゃない。

ライフル。

サーベル。

装甲表面の塗装。

各所のクリアパーツ。

頭部のイーゲルシュテルン――。


その全てが次々とひび割れ破損。

なんだ、これは……! いや、分かる!


「まさか、サイコシャード!?」

「何だそりゃ!」

『御名答』

『さすがに機体ハッキングはできないけどねー』


そりゃルール違反ですからね! でもヤバい……まさか、こんなものまで用意してるなんて!


『これでファントム・ライトとフレイムソードは使えませんよ』

『VPS装甲も当てにできない』

「……!」

『いや、それどころか』


そこで警告音が響く。ガンプラ自体の出力が上がりすぎて、フレームに負荷がかかっていると――。


「……レイジ、マズい」

「簡潔に言え」

「熱放出による出力制御が封じられてる! このままじゃ過負荷で壊れる!」

「つまり、今は……!」

「バージョンダウンしてる!」

『君達は自爆するしかない』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「サイコシャード――ガンダムUCのアニメに登場した、サイコフレーム兵器。
サイコフィールドを展開し、望むイメージを具現化する能力……もはやエスパーですわ」

「そんなのを、どうやって再現したんですか……!」

「だから劣化ですわ。とにかく劇中、ユニコーンガンダム達もそうして武装を封じられたんです。
なので相手の攻撃をかいくぐり、徒手空拳で装甲を引きはがして勝利したのですけど」

「それはもはや別のアニメではー!」


イオリくん達は一瞬で劣勢。でもそれより疑問なのは、サイコシャードっていうのを再現する方法。

いや、多分粒子力学とかの産物と思うんだけど……それならガンプラ本体を、ドガーンってできないのかなぁ。


「それより差し当たっての問題は、ニルス陣営の方ですわ。……サイコシャードは本体武装にも干渉可能です」

「そうですよね。わたしもそれが気になっていて」

「それならスタービルドストライク本体を攻撃すれば、ですわよね」

「はい!」

「勝負に勝つのであれば、それが妥当ですわ。やはり彼は……いえ、それでも効果的ですわね」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あれでRGシステムVer2.0は、本領を発揮できない。いや、それどころか」


セイ君達の焦りを見るに、それどころでは済まないらしい。


「過負荷による自壊すらあり得る」

「じゃあ結界の外に逃げればいいのよ! それなら」

「無駄です。あれはフィールドの全域に展開している」

「そんな……!」


リン子さんも絶望的状況を察し、焦る彼らを見やる。


ブースターも無策で持ち込んだわけじゃない。乱戦になった際の保険として使うつもりだった。

だから最初にパージしたように見せかけ、相手の思考から外す。そういう作戦だったんだ。


だが逆に、思考を絡め取られてもいる。


リン子さんのことを持ち出し、二人の意識を自分達に集中。

そうしてブースターの操作を、周囲への警戒を疎(おろ)かになるよう誘導したのだ。


「そしてRGシステムを切るのも自殺行為。サイコシャードによって、全ての武装が封じられています」

「で、でもそれなら、あの赤いガンプラも武器が使えないわよね! 殴り合いなら」

「ゆえに、彼らには切り札がある」


そう、それゆえに……セイ君達の動きが縛られたことで、見える道筋もある。


「セイ君達がそれで挑んだ瞬間、仕留められる技が」

「それでどうやって勝てって言うの!?」

「道は一つ――RGシステム発動状態のまま、彼らを徒手空拳で打破する」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


