小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
act.32 『星光(スターライト)』
最初の記憶は、白い壁と白衣姿の奴ら……そして幾度と繰り返される、苦しみの時間。
分かっているのは、自分が奴らにとって”都合のいい存在”ということ。
生かさず、殺さず、自由も、尊厳も与えず、利用し続けていい存在ということ。
自分のロードが誰かも、どうしてここにいるのかも分からず、ただ壊されていく。
少しずつ、心が壊れて……死んでいくんだろうなと、漠然と思っていた。
……あの日までは。
――連れていかないの?――
――これは真正(しんせい)ベルカ式のユニゾンデバイス……それも、古代から出土したオリジナルだ――
――だからこそあの人達も、実験材料にしていた……もう無理だけど――
いきなり施設を襲撃した、槍騎士と小さな女の子。
対応に出た魔導師も、職員も全てやられ、痛みと炎の中で呻(うめ)き続ける。
――局の魔導師が気づき、すぐ駆けつけてくる。そうすれば丁重に保護されるさ――
――そこでもまた、実験動物――
――ここの連中よりはずっとマシだ――
裸だったアタシは、ハンカチを毛布代わりに羽織り、地面に座り込んでいた。
行く当てもなく、道もなく、ただ見上げる……見上げて、懇願するしかなかった。
言葉ではなく視線で。
……一人は嫌だ……分からないままは、嫌だと。
――連れていこう――
――ルーテシア――
――この子もきっと、一人ぼっちだから――
そうしてアタシ達の旅は始まった。
現代のことを少しずつ学び、旦那達の現状を知った。
名前もなかったアタシに、”アギト”という当代の名をくれた。
烈火の剣精アギト――それは旦那達の正義を、このたびの行く先を照らすかがり火。
旦那達もまた、世界の裏側で抗(あらが)っていた。
懸命に生きて、誇りだけは守ろうと足掻(あが)いていた。
だから、こんな結末は嘘のはずだった。
旅の先には、幸せが待っている。
苦しみの先には、同じだけの喜びが待っている。
たとえ残るときが短くても、未来を、希望を信じて、逝けるはずだった。
そのために道を照らすのが、アタシの決意。名前を、居場所をくれた、二人への恩返し。
……なのに、踏みつけられた。
旦那の正義は、騎士としての誇りは、踏みにじられ続けた。
挙げ句、今の旦那が洗脳の結果――ゼスト・グランガイツですらないと、そう言われた。
そんなのは嘘だ。
それなら、アタシは一体何なんだ。
何のために助けられた。助けてくれた。
あのとき差し伸べられた手は、一体……なんだったんだ……!
『とある魔導師と機動六課の日常』 EPISODE ZERO
とある魔導師と古き鉄の戦い Ver2016
act.32 『星光(スターライト)』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
空から降り注いだ砲撃――それがゼスト・グランガイツの命を奪う。
察知も、追撃もできなかった。
黒い魔力の爆発に吹き飛ばされ、地面を転がる。
【シグナム!】
「大丈夫だ」
そうして起き上がり、死骸となったゼスト・グランガイツと対じ。
「だん、な……!」
アギトはバインドをかけられたまま、ただぼう然とする。
……フォン・レイメイ……ここまでとは。
「リイン、お前は蒼凪の元へ」
【……はい】
「それで例の情報も……!」
そこで突然、背後に生まれる魔力。
更に迫る脅威――それに合わせ、レヴァンティンで右薙一閃。
「なに……!」
バインドを砕き、右手刀……いや、手がから生えてきたグレイブを払い、それと交差する。
……吹き飛んだ頭部が再生した、ゼスト・グランガイツと。
それは獣のように咆哮(ほうこう)し、私と対じ……そうして跳躍し、壁伝いに中央本部へと向かっていく。
「だん、な……旦那が」
「……死亡をキーとして、暴走したのか」
【く、まさか知ってて発動させたんじゃ!】
過去にも存在していた技術だ。
普通は自爆などだが、重要器官を再生して復活するとは。
だが蒼凪は何も……いや、奴らだけではない。
ゼスト・グランガイツを歪(ゆが)められるのは、もうひと組……!
「スカリエッティ一味にとっても、ゼスト・グランガイツは捨て駒らしいな。……アギト」
「……うあぁぁぁぁぁ!」
そこでアギトはバインドを解除し、砲弾を生成。
こちらに火球を連続で放ってくる。
左に跳んで回避しつつ、踏み込もうとすると……奴は急上昇。
「待て!」
「そうだ、こんなの駄目だ。旦那は頑張った……苦しんで、傷ついて、ここまできたんだ。……なくちゃおかしい」
そう言って奴はなきながら、右手を開く。
「旦那が望んだものが、たった一つでも叶(かな)わなきゃ……おかしいんだぁ!」
そこから輝きが生まれ、思わず目を閉じる。
……その間に奴はこの場から離れ、ゼスト・グランガイツを追いかけていった。
だから私も空を飛ぶ――。
あの魔力量と力強さは尋常ではなかった。このままでは、蒼凪が……!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
オーリス三佐には……まぁ一応。
「ごめん」
謝りつつ、前に出て……ゆっくり飛び上がる。
「なぜ、謝るのですか……父を守れなかったことですか? ですがそれは」
「いや、その……体に触れてしまって」
「……あなたは、馬鹿なの……ですか」
具体的には……説明するのは後か。
奴と対峙(たいじ)しつつ、深呼吸。
左へスライド移動開始。
奴と向き合ったまま、街へと降りていく。
「最高評議会に雇われていたそうだね。依頼内容はスカリエッティの始末。報酬は犯罪歴の抹消と、研究施設・資金の提供」
≪ロストロギアと自身の”魂”を接続し、死なない体を構築する。そんなあなたの技術を、最高評議会も評価した。
……だからスカウトした、スカリエッティの後がまとして≫
「その通りです」
「お前が持っている大剣――その名は、ロストロギア【鳳凰(ほうおう)の魔剣】。
所有者を再生し続ける、呪(のろ)いの魔剣」
シャマルさんに頼んで、調べてもらったのよ。ユーノ先生を手伝うついでに。
いずれにせよ、フォン・レイメイ対策は必要だったしね。その結果がこれだ。
伝説上のものかと思ったら、実在していたわけだ。
「不死鳥は死期が近づくと、自ら炎へと飛び込み転生する。……美しいと思いませんか。
死と誕生は隣り合わせなんですよ。命というかがり火が強く、気高く燃える一瞬……それが、この世でもっとも美しい」
「僕達はとことん相いれないらしいね。……僕が美しいと思うのは、その合間」
空中を踏み締め停止。アルトを収めたまま、静かに構える。
「夢や『なりたい自分』――たまごみたいに温める、その輝きだ」
「……私はその始まりと終わりに、あなたは駆け抜ける経過に、美しさを見いだした」
だから奴は、始めることを、終わらせることを求めた。
そうして自身を輪廻(りんね)に組み込んだ。
「今分かったよ。お前は”死なない”んじゃない。
始まり、終わり、そしてまた始まる。不可逆であるべき命を、サイクルさせている」
「そしてあなたは……たとえ一度の謳歌(おうか)としても、不可逆の運命(さだめ)だとしても、後悔がないよう突き抜ける。
駆け抜けた日々と、夢見た時間に嘘はない。きっと正しかったはずだと、誇りたいから」
≪相いれませんね、いつまでも平行線です≫
……そこで奴の顔が、不愉快そうに歪(ゆが)む。
それは僕に対してじゃない。こちらへ迫ってくる魔力反応に対して。
しかもこれは、レリックと同種――僕の後方か!
