小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
act.28 『道化』
残り、二時間二十分――各所で状況は進む。
サリエルさんは未(いま)だ、戦闘機人と戦闘中。……あの方は僕や恭文以上の実力者。
それがターゲットを捉え、数十分に亘(わた)って攻防を繰り広げている。その事実で寒気が走り続ける。
なのは・はやて・ヴィータの三人は、地上の航空魔導師部隊と協力し、ゆりかごの制圧作戦。
しかしまだ、内部へ突入できたという報告はない。やはり、戦力が……!
本局の制圧部隊には、準備が整い次第転送魔法にて移動するよう命じている。だが、それでも間に合わないんだ。
本局の体勢がここで……とは言いたいところだが、原因の一つはフェブルオーコードだ。
ミゼット提督達の見立てでは、予(あらかじ)め”そうなるよう”調整された形跡がある。
そして確保されたコード被害者の中には、人事部や各部隊の重役達もいる。レティ提督や僕の知り合いも、大多数だ。
ただ空と違い、地上の方は順調そのもの。
フォワード陣が……相当無茶(むちゃ)な方法で突撃してくれたからな。
鉄道会社からの抗議と処理が怖いが、それでも十分だ。
なにせガジェットの大隊、及び懸念事項だった量産型オーギュストの中隊を壊滅に追い込めたんだ。
……廃棄したはずなのにな。その矛盾に、どうにも嫌な予感を感じる。
とにかく侵攻していた戦闘機人達と召喚師についても、各々が引きつけ対処。
そう……彼らは完全に動きを止めていた。当初の狙い通りに。
先行していたガジェット達もいたが、それも地上部隊の防衛ラインによって壊滅寸前。
市民や市街への被害は、今のところ心配ない。……それも他の状況次第だが。
フェイトとシスター・シャッハは、予定通りアジト内へ突入。
それに合わせロッサとシスター・シャンテも、スニーキングミッション開始だ。
フェイト達が見境なく暴れてくれたおかげで、こちらも順調に進んでいるようだ。
恭文達が掌握していたエリアを超え、更に奥へ突き進み……これなら、スカリエッティ達も対処せざるを得ない。
恭文の狙いはそこもあった。上手(うま)くいけば基地に控えているガジェットや戦闘機人どころか、スカリエッティ本人を引っ張り出すことも可能。
敵戦力をいろいろな意味で引きつけるなら、ロッサ達の仕事もやりやすい。
もちろん殺害などを止めるためにも、迅速な基地掌握が条件になるが。正直賭けに等しいがな。
それにユーノと恭文の読みが正しいなら、スカリエッティについては殺されても問題ない……とも言える。
そういう意味でも、フェイト達は……命令を下した母さんは、道化に等しかった。道化なりの処罰も待っているのだから。
そして中央本部……ゼスト・グランガイツとアギトはやはり出現。
シグナムとリインが対処するが、前回受けた傷もあってか、体調は万全でない様子。
仕込まれた十一番のレリックもあるので、二人には『中央本部はもちろん、避難区画へ近づけないように』と言い含めている。
恭文はレジアス中将の確保に向かいつつ、各所のサポート。
本来恭文の瞬間詠唱・処理能力は、システム・プログラム的な支援能力が本領と言っていい。
スカリエッティのアジト、最高評議会のデータベース……重要なところを二箇所も担当させて申し訳ないが、今は頑張ってほしい。
フェブルオーコードの性質を考えると、下手な人員に任せるのも怖い。
精神操作が一切通用しない、恭文だからこそ……まぁ、アイツには自分の都合を優先するよう言ってあるが。
恐らくは戦うことになるだろう。未(いま)だ姿が見えない、恭文の”同類”と。
……もし神様がいるとすれば、本当に皮肉だと思う。
もし出会い方が違えば。
生き方が少しでも近かったら。
もしかすると二人は、とても親しい友人になれたかもしれない。
追い越し、追い越され、切磋琢磨(せっさたくま)し……それは正真正銘の仲間。
同じ希少能力を持つが故に分かり合える、そんな時間が……だが無意味だ。
それでも……アイツは、戦いと決着を望んでいる。
”同類”もまた、それを望んでいる。
戦闘映像を見て、よく分かった……生き方が違う、目指す道も違う。
殺し合うだろう。気が済むまで、笑いながら……互いの道を否定しながら。
その間には何人も入り込めない。
……あの二人以外は。
『とある魔導師と機動六課の日常』 EPISODE ZERO
とある魔導師と古き鉄の戦い Ver2016
act.28 『道化』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スカリエッティ一味め……! 一体何機のガジェットを作ってるんよ!
全体で言えば数百……ううん、もう二千くらいは潰しているのに、全く減らん!
「――防御陣形! 対立、乱したらアカンよ!」
「はい!」
そう……ゆりかご周辺空域は、大混乱の真っ最中。
あちらこちらで射砲撃が行き交い、爆炎が生まれる。
リインもシグナムのところやから、うちもあんま派手なのは使えんし……てーかこの乱戦状態で範囲攻撃!? 乱発は無理!
「二十四番射出口より、小型機出現!」
それでまたゆりかごから、II型が多数出現する。
『南側からも機影百……市街地降下ルートです!』
「みんな落ち着いて! 拡散されたら手が回らん……叩(たた)ける小型機は空で叩(たた)く!」
シュベルトクロイツを一回転させ、夜天の書を開く。
……乱発は無理やけど、ちゃんと範囲と威力を明示して、みんなにちょお配慮してもらえば……!
「潰せる砲門は、今のうちに潰す! ミッド地上の航空魔導師隊――勇気と知恵の見せ所やで!」
『はい!』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ゆりかご周辺での戦闘は、苛烈を極(きわ)めていた。
さすがにこのレベルの集団・空間戦闘は初めて……でも緊張している余裕もない。
積み重ねてきた訓練と経験も最大限行かし、空を飛び回っていると。
『高町一尉! 内部へ突入できそうな場所を発見! 突入隊二十名が先行しています!』
「はやてちゃん!」
『外周警戒はうちが引き受ける。なのはちゃん、ヴィータ、行ってくれるか』
「了解!」
「おぉ!」
並んでくれていたヴィータちゃんと一緒に、問題のポイントへ……それは破損した、ガジェットの射出口だった。
既に停止状態だけど、他にもそれっぽい場所がずらーっと並んでいて……よ、よく取り付けたなぁ。
感謝しつつも破損部へと突入。
邪魔な壁を砲撃で壊しながら、十数メートルの幅がある、巨大通路へと踊り出た。
「機動六課、スターズ01・02――内部へ突入」
……でもその途端、アクセルフィンが揺らぐ。
魔力そのものが分解されかかったので、慌てて意識集中。
魔法をしっかり維持した上で、安全確実に着地する。
「AMF……! 内部空間全部に!」
「それも、今までの比じゃねぇ……とんでもなく高濃度じゃねぇか」
ほんと、完全キャンセル寸前と言ったところかな。
だからこその疑問も生まれるんだけど。
「だが、妙だと思わねぇか」
「うん……ここまでするなら、徹底してもいいはず。量産型オーギュストだって」
「馬鹿弟子の情報通りなら破棄されているそうだが……それもこれも、証明のためか?」
「なの、かな」
どうにも違和感が拭えないでいると、通信モニターが展開。そこに映るのは。
『なのは、ヴィータ!』
「ユーノ君!」
『連絡事項がある。ゆりかごのマップだけど、詳細ルートが取れた。今送るね』
「ありがと!」
疲れ気味なユーノ君だった。
すぐに送られたデータをチェック……うん、さっきもらったものよりずっと詳しい。
これなら手管さえ考えれば、私達だけでの探索も可能。……制圧はともかく、だけど。
「……やっぱ玉座と動力炉は真逆か。このデータについても、信頼度は高くねぇんだよな」
『残念ながらね』
「それでも十分だよ。ありがと」
『あともう一つ……そもそも聖王オリヴィエは、聖王家直径でありながら、その資質に恵まれなかった。
更に幼い頃の魔導事故で両腕を失ったことから、王位継承権も与えられず。
結果同盟国の一つに人質として送られ、覇王クラウス・G・S・イングヴァルトと親交を深めた』
そこである男性の肖像画が出てくる。ヴィヴィオと同じオッドアイ? 色の組み合わせは違うけど。
それで隣に女性がいる。こちらもオッドアイで、ドレスなのに両腕が甲ちゅうな……あ、これが聖王!
