小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説) 876万Hit記念小説その8 『とま×2 イケてるッ!/坂田銀時の持ってけ百万円』 ……その男達は、伝説だった。 「その調子だ、気をつけろ。……お前はこの近辺をしっかり見張ってろ」 いや、伝説となった……そう言うべきか。その姿は七年前――一九九八年、消え去ったはずだった。 「――お前はここにくる必要はない!」 韓国(かんこく)・釜山、港の一角にたむろする怪しげな男達。身なりこそスーツ姿とまともだが、その表情には一般人とは違う影が差す。 そんな中近づく、黒髪を後ろに流した男。コートを域に着こなし、ボスであろうスキンヘッドの声にも揺らがない。 「警察の動きをマークしてろ!」 「その必要はない」 五十代くらいの男は、流ちょうな英語でそう語り、右手でM1911――通称【コルト・ガバメント】を取り出し、妙な荷物を運ぶ奴らに向ける。 右手で銃を構え、左手は開き、胸元辺りで掲げる。まるで曲芸師が縄上でバランスを取るような、そんな繊細さも感じられた。 しかしその動きに緊張は見られない。まるでこの場がパーティ会場でもあるかのような、気軽さで奴らと接していた。 その表情、その目が何を見ているか。黒サングラスに遮られ、うかがい知ることはできない。 「悪いな。俺はアンダーカバーコップなんだ」 「……朴(ぱく)!」 そしてスキンヘッドの取り引き相手が、別の男を呼ぶ。……その男は一団から離れ、ウルトラワンの紫煙をくゆらせていた。 吸いかけのたばこを、携帯吸い殻入れに仕舞(しま)い、男はゆったりとした足取りで、自分達の雇い主達へ近づく。 その男もまた、スーツの上からコートを着込み、髪をリーゼント気味に流していた。サングラスをかけているのも同じく。 口元のしわ、肌の質から同じく五十代と判断。そうして男は鋭く、S&W M586を取り出した。 両手で丁寧に構えたそれは、銃身が短いモデル。それだけでかなりカスタムしているのが分かる。 「……タカ」 「ユージ」 お互いの名前を呼び合い、少しずつ近づく二人。そしてそんな二人の背後に人影……奴らもまた、ベレッタを抜き威嚇。 当然その対象は、この場に現れた潜入捜査官(アンダーカバーコップ)。 「……構わん、殺せ!」 スキンヘッドの合図で響く銃声。……倒れたのは、潜入捜査官の背後をカバーしていた二人。 そして朴(ぱく)と呼ばれた男性の背後から、捜査官を狙っていた奴ら。捜査官と朴(ぱく)は銃声を響かせながら、何度も……何度も銃を撃ち合う。 コルト・ガバメントのカバーがスライドし、規則正しく空薬きょうを排出。S&W M586も引き金を引くたび、リボルバーが回転。 スピードローダーで弾も入れ替え、再び連射。しかし当たらない、掠(かす)りもしない。倒すべき敵を銃弾は捕らえない。 倒れてゆくのは、敵を撃ち倒すはずの味方だけ。あっという間に二十人ほどが血を流し、絶命していく。 潜入捜査官が使い終わったマガジンを捨て、新しいものを再装填。朴(ぱく)も二つ目のスピードローダーで弾を入れ替え。 そして誰もが気づく。この異様な状況に……その違和感の正体に。朴(ぱく)と潜入捜査官は更に近づき、その距離も一メートルを切る。 「俺もアンダーカバーコップなのさ」 朴(ぱく)と呼ばれた男は軽くステップ……捜査官と交差し、振り向きながらカバー。 ――そう、伝説は生きていた。このときの僕は知らなかったけど、確かに生きていた。 このときの僕はと言うと……FN Five-seveNを取り出し、二人の左横から参戦。 安全装置を解除し、二時・四時・一時・三時・十時方向に連射。ボディアーマーを着込んだ、念入りな奴らを中心に撃ち倒す。 FN Five-seveNに使われている5.7mm×28【SS190】は、P90にも使用できる共通弾。 ライフル弾を小型化したそのフォルムは、秒速六五〇メートルという初速をたたき出し、クラス3のボディアーマーすら撃ち抜く。 同時に人態等の軟体へ命中した場合、単眼が横転。貫通せずに体内の傷口を広げるので、ストッピングパワーも高め。 魔法中心の戦い方が基本だけど、忍者資格も取っている関係で……こういう銃器の扱いも覚えているんだ。 その中でFN Five-seveNとP90はお気に入り。飛針もあるけど、上手(うま)く使い分けています。 「「……どちら様?」」 「くそ、三人目か!」 「いや、あんなのは知らないぞ!」 「いいや、僕は」 驚く奴らや、潜入捜査官のおじ様達に答えながら……振り返り、背後に回った三人の頭を撃ち抜く。その上であのボス達へ向き直り。 「観光中の忍者だ」 カバーした五人を即座に射殺。……加減できる状況でもないし、見過ごせる状況でもない。 二〇〇五年・十月――僕とアルトはここ、韓国(かんこく)・釜山に来ていた。まぁはっきり言えば、いつも通りの一人旅だよ。 エイミィさんもカレル達が生まれて大変だから、何か精の付く物を買って喜ばせよう。 そう思っていたら……ごらんの有様だよ! 何これ! 夜の韓国(かんこく)を楽しみたかっただけなのに、いきなりドンパチに遭遇って! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「――ンタ! アンタ……して!」 その鋭い声に目を開くと、見えたのはティアナの。 「きゃあ!」 オパーイだった。そのバストブレスを顔面に食らい、一気に目が覚める。……凄(すご)く柔らかい、それに張りもあって、何より大きい。 で、でもこれは……! 混乱している間に、ティアナが慌てて僕から離れる。 「ご、ごめん!」 「アンタが謝ること、ないわよ。その……私がコケたんだし。でもアンタ、大丈夫?」 「だよなぁ。やっさん、うなされてたぞ」 「……私なら、きっとマスターは痛がるのだろう」 窓の外を見ると、そこは目的地のすぐ近く。……あぁ、そっかぁ……なおサンタオルタの瘴気は気にしません。それは、触れたくない。 「よし、槍オルタに変化しよう」 「おい馬鹿やめろ!」 「何それ! アンタ、サンタになっただけでもわけ分からないのに、まだ何かあるの!?」 「あるぞ。まぁ愛馬は呼べないが……ふん!」 そしてサンタオルタは黒い光に包まれ、その身長を伸ばしていく。いや、体型も豊満で、女性らしい肉付きとなった。 サンタ服はお腹(なか)も出るような、露出度の高いものとなり……銀さんとティアナがあ然。こちらへ振り返ったブレイヴピオーズも。 「あん……だと」 顎を完全に外した。そう、この姿こそ……! 「槍オルタ――見参!」 「誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! おいやっさん!」 「知りませんよ! こんな変身を身につけてるって、僕も最初に教えてもらったんですから! 理由は今もさっぱりですし!」 「あ、分かった。コイツの好みでしょ。コイツ、金髪巨乳には甘すぎるし」 「その通りだ」 「そんな馬鹿な!」 「というわけで今の私はランサー・サンタオルタだ! 愛馬は呼び出すと邪魔だから、自重するがな!」 『そんな補足はいらない!』 コイツ、どんどん理不尽になってる! いや、あの……確かに凄(すご)く奇麗だけど! でもおかしいでしょ! ……よし、放置だ! 「ちなみに僕、どれくらい寝てた?」 「車が動いてすぐですし、五分も経(た)ってませんよ。……やっぱりプロデューサーさん、疲れてるんじゃ」 ≪まぁ朝一番、目覚めたら雪国でしたからね≫ ≪そこから成層圏へ飛び、かめはめ波を食らいかけ、嵐を突っ切り……いろいろあったの。疲れるのも当然なの。 でも主様、何の夢を見てたの? かく……とか、落とした……とか、ばく……とか言ってたの≫ ≪あれですか≫ 「あれだねぇ」 アルトには分かるので、それだけ言ってお手上げポーズ。あと……ティアナには、その。 「ティアナ」 「だから謝らなくていいわよ。……私はアンタになら、もっと……許してもいいし」 「い、IKIOKURE回避のためというのは、お断りするしか」 「馬鹿。それだけじゃないに、決まってるじゃない」 ……バストブレスされた直後だから、強く出られない! それでも気分を入れ替え、僕達はバスを降りる。 そう、五分でも寝たらすっきりしたよ。テンション高くいくぞー! 『前回のあらすじ――サンタオルタと恭文達の世界一周は終了。恭文も家のみんなにプレゼントを渡し、サンタとなった。 