ビルの合間を飛び交いつつ、ゼスト・グランガイツが接近する。
でもその姿は異様だった。肌は黒く、瞳は赤く……レリックの色に染まる。
音速の如(ごと)き刺突。それをすれすれで回避し、物質変換――。
左手で顔面を掴(つか)もうとした途端、奴は跳躍。
空間を蹴り、僕の反応速度を超越する。
……踵(かかと)を返し、背後からの刺突を防御。
アルトで受け止めた刃は押し出され、そのまま僕を吹き飛ばす。
一気に地表近くへ落ちて、滑りながらも着地。
でもすぐ後ろへ跳んで、唐竹(からたけ)の一閃を回避。
刃は地面を砕き、衝撃波を放つ。
それをアルトの逆風一閃で切り払うと、奴が肉薄。
かと思うとまた地面を蹴り、僕の死角外へ。
咄嗟(とっさ)に左へガード体勢を取り、再びの刺突を防御。
数メートル後ずさるものの、その間に術式発動……すると奴は後ずさり、距離を取った上で息吹。
「これは……」
『殺す……殺す、殺す……我々の正義を……我々の、理想を……』
≪暴走スイッチが仕込まれていましたか≫
『否定するものは、殺すぅ!』
念入りなことだ――そう思いながら、術式詠唱。
”手出ししなくていいよ”
更にアイツへ念話を送っておく。
”いいんですか? 私の不始末でもあるのに”
”元々は僕の担当だしね”
軽く返すと、奴は一旦上空へ退避してくれる。
……消耗もあるし、適当にやり過ごすか。
ジガンのカートリッジを、一発ロードした上で、詠唱していた術式を発動。
「ウンディーネ・ティアズ」
周囲で生まれた水しぶきが、体を包み込んで、更に吸収されていく。
この魔法はパーペチュアルの術式で、簡単に言えばリジェネ。
体力の消耗も極力なしにしたいし、今のうちにかけておく。
そしてこれには無反応……やっぱり、プログラム式魔法を見抜く目か。
それにこの力強さと身のこなしは、暴走状態のオーギュスト。
ただ劣化しているけど。いや、バランス取り?
普通の暴走状態だと、音楽を鳴らしただけでアウトだろうし。
『我々の正義を、受け入れろ。我々の理想を、体現しろ』
我々……やっぱりコイツ、もうゼスト・グランガイツじゃない。
奴は八年前に死んでいる。そこから生まれたのは、最高評議会のスポークスマン。
表面上は本人を装っていても、その根っこにあるのは奴らの傲慢さ。
これこそが、今まで世界を動かしてきた悪意。
奴らも正しかったはずなのに……やっぱり、一生戦いか。
『貴様が魔法を捨てればいい……貴様が悪魔の力を、捨てればいい。
でなければ粛正する……今度こそ、正義を持って粛正する。天は今、俺に味方した……!』
「そうやってメガーヌさんや、ギンガさんの母親達を殺したわけか……お前は」
図星を突かれたのか、奴は袈裟一閃。
それに押し込まれ、防御しつつ、術式詠唱――!
≪あなたがそこまで正義に拘(こだわ)る理由、当ててあげましょうか≫
すると奴は右ミドルキック。
魔力を纏(まと)わせ、ドリルのように回転させていた。
素早く距離を取ろうとすると、嫌な予感が走る。
慌てて左に跳び。
「おりゃあぁぁぁぁぁぁ!」
頭上から打ち込まれた砲弾を、全力回避。
ドリルの切っ先が左脇を掠(かす)め、血を吐き出す。
更に奴は身を捻(ひね)りながら、右薙の斬撃。
それを何とか防御するも、刃が首筋すれすれまで迫る。
その刃が……魔力が、首の皮を斬り、血を流す。
やっぱ反射速度では負けているか。パワー負けもしている。
「死ね……悪魔がぁ!」
また飛んでくる砲弾。それに合わせ、ゼスト・グランガイツを蹴り飛ばして退避。
ノーモーションで放ったスティンガーにより、その全てが撃墜。
でも奴は……烈火の剣精は、懲りずに僕達を威嚇する。
「アギト……まだ分からないらしいね」
「なぁ……死んでくれよ……それが嫌なら、旦那の言う通りにしてくれよ! 旦那には必要なんだ!
ここまで苦しんだことへの報酬が! 未来への希望が! お前達がほんのちょっと譲ってくれるだけで」
奴は両手を振り上げ、大型火球を生成――。
「旦那は……旦那は! 幸せに死んでいけるんだぁ!」
≪それこそが最高評議会のやり方でしょ。……あなた達は、既に魂を売っている≫
「違う!」
「ヴァリアンス!」
カートリッジを併用した上で、術式発動。それにより、僕の体が炎に包まれた。
ヴァリアンスは炎属性の強化魔法で、身体能力を上げる効果がある。
身体能力を跳ね上げる中、更に術式を詠唱――。
≪あなたはずっと怯(おび)えていた。あなただけが部隊の中で生き残ったから≫
放たれるそれを、空間接続で吸収・反射。
そのままアギトへと跳ね返しておく。
それも至近距離――背後に。
「な……!」
奴は自らの爆炎を食らい、そのまま飲まれていく。
これがゼスト・グランガイツ対象なら、アッサリ回避はされた。
でも距離が離れた後衛だよ? カバーする道理もない。
「……まだだぁ!」
それでもしつこく火球を放つので、ゼスト・グランガイツの連続刺突を捌(さば)きつつ、奴の体を盾に回避。
正確には脇へ逸(そ)らすしかないよう、誘導していく。
「くそ……卑きょう者がぁ! 何度も言わせるな! これは騎士とその従者による、正しき誅伐だ! 大人しく受け入れろ!」
≪仲間が死んだのは誰のせいですか。レジアス中将のせい? ……いいえ、一番の原因はあなたです。
あなたが事件の危険性を見誤り、むやみに仲間を巻き込んだせい≫
「黙れぇ!」
こちらは術式を更に詠唱――もう一度ヴァリアンスを発動する。
「ヴァリアンス!」
はい、重ねがけも可能です。
結果身体能力が更に増強され、もう打ち負けるようなこともない。
術式発動――足下から杭(くい)を射出すると、ゼスト・グランガイツは僕の背後に回り込む。
そこを狙い、その懐へ踏み込み鉄山靠。
起き上がる勢い、地面を踏み締めた反動。
体全てで使って生み出した衝撃を、奴の体にたたき込む。
もちろんヴァリアンスの重ねがけにより、倍増した身体能力も加味される。
結果奴の肋(あばら)がへし折れ、血へどを吐きながら、大きく吹き飛び転がった。
「旦那ぁ!」
奴が起き上がっている間に、マジックカードを五枚取り出し発動。
回復魔法の重ねがけで、失った体力と魔力を強制補給する。
≪あなたはずっと、そう思っていた。そうしてずっと怯(おび)えていたんですね。
自分のせいで……”自分のせいで”と怯(おび)え、同時に逃げてもいた≫
『黙れ……俺は、ルーテシアの……アギトの未来を守る。そのために、貴様が邪魔だ……悪魔の能力者が!』
「その通りだ! 旦那、アタシがついてる! そんな卑きょう者に負けることなんてない!」
「イグゾールト」
僕の周囲に光の盾が複数生まれ、周囲を回転しながら吸い込まれてくれる。
というわけで、もう一度詠唱――すると奴は跳躍。
地面を蹴り砕き、ビル外壁をジグザグに飛び、そのまま僕の背後へ回る。
振るわれたグレイブを防御すると、奴の左手が顔面に迫る。
即座に転送発動――。
距離を百メートルほど取ると、奴の手の平から魔力スフィアが生まれ、瞬間砲撃。
射線上にいたら、頭が吹き飛んでいた。
でも離れたところで意味はない。
転送位置を見抜かれているため、奴は疾駆――。
≪守れませんよ、あなたには≫
こちらに刺突を放つので防御……今度は耐えきれず、吹き飛ばされてしまう。
そんな目くらましの間に、術式が詠唱完了。
「イグゾールト」