『その辺りも詳しく書いているのが、覇王イングヴァルトの回顧録だよ』
「回顧録……自伝みたいなものか」
『少し違うよ。自伝は書かれた時点以前の人生全体が描かれるけど、回顧録はより狭い範囲を描く。
これは人質として自国に送られた、聖王オリヴィエとの思い出を中心に綴(つづ)られていた』
あ、なるほど。だからこの状況で持ちだして、説明してくれるんだ。
……それはこの”ゆりかご”についても、詳しく載っているはずだから。
『聖王の人柄や彼女との関係……文学としても語るべきところは多いけど、要点(ゆりかご)についてだけ説明するね』
「お願い」
『――聖王家は戦争を終わらせるため、最終兵器【聖王のゆりかご】の使用を決定。
聖王オリヴィエはその生体コアとして選ばれた。結果彼女はその負荷に耐えきれず死亡した。
簡潔に言うと、ヴィヴィオへの負担は計り知れない』
そこでゾッとした。
ユーノ君が悪いわけじゃない。
導き出される結論が簡潔すぎて、口にするのも怖かったから。
『即座に切り離さないと、本当に命の危険もある』
「下手をすれば、軌道上到達前に?」
『うん。……それで本局の主力だけど、到着まであと四十分はかかる。艦隊到着はもっと』
「分かった……ありがとう、ユーノ君」
『詳しい情報が入ったら、また連絡する。まぁ邪魔にならない感じで』
「頼むぞ」
ユーノ君との通信は終了……そうしてなのはは、船体後方へと振り返る。
「正真正銘、使い捨てのパーツ扱いかよ。……ほんと嫌な時代だ」
「だったらちゃんと終わらせなきゃね。まずは動力炉からかな、それで」
「そっちはアタシが行く」
そう言ってヴィータちゃんが手を振って、すたすたと歩き出した。
「ヴィータちゃん一人で!? 駄目だよ!」
「この広さだぞ? 制圧部隊の到着は待てないし、チンタラやっている余裕もねぇ。
どっちかだけで、ゆりかごが止められる保証もねぇ」
「でも」
「危険は承知の上だ。いいから行け……待たせちゃ可哀想(かわいそう)だろ」
そう言ってヴィータちゃんは歩いていく。振り返ることもせず、真っすぐに。
……それを止めることもできず、ただ受け止めることしかできなかった。
「絶対……無茶(むちゃ)しちゃ、駄目だよ!?」
「てめぇが言うな、馬鹿が」
ヴィータちゃんの気づかいを……だから私も背を向けて、AMFの中飛び上がる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
薄暗い空間の中――互いに跳躍し、得物での刺突を打ち込みつつ交差。
一瞬まき散らされる火花には構わず、近くの足場に着地。
右足で金剛の柄を蹴り飛ばし、穂先を上げて背後の強襲に対応。
振り返り、唐竹一閃を防いだ。
着地直後に飛び込んできたドゥーエは、爪を振り切り一回転。
……すぐ後ろへ跳んで、足元への右薙一閃を回避。
別の足場に着地してから、魔力弾三発生成。
ドゥーエの頭上に生まれたそれらを射出。
ドゥーエが左に大きく飛んで回避したので、魔力弾を追撃させる。
足場に衝突直前で停止し、跳ね上がるようにドゥーエへ迫る。
まだ空中にいたドゥーエは爪を袈裟・逆袈裟・刺突と振るい、弾丸を全て斬り払う。
その間に足場を伝い、ドゥーエの着地点に回り込んで……背後から右薙一閃。
着地したドゥーエは宙返りし、再び俺の背を取る。
背後からの刺突に対し、こちらも金剛の柄尻で刺突。
それは爪に衝突し、指と指の間をすり抜けた。
そのまま顔へ迫る柄尻は難なく避けられ、爪は素早く返されこちらの首筋に右薙一閃。
伏せて爪を避けてから、足元に生成していた魔力弾を射出。
ドゥーエが身を逸(そ)らして回避すると、弾丸は左の胸元と肩を僅かに掠(かす)める。
天井へと突き抜けるそれには構わず、身を回転させて胴体になぎ払い。
ドゥーエは笑いながら側転。着地してから右ミドルキック。
≪主の武技にここまで追従するとは≫
それでこちらの動きを止め、すかさずバク転。また別の足場へと着地する。
キックを左腕でガードし、そんなドゥーエへ弾丸連続生成・射出。
≪あなた、ただのちょう報員ではありませんね≫
ガトリングガンのように放たれるそれらは、身軽なドゥーエを捉えきることができない。
着地してから射線は定まるものの、ドゥーエは素早く爪で乱撃。
弾丸を容赦なく、全て斬り払う。
……戦闘開始から既に四十分……よく動くし、速い……そして強ぇ!
「戦闘適正は低めよ。そこは本当」
ドゥーエは猫のようにしなやかな体を揺らし、中指の爪をひと舐(な)め。
「でも定められた壁を乗り越えるのは……楽しいでしょ?」
「同感だな!」
すかさず金剛の切っ先から、速射型砲撃発射。
白い奔流はドゥーエの足場を砕くが、その前にドゥーエは跳躍。
そこで空間固定型バインド……襲ってくるドゥーエの進行方向上に設置。
ドゥーエはその範囲へ突入。
だがその瞬間、バインドが展開するよりも速く反時計回りに一回転。
白い魔力の縄を全て斬り裂き、粒子とする。
更に回転し、まずは左後ろ回し蹴り。
唐竹(からたけ)に襲いくる足を下がって避けると、ドゥーエは更に回転――。
今度は爪での唐竹一閃。
金剛の柄で斬撃を防ぐと、ドゥーエは右フリッカージャブ。
しなる腕が伸び、腹へと襲いかかった。
フリッカージャブはジャブの一種で、腕をしならせることで変則軌道の連撃を放つ技。
しかしこれは正確なジャブじゃない。爪を伸ばし、突き刺すことに特化した一撃――それは毒蛇が襲いくるかのよう。
また後ろへ飛びながら金剛を一回転させ、三連発のジャブを全て防ぐ。
ドゥーエの腕が引き戻されていく中、金剛で刺突。
ドゥーエは刃をしゃがんで回避。すかさず切っ先を上げ、金剛を一気に引く。
金剛の槍先は宝蔵院槍と同型。
よって横から張り出した刃が、こちらへ迫るドゥーエの首を刈り取る。
ドゥーエはそれに気づき、また頭を下げて回避。
そこからこちらも刺突三連発。
爪によって防がれるのは構わず、四撃目は柄尻での左薙なぎ払い。
足元へ打ち込むと、ドゥーエは笑いながら左側転。
二メートル以上跳び、別の足場へ着地。
いや、足をつけたのは足場の縁――そこから弾丸のように飛びかかってきた。
咄嗟(とっさ)に柄で、爪での刺突をガード。
衝撃に耐えつつ、ドゥーエの身体を受け止める。
「どうしたの?」
次の瞬間、腹部に強烈な衝撃が加わって大きく吹き飛ぶ。
どうやら蹴られたらしい。
骨が軋(きし)む感触を抱きながらも、二つ後ろの足場を転がり、起き上がりながら息を吐く。
ドゥーエは今までいた足場へ着地し、楽しげに見下ろしてくる。
「こんなのじゃ仕事を中断なんてできないわ。もっと情熱的に迫らないと」
「みたい……だな」
金剛を杖(つえ)代わりにして素早く立ち上がり、改めて構える。
穂先を下げ、ドゥーエを見据えながら右に走り跳躍。
追撃してくるドゥーエと一緒に駆け抜け、四つほど足場を超えて……突撃。
魔力弾四発生成――タイミングを若干ずらしつつ発射。
ドゥーエは当然駆け抜けながら切り払っていくが、三発目の弾丸は斬られた直後に白煙発生。
煙幕弾だよ、あれは。
その弾丸によって生まれた白煙を、ドゥーエは大きく右に跳んで突き抜けた。
前方なら弾丸へ対処しなきゃいけないし、トラップがある……そう踏んだんだろう。
実際ディレイドバインドを仕掛けてたから、それは正解だ。
ドゥーエは身を翻し、壁に足をつけようとする。
そこからまた跳躍し、回り込むつもりだろう。
なのでそんなドゥーエに向かって俺は……手元の金剛を投てきした。
金剛を逆手に持ち、それこそモリの如(ごと)く投てき。
飛んできた金剛を見て、ドゥーエが目を見開く。
慌てて壁から離れ、右へ跳躍。一番近くの足場に転がる。
その間にドゥーエへ突撃。金剛は壁に突き刺さり……いいや、そこで空間の歪(ゆが)みが展開。
そう、やっさんも使う空間接続<コネクト>だ。
ドゥーエは足下に生まれた歪(ゆが)みに対し、更なる跳躍で対処。
そうして歪(ゆが)みに落ちるのだけは避けたが、飛び出す金剛には無理だった。
横の刃が腹を掠(かす)め、鮮血を走らせる。これにて金剛は、一応の出番終了。
三段構えで生み出した隙(すき)……それを逃すことなく肉薄。
出迎えてきたのは、ドゥーエの左後ろ回し蹴り。それを左腕でガードした瞬間、腕に痛みが走る。
てーか骨にヒビ……しっかり受けたってのに。その痛みに耐えつつ、術式詠唱。
ドゥーエは飛び上がり、そのまま錐揉(きりも)み回転。
右回し蹴りでこちらの頭を蹴り飛ばしてから、その足を首に絡める。
更に左足を胴体へ回し、左手で折れかけな左腕を取り……腕十字ひしぎかよ!