が、銀さんの旅はまだ終わらない。その終着点は渋谷で行われる、高垣楓のライブ。 果たして銀さんは有終の美を飾れるか。そして春閣下は四十万の借金を返せるか』 「……はい! というわけでまずは、ライブ前の下準備! こちらは渋谷・宮益坂下交差点に位置する、りそな銀行・渋谷支店前です!」 今一つ納得していないティアナやら、銀さん達を引き連れライブ会場……の前に、まずはお金の準備です。 「現在天海春香こと春閣下は、突如背負った四十万の借金を返すため、持ってけ百万円の軍資金を調達中! 具体的には自分の口座から、お金を引き出しています! さすがに個人情報満載なので、カメラは中までは入れませんが……楽しみですねー!」 「預けている銀行を公表している時点で、完全にアウトでしょ! あと吹っかけた本人が、突如背負ったとか言うな!」 「御覧ください! 対角線上にはビックカメラ! そしてもう少し左手へ進めば渋谷駅東口! 明治通り(めいじどおり)を右手に進めば、ファッションの街原宿(はらじゅく)です! そしてこの道を真正面に進むと、あの名高いハチ公の近く! 現在時刻は午後五時十二分……会社帰りのサラリーマンやOL、学生の姿もちらほらと増え始める時間です!」 「確かに人通りが多いな。しかしマスター、心なしか、我々は視線を集めているような」 「ティアナがStS終了後、大きくなったオパーイでアピールしてるせいだよ」 「なるほど」 そして振るわれる右ストレート……すかさず頭を下げ、難なく回避。 「避けるな馬鹿! アンタ達のせいでしょうが! サンタのコスプレしてる奴がいたら、そりゃあ目立つわよ! あとサンタオルタ……アンタ、なんで戻ってるのよ!」 そう、サンタオルタは既に元の姿に……あの大人っぽい、魅力溢(あふ)れる格好ではなかった。そう問い詰められたサンタオルタは、顔を背け。 「……マスターの前以外では、やはり恥ずかしい」 そう小さく呟(つぶや)いた。か、可愛(かわい)い……今、ちょっとドキッとした。 「……アンタ、今日は私と添い寝だから」 「なんで!?」 「て、ていうか……そんなに気になるなら、ちゃんと言いなさいよ! 前から言ってる通り、私は……問題ないし」 「さて、卯月と凛、瑞樹さん、貴音の姿が見えないとお気づきの方もいらっしゃるでしょう!」 「無視すんじゃないわよ!」 「あ、そうだ。へごちん達はどうした」 「ライブに参加するため、三人は現地入りしています!」 さすが銀さん! あの後すぐ、卯月達が下りたのは知っているのに……ちゃんとテレビに合わせてくれる! 「そして貴音はライブ参加……しませんが、お手伝いに回っています! 働いていますよ、銀さんと違って!」 「うるせぇ馬鹿!」 「いや、事実じゃない。働きもせず、アホなギャンブルにお金を突っ込んで……まともじゃないからね、アンタ」 「僕達も春閣下がカモの準備を整え次第、すぐ向かいましょう!」 「カモって言うんじゃないわよ! というか、卯月達は大丈夫なの!? あの状態で踊るのは無理でしょ!」 「大丈夫!」 分かっている……ティアナの言いたいことは全て分かっていると、左手で制する。 「今回は楓さんが主役だから、今まで楓さんがうたった楽曲をカバーという形にした……武内さんが」 「うん、それはそうよね! あの人、二人の担当プロデューサーだし! でもそうじゃないわよ! 人前に出ることそのものがアウトよ!」 「大丈夫だろ。最後の最後で、あの二〜三人やってそうなプロデューサーが、謝れば何とかなるって。 謝れば炎上しないって。最初にそれをやらないから、炎上すんだよ」 「完全に誤解されて、より炎上するでしょうが! というか意味が違う! 違う意味でやってる人になってる!」 「……だがオレ達、世界一周した直後に渋谷って」 ショウタロスも苦笑しながら、行き交う人々を見る。一気に地元……じゃないけど、大きいところにきたしね。 「渋谷ならナポリスだな。あとで食べに行くぞ……もぐ」 「確かにあそこのピザは絶品でした。ワンコインで食べられるのが嬉(うれ)しいですし」 「……お待たせしました!」 お、出てきたか! 振り返るとそこには、銀行の玄関から出てくる春香。しかも気持ち悪いくらいに満面の笑みだった。 「はい……天海春香! 天海春香の御登場です!」 『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 「ちょ、うるさい! いつの間にかギャラリーができてるし! 散って散って! みんなに迷惑よ!」 「ではサクッと行きましょう! 春香、今回の軍資金は!」 春香は笑顔で、後ろに隠していた右手を出す。……そこには既に持たれた……四枚の福沢諭吉。 「まずは……四万!」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……お?』 そして静まりかえる場。そう、それは失望だった。四万……余りに小さい。余りに謙虚……それでは取り返せない、過ちはぬぐい去れない……! 「……春香?」 「いや、待ってください! これは端数! まずはって言いましたよね!」 「そっか。では」 「この場で裸にするのは怖いので、封筒に入れた状態ですが」 春香は更に笑顔……みんなの期待を高めながら、分厚い封筒を出した。 「八十万!」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 「八十万ですよ、八十万!」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 『なん……だと』 沸き上がる歓声……しかし、僕達はさすがに予想外。なので春香から封筒を受け取り、素早く中身をチェック。 この厚さ、更にめくったときに感じる枚数――それで理解する、その言葉に嘘はないと。 「ほ、本当に八十万だ! いや、八十四万円だ!」 「俺と同額じゃねぇか!」 「春香、アンタ馬鹿なの!? これで借金を返せるじゃない! 法外だけど!」 「ティアナさん、オパーイに知能を吸い取られていませんか? だから最近では戦闘でも出番がなく」 「うっさい馬鹿! アンタよりマシよ!」 「いいですか、今回のルールは三倍……なおかつ複数の封筒に分割できるルールです。それで今までと違い、リスクヘッジができるんですよ」 そうそう、できるのよ。だから春香は目を見開き、閣下アイズを拾う。それで跪(ひざまず)く愚民ども……通りすがりなのに、調教されている。 「つまりこの勝負、最終的にプラスの利益が取れるかどうか! ならばお金をたっぷりつぎ込み、四十万の収益を目指すのが吉! それでプロデューサーさんには、この場で借金を叩(たた)き返してあげましょう!」 「そっかそっか。この場で返してくれるんだ」 「もちろん! じゃあ行きますか――パーティに!」 『OKー!』 「ふん、小さぇなぁ。欲望だらけで汚らしいもんだ」 そして銀さんも盛り上がり、春香と肩と視線をぶつけ合う。……盛り上がって参りましたー! 「俺には楓さんの愛がついている! お前に勝てない要素はねぇ!」 「私に跪(ひざまず)く光栄、今こそ教えてあげるわ……豚がぁ!」 「いや、ついてないから。アンタも欲望だらけじゃないのよ、むしろどっちもどっちよ。……ちょっと、アンタ!」 「じゃあ現場に向かいましょう! はい、みんな撤収ー!」 「話を聞きなさいよ!」 そんな余裕はない。既に引き金は引かれた……後戻りなど、できないのだから。 というわけで記念小説第八幕! 最終決戦の地は、みんなの憧れている渋谷だぁ! 銀さんは楓さんのSRを、お迎えすることができるのだろうか! そして春閣下の借金は……サンタ恭文の目に涙!? 九百万Hitを迎えてもクリスマス! 末広がりでThe Finale Of The Finale! そんな精神で今日もいってみよう! 876万Hit記念小説その8 『とま×2 イケてるッ!/坂田銀時の持ってけ百万円』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『一行は渋谷駅近くにある、とあるライブハウスへ――既にリハも行われている中、邪魔にならないよう楽屋へ御挨拶。 現在は飛び入り参加な卯月・凛の出番を調整中。しかし二人とも、既にそこそこの経験を積んだアイドル。 スタッフの指示にもよく従い、手順もすぐに覚え、問題ない形へと仕上げていた。