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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
act.36 『憤怒(ふんぬ)』


「――じゃあね、人殺し」

「違う! 私は人殺しじゃない!」

「じゃあなんで死んだのよ、あの人達は!」


ティアは伸ばした手を払い、私に背を向ける。


どうして……母さんが言うように、頑張ったのに。

その成果があれば、母さんは救われる。母さんはきっと、痛みを忘れられる。

私達は家族として、母さんを助ける――助けなきゃいけないのに。


どうして誰も、母さんを助けようとしないの――!


「ティア、ヒドい……ヒドいよ。どうしてなの」


信じたのに――仲間だって、信じていたのに。なのに……悲しくて涙が止まらない。


「あんな子、六課に誘うんじゃなかった……人の気持ちも分からない、あんな子……執務官になれるはずがない」

「……人の気持ちが分からないのは、フェイトさんの方じゃないですか」

「え」

「補佐官をこのまま続けるかどうか、考えさせてください」

「そんな、シャーリーまで、どうして」

「父さん達からツツかれているんです。そもそも局員を続けるかどうか……はっきり言えば、今の管理局は働き場所として最低ですし」


そんな……母さんが言った通りだ。

最高評議会が犯罪者だって、知れ渡ったから。

クロノにも言ったのに。そんなこと、バラしちゃ駄目だって。


みんなに信じてもらえなくなる……母さんがまた悲しんで、傷つく。

だから公表せず、内々での処分だけでいいんだよって……なのに、公表するから。

駄目……管理局を嫌わないで。母さんは、そんな人が増えると余計に苦しむの。


そうだ、シャーリーなら分かってくれる。シャーリーなら、これまで一緒に頑張ってきた。だから。


「何よりフェイトさんが決戦時、何一つしなかったのは事実ですよね」

「違う……私は、スカリエッティを逮捕した。母さんがそう言ってくれた。だからヤスフミにも掛け合っているの。
去年みたいに、そういう話にして……そうすることが正しいんだって。家族から手柄を奪うなんて、そんなこと駄目で」

「去年、なぎ君やGPOから奪っておいて、まだそんなことを……」

「だから、言ったよね……あれは仕方ないんだよ。今回のことと一緒にしちゃ駄目……母さんがそう言っていたから」


そうして、シャーリーまでも離れていく。


「シャーリー、待って! お願い……母さんは心底」

「フェイトさん、まだ分からないんですか? ……リンディさんは傷ついてなんていません」

「そんなことないよ。母さんは」

「あの人は私達を利用して、安全圏から笑っているんです――! いい加減にしてください!」


……私は、どうすればいいの。

誇らなくちゃいけないのに。私達が正しい……六課は、世界を救ったんだ。


「フェイトさん、シャーリーさんの言う通りです」

「キャロ……そんな、どうして」

「どうしてフェイトさんは、家族なのに叱らないんですか」

「え」

「間違ってる、こんなの駄目だよって……どうして叱らないんですか」

「あの、叱ってるよ。母さんは正しいんだから、それを傷つける人達は間違っているって」

「正しくなんてない。これを正しいって言うフェイトさん達なら……私達は、フェイトさん達こそが間違っているって叱り続けます!」


その成果があれば、もっと私達のことを信じてくれる。それが母さんの心を慰めてくれる。


「僕も同じです、フェイトさん……一体、どうしたんですか」

「エリオ」

「手柄を奪うことも当然。そうして自分達が持ち上げられることも当然……それで恥ずかしくないんですか?
……僕はそんなのいらない。評価されるべき人が評価されないなら、管理局なんて潰れるべきだ」

「だって、そうしなきゃ……母さんはもう、十分傷ついているの! 苦しんでいるの!
否定されて、手を払われて! 母さんが立ち直るためには、評価が必要なの!
母さんが正しかった……間違っていなかったって! どうしてなの……私、分からないよ」


そう信じた。そのために頑張った……ありったけで頑張った。


「みんなのせいだよ……みんなが、誰も母さんを思いやらないから……母さんを嫌うから!
だから、私が頑張るしかなかったのに! なのに、失敗したら全部押しつけるの!? 私のせいだって!」

「やり方が間違っています」

「間違っていたっていいよ! 家族なんだよ!? 家族が救われるなら」

「そんなことで、救われるわけがない!」

「え……」

「だからこそ叱るべきです! その”思いやり”を強いるのは、最高評議会と同じだと!
そんな勇気も持てないなら……それは、もう家族じゃない!」


それにヤスフミだって、きっと信じてくれる……そう思っていたのに。

でもそれじゃあ駄目なのに。期待していたのに。


……みんなが幸せになる未来を。


ヤスフミはこれまでを反省して、無茶(むちゃ)なことだってやめてくれる。

それで家族として、一緒にいられる。

GPOではなくて、私達を信頼して、局に入ってくれる。


それが幸せだって、そう感じてくれる。

そうして頑張らなくちゃいけないのに――。


でも振り切ることもできない。


――人殺し――


違う、私は人殺しじゃない。

ただ家族のために、みんなのために、頑張っていただけ。

それだけのことなのに、どうして……エリオも、キャロも離れていく。


家族を信じたのに、頑張ったのに……母さんを、叱らなかったから?


……そこで気づく。


「嘘、だよ」


あの男が言うように、私は十年前と同じことを……積み重ねていた。

家族を信じると言って、疑わず、知ろうともしない。

悪いことをしても止めようとせず……そんなの、嘘だ。


「フェイトさん……フェイトさんが間違っていたら、僕達が叱ります。今みたいに……リンディさんも」

「間違って、ない。私達は、間違ってなんて……ない。だって、それなら」

「私達が、必ず止めます。だから、怖がらないでください……ちゃんと、目を開いて!」

「嘘だ……嘘だ……私は……私は……!」


ただ、母さんを傷つけないでほしい。

少しだけでいいから、労(ねぎら)ってほしい。

今だけでもいいから、母さんの気持ちを受け止め、願いを叶(かな)えてほしい。


そうみんなに、優しさを説いていただけなのに……それは、繰り返し?


だったら私の十年は、一体何だったの。私は……これから、どうすれば。

それにヤスフミは……ヤスフミとずっと一緒にって、そう思っていたのに。

これじゃあ信じてもらえない。また置いていかれる……もう、追いつけない。


局員になってくれないなら、置いていかれるなら、ヤスフミといられない。

そんなの、嫌だ……! そんなの嫌だから、母さんを信じたのに――。




『とある魔導師と機動六課の日常』 EPISODE ZERO

とある魔導師と古き鉄の戦い Ver2016

act.36 『憤怒(ふんぬ)』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


六課は外から『奇跡の部隊』として持てはやされている。

ハラオウン執務官とリンディ提督の馬鹿もあるけど、”それ以外”は本当に活躍していたから。

ゆりかご攻略戦、クラナガン侵攻、はては魔導発電所爆破計画阻止。


当初言われていた復讐(ふくしゅう)関係も、各々が気持ちを引き締め、対処したことで問題はなくなった。

……だからこそ、二人の行動は滑稽でもある。

六課は――彼女の部下達は、間違いなくミッドを、管理局を救った。


スカリエッティやフォン・レイメイの件がなかったとしても、今までの悪評を覆すには十分だよ。

なのに失敗を省みることなく、それ以上を求めるから、その評価に水を差している。

しかも二人に関しては、最高評議会主導による能力リミッター解除の件もある。


奴らの持っていたデータも絡むから――水面下で六課に対し、内偵が行われている。

それによっては、何らかの処分も下る……とはサリの談。


そんな中、サリの自宅には……なんとドゥーエが住み着いた。

てか……いろいろ禊(みそ)ぎをした上で、同せいを始めた。

その結果、職場復帰したサリはとてもウザい……幸せオーラがウザい。


「あぁ……今日は定時に帰るからな。え、残業? 大丈夫大丈夫、俺は残業しない主義なの。じゃあ愛してるからな」


新婚さんかよ、コイツ……!

てーかいちゃつくなぁ! 仕事時間だよ、ほれ! まだ三時休憩にも入ってないし!


「……クロスフォード」

「局長、祈ろうか……破局することを」

「後ろ向きすぎるだろうが、お前! 全く……戻ってきたと思ったら、とんだ土産を」

「そんなのはサリだけだって。ところでさ」


もうサリは放っておこう。ドゥーエがいい女で、最高だって言うのは……よく分かった。

外見どうこうじゃなくて、料理は美味(うま)いし、気配りもできるらしい。

そしてサリのめしばなにも付いてきてくれる……あ、確かにいい女だね。


サリにもついてくるってことは、必然的に私ややっさんでも大丈夫ってことで……羨ましいね、ほんと!