これでよし……ブースターでの継続戦闘、拳以外の武装は全て封じた。

あとは確実に詰めるだけ。一手ずつ、確実に。


『くそ……!』

「今更後悔しても……遅い!」


一気に間合いを詰め、右の刃<菊一文字>を振り上げ逆袈裟の斬撃。

のけ反って回避されるものの、左の刃<虎徹>が追撃の左薙一閃。

それは跳躍で回避されるものの、すかさず菊一文字でしゃちほこに刺突。


振り返りながら、しゃちほこを台座から引きはがし、背後へと投げつける。

それは僕の背を取り、着地しかけたスタービルドストライクに直進……そのまま胴体部に激突。

その隙(すき)を狙って再突撃。スタービルドストライクは右足を踏み込み。


『……ビルドナックル!』

「切り捨て御免!」


バツの字斬りと、苦し紛れの拳が正面衝突――そのまま二機は交差し、元の位置へと戻る。

背を向け合いながら、静かに……そしてスタービルドストライクは、がくりと膝をつく。


「……胴体部に直撃……けど大破とはいかなかったかぁ」


アンズが言うように、拳を弾(はじ)き、刃は胴体に到達している。浅くはあったが、あとはそこを切り崩せば……待て。


ボクは粒子エネルギーを内包した、あの拳を切り裂こうとした。

なのになぜ、弾(はじ)くだけに留(とど)まる……!


「アンズ!」

「拳の加速で、粒子帯が変化したみたいだね。しかも」


……そこで自慢の二刀がぴりぴりとひび割れ……一瞬で砕けてしまう。


「……!」

「菊一文字と虎徹の強度を上回ったか。ほんと」


いら立ちながらも振り返ると、彼らは既に復帰していた。


「完成度お化けだねぇ」

『もういっちょぉ!』

『そうだ、見せてやる――』


そう叫びながら、スタービルドストライクは突撃――。

また愚直にも、右拳を打ち込もうとする。


『これが僕達の、本気だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

「ふ……」


そんな彼らに失笑を送り、右アームレイカーを振りかぶりながら。


「――!」


裂帛(れっぱく)の気合いと踏み込みから、右掌底をたたき込む。

……場の空気が、戦いの熱が一瞬だけ停止。


それは拳を受け止め……いや、その拳を右腕ごと粉砕する。


『な……!』

『なんだって!』


そして円形に広がる衝撃が、白の屋根瓦を全て吹き飛ばす。


「随分と安い本気ですね」

『……!』

「破れませんよ、君如(ごと)きに」


理解はしよう、しかし共感はしない――その姿勢は崩さない。


「この粒子発勁は――!」


ボクはボクの信念を持って、この戦いに勝利する。そう決めたのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


発勁……発勁ってなんでしょう。つい首を傾(かし)げそうになると。


「あ、そっか……ねぇ、アンタももしかして!」

「……えぇ」

「なるほどね。それならまだ」


あれ、凛ちゃんや美波さん達は納得!? 蘭子ちゃんもうんうんって頷(うなず)いてます!


「ねぇ、はっけーって何かなー。お相撲さんのかけ声じゃないの?」

「あ、だから張り手してたんだー!」

「諸星さん、赤城さんも……違います。発勁というのは、中国(ちゅうごく)武術に伝わる奥義のことです」

『奥義!?』

「己の中にある気を、相手の体内に送り込み、内部から破壊する――というとオカルトじみていますが」


は、はい……その通りなので莉嘉ちゃんと一緒に頷(うなず)いてしまう。


「ようは力の流れを意識して、最効率で打撃を放つ技です。内部浸透系の打撃と考えれば、実例は幾らでもあります」

「なので発勁とは、特定の技を指すものじゃないのよ。そう言った技法の総称……とも言えるのかしら」

「……みりあ、よく分かんないー」

「きらりもー! というか、戦国ってお侍さんだよね! 中国(ちゅうごく)武術は使わないよー!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ところがそうでもない。日本(にほん)の古武術にも、発勁に通ずる内部浸透系打撃は存在する」