そして恭文達は』 「失礼しますー」 「どうぞー」 『本日の主役、高垣楓の楽屋へ』 楽屋へ入るとなぜか楓さんは、サンタクロースの衣装を着ていた。それもミニスカで、サンタオルタの色違いみたいなやつ。 「ぐはぁ!」 結果吐血する銀さん……はいはい、落ち着きましょうねー。というか、僕はそっちより。 「うりゅー♪」 なぜかぱんにゃコスプレをしている、フィアッセさんにツッコみたい……! フィアッセさんは笑顔で僕に抱きつき、すりすり。 「フィ、フィアッセさん!? なんでここに!」 「恭文くんを驚かそうと思って、先回りしちゃいましたー♪ 世界一周、お疲れさまー」 「あ、ありがとうございます……でも離れて! その」 「うりゅりゅ! うりゅー♪」 結構露出度が高いの! ほぼビキニだし、お腹(なか)も出てるし……何より、百センチオーバーな胸が……や、柔らかい。 「うりゅー♪」 「うりゅ!」 そして楓さんの腕に抱かれるのは、白ぱんにゃと灰色ぱんにゃ……さっき別れたばかりなのに! 更に白ぱんにゃがジャンプしてくるので、慌てて受け止める。よ、よしよしー。 ≪あら、白ぱんにゃさん達まで≫ ≪ぱんにゃ繋(つな)がりなの?≫ 「うりゅりゅ! うりゅ!」 「あら、ガードしてくれるの? ありがとう」 楓さんは灰色ぱんにゃを受け止め、撫(な)で撫(な)で……な、何かぱんにゃによって支配されている。 「蒼凪くん、春香ちゃん、ティアナちゃんもよく来てくれたわね」 「楓さん、すみません。せっかくのライブに無理を言って」 「お邪魔します」 「いえいえ。クリスマスだし、みんなでメリクリーってした方が楽しいもの。お金のやりくりも忘れないようにね」 ……吹き荒れる絶対零度に、誰もが言葉を失う。早速きたかぁ……この人、もしかしたらこれを呪文とする、凍結の魔導師では。 「ところでティアナちゃん、やっぱり素敵よねー。また大きくなって」 「……目線、もうちょっと上げてもらえます? 顔を見てください、顔を」 「春香ちゃんも、八神くんとお付き合いするようになってから、また奇麗になって……それに大きくなって」 「あはははは、やっぱり目線、上がりませんか? というか下がってますよね、ティアナさんとの身長差的に」 ティアナは今、百六十四くらいか。春香はそれより六センチ低いから、当然下がるわけで。 その視線は更に下がる……次はサンタオルタだから。でも、今回は顔を見ていた。 「サンタオルタちゃんもありがとう。でも凄(すご)いわね……格好だけじゃなくて、クラス……だっけ? それも変わったとか」 「今の私はライダーだ。能力知的にはドレイク卿に敵(かな)わないが、宝具倍率は上だぞ」 ≪それを楓さんに分かれって、高難易度でしょ≫ ≪なのなの≫ そして実演をと言わんばかりに、サンタオルタの右手が……それはしっかり制しておく。 はいはい、モルガンの抜刀もやめようねー。楽屋だからね、刀剣はアウトですよー。 「楓さん」 吐血していたはずの銀さんが、いつの間にかスーツ姿に着替えていた。その様子に僕とティアナは驚き、軽く身を引く。 「坂田さん! 今日は盛り上げてくれるそうで……ありがとうございます」 「いえ。プロデューサーとして当然のことです」 銀さん、こん身のどや顔……殴りたい、この笑顔。 「何度言わせるつもり!? アンタはプロデューサーじゃないでしょうが! デレステのSRもお迎えできてないのよね!」 「ははははは、ランスターさんは何を仰(おっしゃ)っているのか」 「ランスターさん!?」 ”……そっか、おのれは知らなかったか。楓さんの前では、いつも『これ』だよ” ”うわぁ……!” ”すぐ化けの皮がはがれるけど” ”駄目じゃないのよ、それ!” 念話で補足すると、銀さんはかけていた眼鏡を正し、やっぱりどや顔。 「SRはあれですが、Rの方はゲットしていますので。もちろんセンターですよ、センター」 「銀さん、どうしたのー? いつもと全然違うよー」 「はははははは、クリステラさんも何を仰(おっしゃ)っているやら。私はいつもこうですよ」 「絶対違うよー」 「じゃあ銀さんが以前、七股(また)したときの映像を」 「やっさん! てめ……それだけはやめろ! てーか全部お前らの仕込みじゃねぇか!」 「坂田さん、やっぱり愉快な方ですね」 楓さんは気づいているんだろうなぁ。でもあれだ、緊張を解すためのジョークとか思ってるんだよ。気遣いの一種と思ってるんだよ、あの笑みは。 「でも、企画については聞いたんですけど、無理はなさらないでくださいね」 「大丈夫です! プロデューサーですから!」 ≪理由になってませんよ、あなた≫ ≪なのなのー≫ それで押し切れる銀さんも、受け入れる楓さんも相当なものだ。……ところで。 「フィアッセさん、そろそろ離してくれると」 「そうだ。マスターは今日、私のものだぞ」 「どういう趣旨で!?」 「うりゅりゅー! うりゅー♪」 「駄目だ、聞くつもりがない!」 「うりゅー」 あ、はいはい……白ぱんにゃも、甘えたいのね。しょうがないので二人はしっかり受け止める。 ……それにこの温(ぬく)もりも、やっぱり大事なもので。 「失礼します」 「はーい」 そこでノック……部屋に入ってきたのは武内さん。なのでフィアッセさんには離れてもらい、白ぱんにゃも預けてからお辞儀。 「武内さん、おはようございます」 「おはようございます。……今日は大変だったそうで」 「いえいえ。武内さんもすみません。またあの少佐がうるさかったんでしょ?」 「ちょ、アンタ!」 「お兄様、クローネ絡みの失態は未(いま)だに激おこですから。というか認めてませんよね、あの人のこと」 そう、僕が美城専務に言いたいことは……中途半端だ。……言っておくけど、会社のブランドを確立する、その方針は問題ない。 そもそも別会社の人だし? 僕が口出しする権利はない。ただ……別に、黒リンディさんに似てるとかじゃない。 むしろ真逆だよ。でも僕や武内さん、赤羽根さんみたいに、アイドル達の側(そば)にいて、支える立場ではない。 社長として、重役として、それまでの成果や活動から裁定する立場だ。それに徹するのであれば問題ない。 でもあの女はそれをせず、前に出る。だからアイドル達も勘違いをする……支えてくれる、最後の最後まで味方でいる人だと。 その結果がクローネのデビューライブで起きた、醜いドタバタだ。判断基準と立ち位置、行動がよく見るとバラバラ。 三権分立じゃないけど、だからこそ人を振り回す。……どっかの馬鹿どもを思い出し、見ているだけでハラハラする。 今は真逆。しかし一歩間違えれば……そんなラインを進んでいるのが、美城専務だった。 「……まぁ、いつも通りに。あと美城専務ですので」 「……専務……専務……専務……よし、今度こそ覚えた」 「忘れていたんですか……!」 「すみません、うちに専務とかなくて」 「「「「……おぉ!」」」」 そこで打たれる拍手。ティアナと銀さん、更にフィアッセさんと楓さんまで加わったので、武内さんに冷や汗が流れる。 「ランスターさん達はともかく、坂田さん……それに高垣さん達まで」 「ごめんなさい。まだ慣れてなくて」 「俺も、今日一日……てーかお姫ちんのせいで」 「銀さんは仕方ない。うん、仕方ない」 銀さん、貴音の食事量に付き合ったからなぁ。現にティアナだって、腹が……そして頭が。ルナモンもうなされたままだし。 「と、とにかく蒼凪さん、こちらを」 そこで武内さんが差し出してきたのは、クマの着ぐるみだった。つい、それと武内さんを交互に見やる。 「……クマの、ぬいぐるみ?」 「高垣さんが、ゴンザレタロスとコラボしたいと」 「はぁ!? ちょ、楓さん!」 「大丈夫、ヴァイオリンは用意しているから」 「違う、そうじゃない!」 何かがおかしい……何かがおかしくなっている! え、どういうこと!? ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ そしてリハーサルは滞りなく終わり……ついにライブ本番。まずはOPナンバーから……会場の照明が一旦落ちる。 袖でわくわくしながら見ていると、ステージがライトアップ。ライブハウスということで、照明もかなりムーディー。 ≪The song today is ”こいかぜ”≫ 響くジャズ調の生演奏に、ヴァイオリンの音色が加わる。そう、アイツよ……ゴンザレタロスよ! 千早のライブとかでね、クマの着ぐるみを着て、アイツはヴァイオリン演奏をしてたの! そのときの名乗りがゴンザレタロスよ! 