「……マルヤマだろ」

「うん。どうしたの、あれ」


それはそれとして、うちの部署ではちょっとした異変がある。

……後輩のマルヤマ(男・独身)が、明らかにおかしい。

仕事も手に付かない様子で……まるで、FXで有り金全て溶かした人みたいになっていた。


「株でやらかしたそうだ」

「株? でもマルヤマの性格なら、安全牌(あんぜんぱい)じゃ」

「JS事件は予想外だったんだよ」

「あ……」


あぁ、それで……あの事件は当然、経済にも影響を大きく与えている。

中央本部襲撃から、株価の変動も大きかったしね。それで大損こいちゃったんだ。


――それが後々、更なる騒動の火種になるとは知らなかった。

マルヤマはこれ以後金に細かくなり、その結果サリと、とんでもない秘密組織<朝食研究会>を作る。


結果、朝食テロなんて事件に発展するけど、それはまた別の話としておこう。


「そういうお前はどうなんだ。株、買っていただろ」

「私はいわゆる応援株だったから……損って言える損はないかなぁ」

「それが一番健全な付き合いだな。……それよりクロスフォード、そろそろ時間だろ」

「お、そうだ。じゃあ局長、悪いんだけど」

「あとは任せろ。サリエルが残業なしにしてくれるそうだ」

「そりゃ有り難い」

≪頑張れよ、サリー≫


こっちもこっちで、幸せすぎて聞いてないけどね。


というわけで、本日はちょっと早めに退勤。

オフィスを出て、予定していた寄り道へと向かう――。


こうして見ると、日常は戻ってきたように感じる。

でもまだ終わりじゃない。事後のあれこれはまだ続く。


レジアス・ゲイズ中将は死亡した。

でもその娘であり、事件に関与していたオーリス・ゲイズ三佐は、現在裁判の真っ最中だ。

事件後はショックで体調を崩していたが、今は事情聴取なども素直に応じている。


次にスカリエッティと長女・三女・四女・七女の五人は、それぞれ違う軌道拘置所に入れられた。

早いでしょ? 事件が片づいて一週間も経(た)ってないのに。


でもこれも、当然の処置とも言える。

この五人は他のメンバーと違って、捜査協力などにも否定的。

更生の意思は〇で、だからこその拘置所行きだ。


それに連中は局の暗部が産み出した存在――恥部だよ。

反省する気がないなら、表に出したくないって思考が透けて見える。

マダマと七女はやっさんがゴタゴタしてる中、会いに行って説得したそうだけど、駄目だったらしい。


やっさんはその件で相当お冠だよ。そんなに自分と戦いたいなら、罪を償えってさ。

アイツはあれか、またフラグを立てたのか。


てーかマダマも……いや、対決した仲だからな。

だがやっさんとしては、更生してほしいらしい。

拘置所ではセキュリティが厳しすぎて、チェスもできないとか。


なので”拘置所の中ではできない遊び”をちらつかせ、釣り上げる作戦に出ている。

なおマダマが興味を示したのは――ガンプラバトルだった。……地球に行けたらいいよね、ほんと。


それで他のナンバーズは、更生プログラムが適用になった。

ここは目が覚めてひと月も経(た)ってないような……生まれたばかりの子もいるせいだ。

向こうの代表となったチンクが頭を下げて、ようやくという感じらしい。


まぁ批判もそれなりにある。現に……既に技術廃棄が済んだとはいえ、量産型オーギュストを持ちだしているからな。

あれで殺された局員・民間人の遺族は、簡単に受け入れられないだろう。いや、あれ以外でも同じか。


だから驚いたんだよ。その更正プログラムに108が絡んで、ギンガちゃんが担当予定って聞いたときは――。


その辺りもまた詳しく聞こう。そう思いながら私も、海上隔離施設へと向かう。

そう、あの子達が収監されている、問題の施設に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


まだ包帯の取れない三佐の案内で、ドンブラ粉改めセインと会う――それが本日の目的。

もちろんルーテシアもなんだけど、あの子のことは……まぁ一緒に戦った仲だし、気になってね。


「しかし、揃(そろ)って調子がいいねぇ」

≪姉御、率直だな≫


施設へ到着し、三佐の案内でやってきたのは、学習室も兼ねた大部屋。

芝生に木々、小川(おがわ)なんかもあって、囚人の居場所としては居心地が良すぎる。


そんな私の意見に対し、三佐は頭を抱え……セインや赤髪アップは苦笑い。


「あははははは、否定はできないっスね」

「というか、チンク姉から言い出したのがビックリだよ。サンプルH-1……もとい、蒼凪恭文とかに怒り心頭だったのに」

「……GPOのパトリシア・マクガーレン捜査官に、諭されてな」

「パティちゃんに?」

「彼女もまた、普通と違う部分があった。だがそれを言い訳に、人を傷つけ、苦しめてはいけない。
……そう導いてくれた、優しい人達がいてくれたおかげだと……それで、気づいたんだ」


眼帯のチンクは、自嘲しながらも右手を見やる。

見ているのは、戦いで血に染まった自分。決して拭えない、犯した罪。


「姉として、妹達を導く責務があると。罪の償いから逃げず、進むことで。……償いきれるかどうかは分からないが」

「償える罪なんてないよ」


勘違いしているので、静かに首振り。


「やっさん曰(いわ)く、罪は数えるものさ」

「数える?」

「忘れず、受け止め、明日の自分を変える。決して潰されるわけでもなければ、引きずるわけでもない」


そう、だから突きつける。

やっさんは相手にも、自分にも指差し、突きつけ続ける。

全部が必要で幸せなら、きっとできる。そう信じて、未来に突きつけ続ける。


さぁ、お前の罪を数えろ――ってね。


「そう思いたい気持ちがあるなら、アンタはもう数え始めている。そのままでいいよ」

「クロスフォード殿……」

≪だな。もう殺して、殺されて、憎んで、憎まれて……そんなのは面倒だ≫

「すまない」


そしてチンクは、私と三佐に頭を下げる。

いや、土下座だった。柔らかい地面が砕けんばかりに、必死に。


「すまなかった! 姉は……我々は、あなたの御友人を! 三佐の奥方殿と娘達を!」

「馬鹿が……謝られて、俺達にどうしろってんだ」

「すまない……!」


――そんなチンクを何とか宥(なだ)めて、ようやくセインとお話。


「じゃあシャナ姉さん、別の隔離施設に?」

「うん。ここよりは厳重だけど、”お父様”から散々痛めつけられていたからね。
アイツの犯罪についても詳しいから、それを証言することでも情状酌量」

「よかった……でも、大丈夫なのかな」

「やっさんに嫌みの一つでも言ってやるって、息巻いてるよ。それでこれからは、自分で選んで生きる」

「そっか……うん、そうだね。それが私達全員の、罪の数え方だ」


セインはさっきの言葉が響いたのか、かみ締めるように何度も頷(うなず)く。


「自分で、選んで、生きる」


そこに乗っかってきたのは、ルーテシアとアギト。

なお全員、白いスラックスとトレーナー姿。

いわゆる囚人服だけど、アギトサイズまであるとは。


「それなら、もうやっている。私達は……選んだ上で戦って、殺して、そして負けた。そしてそれは、間違いだった」

「そうだね」

「それでも、選ぶことは変わらない、のかな」

「そうだね……これからは間違いにも負けないよう、戦っていくんだ」

「……うん」

「……旦那は、どうなったんだ」


あぁ、ゼスト・グランガイツか。アギトはまだ知らなかったか。


≪そうそう、それについても報告があった。……死んだよ、今朝な≫

「……!」

「さすがに二度目の蘇生(そせい)なんて、無茶苦茶(むちゃくちゃ)だしね」

「旦那は、何か」

「何も」


アギトにも、ルーテシアにも……何も言い残さず、妄言を垂れ流しながら死んだ。

そう、言い残しはしなかった。その言葉は最後の最後まで、命令だったから。


「誰も望んでいない世界を望み、それに準じることを強要しながら――そうして”最高評議会の意志”として、消え去った」

「だん、な……」

「ゼストは、もうとっくに死んでいたんだね……少なくとも、本当のゼストは」


”あれ”が生前のゼスト・グランガイツだったのか。それについては、私には何とも言えない。

少なくとも表面の性格、望んでいたものは近かったのだろう。三佐はそう感じたようだし。


偽物か、本物か――その定義は恐らく無意味だ。

少なくともこの二人にとって、”あれ”がゼスト・グランガイツだったから。


「それでも、アンタ達を助けてきたのは”アイツ”だ。そこだけは間違いない」

「……うん」

「旦那……やっぱり、嫌だ。こんな終わり方、あんまりだ……!」

「アギト」

「旦那が……旦那だって、必死だった! ただ必死に」

「そうしてアンタ達は、怒りをどこに向けた?」


だから私も突きつけよう。コイツの怒りもまた、シャッハ達と違う……筋違いなものだと。


「どこに、だと」

「やっさんや機動六課の奴らだ。でもそれは間違ってる」

「何でだ……それのどこが、間違っているって言うんだ! アタシ達が犯罪者だからか! 悪だからか!
でも……旦那はそれで報われるはずだったんだ! だったらそれは、正しいはずなんだ!」


うわぁ、馬鹿なこと言ってるよ。ここが隔離施設だって忘れてるねぇ。

さすがに他のメンバーもギョッとして、ぞろぞろと止めにくる。


「アギト、駄目」

「何でだよ……旦那の罪は、アタシが全部背負うって、言ったじゃないか……何で、信じてくれないんだ……!」


アギトは涙をぼろぼろとこぼし、そのまま地面に突っ伏す。……なので、その心をへし折ってあげよう。


「信じられるわけないでしょ。……その”旦那”を、あそこまで歪(ゆが)めたのは、最高評議会でしょうが」


アギトはようやく気づき。


「あ……」


顔を青ざめる。


そこには矛盾がある。


「ゼスト・グランガイツも、アンタと同じだった。歪(ゆが)められたとはいえ、奴も怒りを持たなかった。
……思えば布石はあった。アイツは管理局そのものを、憎んでいなかった」

「……それどころか機動六課に期待をかけ、次代の英雄と崇(あが)めてすらいた、だよね。
私……ゼストやアギトが、おかしいって思ってた。本人達にもそう言った。でも、理由がよく分からなかった」


私も同じと、ルーテシアに頷(うなず)いておく。


……実は、最初は分からなかった。

なぜ機動六課が悪なのか。まさか予言の対策をするなとは、言えないし?