もう一度光の盾が展開し、術式が重ねられる。
そのまま着地し、距離を取る。
≪自分の罪からも逃げている、あなたには≫
『逃げているのは貴様らだ……償え……死を持って、貴様らの罪を償え。
英雄の弟子でありながら、愛機でありながら、その気高さを汚す貴様らには』
そして奴は魔力を迸(ほとばし)らせ、周囲の地面を、ビル外壁を抉(えぐ)り、殺気を向け続ける。
『もはや死を持ってしか、償いの道はない!』
≪ガタガタ抜かさないでくださいよ、人形が≫
『黙れ、機械風情が!』
≪それを決めるのはあなたじゃない≫
「結局お前は、そうやって逃げ続けた。……そしてお前は」
左手でアギトを指差し、その愚かさを指摘する。
「主と慕いながら、その間違いを正すことから逃げた」
「黙れぇ! アタシも、旦那も逃げてない! 逃げているのは」
「お前達だ」
「……お前には、本当に……人の心がないのか。旦那が、何をした。ここまで貶(おとし)められるようなことを……何もしちゃいないのに!」
「してるだろうが。お前の身勝手さで、ギンガさん達は母親を亡くした。ルーテシアも、メガーヌさんも、人生を歪(ゆが)められた」
『黙れぇ!』
そうして奴は駆け出す――その上で右手を突き出し、またあのバンカー砲撃を放つ。
なのでビルの脇に入り込んで退避。
衝撃の爆発を背に走ると、ゼスト・グランガイツが追撃。
一気に数十メートルの距離を縮められるけど、そこで転送発動。
たとえ術式が読まれたとしても、対応しにくい領域というのは存在する。
それが連続転送ならなおさら。
ビルの合間をくま無く移動し、奴の追撃を振り回しつつ、更なる術式を発動。
先をあえて読ませ、ゼスト・グランガイツを回り込ませ……更に転送。
奴の七時方向にある脇道へ辿(たど)り、今度はビル内部へ。
避難が済んでいるビルへ入ると、すかさず奴が上昇。
それに合わせ再度転送し、今度は地下二階の食堂へ。
すると奴はこちらに切っ先を向け、砲撃発射――。
増大した魔力で壁抜きをし、僕に迫ってくる。
なのでそれに合わせ、別のビルに移動。
同じく地下へ走り、転送発動……と同時に疾駆。
あえて転送範囲から外れ、また別のビルへ映ったように見せかける。
もちろん地下だよ。
≪荒れてますねぇ。砲撃を何発もぶっ放してますよ≫
「馬鹿な奴」
その上で全力疾走――。
魔力を消し、上がった身体能力で階段を駆け上がり、地上へ出る。
≪ゼスト・グランガイツ、地下へ突入しました≫
「ならいけるね」
その上で跳躍――ビルの合間を三角飛びで急上昇。
「リミッター解除の弱点は、改善できているようだね」
≪えぇ、でも甘い≫
そう……甘いよ。あれからアルトと協力して、あのときのVRトレーニングは”死ぬほど”積んでいる。
リアルとのすり合わせには、ちょい時間がかかったけど……もう問題ない。
もう一度言う、あれは劣化だ。量産型オーギュストと同じ、ただの劣化。
劣化ごときに負けるほど、僕達は弱くない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
旦那は生き返った。それに旦那の動きを見れば、理解できる。
旦那は奴の術が読める……きっと、神様が力を与えてくれたんだ。
旦那は間違っていない。旦那は理想を叶(かな)えていい。
それが旦那の報酬だから、きっちり受け取れって……そうだよ、そうじゃなきゃおかしい。
だからこれでいいんだ……旦那の罪は、全部アタシが背負う。
アイツが死ぬけど、その罪もアタシが償う。
悲しむ奴もいるだろうけど、その恨みもアタシが背負う。
旦那は死ぬ、そんな苦しみを背負っちゃいけない。
ただ安らかに……理想を叶(かな)えたと、そう思いながら逝けばいい。
それに大丈夫だ、結果的に世界は幸せになる。旦那が世界を変えるんだ。
瞬間詠唱・処理能力者がいない世界は、それで形作られるんだ。
みんな喜ぶに決まっている。同族が続いても問題ない。
【英雄】ゼスト・グランガイツに倣い、きっと同じように芽を摘み取っていく。
もうアイツらみたいな、悪魔が生まれないように……だから、死んでくれよ。
お前は確かに、正しいんだと思う。でも正しさより、守るべき幸せってものがあるんだよ……!
旦那は幸せになる権利がある! お前が死ぬことで、それは達成される!
だったらお前は、瞬間詠唱・処理能力者は死ななきゃいけない! お前達は生きてちゃいけない命なんだ!
あの戦闘機人どもや、変態ドクターと同じ! そういう命は殺さなきゃいけない!
それが旦那の正義……旦那が描いた、理想の世界なんだ! それを形にしなきゃ、旦那は浮かばれないんだ!
どんなに歪(ゆが)んでいたっていい!
どんなに間違っていたっていい!
旦那には今ここで、たった一度……間違う権利がある!
世界のため、正義のため戦い続けた、その報酬をもらう権利がある!
「そうだ、罪を背負う覚悟はある」
ゼスト・グランガイツは英雄になる――。
「それが旦那への恩返し……アタシにできる、最後の義理立てだ!」
ヘイハチ・トウゴウを超える、真の英雄に!
英雄の面汚しを始末した、正義の体現者に!
大丈夫だ、旦那! その道はアタシが守る!
神様だってきっと、許してくれる! 今まで苦しんだんだ、たった一度くらい。
「嘘をつけよ」
……そこでゾッとした。
背後に飛び込んできた気配……旦那はビルの地下へ入り込んだはず。
なら、アイツもそこにいなきゃ、おかしい。
なのに……アイツの斬撃を受け、アタシは体を抉(えぐ)られ、吹き飛んでいた。
「このまま逃げ続けるつもりだろ、お前ら」
細い腕が、胴体がちぎれ兼ねないほどの衝撃。
一瞬で骨が何十本も砕け、踏みつけられたとき以上の痛みが走る。
そうしてアタシはガレキの上へ墜落。
何もできず、大した助けにもなれず、地面に叩(たた)きつけられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アギトは細い体と頭から血を流し、戦闘不能状態へ追い込まれる。
それに合わせ、鋼糸を三時方向に投てき。
ビル屋上の手すりに巻き付け、そのまま体を引き寄せる。
……その上で転送魔法発動。地上に降り立つと、後方のビル外壁を突き破り、ゼスト・グランガイツが出てきた。
『アギト……貴様達は、やはり』
そしてゼスト・グランガイツはまた踏み込んでくる。そうして振るわれる刃を、逃げずに受け止めた。
『ここで終わらせるべき――害虫だぁ!』
殺意と裂帛(れっぱく)の気合い。
それは僕達を両断して、余りある一撃だった。
……でも、刃は届かない。
僕の五十センチほど前で停止し、光の盾に阻まれ、せめぎ合う。
≪最近のゴミって技術が発達しているんですね≫
『何……!』
そこを狙い、右薙一閃。
腕を狙った一撃だけど、奴は飛びのいて回避。
そのまま回転しながら、再度アルトでのなぎ払い。
今度は飛飯綱が放たれるも、奴は強化された反射速度で見切ってくれる。
そうして着地し、またも地面を蹴り砕きながら肉薄。
まずは刺突三連発から入り、袈裟・逆袈裟と連続の打ち込み。
『馬鹿な……』
≪だって喋(しゃべ)るんですから≫
「イグゾールト」
でも刃は届かない……アルトがとんでもない罵りを言っている間に。
というか……沢城みゆきさんが、ラジオでやった罵り(ネタ)は駄目だって止めたのに!