「恭文さんが使う、徹などですね」

「そう。でもニルス」


やっぱりかと、つい笑ってしまう。


「とっても楽しそうだ。真正面から戦いたかったんでしょ」

「……もしやお兄様、先ほど言っていたのは」

「そういう意味では中途半端でもある」

≪それが狙いなら、サイコシャードは使わない選択肢もありますしね≫


そう、ニルスは中途半端だ。

相手の武装を封じながらも、本体への攻撃を視野に入れていない。ニルスの技術力ならできるのにだ。


まぁそれも若さってやつだと、一人胸の内で納得する。


「それにあの発勁は厄介だよ」

「ですね……プラフスキー粒子を用いて、内部に衝撃を加えているということは」


そこでスタービルドストライクのフレームが……RGシステムの輝きが、点滅を繰り返す。


『なんだ……セイ!』

『出力が落ちてる……フレーム、各部破損!』


その動きが微妙に鈍い。更に各所からひび割れが生まれ、青い粒子が鮮血の如(ごと)く吹き出す。

それがサイコシャードに反応したのか、ひび割れ箇所を抉(えぐ)るように、次々爆発が発生した。


「恭文さん、あれは……」

「内部フレームに充填した粒子、それ自体が発勁の衝撃で揺らされたんだよ。
だからフレームの内側で暴走し、耐えきれずに破損を進めた」

「過負荷もかかっていたところに、それはキツいわね」

「ん……ちょい待った! それなら」


りんが気づいたので、その通りと頷(うなず)く。


「RGシステム……いや、ガンプラそのものの天敵だ。
しかもあの方式なら、ガンプラの完成度が高いほど威力も上がる」

「じゃあ……!」

「もう一撃食らえば終わるよ、あれ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


完全に僕のミスだ……。


「セイ」

「出力が四割にまで落ちてる! 破損も進んで……クソォ!」


相手の挑発に乗って、対策を整えなかったせいだ!

RGシステムの一点突破でくるのは、向こうだって分かっていた! 分かっていて当然だった!

それなのに、やれるはずだと驕(おご)って……本気を込めてやると、笑って……ちくしょう!


「安心しろ……一対一の交換だ」

「へ?」


レイジが笑いながらそう言って、視線で戦国アストレイを指す。


『……ちょっと、ニルス』


すると戦国アストレイの伸びきった右腕が、いきなり震えだした。


『まさか、これは』


そうしてガタガタと言いながら、指先から腕の付け根までが完全粉砕。そのように僕も面食らう。


「届いて、いた……?」

「当たり前だろ」

「やった……!」


届く……僕のガンプラは、届く……ニルス君の戦国アストレイに届く!

まだ終わってない! 伝え終わっていない……僕達の本気は、まだここからだ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


これは、驚くしかなかった。なぜただの拳が……そう思ったが、答えはすぐに導き出される。


「拳の加速による粒子帯の変化。更にこちらの発勁と相殺するということは」

「向こうのビルドナックル、発勁と同じ効果が出せるみたいだね」

「えぇ」


すぐにアンズが計算した、ビルドナックルのデータが送られてくる。


「打ち込んだ対象に粒子振動とも言うべきものを起こし、破砕する。それで菊一文字も砕けたわけだ」

「無論サイコシャードにも反応はしない」

「直接接触により、波動を送る攻撃だしねー」


粒子発勁自体、その辺りをすり抜ける攻撃ですから。……いや、サイコシャードの試作型は、こちらの攻撃にも反応するものだったので。

どうしてもそういう対策が必要に……だが全く同じことを、彼がやってくるのは予想外。


……それゆえに、笑みが零(こぼ)れた。


「……だが、恐れることはない」

「うん。ニルスは計算の上で導き出したけど」

「向こうはただの偶然、棚からぼた餅」


気持ちを落ち着けながら、次の手を冷静に考察。

ようは一対一交換に持ち込まれただけ。ならミスさえしなければ、確実に勝てる勝負だ。


「”両手”を使うんだね」

「無論です」


だから教えてあげましょう。ただの偶然で掴(つか)んだ君達とは違う……真の発勁を。


『レイジ、もう一撃だ!』

「おぉ!」


彼らとほぼ同時に踏み込み、右アームレイカーを振りかぶり。


「粒子発勁――!」


裂帛(れっぱく)の気合いを持って、掌打をたたき込む。


『ビルドナックル!』


再び真正面から、拳と発勁は衝突――ただしこちらは。


『鎧の、隠し腕だって!』


そう、右の隠し腕を中心とした打ち込み。


こちらでも粒子発勁は放てると、あなた達は知っていたでしょう。

知らないはずがありません。ミスター・グレコとの勝負で、ボクはこの手を使ったのですから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「まずい……!」