なら、なぜ悪になるのか。なぜリンディ提督の行いが、それを後押しすることが、悪になるのか。


なぜ奴らを信用できないのか。落ち着いて、理論的に説明しろと言われたら、どう答えればいいのか。


そうしたらすぐに分かったよ。


「でも、今なら分かる……ようやく、分かった。ゼストも、アギトも、怒りを持っていなかった。
……最高評議会のせいなのに。ドクターもだからこそ、反乱を起こした」

「だね。……それは一体どうして? 最高評議会という悪がいるのに。自分で倒せると踏んでいたせい?
答えは至ってシンプル。……それすらも、奴らの意志に基づくものだからだ」

≪この事件を俯瞰(ふかん)で見てみると、奴の異様さがよく分かるな。
アイツは誰にも怒りを、憎しみを向けていなかった。……ボーイと姉ちゃん以外には、誰にもだ≫

「姉ちゃん?」

≪アルトアイゼンだよ。俺は姉ちゃんの基本構造をベースに、形作られたデバイスだからな。
で、そのボーイだってとばっちりを受けてる。六課が仕掛けた爆弾の件でよ≫

「あれもよくよく考えたら、かなりおかしいよね。やっさんは問題のケースに、近づいてすらいないのに」


そこで見やるのは、チンク達だった。


「チンクはまだ分かるんだよ。トーレやらが返り討ちにされたからさ。でも奴はどうして? ケース絡みの情報も知ってたんだよね」

「……えぇ。まさか……彼は」

「仕掛けた人間が、機動六課の一員だからだ。機動六課の人間は、そんなことをしない――してはいけない。
するはずがないし、認めてはいけない。そう働きかけられたらしいよ」

「マジかよ……!」

≪マジだ。機動六課は正真正銘、神輿(みこし)だったわけだ≫


もちろんやっさんや私らが、いろいろな意味で邪魔だから……というのもある。

そのためのフォン・レイメイでもあったわけだし? だが人選を間違っていた。


どれだけ妄執を垂れ流そうと、そんな奴に私らは負けない。それも分からない奴らは、いろいろと【狂っていた】わけだ。


「でもアンタは違う。アンタには洗脳などの行為は一切されていなかった。
それにも関わらず……事実を告げられたとき、一体どうした。そして今、誰を憎んだ」

「だ、だって……旦那は……旦那は……」

「そんなことは聞いてない。……答えなよ、どうして奴らを憎まないんだい」


その問いかけで十分だった。


「――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


アギトがしがみついていたものを、粉々にするのは――。

先ほどと違う――矛盾を突きつけられた痛みで、先ほどとは違う涙をこぼす。


「泣かなくていいから、答えなよ。アンタは旦那が大事なんでしょ? だったらおかしいよね……どうして怒らないのよ」

「あ、姉御……そこで追い打ちっスか」

「容赦ない……!」

「するさ。コイツが理解するまで――何度でも、何十回でも」

≪あぁ、そうだな。今はそういう時間だ……答えろよ、ほら≫


アギトの体を掴(つか)み、全力で握り締める。


「が……!」

「おいヒロリス、ここは隔離施設」

「答えろよ、黙ってないで……何で”旦那のために”怒ろうともしないお前を、私らが信じなきゃいけないんだい」


自分は”旦那”のことなど、一つも考えていなかった。


「ただ思い通りにならなかった、憂さ晴らしがしたかっただけ。
だからこそ信じられない、信じられる理由がない」


それはリンディ提督達と同じ罪だ。

奴らもまた、怒らない――利用されたのに、怒りを表現しない。

自分に、奴らに、怒ろうともしない。そうして省みようともしない。


なのに信頼だけを求める。怒りすら抱かない有様が、既に裏切りであり恭順なのにだ。

それが違うと言うなら、何度でも突きつけよう。


「なぜ諸悪の根源に対し、怒りを向けなかったのか。
なぜそれがはっきりと分かった今、やっさんを憎むのか……さぁ、答えてよ」

「わる……かった。わる……か」

「答えな。どうしてだい……自分の口から、ちゃんと吐き出せ」

「ごめん……ごめ」

「いいから答えなよ。その怨嗟(えんさ)を――アンタが逃げてきた、本当の理由を」


アギトは突きつけられる問いかけに答えず、ただ泣き続ける。

謝罪を何度も、何度も、繰り返し――でもそれじゃあ足りない。

答えになっていない。だから求める、求め続ける。


このチビがこれまで、世界に対してそうしてきたように――。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ヒロはアジトでの経緯のためか、セインに『姐さん』呼ばわりされてるらしい。あとはウェンディにもか。

本人は極道みたいで嫌とか言ってたが、なかなか似合っているので問題はないだろう。


だが気をつけてはほしいぞ。

その施設には機動六課メンバーも来ているからな。

揃(そろ)って目立つ動き方をしているし、しばらくは距離を置いておかないとヤバい。


それでメガーヌ・アルピーノ女史も、当初の見立て通り治療中。

やはりレリックなしでの蘇生(そせい)も可能で、近日中に目覚めるとのことだ。


だが、気掛かりなことが一つ。

そんなルーテシアの保護責任者を、ハラオウン執務官とリンディ提督が勤めてること。

あくまでも母親が目覚めるまでの一時的な処置だが、ここから俺らの存在がバレる可能性もある。


いや、それどころかかつてのハラオウン執務官や八神部隊長みたいに、ハラオウン一派へ取り込まれる危険もある。

今までならともかく、最高評議会との繋(つな)がりが分かった上で……だぞ?

それはマズすぎる。なので三佐ともその辺りを相談。


『――そこについては、本局の方からも言われたよ。今はともかく、隔離施設を出た後は俺に預かってほしいってな』

「そうですか。なら本当に、一時的に」

『事件収束後の混乱に乗じて、一気にやられたそうでな。向こうもお怒りだ。……だがこれ以上はないってよ。
そういうわけでクロノ提督、悪いが協力してもらうぞ。俺も今の提督達に、ルーテシアは預けられない』