足を刈り取られ、倒れかけるも何とか踏ん張る。
かと思ったら腕を引き寄せ、そのまま身を縮め――頭へと刺突を放つ。
咄嗟(とっさ)に右腕を盾にし、爪を肉で受け止めた。
走る激痛と鮮血には構わず……てーか暇がない。
爪先が腕を貫通し、眼球すれすれまで迫る。
赤く染まった爪にビビりつつ術式発動。
そのタイミングでドゥーエは俺から離れようとする。
展開したバインドは抜きかけな爪――ドゥーエの右手と、俺の右腕をがんじがらめに縛る。
空間固定型ではないので、正真正銘縄で縛られたようなもんだ。
こちらの腕を動かし、ドゥーエの右腕を捻(ひね)った上で左掌底。
打ち上げるような一撃で右肘関節を粉砕。
手に骨の折れる感触が伝わり、ドゥーエの表情が苦もんに染まる。
ヒビが入っている腕でこんな真似(まね)をすれば、当然痛い。
だがそれよりも速く、ドゥーエの右回し蹴り。
脇腹に三連続で打ち込まれ、今度は肋(あばら)が嫌な音を立てる。
それでも強引に腕を引き寄せ、ドゥーエの体勢を崩したところで術式発動。
今度は空間固定型のバインドでドゥーエの四肢を改めて縛り、その動きを封じる。
そうして……折れかけな左腕を振りかぶり、もう一度拳を握って。
「せい」
ありったけの力を込めて、ドゥーエの右脇腹に拳をたたき込む。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、ドゥーエの身体に衝撃が浸透――。
その口から、決して少なくはない血が吐き出される。
同時に肋(あばら)がへし折れ、俺の拳越しにその感触が伝わった。
……そこで左腕が限界を迎える。
痛みとともに力が抜け、ぶらぶらと下ろしてしまう。
揺らめきながら、全てのバインドを解除。
空中で戒められていたドゥーエは膝から足場に落ち、そのまま崩れ落ちる。
俺も静かに座り込み、息を吐いた。
「イカレてる、わね」
ドゥーエは俺に顔を向けずに、呆(あき)れてるやら感心しているやら……どちらとも取れる様子でそう呟(つぶや)く。
「普通、怪我(けが)した腕を使う?」
「分かってないな。怪我(けが)してるから、使うんだよ」
「その結果、折れちゃってるわけよね」
否定できず、苦笑いしつつ治療魔法発動――。
とりあえず、右腕は止血。折れている骨にも白い光が当てられ、痛みが和らぐ。
なお、今使ったのはやっさんから盗んだ内部浸透系の打撃――徹だ。
何気に凄(すご)い技能だったから、練習してたんだよ。御神流の技の徹底度は真面目にヤバい。
ただ今ひとつコツが掴(つか)めなくて、現状では拳or肘じゃないと出せないという謎仕様だが。
「でもあなた……やっぱり強い、わね」
「当然だろ。強くなきゃ……惚(ほ)れた女が寄りかかってくれたときに、守れないからな」
「とはいえ、これじゃあデートは無理ね。私」
ドゥーエはこちらへ振り向いて、その魂と同じ色で……濡(ぬ)れた口元を妖しく歪(ゆが)めた。
「まずは、病院……だもの」
「安心しろ。俺が治療してやるよ」
「……サリエルさん!」
だがそこで飛び込んでくる影……おぉ、パティ捜査官か。やっさんの仕込みだな、あれは。
「いや、俺達……かな」
「丁寧に扱ってくれそうで、安心したわ」
そうして俺達は笑う……もう決着はついた。
ここからは仕事抜きの、アフターファイブだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――詠唱して、デカいのを一発ぶちかましたところで。
『はやて……聞こえる!?』
恭文から通信がきた。
「聞こえてるよ! なんや、うちを口説いて、ハーレム入りでもさせたいんか!」
『いや、タヌキは対象外だから』
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
コイツ、常に全開やな! 平然と『何を馬鹿なことを』って顔で言ってきたで!
……最初、ちょお気になってたうちが……馬鹿みたいやんか。ほんまに最初の頃やけど。
いや、リインを助けてもらったし、趣味の合う男の子って恭文が初めてで……これは、運命かなと。
『とにかくスカリエッティのアジト、最深部までのアクセスが可能になったよ! 最高評議会のデータベースについても掌握完了!』
「ほんまか! なら」
『突入隊に伝えて! もしゆりかごの制御にも、ナンバーズやスカリエッティの権限が生きているなら』
「そのセキュリティを突破して、システム的にも掌握できる! でも、アンタは余裕が」
『今なら大丈夫。アジトのほとんどは、ヴェロッサさんにお任せだから。それに……もうすぐ決着もつく』
あぁ、フェイトちゃんの方か。そっちもスカリエッティを確保すれば……余裕ができるなら、確かにお任せコースやな。
なら突入隊に通達やな。どこでもえぇから、システム的なアクセスができる場所、全力で探すようにと。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
おぉおぉ……上ではドンパチしてるねぇ。
それが楽しくなりながらも、ローブを翻しながら全力疾走。
全ては眠り姫を起こすため……長い喪失の時間を終わらせるため。
『――ヒロリス、聞こえる?』
「あぁ、よく聞こえるよ。悪いね、ロッサ。私の無茶(むちゃ)につき合わせちゃってさ」
『大丈夫だよ。それで、そっちはどう?』
まぁすばらしい感じだよ。あっちこっちに趣味の悪い装飾があるしさ。
なんつうか今までの所業のみならず、アジトの内装のセンスまで最悪だね。
これだともうどうにもならないって感じだよね。あのドクターは。
「アイツ、今のうちに抹殺しておいた方が……こう、インテリア的に」
『そうはいかないよ。彼は凶悪犯であると同時に、この事件の真相を知る一人だもの』
「ですよねー」
今の私は聖王教会・教会騎士団が着用している、ローブのような共用騎士服(覆面つき)。
それを着用し、このラストダンジョンっぽい場所――スカリエッティのアジトを走る。
まだ懐の中のパスケース――切り札は切れない。これを使うのは、あくまでもハラオウン執務官達と接触したときに限りだ。
アレならやっさん以外は完全に誤魔化(ごまか)せる。誤魔化(ごまか)せない理由なんてない。
それ以外は、聖王教会騎士その一として対処させてもらう。
≪・なぁ、姉御。使わないって方向性では考えられねぇのか?≫
不満そうに両手のアメイジアが呟(つぶや)く。……アンタ、まだ不満なの?