『なぜだ……なぜ、俺の刃が通らない』
「イグゾールト」
火花を走らせながら、僕の周囲で生まれた【不可視の障壁】に阻まれるだけだった。
いや、それどころか更に硬度を増し――結果、グレイブは刃の根元からへし折れる。
『……くそぉぉぉぉぉぉ!』
奴は右手を伸ばすも、それも障壁に阻まれる。
そうしてバンカーを放つ……ただし、魔力の杭(くい)が破ったのは一枚だけ。
それに恐れながらも、奴は連続砲撃の構え。
だからその前に踏み込み、唐竹一閃。
奴がその決断をした途端に、アルトは閃光(せんこう)となって打ち込まれる。
結果黒い魔力スフィアを、その発射口となっていた右腕を両断する。
『が……!』
奴は溜(た)まらず退避し、左手をかざして砲撃連射。
でもそれは、光の障壁に阻まれるだけ。僕には爆風すら通さない。
それはそれとして……右腕は再生しないのか。
どうやらあの無茶(むちゃ)な再生、死亡時にのみ発動するようだね。
つまり四肢さえ潰せば、好き勝手やられる心配はない。
レリックを内包しているだろうから、やっぱりこの近辺での撃破は躊躇(ためら)われる。なら、ここは……。
『馬鹿な……なぜだ……なぜ通じない!』
「当たり前でしょ」
「だん……なぁ」
アギトが左手をかざし、魔力弾を連射。
でも無駄だ……僕にはやっぱり届かない。
ただ”盾”の表面で、幾つもの爆発を生み出すだけに留(とど)まる。
「な……!」
≪あなた達のいる場所は、既に通過済みですよ≫
……イグゾールトは地属性の補助魔法。物理・魔法防御力をアップさせる。
簡単に言えば、メルビナさんの絶対領域と同じ能力だ。
強度については比べものにならないし、時間制限もさほど長くない。それは一度だけに限り。
重ねがけにより持続時間の延長、効果の増強は可能。
僕の実験では、三回かければ絶対領域レベルの強度になる。
なのはのディバインバスター(ブラスター未使用)程度なら、真正面から受け止めることも可能。
まぁ重ねがけするまでの時間や、それまでの消費魔力もあるけど。
僕の魔力量じゃあ消費と効率のバランスも悪いし、カートリッジの併用が絶対条件。
更に強力な攻撃を食らえば、一枚ずつ砕けてしまうのよ。
でもこの魔法を使いこなせば、僕の弱点でもある『攻防出力の欠如』がある程度改善される。
というわけで、次の術式を詠唱――そして発動。
「ブレイズ」
奴の足下が赤熱化し、炎が吹き上がる。
右腕を切られた痛みから反射できず、そのまま焼かれ始めた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
もがいても離れない……あの魔法は、対象に炎が絡みつき、焼き払うというもの。
ただ術式自体は初級レベルで、バリアジャケットで防ぐことも十分に可能。
回避もたやすい。地面が赤熱化してから、発動までにタイムラグもあるから。
そして上位互換的に、もっと広範囲に攻撃する魔法もある。……それでもいいの。炎熱系魔法:初級の集大成だから。
「旦那……旦那ぁ!」
それに役立つ要素もある。
すぐに消えるし、ダメージもさほどではないけど、体を焼かれるんだもの。
だから奴の眼(め)に何が映ろうと、全く意味がない――四肢をバインドで縛り付ける。
更にブレイクハウトも発動。地面を物質変換――特殊金属の縄で縛り上げる。
もちろん奴の身体能力を加味しているから、引きちぎるのも無理。
更にアギトにも物理バインドをしっかりかけ、動きを止めた上で……仕上げだ。
奴らは身動きも取れず、ただ怒りのまま、ノーモーションで砲撃を生成。
なのでマジックカード合計二十枚を連続転送。
ちなみにこのカードは、念のために作った特別製でねぇ。
奴らの足下にばら撒(ま)かれたそれは、それぞれがリンク。
更に搭載した魔力バッテリーを用い、AMFを発生させる。
結果奴の体全体を包み、バインドを解除。もちろん砲撃スフィアも霧散する。
更に異様だった肌色と瞳も、元の色を取り戻す。
「なんだ、これは……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
どれだけ力を込めようと無駄だ。
レリックの魔力そのものは消えていないから、これだけで命に別状はない。
でも身体強化もできないから、その縄は引きちぎれない。
もうこれ以上、僕がやることはない。
なのでお手上げポーズを取り、術式詠唱。
「待てよ……待てよぉ!」
そうしてアギトは、魔力弾を放とうとする。
「殺して、くれ」
でも無駄だ。奴らはAMFの檻(おり)に戒められ、もう何もできない。
「旦那の正義を受け入れるつもりがないなら……殺せよぉ! こんな、残酷な真似(まね)はやめてくれぇ!」
「……そんな楽な真似(まね)、許すとでも?」
馬鹿馬鹿しいので振り返り、奴らを笑う。
「お前達は生きるんだよ。歪(ゆが)んだ心を抱えたまま、お前達が振り回した【世界】に睨(にら)まれながら――」
「やめろ」
≪ただの犯罪者として。正義もなく、死するそのときまで……楽しみですねぇ≫
「やめてくれ……謝るから! お前を」
転送魔法発動。
マジックカードも使い、体力を回復しつつ……奴のところへ戻っていく。
奴へ誘われるように、空へ飛び上がる。
そうして同じ高度へたどり着き、僕達は改めて笑う。
「待たせたねぇ」
「お見事でした」
そこで奴がカプセルを投げてくるので、右手でキャッチ。
「安心してください。使い捨てのナノマシンカプセルです。体の傷を修復し、魔力を補填する効果があります」
なので笑って、そのカプセルを投げ返しておく。
「気持ちだけ受け取っておこうか」
「悪意はありませんよ?」
「言ったでしょ、生きることは美しいって」
「……いいですねぇ……凄(すご)くいい」
すると三時方向から加速する気配。
僕達は揃(そろ)って、迫る機影に魔力スフィアを向ける。
「待つですよ」
……矢のように飛んできたのは、リインだった。
そのまま僕の脇に寄ってくるので、魔力スフィアを消しておく。
「リイン」
「なるほど、ユニゾンですか。……どうぞ」
嫌だなぁ、巻き込みたくなかったんだけど……言っても無駄らしい。
リインは決意の表情で僕を見つめ、静かに頷(うなず)いてくる。
それだけで分かる……ここからは本領発揮。
”三人”で戦う時間だと。少なくともリインはそう決めて、駆けつけてくれた。
「……いくよ、リイン」
「はいです」
「「――変身!」」
光となったリインを受け入れ、変身――。
バリアジャケット再展開。
上半身はノースリーブとなり、リインのジャケットと同デザイン。
腰からはケープが生まれ、僕の髪は空色に、瞳は蒼色に染まる。
高まる魔力……それに何より、リインと一つになっていく感覚。
心から温められているような、そんな力強さについ笑ってしまう。
「それが古き鉄、本来の姿……すばらしい」
そうして奴は大剣を構え、満面の笑み。
「あなた達は、三人で一つというわけですか」
【当然です……フォン・レイメイ、大量虐殺、大規模テロ荷担、殺人の現行犯で、あなたを退治します!】
「さぁ」
舞い散るのは蒼い羽根。
そんな中、左手をスナップ。
そのまま奴を指差し、あの言葉を突きつける。
この街を泣かせ――。
笑顔を、希望を奪う――。
そんな罪人へ……そして、自分自身へ向ける言葉。
「お前の罪を――数えろ」
それを合図に、僕達は踏み出す。
奴が振るう魔剣と、力強さを増したアルト。
それが真正面から、一歩も引くことなく衝突する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アイツは結局、この場から立ち去った。
アタシの言葉をあざ笑い、聞く価値がないと……そう語りながら。
一撃も、与えられなかった。
アタシ達の正義は、守られるべき理想は、悪を駆逐できなかった。
旦那の助けになると言いながら、願いをかなえると言いながら、何もできなかった。
必殺の一撃を交わす余裕もなく、ただ封殺された。
そして、最大級の辱めを受けた。
ただ死んでいく……力を封じられ、敵に背を向けられ、孤独に死んでいく。
世界から否定され、理想通りに動かない世界に、置いていかれる様を見せつけられ――。
旦那は絶望の中、死んでいくだろう。苦しみの中、死んでいくだろう。
なぜ自分がこんな目に遭うか、理解することもできず。
アタシはそんな旦那を助けることもできず、触れることもできず……!