戦国アストレイの腕がやられた。刀も潰され、更に残る腕はあと一本。

隠し腕に頼らなきゃ、状況を覆せないほど追い込まれている。


その様子をVIPルームから眺め、戦慄する。


「すぐに始めなさい!」

「待ってください、これは」

「早く!」

「は、はい!」


ごねる部下に命じた上で、ある処置を施す。


直接的介入はできないけど、彼に有利なよう運ぶことなら……!

約束を守るつもりはないけど、イオリ・セイ&レイジ組には負けてもらわないと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「そうよ、セイ! レイジ君もやっちゃえー!」

「……終わったな」

「え!?」


隠し腕の存在……今の今まで、このラルも失念していた。


「粒子発勁は、両肩の隠し腕でも放てます。そして威力は同等であり、お互いに腕一本を引き替えにする……つまり」

「あ……!」


さすがにリン子さんも分かるらしく、顔を真っ青にした。……だが、現実はより最悪だった。


「いや、待て」


そう思っていた。だがなぜだ……走る亀裂は、一方にしか伝わらない。


「なぜだ……どういうことだ!」

「ラルさん?」

「なぜ、戦国アストレイは無事なのだ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「それは当然です」


プロデューサーさんはそう呟(つぶや)き、粒子発勁のせめぎ合いを見つめる……見つめ続ける。


「で、でもPくん、威力は同じなんだよね! だったら」

「戦国アストレイの左腕を見てください」

「左腕?」


それで揃(そろ)って注目……あれれ。


「隠し腕に、左手が添えてあるにゃ!」

「戦国アストレイは突きだした隠し腕に対し、刹那のタイミングで左手を添えていた。
片腕ではなく『両腕』を使って放つことで、発勁による衝撃ダメージを分散・緩和しています」

「なるほどな……あれじゃあ、耐久度の差で」


そう、耐久度の差で……せめぎ合いながらひび割れていくのは、スタービルドストライクの方だった。


「スタービルドストライクだけが砕け散るぞ!」

「セイ君! レイジ君!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「仮に隠し腕が潰れても、戦国アストレイにはまだ二本の腕がある。腕が潰れても、両足がある」


拳と隠し腕はせめぎ合う……衝撃を送り込み、お互いの粒子を揺らしながら。


「発勁を<システム>として構築しているニルスと戦国アストレイなら、体のどこであろうと撃てるはずだ。たとえ体当たりだろうと」

「だから、終わり……じゃあサイコシャードもどきを発動したのって」

「算数の問題に持ち込むためだよ」


ブースターなどを封じる意味もあった。セイが万が一、対応した武装を持ち込んだ場合にも備えた。

でも一番の理由は……確信があったからだよ。


粒子発勁なら、スタービルドストライクを追い込めるってね。


「残念ながら、ニルスと戦国アストレイは……セイ達より遥(はる)かに格上だ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あとは自明の理だった。

これで両腕を失う僕達と、左腕と右の隠し腕を持つニルス君達。

同じ攻撃ができ、お互いそれ以外の武装がないなら――!