≪もう十分変装できてるじゃねぇかよ。なんでそれ使って、二人揃(そろ)って怒られる道を選ぶんだよ≫
「うっさいねぇ、私が使いたいんだからガタガタ抜かすな」
≪結局姉御の趣味かよ!≫
そうだけど何か問題ある? あー、たとえ接触しなくても絶対に使おう。
「見せ場的な所で絶対に使うのよ! そうして私は伝説になるんだ!」
≪あぁ、その願いはきっと叶(かな)えられるさ。ミッドの歴史にも残るぜ? 今世紀最大の大馬鹿だってな≫
「こんな美女を捕まえて、言うに事欠いてそれかい。それに私には」
目的地到着――足を止めて、自分の周囲を改めて見渡す。
「助けたいお姫様ってやつがいるのよ」
ここは何回か見かけていた、生体ポッド置き場らしき場所。
透明な円筒形ケース内には、何人か入っている。
その中で一際目についたのは、薄い紫の髪を真ん中分けにした女。
そして素っ裸で……まさか、また会えるとはね。
≪そうだな、久しぶりだな。……メガーヌの姉ちゃん≫
そう、それはメガーヌだった。私の知る限りそのままな女が、そこにいた。
数少ない女友達。私より胸が大きいけど、それでも友達。
……なんつうかさ、なんか駄目だね。涙……出てくるよ。
『……よかったね、ヒロリス』
「まだ早いよ。ただまぁ、ありがと」
『うん。それじゃあ僕もそろそろ仕事に戻らないと。君の真上もゴタゴタしてるっぽいしね』
「だろうね」
なんか声や戦闘音やら、無駄に大きい殺気がギャーギャー響いてくるしさぁ。こりゃ時間かけられないって感じか。
『それじゃあヒロリス、何かあったら』
「おう、そのときはよろしくね」
『うん』
そうしてロッサが通信を切ったところで、呼吸を整えて……改めてメガーヌの状態確認。
できれば早く助け出したいけど、あのポット斬ってお亡くなりってケースもありそうだからなぁ。
「アメイジア」
≪今やってる。……駄目だな、どこでどうやって解放すりゃあいいのかサッパリだ。こりゃあロッサとボーイに期待するしか≫
後ろから気配がした。それに対応しようとした瞬間、かかったのは声。
「動かないで。動くと撃つわよ」
出てきたのは……声から察するに例の女。言葉から察するに、銃口を向けてきている。
「いやぁ、餌になるかなと思って張ってたら、簡単に食いついてきてくれたんだから、びっくりよ」
ただし私じゃなくて……メガーヌにだね。
「また会えたわね、ヒロリス・クロスフォード」
「そうだね、ほんと嬉(うれ)しいわ。で……アンタ、それをどうするつもり?」
「簡単♪ アンタ、おとなしく捕まりなさい。そうすれば、このお姉さんは助けてあげる」
「なるほど、人質と」
「そういうこと」
そうかそうか、よくわかったわ。だから振り向き、にっこり笑顔を浮かべる。
するとなぜか女の顔が引きつり、固まった。あれ、なんでだろうね?
まぁ、いいか。とりあえず私は、アレだよ。お姉さんは、一言言ってやりたいことがある。
「……見くびるな」
「え」
「アメイジア」
≪OK≫
両手中指の指輪が光り輝き、白く辺りを照らす。
そうして右手の中に生まれたのは一丁の銃。
形状は大型で銀色、六発搭載リボルバー式。
銃底に紫色の丸い宝石が埋め込まれている。
これがアメイジアの遠距離攻撃用モード・スラッグフォルム。
基本はこれで銃撃戦ってのが使い方なんだけど……実は、これを使用して一つ大技がある。
「……聞こえなかった?」
左手から一発の弾丸を出し、リボルバーを展開。その中に弾丸を込める。
暗めの赤色で彩られたそれを込めたら、すぐにリボルバーを銃身に収める。
「アンタ、話を聞きなさいよ! 動けばどうなるか」
「撃てよ」
右手を女に向け、アメイジアの銃口で女を狙う。そして……そのまま集中。
「どうした。撃ちたきゃ撃てよ。なお、私は撃つ。遠慮なくね」
「どうなっても、いいってわけ?」
「そうだね。……うん、いいかな」
悪いね、メガーヌ。私、ここにアンタを助けに来たってのも確かにあるのよ。
でもさ、それに何より……通さなきゃいけないことがあるのよ。
白い雷撃が周囲に、足元には白三角形のベルカ式魔法陣が発生。
それが急速に回転すると、銃に白い雷撃が纏(まと)わりつく。……これは雷撃属性の魔力。
私は先天的な資質持ちじゃない。魔力プログラムを介し、変換技能を用いて生み出した雷――私の切り札の一つ。
まぁ前に実家と本家との合同でやった忘年会で、宴会芸代わりに暴れて以来封印されたけどさ。
だってね、カリムとシャッハにすっげー怒られたの。
もうむちゃくちゃ怒られたの。私、大人なのに子どもみたいに怒られたの。
「アンタ、レールガンって知ってる?」
「はぁ? それくらい知ってるわよ。砲身に電気」
そこまで言って、女が固まった。どうやら私の言いたいことが分かったらしい。
≪それだけ知ってんならレールガンの初速、そこから生み出される威力がどんだけのもんか……知らないわけないよな≫
雷撃が銃身だけじゃなく周辺にも発生して、ここは白い雷が荒れ狂い支配する空間となった。
髪が吹き荒れる雷撃の嵐で巻き上げられ、アップになる。ちょっとしたスーパーサイヤ人気分。
「コイツは魔力食う分、威力がダンチでね。ぶっちぎりの質量兵器だけど……せっかくだもの。撃ってあげるよ」
教導隊時代――人に教えるなら自分でも使えるようにと習得した、雷撃属性への魔力変換技術。
それを応用した攻撃がこれ。そして特殊弾丸に高密度の電気を纏(まと)わせることで、威力は段違いに上がる。
そうだねぇ。今撃ったらアイツ、反応できずに死ぬね。
レールガンの瞬間射出速度は、見て見切れる奴なんていない。
≪姉御、フルチャージ完了だ。いつでも撃てるぜ≫
「お、あんがと。んじゃ……いこうか。度胸試しだ」
「ま、待ちなさい! アンタこの女と友達なんでしょ!? 死んでもいいっていうの!」
「あぁいいね。……人質に取られるようなら、迷わず撃て」
雷撃が辺りを焦がす中、私はその言葉を鼻で笑った。
「そう言われたような気がしないでもないから――!」
「あやふやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ライジング・パニッシャー」
≪ファイアァァァァァァァァァァァァ!≫
引き金を引いたその瞬間、銃口から放たれたのは白い雷撃の弾丸。
それが超高速で、空気を切り裂きながら飛ぶ。
その過程で白い雷撃が膨張するかのように膨らみ、砲弾となった。
そしてそれは見事に大きな大きな穴を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どうやらヤスフミに負わされた傷の治療、完全には済んでないみたい。
だから笑っちゃうくらいに優勢。
そんな中私は更に刃を振るい、トーレを打ち砕こうとする。
でも……あぁもう、抵抗しないでほしいよ。
ただ壊されればいいの。それはね、決して無駄死にじゃない。
私達が世界を、組織を変える礎になる。どうしてそれを喜ばないの?
ザンバーを右薙に振るって、トーレの腹を斬り裂く。
雷撃がスーツを裂き、トーレは苦しみながら吹き飛んでいく。
やっぱり前回、電撃が通用しなかったのは偶然みたい。
そう、それでいい……通用しなかったら『英雄』になれない。
一気に加速――着地したトーレの背後へ周り右薙一閃。
これで終わるかと思ったのに、また防御しながら吹き飛ぶ。
「もう、やめよ?」
声をかけても地面を転がったトーレは立ち上がる。
その懲りない様子を見てため息を吐いた。
「ただ壊れればいいんだよ。あなた達なんて、どうせガジェット(道具)なんだから。
どうしてそんなに抵抗するのかな。ただ壊れて、私達の成果になればいいだけなのに」
『……随分と楽しそうだね』
突然響いた声……ううん、左側に展開した空間モニターに、視線が引き寄せられる。
そこには青髪と金色の瞳を揺らし、薄気味悪く笑う男がいた。
「ジェイル……スカリエッティ!」
『お初にお目にかかる、フェイト・テスタロッサ。
我が城へようこそ。……私の元に来てくれたこと、心から感謝するよ』
「誰がお前なんかのところに! ミッドを混乱に陥れる重犯罪者が!」
『重犯罪者? それを君から言われるのは心外だな』
あの男は心からそうだと言いたげに、私に侮辱の視線を送る。
『君とて同じだろう。母親のためと称して、ジュエルシードを集めていた。
その結果危うく次元振動を起こし、幾つかの世界が滅びかねなかった』
「黙れ! 私はお前とは違う! 私は罪を清算してここにいる!」
『そうかそうか。では彼はどうかな。ああ言うのをなんと言ったかな。……そうだ、人殺しだな』
誰のことを言っているのかすぐに分かって、頭に血が上った。
楽しげにこの男が笑っているのが余計に……許せなかった。
『この御時世に局に身を置きながら、人の命を奪える魔導師がいるとはな、驚きだよ。
……だが、君よりはマシだろう。君は予言のことを知りながら、躊躇(ためら)いなく子ども達を死地へ送り出せる』
「黙れぇぇぇぇぇぇぇ!」
だから飛び出した。画面に向かって――。
そんな真似(まね)をしても仕方ないと分かっていたのに、ザンバーを振り下ろした。
私の行動を諌(いさ)めるように、床から赤い縄が発生。体とザンバーを縛り上げてくる。
「……温厚な顔を装っていても、ヒステリーな部分が隠れている」
その声は後ろから……頭だけを動かし、そちらを見る。
「やはり君は、プレシア・テスタロッサと同じだ」
「ドクター。こんなところまで」
「いいんだ、トーレ。……というより下がっていたまえ。もう戦闘は無理だろう」
「……申し訳、ありません」
「いいや、君は頑張ってくれた。ありがとう……私のために、そこまでしてくれて」
あの男は同類を労(いたわ)り、その上で厳しい視線を私に向ける。
ようやく、姿を現した。ヤスフミ……待っていて。
私がこの男を断罪するから。そうすればヤスフミも、分かってくれるよね。
私達は、六課は、何一つ間違っていない。それを応援してくれた母さんも正しい。
そう信じることが、変わるための第一歩だって。
ううん、分かってもらう……そのための機動六課なんだから。
「どうした、フェイト・テスタロッサ……そんな怖い顔をして。
自分の可愛(かわい)い人形を見殺しにした――その事実をツツかれて、そんなに不服かね」
「人形……だと……!」
「そうだろう? 彼らは君の可愛(かわい)い人形じゃないか」
その場にまた別の画面が立ち上がる。そこに映るのはルーテシア・アルピーノと召還獣相手に戦う、エリオとキャロだった。
「そうだ、大事な人員を忘れていたな。機動六課部隊員全員」
「何を」
「違うというのかね? 君達が予言などというものに関わらなければ、彼女達が六課へ入ることもなかったのに」
それはヤスフミからも言われたことだった。でも違う……そんなのは嘘だ!