アタシ達が、傲慢だったからか。
罪を背負うと言いながら、正義を謳(うた)いながら、結局は……分かっていた。
全部、分かっていた。
旦那は間違っている。
いちゃいけない命なんて、あっていいわけない。
旦那はきっと裁かれる。死んだ後もずっと……犯罪者として語り継がれ、裁かれる。
でも、それでも……こんなの、ないじゃないか……!
たとえ間違っていたとしても、旦那が死ぬほんの少しだけ、世界がそう動いたって、いいじゃないか。
だってそうじゃなきゃ……不公平だろ!
旦那はルールーやお母さんを守るため、頑張ってきたんだ!
アタシのことだって助けてくれた! 旦那のおかげで、アタシはここにいる!
旦那が積み重ねたものは正しかった! 間違いなんて一つもない!
奴らからの汚い仕事もやって、誇りを捨てて……なのに、どうしてだ!
どうして、そう願うことすら、擁護することすら許されない! 正しいことがそんなに偉いのか!
だからこんな仕打ちをするのか! 旦那は……アタシ達は、それほどに罪深いのか!
世界を、人を、好き勝手にしようとした……アタシ達は、そんなに……!
……これは、アタシのせいだ。
旦那を醜い、妄執に取り憑(つ)かれた化け物へと貶(おとし)めた。
そして奴の怒りを買い、最大級の辱めを叩(たた)きつけた。
旦那のためと言いながら、旦那の格を下げたのは……アタシなんだ……!
「旦那、しっかりしろ……きっと、またチャンスはある……だから、だから」
「……ぎ……と」
「あぁ……烈火の剣精、アギト様はここだ! 大丈夫だ……二度も生き返ったんだ! 次は必ず」
「せい、ぎ……は……あの日、皆と歩んだ……正義の、道は」
……旦那は、アタシのことなんて見ていなかった。
「天よ……最高評議会、よ。教えて、くれ」
そうして旦那が見ているのは、旦那を殺し、利用した……最高評議会だった。
……そこで寒気が走った。旦那が言う”天”は、本当に……!
「俺は、間違って、いたのか……逃げて、いた、のか」
「旦……那」
「違う……俺の、せいじゃない。レジアスが……奴が……正義を、裏切ったから……!
俺は、人殺しではない! ただ正義を……お前達の言う正義を、貫き続けただけだ!」
旦那はずっと、隠していたんだ。
「レジアスに、死を……ヴェートルのような、異常世界に……瞬間詠唱・処理能力者全てに、死の鉄槌(てっつい)をぉ!
天は言った……貴様らは必要ない! 正義は管理局……俺が信じた、英雄の正義!」
旦那の正義にそぐわないもの、全てを壊す正義を……それが、旦那の欲望だった。
「俺達は正義だった! 正義だった! 正義でしかなかった! それを否定するならば悪!
機動六課はその正義を受け入れるにふさわしい器! そうだろう、天よ……ならば力をぉ!」
今の旦那を突き動かすもの。そしてアタシが守ろうとした、全てのものだった。
旦那はとっくに、魂を売り渡していた。
それでも、信じたかったのに。
アタシを助けてくれた旦那は、その優しさは、本物だって……!
戦場跡に吹き荒れる強風、それで目を細めていると。
「その力を、正義を持って、貴様らは呪(のろ)われる……その呪(のろ)いにより、世界は浄化される!
見よ、これが改革だ! 俺の正義が……天の正義が! 世界を」
……空を仰ぎ見た旦那は、目を見開く。
そうして口から血を吐き出し、また打ち震えた。
「……天、よ……嫌だ……死にたく、な」
そこで旦那はまた、目を見開く。
強風で落ちてきたのは、二十メートルほどはあるデカい看板。
それが旦那の顔面を、頭そのものを潰そうと、迫っていく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
空を仰いだ……天に呼びかける。
正義を司(つかさど)る天に、呼びかける。
だが天はふさがれた。巨大な金属が落下したことで。
そうして悟る。自分は死ぬのだと――天が、英雄が伝えた正義を、守ることもできず。
誇りある戦いで散ることもできず、ただゴミのように”殺される”。
まるで正義を成そうとしたことが、世界にとって悪と言わんばかりに。
天罰だと言わんばかりに、死は無情に迫ってくる。
……だが、分からない。
なぜ死ぬのか。なぜ天罰を食らうのか、理解できない。
俺はこれが、正義だと教えられた。
これが世界の正義だと伝えられた。
それを同じように、世界へ――正義を受け継ぐ者へ伝えようとした。
それがなぜ、天罰の対象となる。
それでなぜ、騎士としての誇りを貶(おとし)められる。
俺は間違ってなどいない。間違っているのは世界だ。
だから助かる……そうだ、もう一度風が吹く。
その風が俺を助け、あの悪鬼達を駆逐する。
空を飛び交い、異常な能力で戦う悪魔どもを――。
さぁ正義よ、俺を守れ。
さぁ世界よ、俺を称(たた)えろ。
俺は英雄――英雄となることを定められた男。
奴らを殺し、ヴェートルの間違いを正し、あの頃を取り戻す。
管理局が、俺達が……最高評議会が絶対的に信じられていた、あの頃を――。
なのに、風は吹かない。
神風は生まれない。
ただ、無情に……俺の眼前へと迫る。
――そして、炎が生まれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
瞬間転送を繰り返しながら、加速を続ける。
剣戟(けんげき)をビルの谷間で幾度も合わせ、放たれる射砲撃をくぐり抜け、それで奴の命を――剣を狙う。
でも仕留めきれない。一週間前とは別人のように、その剣閃はとても鋭くなっていた。
前方に現れた奴の右薙切り抜け。それを払い。
≪Stinger Ray≫
スティンガーを放った上で、奴と同時に転送。
七時方向・上四十五度・百二十メートルの位置に再出現し、右薙の斬撃を重ね合わせる。
≪≪Break Impulse≫≫
お互いの得物目がけて、固有振動を打ち込む。
それはオートで破砕振動を読み取った結果……ではない。
それでは読まれる。だからランダムに、しかし得物に大打撃を与える振動をぶつけ合う。
結果生まれる超振動の爆発。でもそれに備えたフィールド設定のおかげで、僕とあるとは無傷。
……当然奴もだった。だからその腕を、先ほど射出したスティンガーが狙い撃つ。
奴はそれに気づき、迎撃用の魔力弾をぶつけて相殺。
その上でこちらを蹴り飛ばし、再び転送……する前に。
≪Eclair Shot≫
八発目のエクレールショットを、奴の刃にぶつけておく。
――エクレールショットは、金色のガッシュに出てくる【ザグルゼム】を見て、作った呪文。
蒼い光球にはダメージなどないけど、これが命中・通過した物体に魔法攻撃が当たれば、その威力を倍増させる。
しかもそれは僕の魔力にしか反応しないため、他の人間には解除不可能。たとえSLBを当てたとしても無理だ。
更に術式自体も相互干渉し合うため、砲撃などにぶつけ、低火力の攻撃と反応・爆発させ、結果相殺……という真似(まね)もできる。
まぁ今回はやらないけど。意図に気づかれたら、間違いなく対処される。
……ジガンでガードしつつ下がり、急停止してバク転。
背後に現れた奴の右薙一閃を避け、その右肩目がけて一撃。
でも奴はそのまま振り返り、こちらの斬撃を防御。
同時に払いのけ、至近距離で魔力弾を大量生成。
僕も鉄球を前に展開し、魔力を注(そそ)ぎ込んで増大――。
「クレイモア!」
奴の魔力弾をクレイモアで撃墜。同時に分散したベアリング弾がそれを突き抜け、奴の体に次々と突き刺さる。
でもそれに構わず……傷を再生させながら、爆炎の中から奴が突撃。笑いながら刃を振るってくる。
即座に転送……奴も転送。
そうして幾度も攻撃をやり取りしながら、地面に降り立ち術式発動。
近くに放置されたトラックを、物質操作魔法で射出――。
当然奴は転送し、僕の右脇を取ってくる。
その斬撃を跳び越えながら、空間接続。トラックを飲み込み、奴の真上へと落とす。
すると奴もまた空間接続。生まれた浮遊感に従い、左へ飛行。
その瞬間、トラックはマッハの速度で、僕の足下から射出――そのまま空へと高く上がる。
そうしているうちに、奴が速射弾を発射。ジガンで防ぐと、奴の転送に捕まり、一気に引き寄せられた。
咄嗟(とっさ)に物質透過魔法を発動。至近距離でのフルバーストと刺突をすり抜け、その背後に降り立つ。
その背中に向かって刃を打ち込むと、奴もまた物質透過魔法発動。
僕を跳び越え、その背後を取りながら唐竹一閃。それは時計回りに回転しつつの、右スウェーで回避。
そのまま龍巻閃もどき……奴はまたも転送で距離を取り、下がりながら物質操作魔法を連続発動。
こちらに止まっていた乗用車十数台、街頭二十本を連続射出。
落下してきたトラックを転送魔法で引き寄せ、地面に横たわらせる。
盾とした上でこちらも連続転送。ビルの影――その合間に隠れながら接近を試みると、三度目の転送で奴が眼前に出現。
読んでいたと言わんばかりに笑い、右薙一閃。
咄嗟(とっさ)にアルトで防御するも、斬撃が右二の腕に浅く食い込む。
オートバリア? 残念ながら、コイツに意味はない……!