「……はい。ですが三佐、メガーヌ女史が目覚めてからになりますが、相談などの予定は」

『あるにはあるが、記憶関係がどうなっているか不明だからな。
本人の様子を見て、混乱がないように……あとは、復讐(ふくしゅう)などは考えないように』

「そこもありましたか」


実際問題、リンディ提督やハラオウン執務官がやらかしてるしなぁ。

勘違いしたまま亡くなった、ゼスト・グランガイツについても同じだ。


『まぁそこも医者と相談の上で決めるさ。お互い情報交換はしっかりやろうぜ』

「はい」

『じゃあ俺はギンガの見舞いもあるんで、ここで』

「失礼します」


三佐との通信は終了し、俺達は微妙に気まずい空気の中、つい沈黙してしまう。


……本来なら、ハラオウン執務官達は自主退職が妥当だろう。

フェブルオーコードの件もあるし、アインへリアルの誤爆もあるし。

特にリンディ提督は危うい。揃(そろ)って退職させるべきだ。


だが、どうもそれに逆らう流れもあって。


「特別総務統括官、もう始動してましたよね」

「えぇ」


知り合いの居酒屋――その個室で、クロノ提督としていたのは、そんな話だった。


「六課の功績を認める形で、昇進を。同時に二人の自宅謹慎も解除されています。……当然周囲の評判は最悪ですが」

≪……主≫

「やっぱり監視体制なんですね」

「同時に、囮(おとり)捜査かと」


……リンディ提督は、あらゆる権限をはく奪された。

その上で飼い殺しにされるんだよ。命令も、通信も、全て管理された上で。

そうして引っ張り出したいのは、リンディ提督に共感するシンパ。


ようはフェブルオーコードが洗脳ではなく、覚醒方面で効果発揮している連中。

最高評議会のデータがあるとはいえ、それが全てであるという確証はない。

もしかしたら他にもいるのでは。そう考えて、分かりやすい囮(おとり)を作ったわけだ。


局のためと言えば、どんな無茶(むちゃ)でもやってのける盲信者。

騙(だま)しやすく、利用しやすく、自身の理論を疑うこともしない愚か者。

局はリンディ提督という”囮(おとり)”を掲げ、引き寄せられる悪を潰すつもりらしい。


それで用が済んだらポイ捨てだ。


「あと……僕が思うに、本当にフェブルオーコードが撲滅できたのかという問題が」

「後継者に選ばれていたリンディ提督なら、それを持っていてもおかしくない。それで市井に放り出し、悪用してしまったら」

≪局は今度こそ潰れますね。元局員であり、一犯罪者として裁かれますから。あとは……予言関連の話≫

「やはり、母さんは……!」

「残念ながら……上層部を脅したようです。だからこその処置なんですよ」

「本当に、馬鹿なことを!」


クロノ提督は怒りをたぎらせつつも、悲しげな表情。


とにもかくにも、いろいろな要因が絡みに絡んで発展しまくった事件は、一つの決着を迎えた。

ただ、そのために刻まれた傷と遺恨は余りにも深い。


奴らの革命は成功した。

世界はもう、逆説に惑わされることもないだろう。

管理局も、次元世界に生きる人間にも、変革が求められる。


「まぁ――クロノ提督、お疲れ様でした」

「……申し訳ありませんでした」

「いいよ。アンタは大事なことを忘れなかった……それだけでさ」


ここは美味(うま)い創作和食を食べさせてくれる店で、実はお気に入りだったりする。

おこげのトマトとベーコンのピザを進めると、困り果てたクロノ提督はそれを取り、一口かじる。


「……美味(おい)しいですね」


するとその表情が、一気に和らいだ。


「ピザ生地とは違う、粒のあるサクサクとした歯ごたえ。それがチーズやトマトと相まって」

「ベーコンの塩気がちょい強めだが、一緒に食べると味を引き締めてくれる」

「えぇ」


なのでそれを合うビールを注(そそ)ぐ。

提督は酒も強くないが、これはアルコール度数も控えめで、飲みやすいラベルでな。

提督もその味は確かめているので、遠慮なく受けてくれる。


「ありがとうございます。……うん、これはビールともよく合う」

「気に入ってくれたなら何よりだ。それで六課も中がごちゃごちゃ……はしてないのか」

「はやて達が纏(まと)めていたので。ただ」

「六課だけでは真実にたどり着けなかった。やっぱそこは重いのか」

「……はい」


だからクロノ提督はもう分かっている、自分達が暗部に利用された、愚かな人形にすぎないことを。


≪しかもリンディ提督が……という点もマズい。二年前――アインへリアル導入が決定した会議の場で、レジアス中将とやり合っていますから≫

「レジアス中将どころか、スポンサーにまで匙(さじ)を投げられるDQN振り……提督には動機がある」

「しかも今回の件で中央本部の権威が失墜したため、今後のパワーゲームで本局は俄然(がぜん)有利となります。
……ミッド地上の権力が縮小すること。アインへリアル以後の防衛兵器開発計画が頓挫したこと。それは母さんにとって望ましい状況」

「魔法以外のセーフティーが絶対必要だって認識されたのにな。たとえ」


俺もピザをもう一枚頂き、カジカジ……うん、いい味出してるよなー。


「”第五世代デバイス”が開発されたとしても、そこは変わらない」

「ゆりかご攻略などで、GPOや維新組が見せた働きもありますし」


……あ、説明が必要か? 第五世代デバイスというのは、まぁ仮称だ。

現状魔導師が使うデバイスは、第四世代までと言われている。

ただしここには前提があってな。『非殺傷設定を推奨した、新暦時代のデバイス』という意味だ。


管理局設立直後から第一世代、第二世代と、非殺傷設定の魔法<ソフトウェア>と一緒に発展していった。

金剛やアメイジア、アルトアイゼンなどは第三世代。ここで大まかなところは完成している。

第四世代以降は、近代ベルカ式などを取り込んだもの。いわゆるカートリッジシステム対応型が中心だ。


だからもし、AMFに対応しつつ、非殺傷設定を遵守するとしたら……それは第五世代に該当する。


……だからこそリンディ提督は、この期に及んでやっさんを取り込もうとしているわけだが。


「だからこそ、リンディ提督もGPOを吸収……とか言い出してたんだろうな。
アルトアイゼンに導入されたサイモードは、その第五世代の試験型だ」

≪それを取り込み、研究・開発の初期段階から自分の主導で進めれば、それはこれからの局にとって絶大な影響を持ちます。
下手をすれば歴史に名を刻みかねないほどに――そういえば、そちらについては≫

「……指名手配の件もあって、技術提供はできないと……GPO側から。
やらかした当人である母さんからも、一切の謝罪がありませんし」

「妥当だなぁ。それは当然、やっさんも承知している」

「えぇ。それ以前に内偵の件もあります。下手をすれば、最高評議会との癒着問題も」


実際問題、リンディ提督は最高評議会とそれなりの繋(つな)がりを持ってた。

フェブルオーコードをかけて、そのまま利用する程度にはな。

最高評議会も六課隊長陣と提督を、自分達の後継者にと考えていた。


あとはその繋(つな)がりの濃さだ。

六課を猟犬とするため、単純に利用されただけならいい。

だがもしもその繋(つな)がり方が、レジアス中将やオーリス三佐に近いものだったら?


もっと言えば……リンディ提督が、本当は”正気”だったら。

仮にリンディ提督がおかしくなっていても、他のメンバーが正気だったら?

その上で事情を知り、出世のために最高評議会へ乗っていたとしたら?


確証はない。だからこそ疑うんだ。

事件中の活躍だって、危険を察知した上で切り捨てたのかもしれない。

スカリエッティ達と同じように、最高評議会を――その上で安全を図った。


そういう見方もできるから、内偵も水面下で進んでいるんだろう。

しかもそこで、ハラオウン執務官がやらかしたポカも絡む。


「あとはあれか。ハラオウン執務官が弾道砲撃を、廃棄都市部に落とした件」

「はい……」

≪見方を変えれば、六課に従わない蒼凪氏達を謀殺するため……とも取れますしね。
実際問題、スカリエッティ達の殺害を躊躇(ためら)わなかったそうですし≫

「更にあの場には、捕縛した戦闘機人達もいた。フェイト執務官は」


俺もビールをぐいっと飲み、そのほどよい苦みを堪能。


「宣言通り、スカリエッティに連なる者を破壊しようと試みた」

「その点は、シャーリーもミスだったと猛省を。すぐに動けて、手の空(あ)いている人間がいなかったとはいえ……!」

≪又は自身の手柄を、出世の道を潰した、蒼凪氏への逆恨み≫

「フェイトはそれほど、頭がよくないがな!」


うわぁ、そこを力いっぱい言っちゃうかぁ。なので反論してみよう。


「それは説得力がないだろ。ほれ、スカリエッティがプロジェクトFに関わっていた件とか、黙っていたし」

「ですよね……!」


分かっていたかぁ。だがクロノ提督、落ち込むな。もうやっちまった以上、仕方ないだろ。


とにかく……六課が疑わしい理由については、やっさんとかが指摘した通りだ。

ただ、それだけが機動六課の本質ではない。だからこその救いもあるので、それで励ましてみよう。


「ギンガちゃんからも軽く聞いたが、若い子達は頑張っていたそうだな」

「えぇ」

「なら心配するな。確かに最高評議会関連やらを止めたのは、俺ややっさん達、GPOだ。
だがそれでも、アンタ達がゆりかごと実働メンバーを止めたことは変わらない。
ミッドの虚数空間化だって、高町教導官が頑張ってくれなきゃ無理だった」


細かい位置情報などは、高町教導官が引き出してくれたからなぁ。

それがあったからこそ、フジタ補佐官達も迅速に動けた。

そういう意味では、間違いなく【英雄】なんだよ、機動六課は。


予言対策部隊としての仕事も通したし、それなら大丈夫だ。


≪機動六課には、確かに功績があった。それは間違いありません。それが順当に評価されるのであれば、厳しい処分などは≫

「だと、いいんですが……それが不安でもあるんです。
量産型オーギュストの出現もあって、局の威信は徹底的に失墜しています」

「あぁ」

「元々なのはやはやては、若手の中では人気もある。スポークスマンとしての働きも大きいです。
フェイトについても同じ……六課を”アイドル”として、その人気を少しでも取り戻そうとする。そういう動きもあるようで」