『……え』 で、当然客は驚くわけよ。クマの着ぐるみを着た奴が、平然と演奏だもの。でも楓さんの歌声で、一気に引き戻される。 「……む? おいティアナ、あれ」 「ん?」 サンタオルタがお客さんに気づかれないよう、客席を右手で指す。すると前列にはペンライト(未点灯)を持った、衛宮切嗣さんがいた。 その隣にはアイリスフィールとイリヤの姿……なんでいるの、あの一家! 「おいおい、何やってんだよ! 魔術師殺しが! ガチファンじゃねぇか!」 なおショウタロス達しゅごキャラは、私達と一緒に脇で控えています。さすがに舞台上は出られないわ。 「いえ、少し違うようですよ。ショウタロス先輩……よく顔を見てください」 「顔?」 そう、顔だ……衛宮切嗣さん、すっごく疲れ果てた顔になってる。はしゃいでいるアイリさん達とは真逆よ。 「だがマズくないか? アイツらがいると、札を全て取られかねないぞ」 「めざといものね、あの人達」 「ちょっと! それは私達がヤバいってことですか!」 「どうするんだよ、もう金は封筒に入れちまったぞ!」 「アンタ達は自業自得じゃないのよ!」 なおライブの邪魔にならないよう、ひっそりとツッコんでいます。じゃないと……ね!? ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ なぜ、僕はこんなところにいるんだ。いや、原因なら分かっている……アイリだ。 アイリは(八神)恭文の影響から、最近アイドルにハマっていた。もっと言うと表現する役者や歌手に。 アインツベルンの城にいたときも、創作物の映画や舞台には興味を示していたからなぁ。 その結果が御覧の有様だ……! 同居している桜やアサシン、ちびアサシンにソラウ達まで参加できるよう、ファンクラブに申し込んでいて。 まぁ結果当選したのは、僕達三人だが。家族水入らずで過ごせるようにと、揃(そろ)って送り出された。 いや、悪くはない。確かにいい歌だ。だが僕は……ここにいて、いいのだろうか。おじさんだよ、僕。 しかもアイドルとか興味ないよ? 僕はまだ乗り切れない。そもそもこのペンライトって、いつ使うんだ? 暗闇の中、探査するためじゃないよな。放り投げて、光で敵の位置を掴(つか)むため……でもないよな。 放り投げたら怪我(けが)するよな……損害賠償だよな。……なら僕はいつ、これを手放せばいいんだ! アイリ達に持たされているが、全く分からない! そもそも何のために必要なんだ! 「わぁ……やっぱり奇麗ね、アイドルって」 「あ、あぁ」 「お母様、イリヤももっと大人になる。……それでノリの悪いキリツグは置いて、ヤスフミがパパだよ」 「イリヤ……!?」 「あらあら、イリヤったら……またそうやって、キリツグをからかって。でもそうね、私はヤスフミも愛しているし、それでもいいかも」 「アイリ……!」 ちょ、今はやめてくれ! そうだな、そうしてからかうよな! でも今は倍増しで突き刺さるんだ! しょうがないだろ!? どうしようもないだろ!? 僕の人生において、こんな状況はなかった! コンサートでの暗殺なら経験もあるけど……これ、それとはまた違うし! そもそもそっちはオペラとかだったし! 落ち着け……とにかく状況整理だ。ペンライトというのは、折れば何とかなるらしい。 それで周囲の客を見ると、それをとにかく振っていた。音楽に合わせた上でだ……つまり。 「……こうか」 人の振り見て我が振り直せ――ペンライトを下り、赤色の光を放つ。……ペンライト持ちは全員、緑なのにだ。 あ、あれ。色が違う……どことなく、視線を感じる。突き刺さる何かを感じる……! 慌ててペンライトを抱えて隠し、混乱している頭で考える。何だコレ、もしかして曲で色が変わるのか。 そうなのか、おい……ならこの赤はどうするんだ! 使うタイミングはいつなんだ! 教えてくれ……聖杯にでも願えばいいのか! そうなのか、おい! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ うわぁ、凄(すご)いテンパってる! 緑の中に血を思わせる赤一点……でも仕方ない! 分からないものね! そういうのって事前学習が必要だものね! 私も春香達やら、歌唄と付き合いが長くなったけど……よく分からないもの! 「くそ、あの親父(おやじ)……楓さんのイメージカラーも知らないのかよ! ……いや、それもまたよし!」 「銀さん、そこは認めるのね」 「俺だって最初はサッパリだしよぉ。それに御新規様を大事にしないと、どんどん先細りするんだよ」 「そこまで考えるの、ファンって!」 「プロデューサーだからな」 銀さん、そのどや顔はいらない。あと両手をしゃんしゃん振るのも駄目。 まぁ舞台袖だし、ペンライトは触れないしね? でも動きだけでもちょっと邪魔。 ――言っている間に、最初の曲は終了。楓さんは輝くライトの中、オッドアイを輝かせながらほほ笑む。 『みなさん、メリークリスマス……には少し早いですけど、お寒い中、お忙しい中、よく来てくれました。高垣楓です』 「うりゅ……♪」 「うん、素敵なOPだったね」 会場に響く拍手。それを見てフィアッセさんも、フィアッセさんに抱かれている白ぱんにゃも、目を輝かせる。 『今日のライブはしっとりと、素敵なメンバーの生演奏に乗せて、お送りしたいと思います。 それでこの場だけのスペシャルカバーも多数用意しています。知らないという人がカバーン(ポカーン)としないように、頑張らなくちゃね』 ……温まった場に、絶対零度の風が吹き荒れる。か、楓さん……さすがにそれ、苦しい。 「くぅ、楓さんはいいことを言う! まさしく名言製造器だ!」 「アンタは受け入れすぎよ!」 『それとゲストとして……もしかしたら、知ってる人もいるかも。ゴンザレタロスくんです』 「うりゅりゅー!」 ゴンザレタロスはステップを踏み、一回転。即興で音楽を奏で、場を盛り上げる。……アイツも器用だなぁ。 『はい、765プロのライブで時折出てくる、謎のヴァイオリニストさんです。如月千早さんとは仲良しよね』 そしてゴンザレタロスがVサイン。ざわざわしながらも、期待できると観客の目が輝く。やっぱり有名だったのね、アイツ! 『じゃあ次は若い人にはなじみが……あるといいなぁ。とにかく、ちょっと古い歌を。みんな、あぶない刑事って知ってるかしらー』 あれ、それってかなり昔のドラマ……あ、手がちらほらと上がってるわね。 『実は最近、テレビ版のBlu-ray Boxを買ってねー、大ハマりしちゃってるのよー。 それでBGMの中には、かっこいい挿入歌が幾つも作られていてね……なのでその中から一曲を。小比類巻かほるさんの――Cops And Robbers』 ≪The song today is ”Cops And Robbers”≫ 何の曲!? 一瞬混乱するけど、問題なかった。……すっごいかっこいい、ノリノリの曲だったから。 ジャズ調でゆったり目だけど、なぜかバイクが……バイクが走っている、その光景が見える。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『ライブは順調に進み、銀さんは感動でむせび泣く。 しかし、忘れてはいけない……これは持ってけ百万円! カバー曲も交えた上で、ついに卯月・凛・瑞樹の出番がやってきた!』 楓さん、やっぱり凄(すご)い……! 大人の魅力に打ちのめされていると。 『――ちょっとちょっとー、飲み友達をクリスマスに呼ばないとか、寂しくないー?』 『えっと、お邪魔します』 『わ、私……頑張ります!』 突如場内に響く、三人の声。そして舞台袖を駆け抜け、卯月・凛・瑞樹さんが登場。なおお腹(なか)は……ギリギリセーフ! 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 『……はい、それでは御紹介します。シークレットゲストの、川島瑞樹さん!』 『みんなー、メリークリスマスー。川島瑞樹です』 『ニュージェネレーションズから、島村卯月ちゃん! 渋谷凛ちゃん!』 『みなさん、こんばんはー! 島村卯月です!』 『渋谷凛です。一応、今回はニュージェネ代表ということで』 あぁ、さすがに同じ事務所だけあって、一気に盛り上がるわね。特に瑞樹さんは、楓さんとの友人関係が広まってるし。 「……いよいよか」 「四十万の借金、全てチャラですよ! チャラ!」 