≪Break Impulse≫
僕の肉体へと直接発動する、ブレイクインパルス……それも転送で離れて回避すると、奴が踏み込みながら連続刺突。
捌(さば)きつつも頬や左腕、脇腹、左足などが斬撃を掠(かす)め、血を流す。
そうして唐竹一閃……下がって回避すると、奴は飛び込みながら剣を手放した。
そのままこちらとの距離を、軽くなった分詰めて……転送魔法発動。
剣を引き寄せ、至近距離での刺突。それは避けきれず、腹を貫かれる。
……しかしその瞬間、僕の体は音を立てて霧散。代わりに出てきたのは、奴の剣に貫かれた丸太。
「……幻術」
その通り……もっと言えば変わり身の術。
というわけで、左手に魔力を集束――。
手の中心部から勢いよく吹きだした魔力。それを乱回転させ、更にソフトボール大に押しとどめる。
留(とど)められた回転エネルギーは行き場をなくし、内部でただ渦巻く。そう……魔法で再現した螺旋丸!
更に雷撃変換も加えたので、辺りからバチバチと音が響き渡る。
奴の頭上から飛び込みながら、左手を振り上げ。
「雷遁」
「……ふん!」
「螺旋丸もどき!」
奴は刃を返し、魔力を溜(た)めながら右薙一閃。
黒い斬撃と螺旋丸もどきが衝突――。
ビルの合間で衝撃をまき散らしながら、お互いせめぎ合い……そして、爆発した。
――それでも終わらない。
爆発から飛び出し、連続転送。
奴の脇に回り、右ハイキック。
顔面を蹴り飛ばすと奴が転送……背中を蹴り飛ばされ、ビルのコンクリに叩(たた)きつける。
そのパワーでビルを三つほど突き抜け停止すると、二時方向に転送反応。
唐竹一閃を回避し、身を翻しながら再度右ハイキック。
顎を蹴り上げ、潰しながら、奴を空へと吹き飛ばす。
吹き飛びながらも奴は笑い、傷を再生。
魔力弾を連続生成し、クラスター弾の如(ごと)く発射。
それで連続転送とスウェーで避けつつ、最短距離で奴に接近。
放たれる弾丸達がビルを幾つも撃ち抜き、瓦解させるのも構わず、奴へと肉薄。
そうして刃が振るわれたところで転送。
背後を取ると、今度は奴の魔力が急上昇。
それが無数の魔力弾となり、全方位で発射される。
すかさず転送魔法を発動し、後退。
弾丸を切り払いながら下がり、左手をかざして物質変換発動――。
空気濃度の操作で爆炎を生み出し、続けて連射される弾丸達を撃墜。
――そうして再度転送。
剣閃をぶつけ、拳や蹴りも交え、殴り合い、斬り合い、衝突し合い――。
吹き飛び、吹き飛ばされ、幾つものビルを砕き、僕達は廃棄都市部方面へと移動していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「危ないところだったな」
戒められたゼスト・グランガイツ、それに落下していく看板。
天罰の如(ごと)き墜落だったが、レヴァンティンで切り払い、事なきを得る。
そうして吹き飛ぶ看板を見ながら、何とか着地。
……ゼスト・グランガイツ達からは離れて、だが。
蒼凪の奴、またAMFを使っているな。もうちょっと範囲が広かったら、助けられなかったぞ。
「あん、た」
「随分手ひどくやられたな。まぁ拘束を振り払った報いだ、大人しく受けろ」
「縄を、斬ってくれ」
それは『あの場へ飛び込ませろ』と、そう言うのと同じ。
当然死ぬだろう、ゼスト・グランガイツは。だがそれでも、アギトはその愚行を懇願する。
「せめて、騎士として……最後は戦いの中で」
「断る。……生きて罪を償ってもらう」
「無茶言うなぁ! 旦那にそんなこと、出来(でき)やしない! そんな時間も」
「時間は関係ない。生きて、向き合ってもらう。そうして”壊そうとした世界”を……一秒でも多く」
「天よ……最高評議会よ……力を……俺に、力を……!」
【ゼスト・グランガイツ】は妄執に取り憑(つ)かれ、呟(つぶや)き続ける。
既に奴は現実から解離していた。
リンディ提督も、最高評議会も同じなのだろう。
……一歩間違えれば、我々も……そう思いながらも、私も空を見る。
結局蒼凪の戦いを、見ていることしかできなかった。
安堵(あんど)はしていた。先んじて、リインは送り出して正解だった。
だが恐怖もしていた。
あの速度、あの精度……私達では到底届かない領域だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
奴に蹴り飛ばされ、更に物質操作魔法もかけられる。
一つの個体として固定・加速され、自然公園の木々を十数本なぎ倒し、吹き飛んでいく。
そしてそんな僕達の脇に、奴が転送で追いつき……刃を振るう。
すかさず転送し、奴の背後に回る。
その上で加速を利用し、右エルボー。
背に一撃を入れ、お返しにこちらも物質操作魔法発動。
結果奴は血へどを吐きながら吹き飛び、先ほどの僕達と同じように、木をへし折り、地面を切り裂きながら吹き飛ぶ。
【く……このぉ!】
リインのサポートで、かけられた固定・加速術式を解除。
今度は木々を蹴り、幾度も跳躍しながら追撃。
吹き飛ぶ奴もまた、バレルロールと同時に僕の術式を解除。
その上で左手を向け、連続砲撃。
それをすり抜け、当たりそうなものは切り払い、再度肉薄。
乱撃を三十合以上ぶつけ合い、空中で弾(はじ)けるように離れる。
そのまま地面を滑りながら、僕はアルトに、奴は魔剣に火花を走らせる。
そうして衝撃とともに放たれるのは、レールガン。
電撃により構築された電磁レールが、お互いの相棒を超加速・射出。
火花と同時に放たれた刃達は、その切っ先をぶつけ合い……衝撃が爆発。
周囲の木々がなぎ倒される中、アルトと魔剣は揃(そろ)って空へと飛ぶ。
でも回収は後……再び奴の懐へ入り、右ボディブロー。
魔力を込めた上で左フック。そこから顔面と胴体部に連続ストレート。
奴も負けじと、身を翻し……拳を避けながら左かかと落とし。
僕の肩を撃ち抜き、動きを止めた上で左フック。そうして合計十六発の拳を受け、吹き飛んでしまう。
そこで右手刀が魔力を纏(まと)い、僕の腹へ突き出される。
……飛行魔法の応用で前転。
手刀を回避しつつ、左・右と連続かかと落とし。
一撃目はシールドで防がれるものの、すかさずバリアブレイク。
僕達の戦いでは意味のないものだけど、一瞬攻撃を止めるだけなら、十分効果がある。
その間に手刀の魔力は伸び、一メートルほどの大きさとなった。
あとは振り上げれば、そのまま僕は真っ二つ……というところで、右のかかと落としが襲う。
奴の攻撃前に、その頭頂部を蹴り砕き、動きを止める。
いや……終わりじゃない! 直前でフィールド強度を高めてきた!