……何てことはない。最高評議会はいなくなったが、六課の名前は利用され続けるわけだ。

少なくとも今、ハラオウン一派のスキャンダルは困るって話だ。


「それなのにリンディ提督が処分されるとアウト。だからこその表面的な持ち上げってわけか」

「その母さんも古株では、”アイドル”のようなものですから。
……レティ提督やロッサにも相談しましたが、やはり同じ結論でした」

「……レティ提督、何だって。入局時代からの親友なんだよな」

「フェブルオーコードの件も含めて伝えましたが、本当に……信じられない様子で」


そりゃそうだろうなぁと、またピザを一口頂く。


親友がおかしくなった。しかもそれは元に戻せない。

本人の願望を解放しているだけで、抑えも利かない。

しかもそれが、自分達の関わった事件が原因。


止められるタイミングもあったとなれば……やりきれないさ。

とにかくだ、提督が”不安”なのも分かった。なのでちょっと発破をかけよう。


「これからどうすればいいか。その答えならあるぞ」

「え」

「確かに六課は必要だった、そこまでは否定しない」


枝豆を口に放り込みながら、やや放り投げ気味にそう言う。すると提督が顔をほんの少しだけ上げた。


「知ってるか。どうしようもない絶望を突きつけられたとき、人は四段階を経るという」

そう言いつつ、右人差し指から小指までを順に立てていく。

「その現実を否定し――。
怒り――。
諦め――。
最後に希望を見つける」

「諦め?」

「受け入れるって意味だ。これは心理学でも言われている、絶望を乗り越えるプロセスでな」


いわゆる【俺は悪くねぇ!】っていうのもな、別にいいんだよ。

否定し、怒り、諦め――そうした上で、人は新たな希望を見つける。


恐らくクロノ提督達は、この初期段階で止まっている。だから困惑が続くんだ。


「腹が立たないのか、アンタは」

「腹が」

「必要だった、正しかった。本気でそう思うなら……腹が立たないのか!
否定されたことではなく、その結果でもなく――自分達を利用した奴らに!」


……そこまで言って、苦笑しながらお手上げポーズ。


「……って、シャンテちゃんが言ってたことなんだけどな、これ」

≪ヒロリス女史も言ったそうですよ、アギトに。さてクロノ提督、あなたはどうですか≫

「それなら、あります。……どうしてなんだ」


提督は拳を握り、テーブルを叩(たた)く。

……いや、寸前で止めた。料理が駄目になったらと、恐れたんだろう。


だが怒りに震えていた……その拳は、その目は、どうしようも内怒りに震えていた。


「なぜ母さんも、フェイトも、腹立たしくないんだ……! 僕達も悪い!
それは当然だ! 僕達だって利用を――犠牲を当然とした!」

「あぁ」

「だが、それでも夢だった……六課は、僕達の夢だったはずだ!」


提督は最高評議会だけに怒ってはいない。

奴らに利用されたこと。それだけの”隙(すき)”を作ったこと。

結局似たようなことをした自分――その全てに怒っている。


「その夢を踏みにじったのは、最高評議会……だが、僕達自身でもあるはずだ――!」


だからこそ自分にも怒る。

それは必要な怒りだ。

絶望に怒らなければ、怒り尽くし、疲れ果てなければ――。


その先の受容へはたどり着けない。

だがリンディ提督は、ハラオウン執務官は、シスター・シャッハはそれを持っていない。

はっきり言えば全員、一段回目で止まっている。


ただ自分達が否定されること、それに対し怒っている。

そうして否定した奴らに怒っている。

利用し、貶(おとし)めた最高評議会ではない……決してない。


夢を台なしにした、自分達にではなく……その意味は実に簡単だ。


奴らは六課にとって、とても良き王だったからだ。


自分達を見込み、出世させ、将来を保証してくれる。

そんな賢王に傅(かしず)いているんだよ。

たとえ無意識といえども……だから疑われる。だから信用できない。


だからこそ奴らは……戦いの後でも、裏切り者として扱われ続ける。


「まずは怒れ。奴らに怒り、醜いほどに怒り……そうしてそれにすら疲れ果てたら、改めて現実を受け止めればいいさ」

「これで、いいんでしょうか」

「いいんだ。本当に正しいと思うなら……その夢が真実だったと言えるのなら」

「言える……言えます! 僕は――!」


どうやらクロノ提督は大丈夫らしい。

その怒りがあるなら、その悔しさがあるなら――。


≪……主≫

「嫌みじゃない。本当に、そういうものなんだよ」

≪えぇ、そうですね≫


すすり泣くような声は聴こえないふりをして、またピザをかじった。

クロノ提督は泣き続ける――悔恨と、恐怖と、未来へ続く怒りを滲(にじ)ませながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


姉御の問いかけに答えられず、アギトさんは完全にへし折れた。


謝っても許されない――。

ただ一面だけを見て、ただそれだけを救う。

それを強いたアギトさんには、確かな罪があった。


同時にそれは、私達全員にも突き刺さるもので。

なので……引きこもり状態のあの子も引っ張り、軽くお話です。


「――ヒロリス女史は言っていた。怒りの矛先を間違えてはいないかと。それは、姉にも突き刺さる言葉だった。
姉は自らの立場を理由に、振るう刃から、生まれる痛みから目を背けていた。お前はどうだ」


その子は頭に包帯を巻いたまま、静かに顔を背ける。

白いテーブルからも、真正面に座るチンク姉からも。


「ノーヴェ」


……ノーヴェはひん死状態で確保された。

頭に直撃を食らったんだけど、弾丸が頭蓋によって逸(そ)れてね。

脳へのダメージも最小限で、蘇生(そせい)できたんだ。


まぁ、その後アインへリアルの誤爆で、また死にかけたんだけど!

だから私や、完治したウェンディ達と違って、ノーヴェは包帯だらけ。

でもそれだけが理由じゃない。スバルやティアナとの面会を、避けているのは。


「アタシは……」

「姉やトーレ達が傷つけられ、荒ぶっていたのは聞いている。だが……もうやめておけ。
姉達は紛(まぎ)れもなく罪人だ。自らの生まれを一番に蔑み、不要と断じていたのは、姉達だ」

「何でだよ……何で、アイツらと同じことを言うんだ……! アタシは!」

「調子がいいとは思っている。嫌になるほどにな」


ノーヴェにとっては、受け入れ難いか。

実はノーヴェ、現状に納得がいっていない。

拘置所行きでもいいって言って憚(はばか)らないし、更正プログラムでも反抗的。


ううん、混乱していると言うべきか。

今まで教えられたことと、全く逆な生活。

何よりチンク姉のためにも怒っていたのに、そのチンク姉がアッサリ手の平返し。


だから引きこもり、スバル達とも会おうとしない。……このままじゃ、駄目なのにね。


「だが三佐やGPOの方々と話して、思うところができたのは事実だ。……姉はもう一度、学びたいと思う。
知識ではなく経験で、この世界を――ノーヴェ、お前にもついてきてほしい」

「嫌だ……拘置所に、送ってくれ。アタシは……戦機だ……負けたんだ。だったら不要だ……不要なはずなんだ……!
なのに、どうしてだ! チンク姉にはプライドがないのか! いや、それはお前達もだ!」

「ノーヴェ」

「のうのうと生きてやがって……あんな奴らに媚(こ)びへつらって、笑い合って! 何でだ……何でなんだ!」

「まぁまぁ。それについても」


そこでウェンディが気楽に笑い、ノーヴェの肩を軽く叩(たた)く。


「ぐがぁぁぁぁぁ!」


そしてノーヴェは痛みに苦しみ、床に倒れてぎったんばったん。


「あ、ごめんッス! まだ治ってなかったッスね!」

「いや……治るどうこう以前の問題ですが」

「ひん死状態でアインへリアルの誤爆を受け、全身ぼろぼろでしたしね。
私やオットー、ウェンディはまだ軽傷でしたが」

「というか……私も、気づいたら木の枝に引っかかってた」


そう次々と供述する、オットー、ディード、ルーお嬢様。

三人ともあの現状はあり得なくて、クール系ながら眉間に皺(しわ)が寄っていた。


「……一撃でノックアウトされて、死に神に追いかけられた私、まだ運が良かったんだなぁ」

「……それもヒドいだろ。だがノーヴェ」

「見損なったぞ、チンク姉……そうだ、アタシも拘置所に行く! どうしても駄目だって言うなら、何人か殴り殺して」

「お前が恐怖しているのは、我々を許した三佐達だろ」


……チンク姉の淡々とした指摘に、荒ぶるノーヴェが停止。

その表情に、確かな怯(おび)えを見せた。


「……正直、姉も怖い。なぜ許せるのか……なぜ、やり直すことを認めてくれるのか。
理解できないところがある。だが”それ”から目を背けては、前には進めない……そうも感じているんだ」

「だね……私もチンク姉と同感。ノーヴェ、私達には知らないことがたくさんだ。まずはそれを一つ一つ受け止めよう。
拘置所へ行くかどうかは、その上で決めればいいよ。そのときは、お姉ちゃんも何も言わない」

「何で、だよ」

「でも一つ約束――ここで、そんな真似(まね)は絶対に許さない。ディードやオットー達を巻き添えにするつもり?」

「何で、怖くないんだよ……アイツらは、きっと殺す……アタシ達が、殺そうとしたように……!」

「それでも構わない。それもまた、姉達の受け入れるべき結末だ」


それから逃げることも許さない。

引きこもって、ただ逃げることはできない。

それは罪を数えることにならないし、変わることもできない。


チンク姉は矛盾に苛(さいな)まれながらも、腹を決めたみたい。だから私もついていく。

ノーヴェもその覚悟を感じ取り……頷(うなず)くことはできないけど、涙をこぼす。


まずは一つ――一つずつで、いいよね。たくさんだから、一度には無理だし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