衝撃が走り、それはお互いの腕に伝導。

ぬぐい去れない亀裂を刻みながら、揃(そろ)って吹き飛ばされてしまう。


いや、それは勘違い。

僕が『そうであってほしい』と願った妄想……現実じゃあない。

砕け散ったのは、スタービルドストライクの腕だけ。


隠し腕は亀裂一つ入らず、無事に残っていた。


「なん」

「だって……!」


接触点から不可視の爆発が起き、天守閣が中央から真っ二つとなり、城ごと吹き飛ぶ。

展開するダメージウィンドウ。出力は三割を切り、RGシステムが完全停止。


「僕の、せいだ」

「セイ!」

「僕が……」


その衝撃の中、戦国アストレイは虚空を踏み締め停止。その上で左腕を振りかぶり。


「僕が」


こちらに再度接近――零距離を取られ、レイジも回避できない。


『終わりです!』


これで、終わる……僕達の世界大会は終わる。


「弱いから……!」


その悔しさで、自分への情けなさで涙が零(こぼ)れかけると。


≪Discontinued≫


突如、全てのコントロールが停止。ガンプラ達ももつれ込むように倒れ、フィールドの最下層に墜落。

そうしてフィールドの粒子そのものが、少しずつ消失していく。


「……え」

「何だ、これは……あと少しだったんだぞ!」

『――お客様に御説明します。バトル継続が困難なため、一時中断します』


一時中断……だって! この状況で……いや、救いだ!


『三分間の補修作業を経て再開いたしますので、しばらくお待ちください。では、クールタイム――スタート』


完全に消え去ったフィールド。その代わりにバトルベースでは、巨大なカウンターが表示される。


「セイ!」

「……うん!」


慌ててレイジと二人駆けだし、スタービルドストライクと壊れたパーツ達を素早く回収。

そのときニルス君達とも顔を合わせるけど、会話もなくすぐ離れた。


脇に置いていた補修用のボックスに近づき、まずは作業シートを展開。


その上にビルドストライクとパーツを置いていく。


「僕は右腕をやる。レイジは左を……できるね」

「当たり前だ!」


というわけで、早速修理――延長戦などで補修作業が入る場合、バトルに持ち込んだ素材以外は使えない。

なお接着剤やパテなどは除く。そう、つまりここからは、瞬間ジグソーパズル……!

瞬着パテで関節部を繋(つな)ぎ、更に外装も補修。レイジがガンプラ制作を覚えていなかったら、間違いなく間に合わなかった。


……咄嗟(とっさ)に思いついた、粒子発勁対策も含めて。


本当に、僕は大馬鹿ものだ。ニルス君や杏さんの言う通りじゃないか。

あんな凄(すご)いガンプラを作れるなら、ビルドファイターとして正しいのも当然。そう押しつけていた。

それは違うってはね除(の)けられたから、逆ギレして……最低じゃないか。


ニルス君は本気なんだ。僕達とは違うけど、本気で夢を叶(かな)えようとしている。

そうだ、同じじゃなくていい。本気の形は、人それぞれでいいんだ。


なのに……自分が情けなくて、涙が零(こぼ)れてくる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふぅ……これでよし」


これでニルス・ニールセンも仕切り直しができるでしょ。そうすれば今度こそ……会長、あなたの願いは。


「……あの、ベイカーさん」

「何? もうあなたの仕事は」

「今の、止めなければ戦国アストレイが勝っていたのでは」

「……え?」


……叶(かな)えられるところだったのに、邪魔した事実を突きつけられる。それも、自分の部下に。


「隠し腕が二本、それに左腕が残って、懐に入っていましたので」

「……どうして止めなかったのよぉ!」

「止めました! 止めましたからね、私!」

「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


そうだ、止めた! 止めてくれた! なのに私……絶望で頭を抱え、打ち震えてしまう。

しまった、会長に怒られる! この場にはいなくてよかったけど、絶対後で怒られるー!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここで中断……セイ君達にとっては救いですけど、ニルス君にとっては余計な真似(まね)そのものでした。