血が迸る中、奴は血だらけの顔を上げ、笑いながら右掌底。
展開した魔力を凝縮し、そのまま僕の腹へと叩(たた)きつける。
そうして魔力が爆発し、痛みと血を吐き出しながらも吹き飛び、数百メートル先にある自然公園の管理棟に衝突。
二階建てのそれを全て打ち砕きながら、地面を派手に滑っていく。
……それでも、身を跳ねるようにして翻し、地面に着地。
落ちてきたアルトを転送魔法で回収した上で。
≪ただいま戻りました≫
「お帰り」
傷を癒やし、肉薄してきた奴目がけて、袈裟の斬撃。
奴もまた楽しく笑いながら……僕と同じように、笑顔を浮かべながら。
破壊と衝撃の中、僕と刃をぶつけ合う。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ナカジマ三佐が気を使い、人員を送ってくれた。
それにアギトを、ゼスト・グランガイツを任せ、蒼凪達を追う。
邪魔するつもりはない……できる戦いでもない。
奴らの戦いは自然公園を徹底的に破壊し、空へと移動していた。
蒼凪は奴の転送を瞬時に読み、奴もまた蒼凪の転送を即座に読み取る。
剣閃は瞬間発動するブレイクインパルスにより、相応に鋭くなり……バインドも当然意味をなさない。
被弾覚悟で放たれる射砲撃も、お互いの皮を削るだけ。
直撃を食らったとしても、決して致命傷にはなり得ない。
お互い、寸前のところで対策を整え、防いでいた。
見る見るうちに、二人揃(そろ)って傷だらけとなっていく。
そうしてミッドの都市部が……その周囲が、奴らの傷に合わせ、壊れていく。
二人は再び中央本部へ戻り、その中程へ突入。
幾つもの爆発と崩壊を生み出しながら、三分も経(た)たずに飛び出し、また剣閃をぶつけ合う。
もはや姿を、継続して見ることも難しい。
ただ衝突の衝撃のみが、戦いの空で幾つも……数え切れぬほどに、広がっていく。
腕を切られる蒼凪。
肩を貫かれるフォン・レイメイ。
脇を抉(えぐ)られる蒼凪。
足を貫かれるフォン・レイメイ。
奴らは笑い、ビルを一つ、二つ……十、二十と吹き飛ばし、街頭や放置された車も破壊しながら、どんどん遠ざかっていく。
……そんな中、鮮血が生まれていた。
血肉が弾(はじ)け、死がまき散らされる。
もしや、最高評議会が雇った殺し屋……まだいたのか。
そして二人は背を預け合い、各所に射撃。
そんな中でも攻撃を試みる、愚か者どもを一人残らず蹴散らしていく。
かと思うと振り向き斬撃。
そして連続転送が再開される――矛盾の塊だった。
命を奪い合うかと思えば、その命を守り合う。
いや、矛盾はしていないか。『自分以外には殺させない』という決意の表れ。
だから、その姿が悲しくもあった。
同じ速度にいる、同じだけの力で打ち合える。
二人は親友とも言えるべき距離にいるのに……どこまでも、平行線だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いつの間にか、廃棄都市部へと移動していた。
奴を蹴り飛ばし、適当なビルへぶつけ……内部へ突入。
いや、その途端に奴は転送し、僕の九時方向から全力のなぎ払い。
それを受け止め、吹き飛び、無数の魔力弾に迫られながら、今度は僕がビルに叩(たた)きつけられ、そのまま突き抜けていく。
魔力弾はビルに衝突し、僕への追撃を阻まれる。
僕はコンクリを……床や天井、壁や柱を幾つも砕きながら、そのままビルを突き抜ける。
そうして二つ、三つと破砕をまき散らしながら、何とか転送。
落下地点に待ち構えていた、奴の斬撃をすり抜け、荒く息を吐きながら……改めて退治する。
螺旋丸でも、数々の斬撃でも、まだ生まれない……狙うべき一点は、まだ生まれない。
ヴァリアンスも、イグゾールトも、まだまだ継続しているってのに。
アルトもパーペチュアルの魔法を使って、強度強化している。それでも……これだ。
……じゃなかったら、さすがに死ぬわ。こんなドラゴンボールみたいな戦い。
≪ほんと、とんでもないですね≫
【です……!】
アルトも、リインも驚愕していた。
そりゃそうだ……純粋な、本気の魔導師戦で、ここまで僕に食らいついた奴はいない。
物質変換や瞬間詠唱・処理能力を封じた上でならともかく、フルオープンだもの。
何度もアルトをハッキングしてくるわ、ブレイクインパルスもバシバシ使ってくるわ……。
もちろん転送も同じく。息を整えながら、笑いながら、奴と対峙(たいじ)して――とても充実していた。
「楽しいですねぇ……本当に」
「そうだね」
「私の本気に、ここまでついてこられた人はいませんよ。こんな……息が上がるまで戦ったのも、初めてです」
「僕も。殺すには惜しい男だ」
「えぇ……本当に」
でも、そうもいかない。僕達が望んでいるのは、決着だけだった。
とことん競り合える……限界ギリギリまで、傷だらけになるまで。
ならあとは……決着。
だから奴は刃を正眼(せいがん)に構え、息吹――。
周囲から黒い……粒子状の黒い魔力を集め、刃に纏(まと)わせていく。
≪まさか、それは≫
【集束系!?】
「だからこそ、私も最大の技をぶつけましょう。……鳳凰(ほうおう)の魔剣が持つ魔力、それに周囲の魔力素を合わせ」
そして刃は、炎のように揺らめく。そのとんでもない圧力に、心が恐怖で震えた。
あの出力は、普通には押し返せない。そもそも僕、そういうのをすっ飛ばすのが本領だし。
「業火の刃とする。さぁ、行きますよ……!」
「……よかったよ」
「……よかった?」
「だって楽しいじゃないのさ」
アルトを鞘(さや)に収め、僕も魔力を集める。……そう、蒼に輝く星を。
「まさか、切り札まで同じだなんて」
「集束系……あは」
そして奴は呆(ほう)けるものの、すぐに笑う。
「はははははははは……失礼! そうでした……私の悪いくせだ! つい独りよがりに盛り上がってしまう!」
子どものように……心底嬉(うれ)しそうに。
「感謝します。薄汚い犯罪者である私に、本気で相対してくれて」
「それはこっちの台詞(せりふ)だ。おかげで楽しい戦いができた。だから」
「これは」
「その礼だ――!」
……このままぶっ放したら、さすがに被害が大きい。だから虚空を踏み締め、一気に跳躍。
一度、二度、三度……三百メートルほど上昇し、そのまま自由落下。
左手をアルトの柄尻に添えて強く握り締め、深く息を吐く。
自由落下の中で刃を収め、突撃の瞬間に備える。
奴も魔力を刃に集束……でもその速度、その圧力は僕が上。
あいにくそこまで恵まれた魔力量はなかった。
だから研ぎ澄ました、速度を、精度を――既に刃は打ち上がった。
エクレールショットのチャージはもうない……でも、大丈夫。
ただ一点……そこに、ほころびを生み出す。それだけを信じて。
「猛撃必壊――」
迷いも、恐れも……全てを今この瞬間だけは振り切るように。
ううん、それじゃあ駄目だ。
全部引っくるめて、足を踏み出す――。
だって、やっぱり楽しいじゃないのさ。
コイツは僕のために、自分を研ぎ澄ましてきた。
コイツも楽しみにしていた。再びの立ち会いを――再びの剣閃を。
コイツは憎むべき悪党だ。やってきたことは、決して許されない。
でも本気を見せてくれた。嘲りではなく、心からの本気を。
それに応えるため、僕も本気で進む。
なので笑って空中を踏み締め、一気に加速。
重力を、落下速度を更に跳ね上げ、一気に奴の懐へ。
振り下ろされる漆黒の集束魔法に対し。
【「「スターライト」」】
奴は楽しく、笑いながら、星光の刃を打ち込む。
僕も笑いながら左足を踏み締め、アルトを抜刀。