聖王教会――カリムの執務室へ、いつものようにふらっと遊びにきた。

そしていつものように紅茶を頂く。


でも空気が重い。

向かい側に座るカリムや、その傍らのシャッハも表情が冴(さ)えない。

……今日は来ない方が良かったかなぁ。


「ねぇロッサ、査察部の方は」

「僕は何も答えられないよ」

「そう、よね」


二人でまた沈黙して、紅茶を一口。というか、紅茶を飲まないと間が持たない。

カリムは恐らく、『査察部は機動六課に内偵などはしているの?』と聞こうとしていた。


うん……答えはイエスだよ。

表立っては言っていない。ほら、僕は関係者だから。

でもね、さすがに分かるんだよ。これでも査察部務めは長いしね。


人員の動き方とか、上司が私用と言って早めに帰る姿を見たら……そりゃあね。

査察部は査察部で、部内独特の隠語や動き方っていうのがあるんだよ。


「ただ……言えることもある」

「本当ですか、ロッサ! お願いします、助けてください!
彼女達に罪があると言うのなら、私が代わりに背負います! ですから」

「そっちじゃないし、そんなことも許されないよ」

「許されるどうこうではありません! 私は騎士として、この身を犠牲にしなくてはいけない! それが私の償いなのです!」

「シャッハ」


カリムに止められても、シャッハは相変わらず混乱状態。

恭文に謝ろうとしても、喋(しゃべ)る前にどつかれたからなぁ。

あれ以来シャンテも激怒して、距離を置いているそうで。


いや……それは他のシスター達もか。シャッハの”悪行”は既に広まっている。

平然とシスターを続けられるのが、ほんと不思議なくらいだよ。


……まぁ、リンディ提督の件があるから、放逐も怖いって感じかな。

でも鬼だなぁ、恭文も……それを知った上で、噂(うわさ)を流したんだから。


いや、ある意味当然? フェイト執務官共々、誤爆の手伝いをしたわけだし。


「それじゃあロッサ、言えることは」

「まずヴィヴィオの扱いだけど、高町教導官の要望を受けることになった」

「じゃあ養子として」

「聖王のゆりかごもないし、聖王の鎧<レアスキル>も消失しているしね。
法的後見人には、なんとマクガーレン長官達がついてくれたよ」

「あの方が?」

「決戦での縁があるから……あと、長官自身も思うところがあったみたい」


多分それは義妹でもある、パトリシア・マクガーレン捜査官絡みだろうけど。

彼女は元々、臓器密売シンジケートのアジトで発見された。

そこから紆余曲折(うよきょくせつ)あって、GPOの捜査官として働くようになったから。


そう、ヴィヴィオと経緯は似ているんだよ。そういうのもあって、パトリシア捜査官も会いに行ったとか。


「そう……よかったわ。実はね、聖王教会内部にも動きがあったのよ。
ヴィヴィオを引き取り、聖王の生まれ変わりとして育てられないかと。もちろん封殺されたけど」

「だろうね。局としても、そこは是非とも避けたい感じだったよ」

「今回は、それでいいのよね」

「うん」


その提案には、本事件でのミスを取り返す意味も……あるだろうしね。

ハニトラの件だけならまだしも、ヴィヴィオの出自を黙っていたこと。

それにより機動六課が被害を受け、ヴィヴィオが攫(さら)われ、結果ゆりかごが浮上してしまったこと。


ヴィヴィオの危険性については、ランスター二士やリインからも進言されていたのにだ。

その失態を、子どもの未来を引き受け、利用することで取り返す――汚すぎるよ、それは。

でも安心したよ、カリムも同じ感じで。……シャッハは安心できないけど。


「じゃあリンディ提督やハラオウン執務官は。ルーテシアの件で、はやてが頭を痛めていたんだけど」

「それが二つ目。やっぱりリンディ提督については、囲い込み状態だった。
表向きはともかく、彼女は一般の命令系統から完全に外されている」

「その関係から、法的後見人も外されているのね」

「そんな……なぜですか!」


安心できないのは、正しい危惧だった。こんなことを自覚なく言い出すんだから。


「なぜ? 君やフェイト執務官のせいだよね」

「だったら、私を処分してください! 提督や執務官ではなく、私を! 私が彼女達の分まで、罪を償います!」

「それは無理だ。命令したのは提督であり、それを主だって引き受けたのはフェイト執務官。
そして君は……巻き込まれただけの外部協力者だ。スカリエッティのアジト自爆阻止に協力した、善意ある……ね」


徹底した皮肉も込めて言い切ると、シャッハの顔が真っ青になる。


「この流れだと二人はもちろん、クロノやはやて達の出世も難しいだろうね。
現場レベルならともかく、上層部の受けは最悪と言っていいだろうから」

「それは、はやて達自身に対して?」

「いいや。……ハラオウン母子のせいだ。二人のせいで、ハラオウン一派全体の足を引っ張っている。
しかもリンディ提督はよりにもよって、アインへリアルの誤爆まで恭文のせいにしたから」


はっきり言えば、二人はがん細胞なんだよ。

本当の意味で頑張ったみんなに、存在するだけで迷惑をかけている。


「しかも……リンディ提督が馬鹿を言うだけならいい。従う人間がいなければね。
でも今回みたいに、”そういう人間”が多数いたら」

「例えばリンディ提督に下心を持っていた、部隊の隊長や武装局員。
例えば家族の意味を取り違えている、フェイト執務官」

「情にほだされ、冷静な判断を失った……君だ。分かるかい、シャッハ。
君達の存在が、行動が、リンディ提督の評価を下げているんだ」

「だから私が、全ての罪を背負うと言っています! 今すぐ上層部に進言を!
そのような愚行は許されません! 六課は……彼女達は、ミッドを救ったのですよ!?」


シャッハはそれでも納得しない。

分かっているはずなのに、間違い続ける。


「そんな自己満足はいらない。……君が背負って消えた後、放置された彼らは誰が止めるんだい」

「その必要もありません! 彼女達なら大丈夫です……私も話します! 信じてください!」

「無理だ」

「ロッサァ!」

「シャッハ」


償いの方法なら、もう分かっているのに、それができない。

そうして恐れ続けていた。彼女達の手を払い、否定することを。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……クロノ君にも許可をもらって、二世帯住宅は解消。

同じ海鳴(うみなり)ではあるけど、住所は教えないままお引っ越し……できればよかったなー。

さすがにそれは無理でした。まぁ、それだと完全に新天地だからなぁ。


そんなアテもないので、別のマンションという形にしました。


「エイミィ……」


それでアルフは悲しげに、真新しい部屋で佇(たたず)んでいる。


「なぁ、やめてくれよ……お母さんも、フェイトも……今は、支えが必要なんだ」

「だったらカウンセリングでも受けてよ。……あ、駄目か。お母さんが自分からはね除(の)けて、調整できないんだっけ」


さすがにおかしいんで、そういう調整はしていたの。

でもお母さんが無茶して、その手の話を全部キャンセル。

動きが取れないよう、周囲を警戒してもいるらしい。


結果放置状態だよ。やっぱりまだいるみたい……お母さんの協力者は。

そういう人達が全て途絶えない限り、みんなへの疑いも消えない。


ううん、お母さんが……局員を辞めない限りは。


「でも、家族みんなで支えれば、元に戻る可能性だってあるかもしれないだろ!?
そうだよ……アイツも局員になって、スカリエッティも家族みんなで逮捕したことにするんだ!」

「アルフ」

「それなら、手柄を取ったなんて話にならないだろ!? お母さんだってきっと安心して、前のお母さんに戻ってくれる!
そうだよ、そうしようよ! アタシも話す! 家族のために……去年みたいにしてくれればいい! そう頼めば」

「そんなことをしたら、縁を切るよ」


さすがにそれは許せなくて、振り返り断言。


「もう恭文くんは家族じゃない……家族じゃ、ないんだよ!」


アルフは小さい体を震わせ、混乱のまま泣き出す。


「どうしてだよ……もうアタシ、分かんないよ……!」

「……私だって、同じだよ」


もう私達は、昔の私達に戻れない。

このまま進むしかない……全部受け入れて。

そんなのは分かっているのに、まだ踏ん切りがつかない。


どこに怒りをぶつければいいかも分からず、ただベランダにもたれ掛かり……悔し涙を零(こぼ)した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「それで三つ目。スカリエッティ陣営……というかクアットロのデータベースを調べて分かった。
彼女はフォン・レイメイが、最高評議会のスパイだと気づいていたんだよ」

「え……待って、それならどうして」

「取り込んだ理由は三つ。一つは元々仕込んでいた種子」


仮にスカリエッティ本人が死んでも……というところだよ。

種子さえ取り除かれなければ、スカリエッティ自体は復活する。

まぁ彼も科学者だし、そこは予測していたかもしれない。


仮に教えられなかったとしても、だよ。ここで残り二つが絡む。


「二つ目は彼の能力。恭文のことを考えれば分かると思うけど、やっぱり強襲向けの能力だろう?
下手に枠外から襲われても対応できないし、それならばいっそ……ここはゆりかごに立てこもった、クアットロの独断だ。
三つ目がゆりかごだよ。クアットロはゆりかご内部であれば、自分は手出しされないと踏んでいた」

「そうしてスカリエッティを生み出し、フォン・レイメイも……あれ、待って。
彼女は自分がスカリエッティを生み出し、『神』の母になろうとしていたのよね」

「そう。彼女はそのためにフォン・レイメイを引き入れたんだよ。いずれスパイとして、獣として邪魔な妹達を排除する。
仮にそれができなくても、厄介な魔導殺しである恭文と相打ちになる。そう踏んでね。実際それは正しかったわけだ」

「……恭文君、なのね。機動六課ではなく」

「あぁ、恭文だ」


それがどういう意味を持つかは、言うまでもない。

機動六課は最初から、相手にされてなかったんだよ。

まぁ傍(はた)から見たら滑稽そのものだしねぇ、ここはしょうがない。


「彼女の誤算があるとしたら、それは二つ……一つは恭文」

「そうね……ロストロギアで能力強化された相手に、ユニゾンありでも勝つんだから。もう一つは?」

「高町教導官。彼女は見くびっていたから、気づいていなかった。……彼女が撃つべきときに、撃てる人間だと」


殺しはしなかった。

でもその心は、確かに砕いた。

実際……そうだ、あの話もあった。


「拘置所に収監されたクアットロはね、ピンクを見ると怯(おび)えるようになったんだって」

「ピンク?」

「そう……どれだけ傲慢に振る舞っていても、ピンクを見るだけで錯乱する」

「あ、もしかして」

「それ」


高町教導官の魔力砲撃――その魔力光だよ。

カリムも気づいて、苦笑してしまう。


……一応言っておくと、魔王って意味じゃないよ?