「黙れ」
≪Sir、冷静に≫
「君達はそれをよしとした。認め、正しいこととした――私と何の違いがある」
追加の縄が床からまた出てきて、私の首と胸、腰と太ももと足をきつく……戒めるように絡みついてきた。
蹂躙(じゅうりん)して弄ぶような、身体を這(は)う縄の感触が痛く……そして気持ち悪い。
それを見てあの男がにらみ付けてくる。まるで、自分が正義の味方だと言わんばかりに。
「あぁ、なんて可哀想(かわいそう)だ。君達の出世欲を満たすため、何も知らずに利用されているのだから。
そしてサンプルH-1も罪を背負う。君達の夢を思い、真実を黙ってあげたのに……その君達自身が彼を裏切った」
「違う、私達は誰も裏切っていない!」
「彼はきっと後悔するだろう。真実を黙っていたから、君達が増長したのだと。六課部隊員達が利用されたのは自分のせいだと」
「誰も利用なんてしていない……嘘を言うな! お前のような、最低な人間とは違う!」
「――嘘ではないだろうが! 君はまだ分からないのか!」
なぜこの男は、怒りに表情を染める。なぜ……怒りを持っていいのは私だけだ。
「私は君が言うように……確かに最低な人間だ! しかし私は自分の行動が罪であると知っている!
だが君は違う! 君は十年前から、何一つとして進んでいないよ、フェイト・テスタロッサ!
いついかなるときも他者を盲信し、暴挙を働く! 自覚なき悪意は、もっとも卑劣な道だ! ……はっきり言おうか」
その勢いに押され、言葉を止めている間に……スカリエッティは左手でヤスフミを指差す。
「君は今、母親と同じことをしているんだよ。君を利用し、アリシア・テスタロッサを復活させようとした……彼女のようにね」
「嘘、だ」
「嘘じゃない。だが人間としての格は彼女が上だ。彼女は自覚を持って、君や使い魔を利用した。
目的を最後まで隠していたことで、君達が恩赦を受けられる道まで用意していた。……だが君はそうじゃない。
自覚なく愛を利用し、自覚なく立場を利用し、自覚なく信頼を利用し……挙げ句行き着いた先が、より大きい悪意の手先だ」
嘘だ。ヤスフミは……違う。違う違う違う。
だってヤスフミは、エリオは、キャロは……あれ?
「君は寂しいのだろ? クローンとして生まれた君はコンプレックスがある。
母親から存在を否定され、愛情に飢え、手を払いのけられることを怖がっている」
そうだ、私は怖い。あのときみたいなことは……もう嫌だ。あのときみたいに母さん……あぁ、どうでもいい。
もう母さんなんてどうでもいい。私はあのとき、ヤスフミから手を払われた方がずっとショックだった。
「だから君は求めた。自分の言うことを聞き、絶対に否定しない人形を。それが機動六課だ。
……予言しようか、フェイト・テスタロッサ。この戦いがどういう結果に終わろうと、機動六課は汚点として否定される」
「黙れぇ! 誰が……誰が否定すると言う! お前か……自分を神とでも思っているのか、お前は!」
「誰でもない、君達が否定する――もう戻れないよ」
男は右手を――グローブ型デバイスをこちらへかざす。すると縄と同じ色の砲弾が、手の平で構築されていく。
「私の手が血塗られているように、君達もまた……できることならこの一撃が」
その砲弾は私を狙っているはずなのに、私はそれをぼう然と見ていた。駄目……身体に、力が入らない。
「君達の偽善を――歪(ゆが)みを、断ち切る砲火とならんことを」
そして砲弾は放たれ……瞬間、何かが砕けた。
とても大きな音を立てて何かが壊れた。白い物が私の視界を埋め尽くした。
ううん、それだけじゃない。その白いものはバチバチと雷撃を放ちながら、砲弾をかき消した。
「これは」
そして雷撃が縄の一部を消滅させ、通路の天井を突き破る。
それによって瓦れきが辺りに落ち、硝煙が舞う。
床と天井が壊れて、大きな穴が開いて――それで一気に意識が戻った。
私はこんなところで壊れてる場合じゃなかった。私はここに……そうだ。
手の中にある『絆(きずな)』を一瞬だけ見せ、あんな嘘に惑わされた自分を恥じた。
私には、確かな絆(きずな)がある。それが嘘じゃないって、私はとっくに知っている。
コイツの言うことは嘘だ。
ヤスフミが人形なら、ヤスフミはとっくに魔導師を辞めてる。
母さん達の言う通りにしてる。
私は今まで一度も……どこか惚(ぼ)けていた意識を振り払うように声を上げた。
「オーバー……ドライブ!」
意識を集中して、今あるありったけの力を声とともに吐き出す。
「真・ソニックフォーム!」
≪Sonic Dlive≫
生まれるのは金色の極光。それがバインドを吹き飛ばし、この空間を埋め尽くす。
纏(まと)うジャケットは、床に降り立ちながらデザインを変えていく。
それは黒を基本色として、赤と銀のラインが入ったレオタードスーツ。
極限までジャケット装甲を薄くし、機動性を追求した結果――これが私のリミットブレイク。
でもバルディッシュがしっかりと制御してくれているおかげで、ほぼリスクなしで行使できる私達の切り札。
≪Riot Zamber Form≫
同時にザンバー形態だったバルディッシュが、金色の片刃剣となって両手に収まる。
これがバルディッシュのライオットフォーム。
今はリミットブレイク状態で、二刀となったライオットザンバー。
鍔(つば)と柄はバルディッシュが変形したもので、見ようによっては黒いハンドアックスにも見える。
その柄尻から金色のエネルギーコードが延び、それらを繋(つな)ぐ。
床に降り立ち、身を包む光を振り払うように回転。鋭く二刀の切っ先をあの男に向ける。
「……君は、とことん馬鹿だな」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
彼女は状況を分かっているのか? ここで私を止めても、無駄になる可能性が高い。
ゆりかごを止められなければ結局は元のもくあみ。それが今の状況だ。
くそ、やはり奴らは醜悪だ。どういう手を使ったかは知らないが、彼女を洗脳したようだ。
いや、洗脳なら最初からされていたか。リンディ・ハラオウンが、彼女を引き取ったときからだ。
あれからクリーンが売りだった彼女は、徐々にその出世欲を強めていくことになる。
それが表面化したのはサンプルH-1を引き取ってから。
やはりこの世界は狂っている。
どこまでも……どこまでも。
彼女の異常性はトーレも感じているらしく、顔を真っ青にして震え出した。
だがもう、遅かった。
「どうでもいいよ」
そんな、管理局員としてはあり得ない発言さえも、本当に嬉々(きき)と放ってくる。
「だって母さんが、言ってたもの。お前達を全員壊せば、みんなが認めてくれる。大人になって、『英雄』になれる。
ヤスフミだって私を認めて、局員になってくれる。同じ道を進んで、一緒にいてくれる。
だから壊さなきゃいけないんだ。そうしなかったら『英雄』になれないし、誰も認めてくれない」
「……ふざ、けるな」
そうやって君は! 自らの手で成せることを捨てるというのか!