だからその、表情が――。


「……あの子、悪鬼の如(ごと)き表情だったわね」

「はい。わたしも、ちょっとゾクっとしました」

「真剣勝負の場にゃ。感情がそうやって、露(あら)わになることもあるにゃ」

「でも、杏ちゃんがうまーくフォローしてるみたいだよー」


きらりちゃんが言うように、細かく話しかけている様子が見られる。

セコンドとして、メンタル管理もきっちりですか? うぅ、私も見習いたいです。


「あれなら、再開しても引きずらずにいけるでしょう。……今の流れを覆されないためにも、双葉さんの対応は適切です」

「覆されるの? 私から見てもニルス・ニールセン、圧倒的なのに」

「サイコシャードもありますしね。しかもあれは」


そう言いながら見やるのは、ガンプラと一緒に回収した装置四基。


「自走するみたいです……タイヤ、チラッと見えました!」

「ステルス機能もあると見ていいな。じゃなかったら、あそこまで見事にやられないだろ」

「また算数の問題に……いや、なりませんよね」

「そう、ならない。このままじゃアイツら」


トオルさんは険しい表情をしながら、レイジさんを……セイ君を見下ろします。

……なお位置関係的に仕方ないのは、留意してほしいです。


「負けるぞ、確実に」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「そう、このままでは、セイ君達は負ける」

「でも、修理していいんでしょ!? それなら壊れた武器を直して、殴られない距離から撃っちゃえば」

「本体だけならともかく、各種武装まで修理するのは不可能です」


リン子さんにも腹を決めるようにと、淡々と語っていく。


「その上『両腕』の粒子発勁がある」

「なら、セイ達も同じように打てばいいじゃない!」

「あれは武術経験者でもある、ニルス・ニールセン君ならではの技法――」


発勁の粒子振動を止めることなく、適切なタイミングで添えることにより初めてできる補助。

血の滲(にじ)むような努力を重ねたのだろう。だからこそ言い切れる。


「仮に私が真似(まね)をしろと言われても、一朝一夕にはできません。というより、できたとしても威力は再び並ぶだけ。
隠し腕を持つ戦国アストレイ相手には、結局数の差で負ける」

「そんな……本当に、間違っていたの」


リン子さんは絶望で胸を震わせながら、涙をこぼす。


「頑張ってるから、勝てるって思ってた。セイとレイジ君なら……私、間違ってない。
母親だから、ちゃんと分かってる。二人なら大丈夫って……そう、思っていたのに……!」

「これが現実です」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


アンズのセコンド入りは、ボクにとって幸運そのものだった。

補修はスムーズに進むものの、それとは別に……イライラが募って仕方ない。

それをアンズのマイペースさで救われ、大分落ち着いてきた。


……どうもボクは、ボクが思っているよりも冷静ではないらしい。


「妨害工作かな、これ」

「恐らくは……だとしたら、馬鹿なことをしたものです」

「それは目的が達成されないから?」

「当然です」


アンズのおかげで、戦国アストレイの補修は完了。

両腕での発勁にシフトしたおかげで、右腕以外は問題なし。


あとは――。


「ニルスゥゥゥゥゥゥ!」


そこで背後から声……そちらを見ると。


「勝つのよ! 夢のために!」


ミスキャロラインと、ヤジマ社長、執事……社員の方々まで、応援に来てくれていた。

それも横断幕まで作って……ああもう。


「……もちろん!」


だから、全力の声で返した。

これで『わたくしのため』とか言われたら無視するところですが、ボクの夢と言われては……本当にズルい人だ。


「言ったでしょ? 逃げられないって」

「だからって彼氏はやめてほしいです……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


イオリくんは、自戒の涙をこぼしながら……必死に作業を続ける。

自分のミスで負けかけた。中断が入らなければ、ここで終わっていた。

それを悔しそうに、吐き出すように……誰が見ていても、気にせずに泣いていた。


「声くらい、かけていいんですよ」

「かけません」


セシリアさんの気づかいには、すぐに首を振れた。


「セシリアさん、言ってくれましたよね。わたしは見上げるだけじゃなくて、向き合うことができるって」

「えぇ」

「だからかけません。かける必要もないって、分かりましたから」


そう……必要ない。イオリくんは止まらない。情けなさもかみ締めながら、手を動かし続けていた。

まだ諦めない。たとえこの時点で負けが確定していても、決して止まらない……揺らがない。


「でも、ありがとうございます」

「いいえ」


セシリアさんはわたしの頭を、優しく撫(な)でてくれる。

褒めてくれるように……それでいいんだと、励ますように。


イオリくん……わたしも、諦めないよ。イオリくんが諦めないなら、ちゃんと信じる。

もう目を背けないし、逃げないから。だから……頑張って――。


(Memory59へ続く)