【「「ブレード――!」」】
黒い唐竹(からたけ)の斬撃、その軌跡から奔流は放たれ、僕を飲み込もうとする。
でもそれは僕の逆風一閃と正面衝突――。
激しく火花を散らしながら、刃は弾(はじ)かれる。
ちぃ……一発じゃ足りない! でも砲撃に飲まれるのだけは回避した! なら二発目!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
光は、すばらしい。特に生命の炎……それを自分の意のままに蹂躙(じゅうりん)するのは、本当にすばらしい。
絶望すると泣き叫ぶ者もいる。
黙ってぼう然とする者もいる。
狂ったように笑う者もいる。
そして彼らは絶望を希望だと思い込み、痛みを快楽と捉えて生きていく。
そうやって彼らは壊れていく。
その全てが私に快楽を与えてくれる。
何度殺しても、何度陵辱しても、その快楽は衰えを知らない。
一つの炎が絶望へと変わる瞬間の瞬(またた)きがたまらない。
絶望を貪ってでも生きようとする炎、その業の深さがたまらない。
その快楽をもっともっと感じたくて、力を欲した。
この身を強くするために知識も得た。
そうして私は全ての炎を踏みつけ、絶望をかみ締める権利が得られた。
それは努力という対価を払ったからこそ、得られた当然の権利。
だから今、楽しかった。……今までの全てが、無意味と思えるほどに。
私はずっと、理解者が欲しかったのかもしれない。
私と同じように、世界を飛び出した……そんなバグを。
もし私が手を血に染めなければ、友になれただろうか。
もし彼が手を血に染めていれば、仲間となれただろうか。
――おのれはなんでいちいち物騒なの!――
――あなたが派手にと言ったから――
――誰が腕をちぎれと言ったぁ!? もっとこう……穏やかにさぁ!――
――あなたにだけは言われたくありませんよ――
――そんな仮定には意味がないのに。
私は手を血に染めた。
欲望のまま、命を壊すことに喜びを見いだした。
善悪ではない。私が求め、私が望んだ。私には罪がある。
償いと断罪もない、そこから逃げた仮定など美しくない。
私もまた一つの炎。燃えて、燃えて、燃え上がり……いずれ燃え尽きる炎。
今更ながらに悟った。壊した命も、私とまた等しいと。……だから意味がない。
彼は手を血に染めた。
しかし命を壊すことに、喜びを見いださなかった。
見いだしたのは結果ではなく、経過――生きることの、進むことの美しさ。
戦いを楽しんでいたとしても、それは自らも命を賭けるから。
そうして道を違えた。
そうして道を定めた。
私達は交わらない……平行線のまま、殺し合うしかない。
だから迷いはない。
二の太刀は既に準備している。
魔剣は欠けたが、これでは私を殺せない。
彼は背中を向けている。だが転送魔法を使えば、すぐに避けられるだろう。
それでいい……何度でも試そう。そのたびに私は燃え上がる。
――だが、断ち切れてはいなかった。
斬撃が衝突した箇所――お互いに集め、弾(はじ)けた魔力素。それが再度集束する。
それも鋭く、嵐が巻き戻るように……空を望みながら私は、空に引き込まれていた。
これは……強烈な踏み込み……鋭い超神速の斬撃が突き抜けたことで、真空状態が発生している?
しかも集束魔法同士の、強烈な魔力エネルギー……ただの、風じゃない。
魔力そのものが引き寄せられ、新たな星を生み出そうとしている。
転送魔法、バインド……無理だ。魔力の嵐により、座標が定まらない。
ならば方法は一つ……嵐の中心部、その魔力をより多く集束……そうして、二の太刀にぶつける。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
飛天御剣流最終奥義、天翔龍閃――そう、るろうに剣心に登場した超神速の抜刀術。
左足――刀を携えた方で踏み込み、その加速も抜刀速度に載せ、神速を超神速へと押し上げる。
しかし今みたいに防御されたとしても、超神速の刃は空気を切り裂き、真空状態を発生。
その断層が急激に戻ろうとすることで敵を引き戻し、再度の踏み込みにより、更に鋭い二撃目を放てる。
でも今回は、魔力の相互反応も関わっている。
集束魔法同士が激突したことで、周囲の魔力が更に収束。
その反応が転送魔法などの発動も阻害し、僕達は二の太刀をぶつけるしかなくなった。
奴は魔力を再度集束しようとするけど、無駄だ――。
【「はああああああ」】
その前に、刃は打ち込む!
【「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」】
そして、再び左足を踏み込む。
虚空を踏み締め、集束魔力を粉砕するかのように、刃が打ち込まれる。
――蒼い剣閃は魔力を、打ち込まれた魔剣を両断した。
狙ったのは、修復しつつあった僅かな綻び。
刃を数々打ち込み、エクレールも絡めた螺旋丸を打ち込み、更に天翔龍閃(一発目)を打ち込み……ようやくできた綻び。
そう、僕はずっとただ一点だけを狙っていた。出力じゃあ絶対に勝てない。
でも速度と精度なら……一週間で追いついてきたのは、確かに驚異的。
でもね、それを最大の武器として高めてきた、僕の”時間”には敵(かな)わない。
刃が断ち切られ、切っ先が奴の前で踊る。
そのまま奴は落下……そして、極光が放たれる。
集束魔力が奴を、断ち切られた魔剣を襲い、飲み込み、地面へと叩(たた)きつける。
(act.33へ続く)
あとがき
恭文「というわけで、今回は僕のバトル一本……でもまだ油断はしない。とどめを刺すまでは油断しない」
(古き鉄、フラグ管理に全開です)
あむ「恭文……ううん、何も言わない。アンタも、アイツも、楽しんでいた。出会いに感謝していた……それでいいんだよね」
恭文「当然でしょ。お相手は蒼凪恭文と」
あむ「日奈森あむです」
(そういう意味でも、原作主人公はMVP)
あむ「でもさ……ゼスト・グランガイツは、どうなってるの!」
恭文「それについては、クアットロに聞くのが手っ取り早い。
そして奴との決め技対決は、お互いスターライトで」
(同人版が瞬殺だったので、今回は最初書いたときのように……でも今までで一番強い感じにしようと、初期段階で決めていました。
でも決め技とかどうしようと考えた結果、ああいう形に)
恭文「集束系は、原作でもティアナが使っているしね」
あむ「あとはミウラか。でも……長かった決戦編も、ようやくおしまい」
恭文「あとはイベントバトルだしね。いやー、よか……っと、油断しないぞー。また核爆弾解体とかごめんだし」
(『……誰か、忘れてないかなぁ』
『くきゅー』
『いかいおー♪』)
あむ「アンタ、ほんとフラグ管理にうるさすぎ! え、もしかしてあれ!? 横浜での一件でそれとか!」
恭文「当たり前でしょ! あのお仕置きのごとき爆発……今も、夢に見て……うぷ」
あむ「吐くなぁ! ほら、上を向いて……深呼吸深呼吸!」
(『ほんと忘れてないかなぁ! ほら、シン・ゴジラを見習って暴れようよ!』
本日のED:BLUE ENCOUNT『HALO』)
あむ「ところで恭文……ゼットン……ウルトラ擬人化計画だっけ? そのゼットンを連れて帰ってきたとか」
恭文「い、いろいろありまして」
あむ「アンタはまた……! やっぱり大きい方が好きじゃん!」
恭文「それは誤解だー!」
あむ「嘘だし! 絶対嘘だし!」(ぷりぷり)
(おしまい)
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