「アンタ達、もう台なし……! えっと、もうバルーンは」 「こちらに」 武内さんが左手で指すのは、楓さんカラーな風船。わぁ……結構大きめじゃない。両手でギリギリ抱えられるサイズだわ。 「でもライブ会場の許可は」 「そちらは当然もらっています。お二人とも、封筒の方は」 「バッチリですよ!」 「金の配置は済んだ……あとは百万を持って帰るだけだ!」 「では、島村さん達がラストのサビに入ったら、舞台上へ。あとは流れ通りに進めましょう」 「「おっしゃー!」」 「い、いいのかしら……これ」 ライブの空気、壊さない? え、大丈夫なの? 大丈夫なのよね……クリスマスプレゼントって扱い!? ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 現在、午後八時……お腹(なか)の方は、何とか収まりましたー! これで元気いっぱいうたえます! しかも恭文さんが、ヴァイオリン演奏をしてくれて……す、すっごくドキドキしてます。 恭文さんは私にとって、本当に大事な人で……あむちゃん達と一緒に、みんなの夢を守ってくれた。 あのとき見た、みんなの……恭文さんの戦う姿があるから、私は夢を叶(かな)えることができて。 その先に進むこともできて……リハでも緊張しまくりだったけど、頑張る……うん、頑張ります! 『ちなみに……卯月ちゃん、今すっごく緊張してるのよねー。ゴンザレタロスのファンだから!』 『ふぇ!? み、瑞樹さんー!』 『してた。リハでもガチガチだったし』 『凛ちゃんまでー! 違います……いや、違わないですけど、駄目ですー!』 ど、どうしよう! きっと顔、真っ赤だよ……恭文さんの方を見られない! 実は蒼凪荘前で、あの格好を見られたのも……恥ずかしかったし。 『あ、それで未央ちゃんです! 未央ちゃんですけど、今日はどうしても来られなくて』 『えっと、もう発表されてるよね。シンデレラプロジェクトと、プロジェクトクローネの合同企画。 その映画『シン選組ガールズ』の準備稽古……というか、剣術合宿に入ってるんだ』 『それもガチな専門家から、本物の実践剣術をね』 『えぇぇぇぇぇぇぇぇ!』 楓さんと凛ちゃんの補足で、お客さんが驚き。まぁ、私達も実践剣術は初めてで……はい、桜セイバーさんに習えるのとかが衝撃でした。 『私と卯月、それに他のメンバーも入る予定なんだけど、未央は重要な役どころだからって、早めに合宿入りしてて』 『あの、なので楓さん向けにメッセージをもらってるんですけど』 『あら、そうだったの? じゃあお願い、卯月ちゃん』 『はい!』 はい、私達の出演が決まった関係から、未央ちゃんが素早くメールをくれました。それを手紙に起こしたものを取り出し、読み上げる。 『――高垣楓さん、そして会場にお越しのみなさん、本田未央です。楓さん、ライブ開催おめでとうございます』 『ありがとう』 『本日はそちらに来られなくて、本当にごめんなさい。現在私は某所で、映画撮影の準備を行っています。 ……別に、ぼっちとかじゃないよ!? 仲間外れでもないから! ニュージェネは不滅だぁ!』 『卯月!?』 『いや、本当にそう書いてるんです! ――なので今度はしまむーとしぶりんを置いて、一人でライブのお手伝いをしたいと思います』 『ちょ、やめてよ! 私達が仲間外れにしたみたいだし!』 『まぁ冗談はさて置き……私達にとってライブやイベント、お仕事の『次』や『今度』は、とても特別なものです。 何しろそれぞれの活動もあるし、タイミングを合わせないといけない。会わないと逢(あ)えないのが私達です。 それはアイドル同士に限らず、ファンのみなさんと一緒にいて、楽しめる時間も同じです。 実際私は……まぁ今だから話せることですが、しぶりんがプロジェクトクローネに参加する際』 結構突っ込んだところを書いてます……! でも、ちゃんと読み上げないと……なので深呼吸してから、一息。 『ニュージェネはこれで終わりなのかと……本気で落ち込んだことがあります。実際は全然違いましたが』 『未央』 『例えば人の縁、例えば仕事の縁……そう言ったもので私達は繋(つな)がっていて、だからこそ『今』と『今度』を大事にしたい。 だから楓さんとファンのみなさんが楽しい時間を過ごし、『今度』へ繋(つな)がるものになるよう、心から祈っています――って、偉そうかなー。あはははー』 未央ちゃんの真似(まね)でおどけてみるけど、みんなしんみり。や、やめてください……何だか私がKYみたいで、少し恥ずかしいんです! 『では長い話は嫌われるそうなので、最後に――皆様、よいクリスマスを――本田未央』 手紙を読み上げてから、袖に仕舞(しま)う。それでみんなから、優しい拍手が返ってきた。 『ありがとう、未央ちゃん。ありがとう、卯月ちゃん』 『いえ』 『でも、そうよね。今度って簡単に言うけど、それがなかなか難しいこと、あるわよね。 すれ違ったり、お互いの道が少し違っていたり……だから繋(つな)がるためにも今、この時間を大切にするべきで』 『未央ちゃん、最初は危なっかしいと思ってたけど……随分成長してるわねー』 『荒波に揉(も)まれた分ね』 『そうね、揉(も)まれていたわね。あなたや早苗ちゃんに……バストをね!』 『あら?』 そこで起きる爆笑。そう、揉(も)まれていた……私も知っています! というか私も、もみもみーってされましたから! 『みんな、楓ちゃんが淑女みたいに思ってるなら、勘違いよ! 親父(おやじ)ギャグを連発し、更に飲んべえ! 冷凍食品大好きで、揉(も)み魔なんだから! もう私も散々もみもみもみもみ!』 『そ、そこまで触ってませんから。あと冷凍食品は……何か問題でも?』 『開き直ったわね』 『だって私、信じているもの。いつか手に触れただけで温まる、そんな商品が出てくるって。 ……そのとき、人々は全ての手間から解放され、理想郷へ到達するの』 『それ、以前否定されてなかった?』 ……瑞樹さん、よくツッコめますね。楓さん、とても慈愛に満ちた表情で言い切ったんですけど。こう、天使の笑みで。 『じゃあ理想郷へ到達するために、次の曲へ』 『それでいいんですか!? う、卯月……どうしよう! 私、冷凍食品はそれほど詳しくない!』 『私もです!』 『あなた達はしょうがないわよ、実家暮らしなんだし……大人になれば、分かるわ』 『それじゃあ聞いてください。――Shine!! Jazz Version』 ≪The song today is ”Shine!! Jazz Version”≫ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ きた……! 確かこれ、シンデレラプロジェクトの楽曲よね。でもジャズ調だと、また大人っぽくなるなぁ。 ちょっと感動で聞き入っていると、あっという間に2コーラス目が終了。そして最後のサビ……! 「今です」 「持ってけ百万円!」 響くのはフィアッセさんの声。そう、フィアッセさんがバルーンを持って、壇上に登場……ぱんにゃコスプレのままで! 「「「え!?」」」 「「うりゅりゅー!」」 そして白ぱんにゃと灰色ぱんにゃが、二個目の赤いバルーンを押し込む。 それも頭突きで……勢いよく弾んだバルーンは、そのまま壇上へ。 四人がうたう中、フィアッセさんがバルーンをお客さんの方へとトス。 それに合わせ、空気を読んだ人達がレシーブ……レシーブ……もう一回レシーブ! 『十秒経過』 「えっと、あれは」 「楓さんカラーが銀さん! 赤が私の風船です! それぞれに十個の封筒がくっつき……どんどんトスされていく! そう、銀さんのを多くトスして! 赤とか空気を読んでないでしょー! だから無視して! 無視していい!」 「ふざけんな馬鹿! 赤だ……赤を潰せ! 穴を開けてもいいぞ! そこの暗殺者! 銃をぶっ放せ!」 「ライブが中止になるでしょうが! 馬鹿じゃないの!? それより」 レシーブ? トス? とにかくパスを続けながら、お客さんが歓声を上げる。そりゃそうよ……世界の歌姫が、コスプレで登場だもの! でもそこに飛び込むのは、モルガンをかざしたサンタオルタ。いきなりのミニスカサンタ登場で、更に歓声が響く。 『二十秒経過』 『それじゃあフィアッセさんとサンタオルタちゃんもきたので』 『はい! せーの』 サビも終わり、これでゲーム終了……と思ったら。 『『『『もう一回!』』』』 そこで曲が転調。またラストのサビへ入った。……リピート!? 