縛るもののない世界で、その可能性を!
――そう叫ぼうとした。彼女の行動は余りに愚かであり、同時に腹立たしかった。
私は最初から鎖を付けられていたからだ。
だが彼女は一度それを断ち切り、私では触れられない世界へ飛び込んだ。
なのに、また元へ戻ろうとしている。
その行動は余りに哀れであり、同時に私達への侮辱。
彼女は支配されることを、その歯車となることを自ら選んでいる。
支配される方が楽だから。支配者の側(そば)につく方が楽だから。
定められた自由と道筋で満足すれば、全てが保証されるから。
支配を幸せと捉え、定められた道を自由な夢と捉え、それを他者に強いる。
彼女は……狂っていた。
普通の人間ならば、そんな道はごめんだ。
私達も普通ではないがごめんだった。
だが彼女は違う。
……だからこそ私は、叫ぶことができなかった。
光となり、目の前に現れた彼女に……ただ、冷笑を向ける。
もはや無意味だからだ。そう、全てが……無意味だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スカリエッティが『目の前に接近した私』を見て、驚いた顔をする。
でもその表情はすぐ、苦もんの色に変える。
母さんは言っていた……コイツらを、殺してもかまわないと。
母さんを信じて、母さんの言う大人になる。それが、今の母さんを救う唯一の道。
だから殺せる……殺傷設定でライオットを振るい、奴の胴体を両断。
――それは、できるはずだった。
なのに突如として、AMFが発生。それも今までにない、完全キャンセル状態で。
そうしてライオットが消失し、私も魔力を強制封印される。
バリアジャケットは一瞬で制服となり、セットアップそのものが解除された。
柄の状態となったライオットは、ただ虚空を空振り。
「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして、トーレが体当たり。
魔法も使えない私は吹き飛ばされ、壁に埋まってしまう。
衝撃と痛みで呻(うめ)きながら、奴らを見やる。
「……が」
トーレは吐血し、追撃もできずに崩れ落ちた。
そしてスカリエッティはあの笑みを浮かべながら、静かに首を振る。
「君は本当に愚かだ。察するにサンプルH-1や八神部隊長達は、こう言ったんじゃないかね?」
――絶対に、スカリエッティのアジトに乗り込むな――
「……と」
「まだだ、まだ私は」
「ところでヴェロッサ・アコース査察官……ウーノは元気かな」
……そこでハッとする。右側には、いつの間にかモニターが展開していた。
そこには厳しい表情のアコース査察官……そして、右隣には白いスーツ姿の女。
そうか、あれがウーノ……アコース査察官は、戦闘機人を捕まえていたんだ。
だからスカリエッティとトーレに、あの赤いバインドがかけられる。
『手荒な扱いはしていないよ。……フェイト執務官にそれ以上手出しをしてみろ、周囲の防衛装置で』
「安心してくれ。もう投降するつもりだった。……だが機動六課関係者だと、問題がありそうだねぇ。
そうだ。彼……蒼凪恭文に投降した。そういう話ではどうだろうか」
『あ、それはいいね。実は』
「黙れぇ!」
投降……そんなこと、認めない。
私はコイツらを、壊しにきたんだ。
そう指示した母さんが正しいと……正義だと、証明しにきた。
それができて初めて、私達は去年の失敗を取り返せる。
何度も、何度も、何度も……みんなにはお話したのに!
なのに誰も信じてくれなかった! 一緒に……母さんと一緒に頑張ろうって言ってくれなかった!
ヤスフミも、なのはも、はやても……スバルも、ティアも、エリオも、キャロでさえも!
母さんが裏切り者で、頭のおかしい人だと……そう罵って! 傷つけて!
だからこうするしかなかった! 話しても駄目なら、行動で示すしか……そうしなきゃ取り返せない!
どうやっても取り返せなかった! 機動六課ができても、どれだけ頑張っても……他に方法なんてなかった!
だから、逃すわけにはいかない。これが駄目なら、私は……本当に、ただの嘘(うそ)つきに成り下がる……!
「アコース査察官、よかった……AMFを、解除してください。コイツらは、私が」
『いいや……フェイト執務官、君は現状待機。もし彼らに暴力を振るうようなら、即逮捕だからそのつもりで』
「は……!?」
何を、言っているの。
また否定するの……母さんの正義を。
あんなに苦しんでいる母さんを、まだ傷つけるというの……!?
母さんが何をしたの。去年のことだって、本当に苦しんでいた。
何度もヤスフミやGPOに申し訳ないって……でも言えなかった。
母さんにも立場がある。組織のため、胸を張り続けなきゃいけない。
だから配慮が必要なのに……どうして!
『あと勘違いしているようだから、付け加えておこうか。……AMFを発生させたのは、スカリエッティ一味じゃない』
『僕だよ』
どうして、笑顔でヤスフミが登場……それも、ほんと……心の底から楽しげに。
『いや……フェイト、お疲れ様! おのれが散々馬鹿をやってくれたおかげで、念願の三億ゲットだよ!』
「え……」
『え、何……まさかリミッター解除できたのとか、シャッハさんとすんなり飛び込めたのとか、全部リンディさんの力だと?
そんなわけない。……おのれらを餌に、そのスカリエッティ本人を釣るためだよ』
『その間に僕と恭文の電子戦能力で、アジトも少しずつ掌握。侵入もしていたってわけ』
「嘘……ヤスフミ、利用したの? 私を……シスター・シャッハを……どうして!」
『何を言っているのよ。おのれも利用したでしょ……機動六課を』
その言葉で体が震える。
『去年、僕とGPOを利用したでしょ? 手柄も奪ってさぁ……しかもリンディさんの指示で、局員扱いにしようと』
「ち、違う……あれは……どうして、分かってくれないの! 母さんも苦しんでた……苦渋の決断だったの!
母さんにも立場があるの! 組織を、仲間を守るため……胸を張らなきゃいけないの!」
『つまり、立場や組織の方が大事なわけだ。家族より……やっぱり信じられないよ、あの女は』
アコース査察官の目には、強い怒りと軽蔑があった。
それはヤスフミも同じ。私が嘘(うそ)つきだから……英雄になれないから。
しかもヤスフミは私の言うことを聞いた上で、否定してきた。
母さんは家族より、立場の方が大事。だから気持ちを表すこともできない。
そう言って……否定する。どうして、なの。何度もお願い……してるのに。
「……君、友達がいないだろ」
『おのれに言われたくないわ。……でもようやく対面できたねぇ』
「あぁ、ようやくだ。本当なら君とも直接勝負といきたかったが……いや、これは失礼か。
君はその知略を持って、我々を出し抜きアジトの掌握を果たした。それに気づけなかった私の負けだ」
『でも一勝一敗……今度はチェスでもやる? 平和的にさ』
「拘置所まで来てもらうが、構わないかな」
そうしてスカリエッティは楽しげに笑う。ヤスフミも楽しげに笑う。
動けない私を置いて、全てが決着したと……そう、笑って。
「ヤスフミ、待って……!」
『ところでスカリエッティ、幾つか聞きたいことがあるんだけど』
「分かっている。……フェブルオーコードの解析データなら、秘匿フォルダF8だ。私かウーノの生体データがあれば、認証可能だよ」
『OK……見つけた。うんうん、罠(わな)もなしってのはいいねぇ。でさぁ……やっぱり、”解除不能”な奴もいるんだ』
「あぁ、リンディ・ハラオウンのようにね」
……その言葉に、何度目かの寒気が走る。
母さんが……解除不能? 一体どういうことかと思っていたら、次々とデータが展開。
それはどうも、母さんがかけられたコードの内容らしい。
「彼女は私と同じだ。抱えていた欲望が、コードにより発現していた。
君も察している通り、そう言ったタイプには解除コードが効かない」
『なら自殺などの命令は』
「そちらも問題ないよ。まぁ、それが潜在意識でない限りは……だけどね」
『リンディさんはやっぱり”おかしい”わけではなく、元々”ああいう人間”だったわけか』
「あぁ。そうして彼女は……いいや、彼女達は狂い続ける。最高評議会が残した負の遺産だよ」
嘘だ……母さんが、狂っている? 待って……こんなデータが広まったら、どうなるの。
母さんは本当に、おかしい人間扱いされる。それに従った私達だって……!