あとがき


恭文「というわけで、<両腕での粒子発勁>を用い、スタービルドストライクを撃破したニルスですが」

卯月「恭文さん、撃破していません! 横やりで中断していますから!」

恭文「なんだよねー。アイツら馬鹿だー!」

卯月「楽しげにしないでくださいー!」


(なお両腕での発勁は、二重の極み(連載末期バージョン)が元ネタです)


恭文「これで徹底的に追い込まれたセイ……サイコシャードなんていらんかったんや」

卯月「どういうことですかー! ……えっと、明けましておめでとうございます! 島村卯月です!」

恭文「蒼凪恭文です」


(説明しよう。卯月は新年のお仕事やらなんやらがあって、今日初めて、新年の挨拶に来たのだ)


卯月「うぅ、遅れてしまってすみませんでしたー」

恭文「いいよ。新年で家族旅行もしてたんでしょ?」

卯月「はいー。それで茨木ちゃんにもお土産を持ってきて」

茨木童子「吾にか!? ふ……気づかいができるようになったな、小娘」

恭文「おのれは卯月とどんだけ付き合いがあるのよ」

卯月「えっと、まずはこれです」


(そう言いながら、イバラギンが受け取ったのは……お年玉と書かれた袋だった)


卯月「少し遅くなりましたけど、お年玉です!」

茨木童子「……吾は子どもかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

卯月「え、駄目なんですか!?」

茨木童子「いや、駄目じゃない! これは……有り難くもらっておこう! 感謝するぞ!」

卯月「はいー!」


(とっても嬉しそう……まさにスマイリング)


卯月「あとはお土産のお菓子とかなんですけど、それともう一つ……こっちは近所のスーパーで見つけて」


(そう言いながら出すのは『大福みたいなホイップあんぱん いちご』)


恭文「おぉ! これは大福みたいなホイップあんぱんの新作か!」

茨木童子「なんだそれは」

恭文「あんぱんにホイップクリームが入っているのよ。それで記事がもちもちの白パンで、柔らかくて美味しいよー」

卯月「しかもこれは、小倉あんに女峰いちごクリームです! 甘酸っぱいいちごの風味が最高なんですー! 茨木ちゃん、甘いものが好きですよね」

茨木童子「あぁ。……そんなに美味しいのか」

卯月「もう一度言います、最高です!」

茨木童子「まぁお前がそこまで言うなら……もぐもぐ」


(その瞬間、突如最終再臨化するイバラギン)


卯月「茨木ちゃん!?」

茨木童子「……これ、幾らだ」

卯月「私が買ったときは、九十八円でした」

茨木童子「ちょっと買いだめしてくる!」

卯月「基本生ものですよ!?」

恭文「気に入ったんだね、分かります」


(この日、イバラギンは『大福みたいなホイップあんぱん いちご』を買い占め、ぱんにゃ達と一緒に食べましたとさ。
本日のED:JUDY AND MARY『そばかす』)


あむ「なんか、ニルスやレナート兄弟が原作より強くなっている罠……!」

恭文「きっとマオもやってくれることだろう。僕も覚悟しておかないと」

あむ「……ねぇ、作者が『あ……』って顔をしてるんだけど。忘れてたって顔をしてるんだけど」

恭文「きっとマオもやってくれることだろう。僕も覚悟しておかないと」

あむ「追い込みにきてる!?」

卯月「それはそうと恭文さん……また、お嫁さんが増えたそうですね」

恭文・あむ「「はい!?」」

卯月「武蔵さんっていう、胸の大きい女性だって聞きました……私、頑張ります!」

恭文・あむ「「何を!?」」


(おしまい)





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