「おい、どうなってんだ! 楓さん! へごちーん!」 「あー、ライブのアドリブですね。大塚愛のさくらんぼみたいな」 「ふざけんなよ! 俺達の金が……あれ、封筒が一個なくなってるぞ!」 「そうですよ! 何やってるんですかー! あ、私のは二個取られてる!」 『三十秒経過……しかし、もう一回!』 「「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」 よく見ると、確かに封筒の数が少なくなっていた。もう一回……これでもう一回! もう恐怖しかない! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ライブはあれだ、楽しむとかじゃなくて感じるものだ……と思っていたら、いきなりなサプライズ。 いや、サプライズがいきなりじゃないことなど、一度もなかったか。 ……風船をトスしながら見やるのは、どう見ても冬向きの格好じゃない女性。 サラッとマイクをもらって、歌に加わるのは……フィアッセ・クリステラじゃないか! しかもセイバーまでいるぞ、おい! ……またトスしながら、張り付いていた封筒を取ってしまう。 だがそれより驚きなのは、あのミニスカサンタだ。何やってるんだ、騎士王様が……というかモルガンを抜くなぁ! 「ねぇキリツグ、ライブって楽しいわね!」 「お祭りみたいだよー!」 「あぁそうだな! ひっちゃかめっちゃかだな! どうなってるんだ、これは!」 『四十秒経過』 というかなんで封筒が? これは返した方が……そう思いつつ、確認。するとそこには。 「なん……だと」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……着ぐるみ着たまま、ライトに当たるって暑いんだ。もう汗だく……冬なのにー! しかも【大型会場じゃないし】と思ってたら、とんでもない! 小さな箱だから、距離が近いのよ! それでも頑張って演奏……す、水分補給がしたいです。もう一回とか、やめてほしいです。 『五十秒経過……六十秒経過』 結局いつもの倍……! なので袖口をチラ見。銀さんと春香は両手を取り合い、ガタガタ震えるのみ。でも、それでも終わりはくるもので。 『七十秒経過』 『『『『『ありがとうございましたー!』』』』』 『エクスカリバァァァァァァァァァァ!』 「「終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」 慌てて左手の時計を確認。……現在、八十三秒! アンコールってほんと厄介! 『はーい。みなさん、風船はこちらへ戻してくださいー。あ、封筒は触らないようにお願いしますねー』 『もう取ってしまった人は、そのままでいいからー。今からこれについて、説明しますー』 「急いで! 急いで! 私のを最優先で!」 「俺に決まってんだろうが! 楓さん、慌てず急いでくださーい!」 大人になって分かる、その矛盾の大切さ。……とにかく風船は確実に回収。演奏終了後から取られた封筒もなく、無事に舞台袖へと戻る。 そしていい汗をかいている楓さん達は、右手でサンタオルタとフィアッセさんを指す。 『みんな、驚かせちゃったわねー。実はサプライズがまだあって……まず、ゲストのフィアッセ・クリステラさん』 『みんなー! フィアッセ・クリステラです! メリークリスマスー! うりゅー♪』 フィアッセさん、みんながついて行けない! ぱんにゃについて知らないと。 『うりゅー♪』 合わせてきたー! ドラムベースが派手に響き、続いて前に出るのはサンタオルタ。 『そしてサンタオルタちゃん……そう、本物のサンタクロースさんです!』 『トナカイども、シャンパンの用意はできているか!』 『いえっさー!』 優秀だなぁ、楓さんのファン! トナカイ呼ばわりされても平気って! 『それでサンタさんということは、当然クリスマスプレゼントを持ってきた……ということで』 『最後のサビで投入した風船、それについていた封筒が、そのクリスマスプレゼントだ。なおプレゼントの提供者は私ではなく……かもん!』 そこで再び響くドラムベース。そう……銀さんと春香の登場です。二人とも、さり気なくマイクを渡されて照れ気味。 『346プロで働いている坂田銀時さんと、765プロの天海春香ちゃんです! みんな、拍手ー!』 『……どうも。高垣楓さんのプロデューサー、坂田銀時です』 嘘ついてんじゃないよ! おのれはただの職員でしょうが! 『どうもー! 職歴詐称な銀さんはさておき、本物アイドル――天海春香です!』 蹴り飛ばしたい、この笑顔。春香はあれだ、八神の僕に連絡して、お仕置きしてもらおう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ まさか、楓さんと同じ壇上に立てるとは……! 俺、プロデューサーを続けてきてよかった! よし、もうこうなったら四の五の言わない! たとえ全額取られても、快くくれてやらぁ! 同じプロデューサー仲間だしな! ……でも、そのときは春閣下も道連れだぁ! そうじゃなくちゃ筋が通らねぇだろ! 『実は今回、持ってけ百万円という番組企画をしていまして、この場をちょーっとお借りしました。 平たく言うと……封筒の中には現金が入っています!』 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』 『ただ、入っていない……かもしれません! 全部の封筒に入れたわけではないので! えっと、楓さんカラーの風船が、銀さんからのプレゼント。赤が私からのプレゼントです。 それで最後のサビが流れてから、曲の終了までに封筒が取られたら、取った人にそれはプレゼントという話になっています』 『まずはどれだけ封筒が送られたかね。まず……坂田さんの風船は!』 そこで袖口を見ると、チェックしていた武内が右手の指を全て立てる。……げ。 『五つ! 緑の風船から、封筒をキャッチした方。正直に手を上げてくださいー!』 そして正直に挙手する仲間達。うわぁ……半分取られたのか! 損失は避けられねぇ! 『では少しの間、そのままで! 次は春香ちゃんの風船は……二つ!』 『なにぃ!』 睨(にら)んだところで武内は、立てた指を全く変えない。そうだよな、俺が理不尽だしな! だから春閣下もガッツポーズ。 『よっし!』 『春香ちゃんの風船から、キャッチした方は』 ……そこで挙手した中に、あのアサシンがいた。衛宮切嗣だっけか? しかもすげー戸惑ってる。 あぁ、あれは空だな。金が入ってないから……くそぉ! コイツにだけは負けたくなかったってのに! 『はい、ありがとうございます。では、実際に中身を見てみましょうー』 そして封筒が次々開かれる。そのたびに起こる歓声。 「あ、ああああ……あのぉ! 十万円が入っているんですけど!」 「こっちも!」 「私もです!」 『……それで楓さんのCDでも買ってくれやぁ!』 「「「ありがとうございます!」」」 『ほれほれ、お前らも拍手拍手! 仲間の幸運を素直に祝福できるかどうかで、器が計れるぞ!』 『おぉ……おめでとうー!』 俺の煽(あお)りで、驚くばかりの奴らも拍手。そうそう、それでいい……これでいいんだ。 こうすれば、俺の器も大きく計れる! 見てください、楓さん! 俺は金より、もっと大事な物を見せつけています! 『ふふふ、さすがに半数となると、凄(すさ)まじい損失ですねぇ。銀さん、そのまま今までの持ち分を吐き出すがいい!』 「嘘……四十二万円!?」 『そうそう! 四十二万もね!』 なぬ……って、待て。それはおかしくて、つい首を傾(かし)げる。 『……いや、俺は一つの封筒に、そんなに入れてないぞ』 『またまたー、負け惜し……みを』 ……そこで勝ち誇っていた春閣下が、顔面蒼白(そうはく)。慌てて客席を――自分の封筒を触った、二組の客を見やる。 『あ、あれ……えっとあなた、赤い風船から』 「はい。その、ペリって」 「……すまん、僕もだ。僕のところも四十二万円、ピッタリ入ってる」 「あ……!」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 またまた響く歓声。だが待て、四十二万……それが二つ!? 「えぇ! キリツグ、凄(すご)いわ!」 「これで焼き肉だよ、キリツグ!」 「あ、あぁ。これは本当にもらっても……え、いいのか? いいのか、これ」 戸惑うアサシンはともかく、俺達は揃(そろ)って春閣下を見る。