母さん……そうだ、母さんに連絡するんだ。
リミッターを解除したのが母さんなら、きっと声が届く。
そう思って通信を……駄目だ、ジャミングされてる。
回線も繋(つな)がらない……母さんと、お話しできない。
本当に、母さんはおかしくなっているの? そういうことに、なってしまうの?
そうなったら母さんはどうなるの。その命令を聞いた私達は。
いや、アイツの首を絞めることはできる。
ヤスフミが止めるより速く、喉を噛(か)みちぎることはできる。
私は雷光……速くて鋭い、あらゆる者を切り裂ける剣。
そうなれるように、十年間ずっと鍛えてきたんだ。だから、できる。
魔法がなくたって……! そうして証明するんだ! 母さんが正しかったって!
そう思いながら立ち上がった瞬間、この場が急激に揺れ始めていた。
その揺れでまた倒れ、再度立とうとする。でも発生している振動は、それを許さないほどの衝撃だった。
しかも前後の通路に翡翠(ひすい)色のネット型障壁が張られた。
驚いている間にも、揺れは更に強くなって……ううん、そんなはずない。
だってあの男はここにいるのに。人形が主を、自分の手で殺そうとするはずがない。
「ドクター、これは」
「……クアットロが自爆スイッチを入れたんだろう。蒼凪恭文、そちらで制御は」
『受け付けない……くそ、予想通りか! ヴェロッサさんは!』
『こちらも駄目だ。今までの認証・制御システムとは別枠……外部から乗っ取られていると言うべきか』
「アイツ……私や、ウーノ達まで殺すつもりか! いや、保管された研究材料まで!」
「口を慎め、トーレ」
そこでスカリエッティが、厳しく窘(たしな)める。
「彼女達はもう、我々の研究材料ではない。然(しか)るべき場所へ帰し、人権を取り戻す存在だ」
「……申し訳ありませんでした」
「解除……しろ」
揺れる中、それでも立ち上がり……そのまま、尻餅をつく。あばら……痛い。
右肩も、血が出てて……腕が、上手(うま)く動かない。バルディッシュも、握っているのが精一杯。
「無理だ。……これはゆりかごのクアットロによるもの。私も、トーレも……ここにいる人間は全員、彼女に見捨てられた」
「そんなはずない。お前が死んだら」
「あいにく、私が死んでも代わりはいる」
どこか吐き捨てるような言葉に、私の思考は一瞬固まってしまった。
それでもスカリエッティは、天井を見上げながらどこか寂しげに笑う。
『古代ベルカ時代の王族がよくやっていた保険、だね』
「ヤス……フミ?」
「そう……近くの女性に自らの『種』を仕込むというのがあるんだよ。
もしその王が死んだとしても、ひと月ほどでそのクローンが出産される。死亡直後の記憶を転写された上で」
それは私もその……プロジェクトFやロストロギア関連事件のあれこれに関わり、調べたりしていく中で知った技術。
しかもそのクローンは、死亡当時の年齢になるまで成長速度が倍化。三か月ほどで元通りになるとか。
「悪趣味な」
「否定はしないさ。だが君が造られたとき――プロジェクトFという技術にも、この応用の一つとして使われている。
元々はゆりかごから来た秘蔵技術なんだが……プレシア・テスタロッサからは聞いてなかったのだね」
母さん……そうか。
事件後に言われていた、”なぜアルハザードを目指したのか”。
その理由、根源がゆりかごだったんだ。やっぱり、この男が全ての……!
「君に遺伝子関係の不具合が出ていないのもそのせいさ。そうそう、子どももちゃんと産めるだろう?
転生したのに早死にやら、自然交配で子孫が残せなくなっても駄目だからねぇ。
プレシア・テスタロッサはかなり必死に研究していたようだよ。愛情のたま物と言うやつでもあるのか」
「黙れ! そもそもお前はなんの話を」
そこまで言って……生まれたのは、最悪の考え。
それを否定するかのように、首を横に振る。
「まさか」
「そうだ。娘達全員に私の『種』を仕込んでいる」
「……私はもちろん、姉妹全員……クアットロにもだ。つまり」
『誰か一人でも逃げ延びれば、たとえそれ以外が死んだとしても……問題なくなるわけだ。
……こっちで確保したチンクを調べたら、確かに施術の形跡があった』
ヤスフミも、知っていた。ううん、予測していた、のかな。
だってヤスフミ、私よりずっと……頭がいいもの。いっつもそうだった。
その上で、私達を利用したんだ。私達が”その程度の価値しかない”から。
「それが”ゆりかご”ならなおさら――だから無意味なんだよ」
私達が……その程度のことしか、できないから。
英雄になんて絶対なれない、嘘つきだから。
あの男は天井だけを見る。私も、傷だらけの娘も見ず、自嘲の笑みを浮かべた。
「そして私が投降することで、君達はまた『嘘』をつこうとするだろう」
……ひび割れていく。
「スカリエッティを逮捕した――戦い、倒した『英雄』だと」
誇りたかったものが、貫きたかったものが、ひび割れていく。
取り戻したかったものが、たった一言で……この男の行動一つで、壊れてしまう。
それが許せなくて……泣きながら、もう一度立ち上がり……バルディッシュを構える。
「たた、かえ」
「そうして君達は、また嘘(うそ)つきと罵られる。だが同情はしないよ、フェイト・テスタロッサ」
「戦え……!」
「それは君達が選んだ道だ」
「戦えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
全力で踏み出すも、足がもつれてみっともなく倒れ込む。
そうしてライオットを――ヤスフミとの絆(きずな)を床に落とした。
その音が大きく辺りに響く中、現実を信じられない中、張り叫ぶ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
敗北感に打ちのめされ、両手で頭を抱えるしかなかった。
……もう誰も裁けない。そんな力は残されていない。
そして奴らは、本当に……私に手出しをするつもりもない。
縛られていることなど関係ない。もう私を見ていないの。
ただ揺れるアジトを見やるだけ。……今更気づいた。
最初から視界になかった。最初から、相手にされていなかった。
ただ利用され、囮(おとり)にしかならない私……そう見破られ、哀れまれていた。
しかもそれをヤスフミに見られて……! 私は『英雄』になれない――ヤスフミはそんな私を信じてくれない。
私のせいだ……私が、母さんの正義を証明できなかったから。
ううん、証明しても無意味だった。だって母さんはこれから、”異常者”として見られ続ける。
ヤスフミだけじゃない。みんなが、母さんを……私達を!
私はただの役立たずだった。母親(かぞく)すら救えない……無力な、子どものままだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
届かない――。
天は、何も答えてくれない。
もう少し……これが、最後のチャンスだと言うのに。
レジアスを、サンプルH-1を処断する……誅伐を与える。
そうしなければ、果たせない……俺の使命を。俺は、もうすぐ死ぬ。
使命は、絶対……天よ、そうだろう。お前が教えてくれた……ことだ。
なら答えろ。奴もまた、目の曇った愚かな騎士……なのに、なぜ届かない。
なぜ使命を邪魔する。俺は正義を……この世界の正義を、成そうとしているだけだ。
それができないのなら、存在価値などない……そう”教えられている”のに。
寒気が、止まらない。
死にかけの体が起こす悲鳴……いや、違う。
もっと別のことだ。変わろうとしても、変われない……変わることができない。
【そうしてまた押しつけるですか。……今度は最高評議会<仲間の仇(かたき)>と同じように】
レジアスを止められなかったときと、全く同じことをしていた。
それが信じられず、それを……見下していた愚者に指摘され、心が砕けそうだった。
【そうして自分と同じ道を進みつつある、『新しい世代』を見殺しにした。
フォン・レイメイと肩を並べ、あの蹂躙(じゅうりん)に手を貸した】
「やめ、ろ……」
【あなたは抗(あらが)っているつもり……でも残念! 立派に、奴らの一味なのです!】
「――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
そんなはずはない……そんなはずはないともがく。
あってはならないと叫ぶ。
飛び込もうとした途端かけられたバインド、それを外そうともがき、引きちぎっていく。
だがそこで、冷徹にも氷の刃が連続射出。
アギトが咄嗟(とっさ)に迎撃するが、弾数が追いつかない。
威力最小限・速射型の刃達が、次々俺の体に突き刺さる。
【旦那ぁ!】
「俺は、俺は……俺はぁ!」
【もう一度言うですよ。あなたのデータはもう必要ありません。だって最高評議会を潰したですから】
「俺は、今まで、何を……!」
【八年かけて、奴らと等しくなった。それだけのことです】
絶望で血が凍り付くかと思うほど、強烈な寒気に苛(さいな)まれる。
バインドを引きちぎった瞬間、今度は下半身が氷で戒められる。
それもアギトの炎熱で溶かすが……いや、溶け切らない。
俺の不調が原因だ……アギトはよくやってくれている。
だが、その力を存分に発露できない。俺がアギトの足を引っ張っていた。
本当に、俺は間違っていたというのか。
俺が正しければ、どのような状況だろうと……天は味方してくれたはずだ。
天は正義を示してくれた……教えてくれ、天よ……神よ!
お前は本当に、この地獄を認めるというのか! いや……おかしくなったのは、俺一人だけと言うのか!
なら俺の戦いは、俺の正義は……俺が貫こうとしたものは、どこへ消えたぁ!
「……リイン、お前……嫁の行き手がなくなるぞ」
【どういうことですか!】
それでも、アギトは氷を砕く。
そのまま駆け出し、刃を振るう……アギトも炎弾を連続生成。
しかしまた別の魔法陣が展開……また凍結系かと左に跳ぶが、今回は違った。
その魔法陣はただのフェイク……すぐに消え去り、俺達の移動先に、別の魔法陣が展開。
それに体が当たった瞬間、七時方向に加速――。
物質操作魔法を応用した、加速術式……一つの個体として俺達は、ビル外壁に再び叩(たた)きつけられる。
ガラスや窓枠の破片が、背中や足に突き刺さり、痛みを走らせる。そして……また、バインドがかけられた。
【シグナム、もっとやるです】
「……あぁ」
【やめろ】
【やめるですよ。どっちかが”ごめんなさい”と言えば】
バインドを何とか解除していく……両手、両足……一つずつ、確実に。
だがその間に、新しいバインドが走る。
【又はユニゾンを解除すれば】
それを解除しても、また別のものが……既に、そんないたちごっこ程度の力しか出なかった。
【さぁ、死ぬまで続けるですか? それもいいですよ】
【頼む……信じて、くれ。旦那の望みを、叶(かな)えさせてやってくれ……その後はどうなってもかまわない!
旦那の罪はアタシが全部背負う! 刑務所でもなんでも、喜んで入ってやる!】
【どっちが言うですかねー。楽しみですねー】
【旦那は絶対に、誰も殺さない! 洗脳なんてされてない!】
俺が諦めない限り……俺が、志を折らない限り、蹂躙(じゅうりん)は止まらない。
【恭文さんは殺すですよね】
【それの何がいけない! アイツは悪魔だ……それを殺す旦那は悪じゃない! だから、だから】
アギトは付き従う、アギトは守ってくれる……だがそれは、同時にアギトを苦しめてもいた。
【譲ってくれ……アタシが旦那の罪を全部背負うから、譲ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!】
「アギ……ト」
俺はもう、誰にも勝てないほど弱っていたのに。そうして逃げ続けていた。
それを悟り、ユニゾンを解除することからも逃げた。ここまで尽くしてくれたアギトを道連れに、地獄へ行こうとしている。
そんな俺もまた、ただの罪人だった。それだけは、正当化などできなかった。
いつかは償わねばならん……そう考え、ただ逃げていた。
そうして俺の生涯は……その終わりは、決定した。
【何も残らなくなる! 生きていた目的も、仇(かたき)も、理想も否定されて!
その上騎士の誇りすら砕かれたら……何も、残らなくなっちまう!】
ただ利用され、ただ押しつけ、ただ見過ごす。
罪を、惨劇を……何もできないまま、何も残せないまま終わる。
【なぁ、頼むよ! アンタ達に人の心が一かけらでもあるなら】
【……自分が負けそうになったから、良心を人質に脅迫……最低の屑(くず)なのですね、あなた達は】
【屑(くず)でいい! アタシは屑(くず)でいい! 頼むから】
そんな惨めな、騎士としての矜持(きょうじ)すら捨て去るような終わりこそが、俺への裁きだった。
【もう、やめろ……】
――そうして悪魔は迫り。
【やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!】
炎の刃を振るう。
(act.29へ迫る)
あとがき
恭文「というわけで、HGUC 百式(Revive)が組み上がったけど……いいなぁ。かっこいいなぁ。
バックパックのパイプも、胴体と繋(つな)がっていないか……と思ったら、ギリギリまで寄せていて」
古鉄≪作者は知らなかったんですけど、MG2.0の段階でこの仕様だったんですね。
ただウイングバインダーを取り付けると、肩の可動が若干死にかけなのが≫
恭文「そこは中間に……スカルウェポンとかである接続パーツを噛(か)ませれば」
(あら不思議、ちょっと余裕ができて、肩がグルグル回る)
古鉄≪・そうすると、パイプの接続部やらできた空間をどう受け止めるか≫
恭文「……あえて隙間をつくることで、推力と重心にズレを生み出し、それを生かしてのAMBACが可能になると」
古鉄≪クロスボーンですか。でも何だかんだで簡易フレームなんですね。進化してますよ≫
恭文「前のHGUC 百式は、足の甲(こう)やらに合わせ目が出まくっていたからなぁ。
しかもメガ・バズーカ・ランチャーVerはともかく、最初期はメッキが」
古鉄≪塗装するなら、メッキを剥がすことが条件……ただ今回の金色はいいじゃないですか。
メガ・バズーカ・ランチャーVerはこう……黄土色でしたけど≫
恭文「ほどよい鮮やかさがあって、かと言って下品なほどぴかぴかじゃない。
アニメの百式と近い色に見えるというか……むしろ劇場版?」
古鉄≪そうですね、スタイルについても劇場版やテレビ劇中に近いでしょ。
普通に組んでもいいですけど、素体として改造しても楽しそうです。グリグリ動きますから≫
(そう言いながらも古き鉄コンビ、手が震えている)
恭文「アルト……やっぱ、落ち着かない。作業に集中できない」
古鉄≪集中してください。じゃないとまた混乱しますよ≫
恭文「だって、だって……SMAPがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
古鉄≪もう仕方ないでしょ。今年までの運命です≫
(とんでもない大ニューズで、蒼凪荘は大混乱。なお高町家や八神家も同じくらしいです)
恭文「いや、その……うん、いろいろあったんだなーって感じは伝わるんだけど、仕方ないとは思うんだけど……衝撃的すぎて」
古鉄≪逆に考えましょう……346プロの話をするとき、参考にすれば≫
恭文「不謹慎すぎるわ! 待って、おのれも混乱してる!? だからさっきから……背部と腰のスラスターがぴくぴく動いてるし!」
(なお真・主人公、今日はガンダムバルバトス(最終決戦後)ボディです)
古鉄≪じゃあ他にどうしろと言うんですか。SMAP×SMAPも終わりですよね?
私は誰がなんと言おうと、月9からスマスマに行くのが数十年来の楽しみなんですよ。月曜の楽しみは何にしろと≫
恭文「うん、知ってる! それはよく知ってる! 僕だって番組が始まった当初から見てたし!?」
古鉄≪というわけで……美城常務登場から巻き起こる、346プロ内乱編。
なおCPと後々できるクローネは、未(いま)だかつてない危機の渦中に晒(さら)されるお話に、御期待ください≫
恭文「おい馬鹿やめろ!」
(そして、一番混乱しているのは作者だった。だって……だって……ねぇ?
本日のED:UVERworld(うーばーわーるど)『〜流れ・空虚・THIS WORD〜』)
古鉄≪というわけで、本日のタイトルは道化――まさしく二人のことだったわけですが≫
恭文「でも僕達も道化ではある。結局クアットロにしてやられているわけで。
……まぁ唯一の救いは、大規模な突入隊を突っ込ませなかったことだけど」
ティアナ「最深部にいるのはフェイトさんとスカリエッティ達、シャンテ、アコース査察官。
ヒロリスさんとガンマン女、それに実験台にされていた人達か。で、どうするのよ」
恭文「こうなると余計に、ゆりかごの打破が最優先になった。でもその前……僕の出番はまだかー!」
古鉄≪まだ戦ってませんからね、私達≫(メイスをふきふき)
(おしまい)
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