ただ力を振りかざし、破砕するだけならこうはならない。

彼女の砲撃が、クアットロの悪意を――その根っこである傲慢さを砕いたからだ。


それは全てを見下し、利用していた彼女からすれば、絶対的な屈辱であり恐怖だ。

そうして一生拭えない。世の中には自らをも上回る、星のような輝きがあると。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


この牢獄(ろうごく)に取り込まれ、天上人となってから数日……眠れない日々を、過ごし続けていた。


眠るたびに、目を閉じるたびに思い出す。

”あの色”をかいま見るたびに思い出す――。

神の座から引きずり下ろされ、愛する子を奪われた痛み。


復讐(ふくしゅう)しようとも考えた。

脱獄して、あの女に今度こそ地獄を味わってもらう。

子を奪われた、母の悲しみを突きつける。


そう考えて、奮い立つの。でも、無駄だった。

そのたびにあの痛みが、私の心を砕いていく。

復讐(ふくしゅう)心をへし折り続ける。あのとき、数百もの壁を砕いたように。


頭を抱え、打ち震える……表面上は平気に見せられる。でも、心は恐怖でいっぱいだった。

あの女は、正真正銘の悪魔。正真正銘……人を殺すためだけに生まれたマシン。

私達よりずっと戦機らしい戦機。そして心が、魂が言っている。


あの女には勝てない……歯向かえば、今度こそ殺される。


「いや……」


死にたく、ない……今だって、恐怖し続けていた。

あの色を意図的に見せられる。看守達はもう知っている……私が、弱い女だと。

そうしていたぶられる。虫けらだと蔑んでいた奴らに、いたぶられ続ける。


そうしない理由がない。だって私がそうしてきた……私は想像力が欠如していた。

これから、私がしてきたことを、この牢獄(ろうごく)で繰り返される。死ぬまで、終わることなくずっと……!

でも地上になど降りたくない。そんなのプライドが許さないし、何より……あそこには、あの女がいる。


きっと、今度こそ殺される。あの女は私の更生など許さない。私を虫けら同然に思っている……!

私が人を虫けら同然に見ていたから、よく分かる。そうでなかったら、あんなことはできない!


「やだ……!」


でも死ぬことも許されない。死のうとしても、奴らは嬉々として私を助ける。

そもそもそんな自由すら、この部屋の中では与えられない。

神になりたいと、そう夢見たはずだった。なのに私は、天上人<虫けら>としてここにいる。


「誰か……」


だから、声を上げる。届かないと知りながら……誰にも聞こえないほど、小さな声で呟(つぶや)く。


(たすけて――!)


私はもう、神でも、戦機でもなかった。

死ぬこともできず、生きることもできず、ただ生かされている虫けら。

これから、あらゆる屈辱に塗れるのだろう。


懲罰と称して、看守達の慰み者にされるのだろう。

体の全てで奉仕をさせられ、子を孕(はら)ませられるのだろう。

簡単には死なない体だから、何らかの実験に使われるのだろう。


心が壊れようとしても、その際を見極められ、生かされるのだろう。

そんな私を見て、奴らは笑い……また、私の体をはけ口にするのだろう。


私が虫けら達にしてきた全てを、ここで返されるのだろう――。

それが私への罰――夢見たことに対する、余りにも思い罰だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「同時に怯(おび)えてもいるそうだよ。今まで彼女自身がしてきた非道を、全て返されるのではないかと」

「……それは、さすがにないわよね」

「ないよう注意している」


はっきり【あり得ない】と言えればいいんだけど、そういう状況でもない。

実際問題、彼女が作った量産型オーギュストによって、数百人の死者が出ているんだ。

彼女は分かりやすい怒りの対象であり、同じ局員であっても油断できない。


それは他のナンバーズや、スカリエッティ自身にも言えることだけど。

でも、今それは困る。彼らが関わった数々の事件は、真相が不透明な部分も多いしね。

だからそれが、全てひも解かれるまでは――。


「ロッサ……そんなことは、どうだっていい! それより彼女達のことでしょう!」


そこでシャッハが絞り出すような声で、僕へ詰め寄る。

その表情は今まで見たことがないレベルで、別人のように焦っていた。


「私にできることなら、どのようなことでもします!
ですから、騎士カリムと一緒に進言を! そうして提督達の窮地を救うのです!」

「無理だよ」

「そんなことはありません!」


だから拭えない――暗にそう言うと、シャッハは必死に首を振って、僕の首に両手を伸ばす。


「ちょ、シャッハ!」

「いいから査察部に案内しなさい! 私が話します! 彼女達が裁かれる理由などないと!
何度言わせれば気が済むのですか……私が裁きを受けます! だから」

「それは……自己満足だと言っただろう!?」

「黙りなさい! 私は今度こそ、正義を成すのです!」

「シャッハ、やめて」

「だから私を裁いてください! リンディ提督もきっとやり直せます! 私が話します!
恭文さんにも頼みます! 彼女がやり直すまで、局員となり、家族として支えてほしいと! だからお願いします……だから」

「やめなさい、シャッハ!」


カリムの一喝でシャッハがハッとし、僕から離れる。

悔しげにうな垂れるシャッハを、カリムが優しくなだめた。


「もう、遅いのよ。ロッサの言う通り……今必死になっても、本当に遅い」

「嘘です……今度こそ、間違えずに……だから、だから」

「いいえ、間違っている。……あなたは自分から変わろうと、動こうとしていない。それは……繰り返しよ」

「嘘です……!」

「嘘じゃないわ。だったらどうして、恭文君に局員になってほしいと言うの」

「嘘です! だって、それなら私は……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


そこで二人は一緒に涙を零(こぼ)す。シャッハも悔しげに崩れ落ち、床に膝をついた。


「どうすれば、いいのですか……どうすれば取り返せるのですかぁ! 全て私のせいなのに!」

「取り返せないわ。シャッハ、それを受け入れるの」

「嫌です! 何か、方法が……きっと、何か……何か……!」

「……まだ分からないのかい。そんなものはない」


そんなのは無駄だ。全ては遅かった。

六課を設立し、はやて達に運営を任せた――そこから決まっていたんだ。

その全てがとても愚かな間違いだった。僕達は間違えてしまったんだ。


「取り返せないよ。過去は……もう取り返せない。でも僕達は」


そんなことを言う僕もまた、罪人だ。

その間違いを止められず、正せず、突き進んでしまった。

そんな自分への怒りは今なお、胸の中でたぎっている。……だからこそ。


「その上で、先に進んでいくんだ――!」


シャッハはぼう然とし、また泣き出した。子どものように、震えながら。


……シャッハはもう、裁きを受けているのだろう。

否定しきれない現実に流され、”このまま”生きていくのだから。


でも僕は違う。変わりたいと――この間違いに負けたくないと、心が震えている。

それがかがり火だと信じて、僕達は歩いていく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここはミッド郊外にある墓地。