顔面真っ青で、よたよたし始めた悪魔を。 『うそぉ! だ、だって……瞬間接着剤で、剥がれないようにべたりってー!』 『てめ、そんなことしてやがったのか! だが四十二万円が二つってことは』 『春香さん……!』 『ぎゃ、ギャンブルは怖いですー!』 慌てて左を見ると、ティアナの奴が武内と一緒に、俺の風船を確認。右手の指を全て立ててきた。 客席――俺の封筒を取った奴を見ると、残り二人は悔しげな顔。 「あぁ、入ってなかったかー。でもこの封筒、記念にもらっても」 『おうおう、持ってけ。ちなみに俺の風船へ貼り付けたのは……楓さんだぞ! ペタってやってもらったからな!』 『やりましたー』 「ありがとうございます!」 「なら私も……ちょっと残念だけど、こんなにワクワクしたの、初めてだし!」 『つまり、残りお一方も入っていなかった……銀さん!』 へごちんとしぶりん、あと分かるわの嬢ちゃんがこっちを見るので、全力のガッツポーズ……そしてカズダンス! 『うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!』 とどめはしっかり、股間をアピール! 『オレー♪』 『……はい! 今確認が取れました! 銀さん、残りのお金は全部無事みたい! でも幾ら入れていたの? 十万円が三つで』 『それがあと二つ、十七万の袋二つだ』 『思いっきり分散してたの!?』 『いやもう、頭が働かなくて……これでいいかなって。つーことは、三十万がプレゼントになるだろ? 五十四万が三倍で』 『残した二十一万八千円も、それにプラスされるわね』 なので暗算……ライブ中だから、携帯は切ってるしよ。……すると、とんでもない額が算出された。 『百八十三万八千円――!?』 『坂田さん、凄(すご)いです!』 そこで響く楓さんの声――凄(すご)いです……凄(すご)いです……愛しています……惚(ほ)れています……抱いて! 『おっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!』 やった……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! もう一度踊り、楓さんの告白を胸に受け止める。 『嘘だ……お給料が……貯金が……!』 『卯月、私達はギャンブルなんてやめようね』 『は、はい。地道に働きましょう』 『ウソダドンドコドーン!』 俺は今……楓さんを独り占めにした! 見ろよ、あの期待に満ちた視線! やったぞ、これこそ最高のSSRだぁ! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 何ということでしょう――銀さん、全ゲームを完封勝利! 三十万は惜しくもプレゼントとなったが、それでも収益はプラス! 結果最終ゲームで百六十二万もの大金を手にした! なお三十万の損失がなければ、一日足らずで二百十万も稼いだ計算となる! ギャンブラー坂田銀時、愛溢(あふ)れる場所で勝利を掴(つか)んだ! ……対する天海春香は、貯金額の一部を無駄使い。 八十四万円はファンの女性、そして衛宮一家に分配され、ただただ借金のみが残ったのである。 しかし……これだけでは終わらなかった! 時刻は跳び、夜の十時――ライブは午後九時に無事終了。 銀さん達も『ライブにお邪魔したので』と撤収作業を手伝い、無事に解散の運びとなった。 すっかり暗くなった渋谷の街……帰宅中のサラリーマンやOL、デート中の若人達が行き交う中、いよいよ今日の総決算である。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「……はい! ライブは無事に終わりました! もちろん持ってけ百万円も、全ての行程を終了! みなさん、お疲れ様でした!」 『お疲れ様でした!』 「うりゅー♪」 「うりゅりゅ!」 というわけで夜風に吹かれながら、ライブ会場近くでシメの挨拶です。 なおフィアッセさんとサンタオルタ、白ぱんにゃがくっついて、身動きが取れません……! 「瑞樹さん、卯月、凛、ティアナも一日ありがとう!」 「いえいえ、こちらこそ」 「「ありがとうございました」」 「いや、私は横で見てただけだし……それよりルナモンが、まだうなされてて……というか貴音は」 「近くのとんかつ屋をはしごするって、出ていった」 「あの馬鹿、まだ食べるの!?」 それが貴音だから仕方ない。それと、春香なんだけど……その前に。 「ねぇ凛」 「何かな」 「クローネ、順調そうだね」 「ん、おかげ様で。美城専務もね、よく現場を見てくれるし、私達とも話してくれるし……大分変わってるんだ、だから」 「おのれは馬鹿だね」 「はぁ!?」 「向こうが突っかかってくるから、相手してるだけだよ。何か問題?」 相変わらず勘違いしているので、お手上げポーズで訂正しておく。凛はこめかみをぴくぴくさせ、卯月がオロオロし出す。 「てーか前に言ったでしょうが。アレはいざってとき、会社を取る女だ。お前達じゃない」 「だからそれも踏まえて、私達が大人になれ……でしょ? うん、分かってる。きっと専務も……それを言いたかったの」 「よろしい。あと卯月は、このまま僕達と蒼凪荘だよ。もう親御さんに話は通してるし」 「はい! あの、お世話になります!」 はい、予定変更で……このまま合宿開始することに。何だかんだで遅くなったしね、ちょうどいいんだよ。 「それでアンタ、春香は」 「茫然自失(ぼうぜんじしつ)としていたため、八神の僕を呼び出して」 右手を指すと、うな垂れる春香……を羽交い締めにする、八神の僕。ちょっと右手が胸とか触ってるけど、気にしてはいけない。 だって春香、完全に脱力してるもの。それを抱えるのは大変なのよ。 「回収してもらいます。あとこの場で借金を払えなかった件について、お仕置きするようお願いして」 「鬼!? 鬼なの、アンタ! というか法外じゃない!」 「迷惑料も込みだよ? それに春香本人が払うって言ったでしょ」 『そう、思い出してほしい。春閣下は壊れ気味な精神で、なんと言ったか』 ――それでプロデューサーさんには、この場で借金を叩(たた)き返してあげましょう!―― ――そっかそっか。この場で返してくれるんだ―― ――もちろん!―― 発言を振り返ったことで、ティアナも絶句。そして春香はうつろな目で、こちらを見やった。 「プ、プププププ……むむむ……無理です! もう銀行、閉まっちゃいましたし!」 「でも春香、春香が蒼凪の僕に約束したんでしょ? 守れないならお仕置きだよ。……あの後、凛も大変だったし」 「恭文までぇ! 返します! 返します! でもあの、明日まで待ってもらえると」 「はいはい、なら明日までお仕置きだね。春香、今日は僕にいっぱい、好き勝手にされるから……覚悟しておいてね」 「……!」 八神の僕は、笑顔で春香を引っ張る。ちょっと腰とか触れているけど、しょうがない。人を引きずるのは重労働なんだ。 「じゃあなー、みんなー」 「そちらの私、この決着はいずれ」 「またな……もぐもぐ」 「誰か助けてー!」 そのまま愛撫(あいぶ)混じりに引きずられる春香を、僕達は敬礼で見送る。しゅごキャラ達にも手を振り替えし……さぁ、気分を入れ替えよう! 『なお実際に四十万の借金はなく、メイドとして一日ただ働きで手を打っております。 以上、ギャンブルや借金の怖さを伝える、二人の小芝居でした』 「……じゃあ何で八十四万も賭けたのよ、アイツは!」 「オレ達も分かんねぇよ……!」 「テレビ的な盛り上がりを重視したんだな……もぐもぐ」 間違いなくそれだ。まぁそんな春馬鹿には一切構わず、話を進めよう。 「それでは……本日のMVPにインタビューだ! 銀さん、お疲れ様でした!」 「おう、お疲れさん。でも……アレだな! ゴールドラッシュってあるんだな! 一日で二百万ってよぉ!」 「で、このお金……どうします? やっぱり一気にSRへ」 「まぁ二十万は即座に口座へ入れたから、残り百六十三万八千円か?」 そこで凛が苦笑。……そう言えば凛を助けた関係から、報奨金をもらったんだっけ。それには手を付けないってのが、銀さんらしいわ。 「……やっさん、楓さんはもうすぐ出てくるよな」 「えぇ」 「なら俺のやるべきことは決まってるだろ。……この金で、楓さんと高級ホテルで飲む! そして明日は一緒に指輪を買う!」 「指輪ですか!」 