昼下がりにアースラを降りて、ナカジマ三佐とそこに来ていた。


理由は……墓参りだ。

ここにはゼスト・グランガイツと、レジアス中将が眠っている。

あとはゼスト隊の方々だ。


「いや、しかし今回は助かったぜ。お前さん達が頑張ってくれたおかげで、戦闘機人事件も片が付いた」

「いえ……そちらはやはり、蒼凪達の働きが」


悲しいかな私は、やはり古い騎士だ。

そう言った電子戦については、若い奴らに著しく劣る。

一応常識程度には、勉強しているのだが……実戦となるとなぁ。


いや、それでも……続けてはいこう。

できるかどうかではなく、まず変わりたいと思い、実行すること。

それがこの先の導(しるべ)になると……今回の件を通し、強く感じた。


「……あの、私はなぜ。いや、スバルは分かるんですけど」

「ギン姉の代理だしねー」


そうそう、ティアナとスバルも引っ張ってきた。

テスタロッサとやり合って、落ち込んでいた様子だったからな。


「まぁいいじゃねぇか。今後の進路についても、また相談したかったからな」

「予定では、元の部隊へ戻ることに」

「それなんだが……二人とも、結論は少し待ってもらえるか」

「どういうことですか?」

「実は六課の働きが着目されたのか、他の部隊から幾つか話が来ていてな。……ハラオウン関係以外だぞ?」


ティアナが警戒してもあれなので、念押しはしておく。


「今のところ我々隊長陣が中心だが、お前達の分もありそうなんだ。現にバックヤードやヴァイスにも」

「え……それって、スカウトってことですか!? 私やティアが!」

「なので改めてになるが、部隊長も話をしたいそうだ。覚えておいてくれ」

「分かりました! やったね、ティア! もしかしたら一気に執務官コースかも!」

「……そうね」


ただティアナの反応は芳(かんば)しくなかった。相棒が明るい分、どうしてもな。


「でも私、もしかしたら……局員を辞めるかもしれないし」

「え……ティア、それってやっぱり」

「なんかもう、いろいろこんがらがって。今なら嘱託でも資格は取れるしさ」

「だったら余計に短慮は起こさず、時間をかけて考えてみるといい。……私も同じだ」


私も同じだと苦笑し、その背中を軽く叩(たた)く。

するとティアナは驚きながら、私を見上げてきた。


「いや、それは三佐も、ギンガも……局員なら誰でも同じだ。だが絶対に必要なことだ。
”我々”は掲げた正義を裏切った。だからこそ考え、一歩ずつ歩き直すんだ」

「シグナム副隊長」

「ん……そうだよ、ティア。何を繋(つな)ぎたいか、何を届かせたいか――一つずつ、やり直していこうよ」

「……迷走しまくったアンタに言われると、屈辱だわ」

「あ、ひどいー!」

「否定できないだろうが、タコ」

「父さんまでー!」


そう言って笑い、しかし厳かに進んでいく。

変わるために、道を探すために――。


「なら」

「私か? とりあえず……あの子と話そうと思う」

「アギトですか」

「私も怒りの矛先を間違え、お前達を裏切った。……だから放っておけない」


少しずつ省みているようだが、改めて話したい。


我々は何に怒り、何を省みて、どう進んでいくべきか。

焦ることはない。どんな思いも強すぎれば、どこかに無理を生じる。

だから少しずつ、考えてみよう。……それで構わないよな、リインフォース。


「……あれ、あの人」


墓にたどり着くと、その木陰に人の気配。

そこから静かに出てくるのは、Yシャツ姿のオーリス三佐だった。

オーリス三佐は自嘲しながらも、驚く我々にお辞儀。


そうして黒スーツの男達に連れられ、この場を去っていく。


「父さん」

「いいじゃねぇか。……気持ちは伝わっているだろ」

「……うん」


……その姿を静かに見送り、我々も墓を見つめる。

花を、哀悼を添えられ、輝く墓石達を。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


僕だって貴重な夏を潰した関係で、やりたいことどっさりなのよ。

例えば遊戯王5D's、仮面ライダーキバ、炎神戦隊ゴーオンジャーの続きを見たいしさ。

最近始まったガンダム00の二期も見たいし、ヒロさん達の約束も守りたいしさ。


そうそう、イギリスにも行かなきゃ。

フィアッセさんと会いたいってのもあるけど、あっちには大事な友達とメイドさんが留学中。

いろいろ迷ってるっぽいし、また話したいんだよね。


ミゼットさんに言われるまでもなく、僕はミッドを飛び出そうと考えていた。


みんなが学校にいる間、お礼も兼ねて本堂や家のお掃除。

それも一段落して、縁側に座ってのんびり。


空を見上げると、とても青く澄んでいて……ここはいいところだなぁ。

というか、もう秋かぁ。夏はあんなに暑かったのに、嘘みたいな心地よさだ。


「ねぇアルト」

≪なんですか≫

「僕、もう局の仕事に関わるのやめるわ」


ふと思いついたことを言ってみる。アルトは驚きもせず、いつも通り受け入れてくれる。


「てーかやってらんない」

≪それがいいと思います。でも、それだとどうやって生活します?≫

「どうせまた、適当に巻き込まれるでしょ」


伸びをしながら立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。


「退屈させてくれないもの、この世界は」

≪そうですね、それでまた派手に暴れますか≫


戸締まりは既にしているので、早速お出かけ――。


「まずはガンプラバトルの修行だね。世界大会を目指すなら、もっともっとレベルアップしなきゃ」

≪ガンプラ塾なんてのもありますしね≫

「いっそ横浜に引っ越そうかなぁ。港署なら面白いことたくさんだし、ヴェートルにも負けてないし」


雛見沢(ひなみざわ)分校で部活……部活……大事なことなので、二度言いました。


「でも、まずは部活だ……勝ちに行くぞ! おー!」

≪私も頑張りますよ。あなたを罰ゲームに突き落とすため≫

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

≪あなたを弄(いじ)るのが、私の楽しみなんですよ≫

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


――こうして新暦七十五年の夏は、様々な痛みや重さを残した上で過ぎ去った。


「……楽しそうですねぇ」

≪「え!?」≫


というか、去年とさほど変わらないってあり得ない。


「リ、リイン! なぜここに!」

「お休みもらって、追いかけてきたです! とんぼ返り予定ですけど! 恭文さん……ぼくっ娘にフラグ、立てているらしいですね」

≪なぜそれを!≫

「おのれも認めるな!」


それでも前を見られるのは、やっぱり相棒達のおかげ。だから今だって笑える。


「ま、待ってリイン。それは誤解が」

「問答無用なのです! 恭文さんの元祖ヒロインはリインなのですよ!?
なのに他の女の子に浮気しまくり……そんなの許さないのですー! 今日こそ既成事実なのですよ!」

「できるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


戦いはもう終わり、日常が始まる。


「待つですよー! リインからは逃げられないのです!」

「八年後に出直してこーい!」

≪じゃあ私は、GPSで位置情報を送って≫

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ! ちょ、来ないで……鬼の形相で来ないでー!」


しばらくその日常の中でのんびり過ごそう。

そう思いながら、アルトと一緒に走り出す。次の戦いはもうすぐだった。


というか、すぐ後ろ……はやてに連絡しなくては! リインにも更正プログラムをー!


(MISSION COMPLETE――『とある魔導師と機動六課の日常』へ続く)







あとがき

恭文「というわけで、長かったJS事件リマスターも終了。お付き合いいただき、ありがとうございました」


(ありがとうございました)


恭文「最後のタイトルは憤怒(ふんぬ)――怒り絡みの話が多かったので、最終回のタイトルとは思えないこちらに」

古鉄≪否定し、怒りを吐き出し、その上での受容――。
機動六課の日常から続く話は、その経過とも言えるわけで≫

恭文「結果失敗した方々が何人も」


(特に同人版はヒドかった)


恭文「というわけで、お相手は蒼凪恭文と」

古鉄≪どうも、私です。しかし終わりましたね……自伝出版、できますかねぇ≫

恭文「できるよ、きっと。なので今のうちにまとめておこう」

古鉄≪アルトアイゼン教も準備しておかなくては≫


(古き鉄コンビ、揃(そろ)ってウキウキです)


古鉄≪それはそうと、ランサーピックアップはどうするんですか≫

恭文「あぁ、それなら引かないことにしたよ。石は第七章まで溜(た)めておく」

古鉄≪またどうして≫

恭文「気づいたんだ……僕は、ガチャの闇にハマりつつある。ただ引きたいだけだと。
でもそれじゃあ駄目だ……それじゃあまた、爆死……怖い……爆死……怖い」

古鉄≪……課金しての五十連、尽く沈んでますからね。さすがにトラウマですか≫


(説明しよう。古き鉄は三蔵法師、及びイリヤ狙いの課金五十連で、尽く負けているのだ)


恭文「なので福袋みたいな確定ガチャ以外は、課金しないように」

セイバー「こほん」

恭文「課金しないように、無課金で頑張る!」

セイバー「こほんこほん!」

恭文「頑張るよ、僕はー!」

セイバー「ごほんごほんごほん!」

古鉄≪……アルトリアさんが、引いて欲しそうにこちらを見ていますが≫

恭文「やめて……その視線、やめて。というかセイバー枠? セイバー枠とかやめて……数多いじゃないのさ、あのピックアップ」

古鉄≪キャスターよりはマシですけどね。あ、ジャンヌさんが≫

ジャンヌ(Fate)「じー」

古鉄≪アサシン枠を引いて欲しそうに……今回、ジャンヌさんはアサシン枠と一緒にされてますから≫

恭文「やめてー!」


(そうして差し出される、通帳の数々……古き鉄の戦いは終わらない。
本日のED:舘ひろし『冷たい太陽』)


あむ「まぁ、無理のない課金は大事だよね。……でもこれでリマスターもおしまいかぁ」

恭文「予想外に長くなって、大変だった。でも楽しかったー」

古鉄≪やりたいこと、めいっぱい詰め込みましたしね。機動六課の日常もリマスターするなら、この調子でいきましょう。
……なおEDは、私とマスターが赤レンガ倉庫を走り回っている映像です。こう、映写機で映し出しているような≫

あむ「それまんまあぶ刑事じゃん!」


(おしまい)





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あきゅろす。
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