「大胆ね、坂田さん!」 「そりゃもう! まぁ自分で言うのもアレだが……楓さん、もう俺にイカレてると思うんだよ。ほら、視線の輝きとかがよ?」 ……瑞樹さん、ティアナ、こっちを見ないでよ。僕には止められないよ? というか聞いてくれないよ、この馬鹿。 「いいですねー。これを機会に告白ですか! 応援してますよ、僕は!」 「……恭文くん、いいの?」 そこで瑞樹さんから耳打ち。一体どうしたのかと思ったら。 「ほら、楓ちゃんは火野くんと」 「……あ」 そう言えば……! 拍手世界では、そういうお話になっていた! あ、どうしよう、これは止めた方がいいのでは。 今までは距離が遠かったけど、今は二百万弱のおかげでエンジンかかってるし。あ、これヤバい……血の雨が降る。 「恭文くん、瑞樹ちゃんもどうしたのー?」 「マスター、ではまた性夜を楽しむとしよう……私のクリスマスプレゼントは、これからだぞ」 「うりゅ!? うりゅりゅー!」 それで白ぱんにゃが身を震わせ、すりすり。あー、はいはい。今日一日いなくて寂しかったから、甘えたいと。 うん、そうだね。それが一番安全かなー。……その前に銀さんだけどね! 「えっと銀さん、実は銀さんに、折り入ってお話が」 ≪……それ、遅いですよ≫ 「おいヤスフミ、あそこ!」 ライブ会場の裏手から、楓さんの影。あ、もう出てきちゃった! 「いた。楓さ」 しかし、楓さんの脇にはもう一つ……影があった。そう、火野恭文……! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 疲れた……本当に疲れたぁ。ワームの出現から始まり、同時変身して、カエサルとチンクさんに説教でしょ? その後は神祖様が戻るのを見送って、またあずささんが迷子になったから探して……でも何とか間に合った。 持ってけ百万円の方は邪魔しないよう、離れていたけど無事に進んだし……ライブも盛り上がった。 まぁ盛り上がるよねー。フィアッセさんやサンタ、更に春香達まで来たらさぁ。これならシン選組ガールズも上手(うま)くいきそう。 実は楓さんも、いわゆる346プロの先輩枠で出演予定。そこは美嘉も同じくかな。 ……後は蒼凪の僕と、美城常務……専務……少佐だっけ? ヤバいなぁ、どうしても覚えられないんだよ。 とにかく美城専務(仮)が、衝突しないよう注意しないと。あの二人、お互い本気でやり合うし。 「まぁ蒼凪の僕が言いたいことも分かるんですよ。専務に問題がないとは言いません。 でも、もうちょっと上手(うま)くやってくれたらなぁ。今から律子さん達がぴりぴりしてるんですよ」 「でも、蒼凪くんだけの話じゃないの。クローネのデビュー騒動で、専務の資質に疑問を持つ人……結構多いみたいで」 「でしょうね」 「できれば武内さんみたいに、認め合う形がいいんだけど」 「それは無理ですよ。個と個ならともかく、集団となれば」 まぁそんな話をしつつ、裏手から移動……はい、今日は楓さんとデートです。ライブ直後なので、たっぷり癒やす方向で。 コミュニケーションとかは抜きで、いっぱいマッサージしようと思います。肩こりがひどいって言ってたし。 「そうだ、恭文くん」 「はい」 右側の楓さんを見ると、いきなり顔を近づけ口づけ。それは唇近くへのキス……触れるだけの、優しい愛情表現。 驚いていると、楓さんはほほ笑みながら右腕に抱きつく。 「チョコみたいに甘ーいコミュニケーションは、ちょこっとだけじゃ嫌よ?」 ……そして吹き荒れる絶対零度。さ、寒い……早く温まろう! 楓さんは疲れている! 親父(おやじ)ギャグが飛び出すんだから! なので全力疾走……楓さんを引っ張り、そのまま夜の街へ消えた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……気配察知の範囲外からでも、ギリギリ見えた二人のキス。火野のやっさんと、仲良く……幸せそうに。 抱えていた幻想ががらがらと崩れる。もう何も聞こえない、何も見えない……死にたい。 死んで、しまいたい。伝わったのに。楓さんが、俺に抱いてっていう声が……それはやっさんにかぁ! 慌ててやっさんを見ると、顔を背けてきた。ティアナ、へごちん、しぶりん、サンタオルタ……みんな逃げやがった! 「……では持ってけ百万円、本日はここまで! さー、撤収撤収! みんなでピザでも食べて帰ろうか!」 「お、おい待て……やっさん」 「そうだな。では行くぞ、マスター! そして来世でまた会おう、坂田銀時!」 「おい待てお前ら、逃げるな!」 「「「「「じゃあ!」」」」」 「「うりゅりゅー!」」 「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 逃がさないようにと手を伸ばした瞬間、やっさん達は蒼い歪(ゆが)みに包まれ消失。……転送魔法を使いやがったぁぁぁぁぁぁぁ! てーかスタッフも……ブレイヴピオーズも消えやがったぞ! おい、どうすんだよ……どうすればいいんだよぉ。 手元にはただ金だけが残る。使い道を失った金だけが……だから自然と、足は動いていた。 ふらついていた足取りは、すぐに軽快なリズムを刻む。現実を忘れよう……リアルなんてクソゲーだ。俺には、俺にはもう……! 「おい店員!」 だから飛び込んだコンビニで、俺は店員にこう叫ぶ。 「百六十三万八千円分のiTunesカード! 今すぐよこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 そうだ、俺にはデレステがある! デレステの楓さんとなら……待っててください、楓さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! 『そして銀さんは見事、全SSRをコンプリートしたのでした。めでたしめでたし……楓さん? 知らんがな』 (坂田銀時の持ってけ百万円――おしまい) あとがき 恭文「というわけで長い旅も終わり……拍手世界でのとある一日、どうだったでしょうか。 九百万HIT記念小説も兼ねている勢いで続いたなぁと、感心する蒼凪恭文と」 卯月「島村卯月です! ……えい! えい!」 (現在……まだまだ合宿中。四月に入っても、卯月は蒼凪荘にいました) 桜セイバー「うんうん、いいですよー。最初のころが嘘みたいです。振るうたびに転(こ)けていましたし」 卯月「うぅ、その節は御迷惑を……というか、今でも御迷惑を」 桜セイバー「いえいえ。しかしマスター、坂田さんが」 恭文「奴には触れないでおこうか」 (なお楓さんのSSRは引けていない模様。その前に全額使い切ったとか) 卯月「えぇ!」 恭文「失恋の勢いで、やらかしたそうだからなぁ。卯月、卯月はお金を大事にしようね」 卯月「は、はい。それはそうと、恭文さん」 恭文「うん?」 卯月「どうしてさっきから、ダミー人形を引きずってるんですか。それも、煙が出そうな勢いで」 (ずりずり) 恭文「いや、本によると、沖田総司は稽古では苛烈で……隊士の頭を掴(つか)んで引きずり、顔に擦り傷をつけたとか」 卯月「えぇ!」 桜セイバー「ちょっとちょっと! それダウトです! 私、そんなことしてませんからー!」 恭文「でも新しい必殺技になりそうだよ?」 桜セイバー・卯月「「それこそアウトです!」」 (そんなわけで銀さんの戦利品……iTunesカードの山。そして二十万の貯金と、借金の返済……あ、勝ち組だ。 本日のED:高垣楓(早見沙織)『雪の華』) 卯月「――一歩音超え、二歩無間――三歩絶刀!」 (しゅば!) 卯月「無明三段突き! ……です!」 凛「す、凄(すご)い……見えなかった」 未央「しまむー、私達よりレベルアップしてない!? いや、マンツーマンのせいかな!」 卯月「ありがとうございます! あ、でも桜セイバーさんが根気よく教えてくれて……それに、恭文さんともいっぱい練習したおかげで」 未央「ほうほう、蒼凪プロデューサーとねー。そりゃあ楽しそうだ」 卯月「み、未央ちゃん!」 凛「よかったね、卯月」 卯月「凛ちゃんまでー!」 凛「……ところで」 サンタオルタ「ふん!」(きんきん!) 恭文「なんの!」(きんきん!) 凛「あの人、いつまでサンタの格好なの?」 卯月「あ、サンタオルタさんはサンタクロースなので、一年中あのままです」 凛・未央「「どういうこと!?」」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |