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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
鉄血のオルフェンズ放映記念小説その3 『目覚めるP/支配者の末路』

馬鹿な……! 俺が、どれだけの時間をかけ、セルメダルを集めたと思っている。なぜだ、なぜ人間ごときに勝てん。

なぜ振り払えん……! 強引に肘打ちすると、その腕が取られあっさりあお向けに倒れる。

刃が食い込む衝撃からは一瞬離れたものの、奴は俺に馬乗りとなり、すぐに刃を突き立ててくる。しかも。


「Ground」


その勢いがより増していく。まるでギロチンの如(ごと)く、頭が刃と地面に挟まれ圧迫され続けた。

ならばと乱暴に爪を振るっても、全てが脇から軽く叩(たた)かれるだけで流され、虚空を貫く。

剣を取ろうとしても、同じように脇へ流されるだけ。強引に体を揺すっても、俺と同レベルの力で押さえこまれるだけ。


足で蹴り飛ばそうとしても、そもそも届かない。電撃による威嚇はなぜか発生タイミングを読まれ、発動前に潰される。

何なんだ、コイツは……! 明らかに戦闘力が違う。そもそもこんな奴、オーズの仲間にいたのか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


マウントポジション……いわゆる馬乗り状態だね。総合格闘技などではもっとも有利な立ち位置とされる。

伸ばされた腕の力、反撃の動き、その全てを読みきり、的確に脇へ流す。幸い僕は寝技とサブミッションは大得意。

あとは即席ギロチンで、この虫頭が両断されるのを待つ……うん、即席ギロチンだよ。


コアセイバーの柄と切っ先のちょい手前に、グラウンド製のフックを引っ掛けた。

あとは地面に戻るよう引っ張れば……というかお兄ちゃん、早くしてよー?

こんなエグい真似(まね)をしているの、周囲の人達が逃げる時間を稼ぐためなんだから。


あの雷撃は脅威だし、潰しつつ拘束するのが得策かなーと。ついでにダメージを与えられるならバッチグー。あとは……よし、フラグ成立禁止。

……そんなことを考えている間に、七時方向から殺気。ウヴァへの拷問は継続したまま、振り返りつつ。


≪Air≫


Air――空気の魔法。Windとはその根本から違う、最近開発したばかりの禁呪。

結果右手刀を中心に、空気圧が瞬時に変化……そのまま逆風一閃。生み出された真空の刃が殺気に、そして放たれた光に直撃。

瞬間的に放たれた熱の光は両断され、歪(ゆが)みながら僕達の両脇へと突き抜ける。切り裂かれる地面や植え込まれた木々達。


そのごう音によってウヴァが、お兄ちゃんが、ヤミーが一旦活動停止。気配察知……その上で拷問は中止。コアセイバーを回収し。


「Ground」


改めてグラウンドの魔法を発動。ウヴァとがんじがらめにして、すぐさま早苗さんと比奈さん達のところへ。

同じ方向から……今度は湾曲しながら飛んできた熱線。避難誘導していた三人へ、そして誘導されていた人達へ容赦なく迫る。


「え……!」

「ひぃ!」


浩介さんと比奈さんの悲鳴が響く中、余裕を持って熱線の前に立つ。三連射された熱線を袈裟・逆袈裟・右薙と全て斬り裂き散らす。

その火の粉の一つ足りとも、早苗さん達には近づけない。……お兄ちゃんは驚きながらもヤミーに組み付き、関節を極(き)めた。

そのまま熱線が打たれた方向へ向けて、盾とする。さすがはお兄ちゃん、判断力も半端ない。


「離れて!」


でも僕が一声かけると、すぐさま離脱。次の瞬間……ヤミーは背中から熱線に撃ち抜かれ、爆散。

メダルがまき散らされ、その音に比奈さん達が身を竦(すく)ませる。なお避難している人達は、三倍速で離脱する。そりゃあ怖いだろう。


「……恭文くん」

「お前か、カークス」

『ひゃはははは……よく分かったなぁ、クソガキ』


その名を呼ぶと、早苗さんが息を飲む。……分からないはず、ないでしょうが。CGプロ社長の死に方を考えなよ。

胴体部を撃ち抜かれていたんだ、それも普通の銃器じゃない。つまり……炎熱攻撃が奴の得意技。

それも徹底凝縮された、バーナーに近いもの。もちろんそのレベルと機能性は比べるもないけど。




鉄血のオルフェンズ放映記念小説その3 『目覚めるP/支配者の末路』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


カウント・ザ・メダル! 現在、映司と恭文が使えるメダルは!


タカ×2


クワガタ×1

バッタ×1

カマキリ×2


トラ×1

ライオン×2

チーター×1


ゴリラ×1


シャチ×2

ウナギ×3

タコ×2


ワシ×1


オオカミ×2

キツネ×2

リカオン×2


フェニックス×1

ドラゴン×1


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


カークス……社長を殺してくれた奴か。あ、比奈ちゃんは小首を傾(かし)げているな。細かくは知らない感じか。


「あ、あの……これって。ヤミーを倒してくれたし、味方じゃ」

「……新世代グリードだよ」

「グリード!? しかも、新世代って!」

「映司くん達から聞いてない? 四百年前、日本(にほん)の錬金術士達もグリードを生み出していたんだよ。あっちのモノホンとは性質も違うけど」

「なにも! アンク、どういう」


そしてあの鳥さんはどこにもいない。比奈ちゃんは気づいていなかったのか、戦闘が始まってからすぐ安全圏に移動していたのに。


「アンクー!?」

「じっとしてて!」

「あ、あの……俺達、邪魔じゃあ。逃げても」

「今はやめて。……多分逃げようとしたら、背中から撃たれるよ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」


さて、キツいなぁ。射程距離、威力ともに半端じゃない。発射された……と思ったらもう直撃コースだ。

あたしと映司くんも、避けるだけなら何とかなる。恭文くんに至っては超直感で射線を読み切ることも可能。


「く……どこの誰かは知らんが、助かったぞ! ふんうぅぅぅぅぅぅぅう!」


でも……なおウヴァはこの状況でも、必死に電撃を放っていた。自身を戒める黒い縄に対し撃ち込むも、縄は全く壊れない。

あー、あれはアースだな。電撃そのものが吸い込まれて、地面に流れちゃってるよ。

ウヴァも完全に動きを封じられているから、力での破壊も無理。……恭文くん、いよいよ本気になっているね。


戦い方を見て、よーく分かったよ。ウヴァ……というか、グリード達に対してマジギレしてる。

もう逃がすつもりも、容赦するつもりもない。全員ここで破壊し尽くすつもりだ。というか、そのために『布石』も打っていたしねー。


『どうだい、CGプロの気に食わない奴らもぶっ潰せて、満足してるだろ。感謝しろよ、俺にさぁ』

「そうだねぇ、礼もしたいからちょっと出てきてよ。顔も見ないでって言うのは無理があるでしょ」

『お断りだ、馬鹿が』

「そう……じゃあまずはこのままでいいわ、聞かせてもらおうか。……どうしてCGプロだ」


咄嗟(とっさ)に嫌な予感がして、比奈ちゃん達を突き飛ばし倒れ込む。今度は三時方向から……湾曲して飛んでくる小さな熱線。

それは恭文くんの右薙一閃によって、あっさり斬り裂かれる。あれ、待って。今恭文くん……移動速度が見えなかったような。


『利用しやすいだろ。いい欲望だよなぁ、アイドルってのは。男は支配し、女どもは支配されることを望む……まさしく偶像は支配の体現者だ』

「ふざけるな! あの子達の欲望を……純粋な願いを歪(ゆが)めたのは、お前だろうが!」


そして次は映司くんに熱線が放たれる。咄嗟(とっさ)に左へ避けるものの、右太ももの外側が抉(えぐ)られ、映司くんが地面に倒れ込む。


「映司くん!」

「動かないで!」


飛び出しかけた比奈ちゃんを押さえ込み、何とか状況制御……くそ、スナイパー相手に身を隠す場もないってキツい!

いや、あの威力だし、隠れても意味がないけどさぁ! やっぱ怪人戦の現場に、生身で乗り込むのはアウトだった!

どうする……どうする。スプーンとフォークに頼るのもシャクだし、いろいろ考えないと。


ていうか最近、スプーンとフォークの能力……信頼できないんだよね。

だってさ、ガチで守ってくれるなら……あたしと楓さん達彼女組は、ヤミーの能力を受けなかった。

影響は一切シャットアウトしていたよ。でもそうじゃないってことは、もうあれだよ。


フェイトちゃんとセシリアちゃんの中二病時代は、大人になっていくことで消えるとか? めだかボックスの異能力みたいに。


『お前だって同じだろ、プロデューサー? いろいろと御活躍みたいだが、結局やっていることは支配だ』


……その言葉で恭文くんの温度が、急激に冷えていくのが分かった。あ、これマズいやつだ。


――……Air――


更に小さく、何かを呟(つぶや)いた。やっぱりマズいやつだ、何か仕込んでいる……!


『765プロを支配して、CGプロを支配して、楽しいだろうなぁ……てめぇのデカイ欲望は、結局そうして満たすしかないんだよ』

「おい……ふざけるな! 恭文は」

「かもしれないねぇ」

「恭文!?」

『は、そうして逃げているわけか。分かっている顔をして、お前の本質ってやつから……何度だって言ってやるよ!
お前も支配してんだよ! 自分を好きだと言う女どもを一人残らず! あのクソメガネと同じくなぁ!
アイツも、お前も、対して変わらねぇ! 立派なプロデューサーとやらじゃあねぇよ!』


立派な、プロデューサー? あれ、おかしいなぁ……そこで一つ違和感。確かに恭文くん、赤羽根くんをそう評したらしい。

でもそれを、どうしてカークスが知っているのかな。というか恭文くんのことだけ、触れ過ぎなような。


『何度だって言ってやる! お前は』

「支配者?」

『そうだぁ!』

「お前がヒックルへやったみたいに」


恭文くんが軽く言い切ると、冗舌だった言葉が急に止まる。それに合わせ、恭文くんは七時方向へ――最初に熱線が放たれた方向へゆっくりと歩き出す。

そしてヒックルは再び熱線を放つ。でも凝縮された炎は、恭文くんの前方一メートルほどのところで急にかき消える。

斬ったわけでもなければ、魔法で防いだ様子もない。ただ霧散するだけ。続けて数発が放たれるも、やっぱり炎は消え続ける。


……そこで気づく。熱線に焼かれたのは、地面やヤミーばかりじゃない。地面に落ちていた紙幣も同じ。

でも恭文くんが一歩足を進めるたび、その紙幣は一瞬で鎮火する。恭文君は何もしていないのに。


「お前がヒックルに仕込んだ寄生ヤミー、もう潰しているから。ヒックルが飼い犬になった段階で」

『は……!?』

「もちろん……城ヶ崎美嘉やCGプロの連中に、改めて仕込んだヤミーも。今頃ダーグや伊達さん達が必死こいているはずだよ」

「なんだってぇ! おい、恭文!」

「でも逃している奴もいるんだよねー。例えばエレメンタル美術商の連中、スオウ会長、CGプロ社長……肇に影響を与えたヤミーとか」


その言葉で衝撃を受ける。それって全部……まさか、CGプロの不正と崩壊そのものがカークスの仕業!?

でもどうしてそんなことを……ううん、ここまで恭文くんについて、執ように調べていたんだ。奴の狙いは……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そう、奴の狙いは僕だよ。ていうか、馬鹿だねー。自分で仕込んだ寄生ヤミーなのに、潰れたことにも気づいてないって。

なぜヒックルが幻影能力も使わず、家にいるか……その原因を遡ると、ヒックルに地獄を味わってもらっていた最中へ遡る。

さて、読者のみんなは覚えているだろうか。ヒックルが千早達にヤミーを仕込んだとき、こういう話をした。


……寄生型ヤミーは巣となる親に危険が迫ると、飛び出して自衛行動に移る。もちろん千早達に同じことはできなかった。

でも奇(く)しくも……出てきたのよ、ヒックルを叩(たた)き伏せていたとき、そのヤミーが。裏拳一発で潰したけど。


――……ヒックル、今のヤミーは何――

――……答える義理立ては、ない――

――そう。ならおのれ、しばらく家にいなよ。このことは僕達だけの秘密だ――

――恭文さん!?――

――お前は僕を利用していい。でも僕もお前を利用する……お前だって知りたいよね、どうして同類がこんな真似(まね)をしたのか――

――貴様は、馬鹿か――

――馬鹿じゃなきゃ、お前らとは殺し合えないよ――


なおこの件、ダーグとメディール達にもこっそり相談はしていた。僕達だけとは言ったけど、三人とは言っていないし。

ただセルメダルが屑(くず)ヤミーみたいに、半分に割れていてさ。ダーグ達もどのグリードか判別できない状態だった。

だから察知もここまで遅れたんだけど……そうしたら今回の一件だよ。それでぴーんときた。


……狙われていたのは僕だって。だからフィリップに連絡を取って、またまた検索してもらった。


――火野恭文、間違いないよ。カークスの狙いは、君という『欲望の王』を支配することだ。
CGプロ絡みの異変……君が調査依頼を受けたところも含めて、全て君を引っ張りだすための支度――

――目的は。僕の欲望に目をつけていたってことは、当然その利用先もあるよね。欲望の暴走?――

――そこはまた別のワードが必要になる。一部情報にロックがかかっているんだ。
だがいずれにせよ、彼はまだCGプロから離れていないよ。どうするつもりだい――

――当然、引っ張りだすのよ――


そう、引っ張りだす……全ての狙いはそこにあった。まぁ比奈さん達も巻き込んであれだけど、フォローはするので許してほしい。

……そこで狙ったかのように、携帯に着信。さっと取り出し、電話に出る。


「もしもし、ダーグ? こっちは本命が出たから、手短に」

『こっちも同じくだから安心しろ! ……ビンゴだったぜ。城ヶ崎美嘉達、ヤミーを仕込まれてやがった』

「赤羽根さんとの話し合いでショックを受け、だね」

『正解だ』


はい、実はあれも……僕達の仕込みだったりします。狙いが僕の支配だと気づいて、あえて赤羽根さんを持ち上げていた。

ダーグやメディールから聞いた、カークスの性格……そこから考えれば、絶対話に持ち出すと思ってさ。

それは赤羽根さん達にまだ接近していることを意味し、同時に僕を突き落とす材料としては十分。


で、なぜ城ヶ崎美嘉達にヤミーを仕込んだか。簡単だよ、現状、美嘉達は状況変化に対応し切れない。

その結果欲望を暴走させ、今度こそCGプロにとどめを刺す。そうして僕に無力さを突きつけるのよ。

そうしてCGプロへ行った辺りから、全部コイツの仕込みだってバラせば……安っぽいシナリオだわ。


だから赤羽根さんにも、お見舞いした上で……直接ヤミーがいないかどうか確認した上で、お見舞いの花にメッセージカードを仕込んだ。

赤羽根さんが即日で話し合いを実行してくれたのは、そのためだよ。そしてダーグ達もそちらに控えていた。

一人一人話し合い――そうして期待を持たせ、暴走する状況を限定化。あとは赤羽根さんが絶望を突きつけ、ヤミーが出たら叩(たた)くって寸法だよ。


一斉に登場するならともかく、一人一人なら……やり過ぎかとも思ったけど、正解だったよ。

だってこいつ、サラッとあの場も監視していたから。なおそうする理由ならある、僕の欲望が半端なくデカいからだ。


『てーか、あの兄ちゃんも豪気だよなぁ。一応伝えていたんだろ?』

「こっそりとね。じゃあ、そっちはお願い。大丈夫なんだよね」

『もちろんだ。だが……何か奢(おご)れよ? 今回は無茶(むちゃ)しすぎだ』

「分かってるって。炎の酒鍋とかどうかな」

『何だそれ……よし、乗った!』


ダーグにはもちろんと返し、携帯を仕舞(しま)う。そして放たれる熱線達……アイツも馬鹿だねぇ。

早苗さん達を狙えばいいのに、意固地になってるよ。自分の手口がサラッと見ぬかれて、動揺しているのかな。

……だと思ったよ。こういうタイプは不意打ちで根っこから崩すと、途端に調子を崩す。


だから今まで、自分すら騙(だま)す勢いで黙っていたわけで。さて……壊すか。


『てめぇ……最初から、分かっていたってのか!』


しかも半分吹っかけだったのに……認めやがったよ。どんだけ三下なんだろうね、コイツは。


「当たり前でしょ。……そうだね、僕のやっていることも支配だよ。一歩間違えばそうなる。
だからね、決めているのよ。一応口説きはするけど、本気なのは最初の一回だけでやめておこうってさ」

「「そんなの初めて聞いたんだけど!」」

「だからこそ言い切れる」


足を止め、放たれ続ける熱線を受け止めながら……左親指で自分を指差す。


「僕の彼女達は――全員、僕のカッコよくて強いところに惚(ほ)れたんだ! 支配とは大違いだっつーの!」

「そして自信過剰すぎるだろ! え、この状況でその反論はアリなのか!」

「映司くん、ごめんなさい……あなたの弟さん、やっぱりおかしい! 断言ってあり得ませんー!」

「あ、でも分かるなー。あたしも恭文くんのたくましいところに、イチコロだったし。
……特にあたしを担ぎ上げて、目いっぱい責めたときとかもうー♪」

「早苗さん、それはきっと違います! 恭文、ちょっと話し合おう! 俺達にはそんな時間が必要だ!」


残念ながらそんな余裕はない。前方へ限定展開していた『Air』を、今度こそ全周囲……それも半径三十メートルほどに発動。

大丈夫、この体は真空状態でも問題なく耐えられる。でも一応、思いっきり息を深く吸い込み。


「Air――!」


術式発動――その上で既に掴(つか)んだ気配めがけて全力疾走。距離にして四百メートル、十分射程距離だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


フカシじゃなかった。奴はマジで、俺の計画を全部見抜いて……! だから全てを焼き払うため、両目で奴を見つめながらエネルギー集束。

熱の輝きは光速で放たれ、奴ら全てを飲み込む奔流となる。だがそれは前に出た奴へ直撃することで、遠慮なく霧散。


「な……!」


焦りながらもビル上から放射を続けるが、全く効かない。何でだ……斬り払われるだけなら分かる。

だが、奴らを飲み込むこともせず、俺の力が消える……だとぉ! どうなってやがる!

結局放射は、チャージ切れで停止。そして奴はそのまま……平然とビルの外壁に足をつけ、駆け上がってきやがる。


しかも俺がいるビルに向かって、迷いなく……だから足から炎を吹き出し、ビルから跳躍。

奴の三時方向へ回り込む。ただしロケット噴射により、距離は五百メートル以上離れている。

幾らアイツでも……その間に、あの虫けらどもに狙いを定めた。そうして奴の……王の大事なものを全て壊す。


そうして支配し、勝つんだよ……! あのどでかいバケモノに、今度こそぉ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なぜ奴の光が……熱が通用しないか。それはAirによって、真空のシールドが形成されたから。

そもそも熱とは何か。分子振動の伝達によって起こる現象だ。そして真空では分子そのものがない。

だから宇宙空間では熱そのものがない……でも、光や磁気、電波などは通すんだよ。それは熱と関係ないから。


最初の段階で奴の攻撃が、完全な光じゃないのは見抜いていた。もちろん最初の『Air』で実験もしている。

だから光を象(かたど)った分身運動の塊は、真空のシールドに阻まれ全て消えてしまう。では、なぜこれが禁呪なのか。

いわゆる炎熱系能力のほとんどを無効化するだけなら、さほどじゃないの。……空気への操作は、酸素やらとも絡む危険なものでねぇ。


しかも不可視で範囲も広くなりがちだから、極力使わないようにしている。ちなみにこれ、フォン・レイメイ戦の反省から構築した。

あれなら炎と熱の発生条件から殺してしまえば、独力でも何とかなったと踏んでね。これもまた鍛えた結果だよ。

でも禁呪はこれだけじゃない……奴がお兄ちゃん達へ狙いを定めた、その瞬間を見切る。なお、Airには弱点がある。


それは『声』が使えなくなること。ようは術の発動に必要な、ワード詠唱ができなくなるのよ。

ほら、声――音も分子運動によって引き起こされるものだから。当然Soundも無効化される。

もちろんワードなしで使える魔法もあるけど、そうじゃないものは使用制限がかかる。


だからこそ意識下でAirを、真空シールドを解除した上で、二つ目の禁呪を発動。


「Vector」


今度はベクトル――方向の魔法。これもまた、空気と同じように存在する法則。それゆえに『魔法』となる。

僕自身の移動力を奴へと向け、急速射出。ビル外壁にクレーターを作りながら、一気に距離を詰める。

肉薄し、奴の後頭部を左手で鷲掴(わしづか)み。驚く奴は気にせず、もう一度Airを発動。


「Air」


奴もろとも真空状態に取り込まれることで、チャージされていた熱炎を奪い去る。当然足から出ていたロケットも消失。

つまり、真空状態に取り込まれている限り、奴は全ての能力を封じられる。そのまま数十メートル下の地面へ、顔面を叩(たた)きつける。

粉砕される頭――そこから飛び出すメダル達。その中にカブトムシのコアメダル二枚をチェック。でもその回収は後だ。


さて、そろそろ試すか。お前はちょうどいい実験台だ、一枚でも壊せるなら御の字だよ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


声が、殺される。それどころか力も……熱をどれだけ放とうと、この世界そのものが俺を拒絶する。

何だ、コイツは……何なんだ、コイツは。欲望のデカい、抜けた支配者じゃなかったのか。

いや……俺の存在に感づいて、そう演じていた? 俺が間抜けにも、飛び出してくることを……くそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!


文字通り声にならない叫びを放ち、アイツのアイアンクローを跳ねのけ起き上がる。

音一つしない世界でアイツに踏み込み、左右のストレート。だが拳が振るわれる前に、世界に音が戻る。


「――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「Gravity」


そしていきなり、俺の体が重くなる。振るった拳は情けなく止まり、奴へ跪(ひざまず)いてしまった。

拳を、怒りを届かせることもできず、みっともなく……それが許せなくて、角に力を集中。

だがその瞬間、角を両断する唐竹(からたけ)一閃。それはとんでもない威力を発揮し、またメダルが派手に落ちる。


「ぐあぁ!」

「カークス、ありがとう」


奴は俺を見下しながら、冷たい声でお礼を言う。わけが分からないまま、震える右手を伸ばす。


「お前のおかげで、僕は改めて知ったよ。自分の欲望が表裏一体で……それはみんなと変わらないって。
……でもお前は、そのためにみんなを巻き込んだ。そこまでされると、僕も見過ごせない」

「てめぇ……!」

「なので壊れろ」

「何を、しやがったぁぁぁぁぁぁ!」


そして増していく重量……それにより両足が潰れ、伸ばした手も強引に地面へと落ちる。

しかも俺の周囲で地面が砕け、どんどん埋まっていく。そんな中震えるセルメダルが一枚、また一枚と砕け始める。

そしてコアメダルもまた……おい、ふざけんな。何だよコレは……コイツは、何なんだぁ!


そうだ、だったら……あのことを言ってやる。そうすれば。


「そうそう、僕とお兄ちゃんの家族も、『支配』したんだよね」


……そこで血の気が引く。もう一度奴を見上げると、変身状態なのにゾッとするほど……冷たい目をしていた。

いや、実際は違う。あれは馬鹿な人間が、馬鹿に暴走しただけ……コイツに目をつけてから知ったことだ。

だがそう言えば、そう突きつければ……嘘(うそ)でも罪と悩ませれば、支配できると思った。なのにコイツは。


「もう、全部バレているんだよ。お前のお遊びは」


何を言っても無駄、全て分かっている。それで心を揺らすこともない……そう宣告され、恐怖する。

何でだ、俺はアイツをぶっ倒すために、支配するために……なのに、何でコイツを支配できねぇ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


三つ目の禁呪――Gravity。その名の通り、重力だよ。なおベクトルと重力は基本別物なのであしからず。

そして重力は集束することで、マイクロブラックホールも生み出すシロモノ。

あらゆる創作物ではその摂理が動力源だったり、必殺技だったり、チート能力だったりする。


ただし限界点がある。一つ、僕の周囲でしか重力操作ができない。それも本当に、手が届く範囲。

二つ、僕自身も重力操作に巻き込まれる。発生源ゆえに当然と言うべきか。

そして三つ……マキシマムドライブなしで引き出せる重力は、現状地球が持つ重力の五倍まで。


僕は束に頼んで、ドラゴンボール的な重力発生装置で訓練はしている。なので五倍どころか、十五倍くらいまでなら普通に動ける。

でも普通の人間や怪人が、前提条件もなく受ければこうなる。もちろん、ここには更に上がある。

奴の右肩に右足を載せ、ウィザードメモリをドライバーから取り出す。そのままマキシマムスロットへ装填し、軽く叩(たた)く。


≪Wizard――Maximum Drive≫

「ビートスラップ」


重力は最大で五倍――体を構築するセルメダルも、局所的にかかる重圧を受け止めきれず次々と砕ける。

その分奴の体はもろくなっていき、コアメダルも次々と露出。それも重力の怨嗟(えんさ)に引きずり込まれる中。


「ゴルディオンエフェクト」


そのまま右足で、奴の体を踏み潰す。その動きに合わせ重力が加速――限界を超えた重力衝撃波が生まれた。

踏み抜かれる胴体部、それに合わせて加速するカークスの体。そう、これは加速だった。

地の底へ落ちる……星の摂理に流され、クレーターの底は、カークス自身は光となって消えていく。


……ゆっくりと足を引き、ケープを重苦しく揺らしながら一回転。生まれた極光の爆発が、周囲を一瞬白く染め上げた。

そうして重力場が解除され、穴からだるま状態なカークスが吹き飛び、僕の真向かい――前方百メートルほどのところへ転がる。

ボロボロな体は残りのメダルで、何とか体裁を整える。そしてカークスは震えながら、僕を見やる。


外殻に覆われた体は中身もむき出しで、実に弱々しい。それでも脇に落ちた、三枚のコアメダルへと手を伸ばす。

それぞれ絵柄が違うメダルは、奴が触れる前にひび割れ、砕ける。重力衝撃波に耐えかね、絶対的だったコアメダルは破壊された。


「な……! お、俺の……メダル、がぁ」

「三枚だけかぁ。ならあと二回……十分だ」


足元に落ちていたカブトメダル二枚と、ホタルメダル一枚を拾い上げる。こっちは無事らしいので、さっと懐へ仕舞(しま)った。


「Vector」


奴の体そのものをベクトル操作で引き寄せ、穴の近くへと落とす。その上で。


「Gravity」

「がぁ……!」


もう一度Gravity発動。再びかかっていく重力で、奴は情けない声を放つ。ただ一気に五倍とかはできないんだよねぇ。

束曰(いわ)く、僕がまだ『重力――星の力そのものを、ちゃんと理解できていないせい』らしいけど。

十倍以上の重力に耐えるだけじゃあ、理解は難しいらしい。また鍛えないとなぁ。


なおはやてには『理解できん方がえぇんとちゃうか? チートになるし』とも言われました。


「……いいぜ。やるなら、やれよ」


カークスは増していく重力に震えながら、拳を握りしめ必死に耐える。でもその拳もすぐ重力に負け、セルメダルへと分解される。


「支配は悪……そう、誰にでも存在する悪意だ。せいぜい食われないよう、気をつけな――!」

「もちろん。カークス、安心していいよ。お前という悪は僕の中で生き続ける……僕という王の隙(すき)をなくす、永遠の刺客として」

「俺を、刻んでくれるってか。嬉(うれ)しいことを言うねぇ、この王様は……あは、ははははは」


僕達の間で交わされる言葉など、もうこれで十分だった。では二度目の……そこで突如頭上が照らされる。

なお無敵に思えるGravity、もう一つ重大な弱点がある。それは……重力操作ゆえに、頭上からの攻撃や強襲に弱いこと。

僕も重力の影響を受けるせいで、回避力が落ちるのよ。しかも重量を載せた攻撃は、敵・味方関係なく威力が倍増する。


もちろん重力の影響を受ける……例えば、今放たれている炎の砲弾。落ちゆくこれも速度は倍増し。

咄嗟(とっさ)に後ろへと跳び、転がりながら砲弾を回避。なおカークスは遠慮なく直撃を食らい、またメダルがはじけ飛ぶ。

衝撃で重力場も解除され、炎の中から赤いグリードが出現する。コイツは……!


「ヴン……ドー……ル」


そう、ヴンドールだった。ヴンドールは右人差し指を立て、軽くフリフリ。そうした上で、左腕でボロボロなカークスを抱えた。


「すまんな、欲深き王……ただ叩(たた)き伏せ屈服させるならともかく、コアメダルまで破壊されると見過ごせん」

「で、逃がすと思っているの?」

「逃げられるさ。察するにGravityとやら、使用制限があるだろう。連続使用はあと二回が限度だ」

「どうだろうねぇ。もっといけるかもよ?」


……でも御名答。Gravityは僕自身へも負担がかかる能力だから、マキシマムドライブも絡めたら三回が限度。

それも絡めなければいけるけど、結構体力も消耗している。しかも最大重力へ一気に持っていけないのも、十分弱点だ。

不意打ちじゃなければ、怪人だって逃げるくらいはできる。ならAirで炎熱攻撃は無効化……それが妥当だけど。


「なるほど、試すのも一興(いっこう)か」

「そういうことだねぇ」


そして風が吹き荒れる。お兄ちゃん達も動けない中……こちらへ飛び込んでくる緑の影。

そう、ウヴァだった。さらっと解放してやがったな、コイツ。


「貴様……よくもぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「Vector」


なので術式発動。奴の突撃――そのベクトルそのものを急速変換。ヴンドール達へ射出すると、奴らは炎に包まれ一瞬で消失。

しかもさらっと、ウヴァまで炎に包んで消し去った。くそ、逃げ足が速い……! 気配も掴(つか)めない!


『安心しろ、未熟な王……私はカークスにも、どのグリードも肩入れするつもりはない。ただ見たいだけだよ』

「見たい?」

『グリードと人間が交わりの中、どう変化するか。何を求めるか……それが私の欲望』


そんな言葉を最後に、声は消える。……変身を解除し、起き上がった早苗さん達にはお手上げポーズ。

まぁ、カークスの馬鹿はしばらく動けないだろうし、いいとしようか。でもヴンドール、やっぱり読み切れないね。

ガメルへのメダル投入やら、カザリへの攻撃も考えると油断ならない。だけど……交わりの中、どう変化するか……か。


……もしかしたら僕には、カークスやヒックル達に対して、何かをやり忘れているのかも。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


場の後始末を終えて、僕達もクスクシエへ戻る。お店、知世子さん一人で大変だろうしなぁ。

お兄ちゃんと比奈さんもまた仕事だよ。僕と早苗さんも、楓さんのフォローもかねた飲み会の準備だし……はい、今日の夜からスタートです。


「……俺さ、やっぱ間違っていたのかも」


そんな中、浩介さんが夏の空を見上げ、どこかすっきりした顔でそう言う。


「先生の家に、お金だけ届けていたこと」

「でも、それは!」

「分かってる、たまたま……だろ? でもさ、俺はその『たまたま』も分かってなかったんだよ」


比奈さんがまた無様なフォローを試みるも、浩介さんは僕達へ振り返り、笑って手を振る。


「ぶっちゃけ、あの怪物……まんまっつーか。『どうして助けたいか』って気持ちを伝えていたら、違って……たのかなって」

「……俺も同じですよ、いっぱいしています。恭文だって」

「えぇ。お兄ちゃんなんてあれですよ? えっと……同級生のキューピットをやろうとして、KYな発言ばっかして破局させて」

「……映司くん」

「お前、昔から馬鹿か」

「比奈ちゃん!? アンクまでー!」


うわぁ、比奈さんが……そして空気だったアンクまでもが、迷いなく信じやがった。でも事実だからなぁ、しょうがないね。


「あ、あとは……貧しい国に募金していたつもりが、悪い人に使われました。ひどいときは内戦の資金になって」

「いやいや、内戦の資金!? どんだけ出してたんだよ!」

「浩介さん、額の問題じゃありませんよ。たとえ一円だろうと……そういうところへ行く。その可能性を見抜けなかったんですから」

「……そっか。それが、アンタ達のたまたま、かな」

「えぇ。だから、思ったんですよね。人が人を助けていいのは……自分の手が、直接届くところまでじゃないかって」


それは僕にも突き刺さる言葉だった。僕は欲望全開で手を伸ばすから、やっぱりお兄ちゃんとは正反対だから。

だからお兄ちゃんが笑って広げた両手が、やっぱり眩(まぶ)しくもあって。


「俺の場合は……こんぐらい。まぁ届かないことはありますけど、欲望だとしても……こんぐらいなら、手に負えますしね」

「……そっか」


だから浩介さんも、自分の両手を広げる。


「こんぐらいか」


自分なりの『こんぐらい』――それを見定めること、欲望との付き合いはまずそこから。

だから自然と手が届く早苗さんに触れていた。早苗さんも同じで、僕の手を握ってくれる。

……そっか。いろいろ考えちゃっていたけど、これでいいのかも。手を届かせたいのなら、これで。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ウヴァとカークスは、それぞれ適当なところへ放り出した。宣言した通り、これ以上干渉するつもりもない……しかしやるものだ、あの王は。

カークスの全てを見切り、支配しにかかった。同時に理解を深めつつある。……我ら新世代グリードが持つ欲望を。

楽しさ、仲間、支配……もしかすると、あの王ならば答えを出せるやもしれん。私が望み続け、手にできなかった欲望を。


あとは、例の鴻上ファウンデーションか。あそこの鴻上会長もまた、私と近いところを見ている。

そんなファウンデーションのビル屋上へ上がり、暮れていく空を見下ろす。すると、突然屋上の入り口が開く。


「やぁ……君だね! ヴンドール君というのは!」


振り返ると、噂(うわさ)した鴻上会長の姿があった。私を恐れることもなく、大仰に両手を広げ近づいてくる。


「こんな殺風景なところではなく、私のオフィスへこないかね! 酒とつまみもあるよ!」

「あいにく、その殺風景なところで風を受けるのが好きでな。……邪魔ならすぐに出ていくが」

「何、問題ないよ! それが君の欲望なら……自由にしたまえ!」

「何よりだ。……一つ聞かせろ、貴様の目的は何だ」

「簡単に言えば、王の誕生だよ! 欲望を制御し、突き進む王――八百年前、我が先祖ができなかった悲願の体現者! それを見つけることだ!」

「そうして貴様は王のスポンサーとして、いいように」

「そんなつもりは……ナッシング! 王は欲望のまま、自らの道を進めばいい! それがこの飽和しきった世界を変える希望となる!」


まさか、そんな馬鹿な……と思ったが、鴻上の目に嘘(うそ)はなかった。本気で信じている。

欲望を知り、制御し、体現し、突き進む王の誕生……そんな王に憧れ、自らもと歩いていく臣民の姿を。

なるほど、こいつの目的は……飽和ゆえに迷走し、押さえ込まれた欲望の解放か。面白い『欲望』だと笑ってしまった。


「ではよければ、君の欲望を聞かせてくれたまえ! ヴンドール君、君は何を望んでいる!」

「……滅びだ」

「ほう!」

「言っておくが、世界の滅びではない。俺は……俺自身の滅びを望んでいる」


そう言いながらもう一度、暮れゆく空を見る。太陽は沈み、月は上り、そしてまた太陽が昇る。

人は生まれ、生き、子孫を残し、そして死ぬ。自然も、人も、栄えたものは衰え、そして次に託す。

しかし俺は違う。俺には滅びがない、衰えもなければ終わりもない。だから望む、俺自身の終わりを。


俺という『幻想』のコアを消せる何者かを。それを、ようやく見つけたかもしれない。王――火野、恭文。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


浩介さんは自分なりの『こんぐらい』を示すため、まずは鈴香さんの家へ。お兄ちゃん達も結局ついていった。

それでかく言う僕と早苗さんは、予定通りに家へ戻る。変わらない温かさと手に感謝しながら、その日の夜。


『かんぱーい!』

「あおー♪」


飲み会は開催され、大量の中華料理を食べつつ進んでいく。そう、大量の中華料理……当然美奈子がメインで作りました。


「そういやあお、おのれ……今日はみうらさんとデートだったよね」

「あおあお。……あおあおあおあおー♪」

「おぉそっか。うんうん、楽しかったなら何よりだよ」

「おー♪」


そう言いつつ、あおはトマトと卵の中華炒(いた)めを小皿に取り分け、美味(おい)しそうに食べる。更に僕にも分けてくれるので。


「ありがと」


受け取って、早速食べる。生トマトはやっぱり苦手だけど、熱したものなら……おぉ、これも美味(おい)しい。

温まったトマトの酸味と風味、それが卵とあいまってのふわふわトロトロ食感。やっぱすげー、うちのメイドさん達。


「……お嬢ちゃん、相変わらず凄(すご)いボリュームね」


そう言いながらメズールが、エビチリを一つまみ。……気に入ったらしく、嬉(うれ)しそうな顔で何度も頷(うなず)く。


「うん、この赤くて辛(つら)いのも大分慣れてきたわ。美味(おい)しいってこういうことなのね」

「ありがとうございます! でも私だけじゃありませんよ。ロッテさんとアリアさん、それに美世さんも手伝ってくれましたし」

「オーナー、最近いろいろあってお疲れだと思ったので……はい」

「ありがと、美世。そうだ……CGプロの方、そろそろゴタゴタも解決してきているから、もう自宅に戻っても大丈夫そうだよ」

「ほんとですか! ……あ、でも」


あれ、美世が少し寂しげに……もしかしてあれかな、みんなでお食事とかも多いから、そういう理由からかな。


「マボー?」

「マボマボ」

「マボー♪」


そしてマンボウ稚魚ヤミー達もそう思ったのか、数匹ほど美世の頭に乗っかりスリスリ。美世もそんな気持ちが伝わったのか、優しく稚魚ヤミー達を撫(な)でた。


「ん、ありがと」

「黒幕なカークスもしばらくは動けないけど、要警戒はしておかないとね。ささ、楓ちゃん」

「ありがとうございます」


そして早苗さんは、ニコニコ顔の楓さんにお酌。楓さんは青椒肉絲を食べ、しっかり味わってからお酒を一口。心地よさそうに息を吐く。


「あぁ、落ち着く……そうね、嫌なことなんて食べて飲んで忘れちゃいましょう! ほら、恭文くんも!」

「はい、頂いています……それはもう、たっぷり」

「御主人様、ご飯のおかわりをどうぞー」


だって美奈子が配膳してくれるから。そしてまた、山盛りだー。もういつものこととして、ガツガツ食べる。


「……御主人様、美奈子ちゃんのご飯には慣れてきてるね」

「アタシ達は未(いま)だにビクっとするのに。でもいいかー、御主人様は最近、そのせいか体力が倍増しているし」

「あ、それはあたしも感じた。昨日とか、もう凄(すご)くて凄(すご)くて」

「今朝の御奉仕も私、早苗さんと二人がかりだったのに何度も気を失って……でも、嬉(うれ)しかったなぁ」

「その話は駄目ー!」


ほら、美世もいるから! ……あぁ、美世が顔を真っ赤に! そ、そうだ……ご飯を食べよう! それで全て解決する!


「よし、あたしも若さを取り戻す! というわけで美奈子ちゃん、おかわり!」

「はい、ただいまー!」

「そっかぁ、恭文くんがまたパワーアップしたのね。じゃあ私も今日は、確かめさせてもらおうかしら」

「楓さんー!?」

「いいの。お姉さんのおっぱいにいっぱい甘えてほしいし……それとも、大きい子じゃなくちゃ嫌?」


……嫌とか以前に、吹き荒れるブリザード。そして水性系グリード&ヤミーであるメズールと、マンボウタロス達がガタガタと震える。


「な、何。これが寒さ……でも今って夏よね! 何なの、これ!」

「メズール、それは心の寒さだよ。心がダジャレによって冷たくなり、それで体まで冷えるの」

「ダジャレ……! 御主人様、オレ達も理解したっす!」

「こ、これが人間の深さっすね!」

「ダジャレを言うのは……だれじゃー♪」


あ、楓さんは酔い始めたな。こういうときは……そしてまた訪れるブリザード。あおですらフリーズする中、僕は山盛りご飯を酢豚で食べ始める。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


坂田さんと鈴香ちゃん家の件は、何とか解決した。坂田さん、鈴香ちゃんとお母さんに頭を下げたんだよ。

鈴香ちゃんは迷惑がって追い返そうとしたけど、そこは俺で押し切った。……どうしてこんなことをしたのか。

そして『たまたま』を見過ごした自分の愚かさ――必死に、土下座もしてさ。その様子に鈴香ちゃんも何一つ言えなくなった。


それに天から降ってきたお金にすがっていたお母さんも……その様子を思い出し、閉店したクスクシエのお掃除中。

あとは明日の仕込みを終えればおしまいだ。なのに、比奈ちゃんはカウンターでやっぱり不思議そうにしていた。


「でもよかったよね。お母さん、坂田さんの話を聞いて、思い直してくれて。借金の件も恭文が紹介した弁護士さんと、相談の上で返していくし」

「それは、そうなんだけど……映司くん」

「何かな」

「私、今まで思っていたの。欲望はドロドロしていて、汚くて……はっきり言えば悪い感情。アンクやグリードが、メダルを欲しがるみたいな」


比奈ちゃんの言いたいことも分かるので、モップを動かす手はストップ。比奈ちゃんはこちらへ振り返り、一層困惑した顔を見せてきた。


「だから坂田さんの『たまたま』とか、その気持ちを欲望って言うの、間違っていると思っていた。というか、今でも」

「うん」

「人を助けたい気持ちを、欲望みたいに……汚い言葉で表現しちゃいけない。そういうのは優しさや正義って、そう言うんだと思っていた。
でも……あのヤミーや、お金を拾い続けた人達を見てたら、分からなくなって。それに片桐さんや、映司くんの話も」

「比奈ちゃんがそう思うのも、無理はないよ。ただ……それだけじゃ駄目な場合もやっぱりある」

「それが、たまたま?」

「そう、たまたま」


でもカークス……まさか、父さん達の一件にも絡んでいたなんて。恭文にも面倒をかけているし、何とかしたいけど。

……いや、落ち着こうか。あだ討ちなんて言って飛び出したら、またこじれる。取りあえずCGプロの方は大丈夫だ。

恭文もこういう状況を見越した上で、CGプロや自分達への監視体制が『敷かれる』ように調整している。


あの子達に仕込まれたヤミーを発見できたのも、肇ちゃん絡みで動いていたからだし……でも、まだ必要か。『ディープ・スロート』は。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


がっつりとしたお食事と酒宴の後は、みんなでお片付け。何だかんだで同居人も増えて、大勢で食事する機会も増えた。

それがまた楽しくて、幸せを感じる。……そしてその後、僕の部屋にみんなが集まる。

ロッテさん、アリアさん、早苗さん、楓さん、美奈子、メズール……それに美世。


そう、これからみんなでコミュニケーションを……って、待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


「あ、あの……今日は楓さん一人の予定だったようなー」

「……ごめんね、御主人様。だってあの……今朝の凄(すご)いやつ、まだ消えてなくて」


アリアさんが頬を赤らめながらもじもじ……赤いブラに包まれた胸を寄せて、そっと僕に近づき、右頬にキスしてくる。


「アタシも薄々気づいてたの。だから……お願い。最後の方でいいから」


ロッテさんも反対側から甘え、同じようにキス。続けて早苗さんが僕の右手を掴(つか)み、黒いブラに包まれた胸を触らせてくれる。


「あたしはあれだよ、恭文くんがまたいろいろ抱え込んでいるし、癒やしてあげたいなーと」

「坊や、私も同じ。グリードだもの、むしろ欲望を受け止めるのは得意よ。……坊やのおかげで、人の感覚にも触れられたし……だから、また」


それは嬉(うれ)しいんですけど、ちょっと落ち着いて……! というか、既に下着姿ってのがもうあり得ない! だ、だって。


「あ、私は許可を出しているから、大丈夫よ。嫌なことはみんな仲良くして、ぱーっと忘れちゃいましょ」

「楓さん、そういうことじゃない! あの、えっと」

「御主人様、私も大丈夫です。そ、それに……私のご飯を食べて元気になっているなら、その責任は私が取りたいなと」

「だからそうじゃない! あの……美世」


美世はパジャマ姿でもじもじ。さ、さすがにあり得ない。美世の前でそれは、その。


「メンテ、してください。あの、一応……大人ですし、経験はありますから。だから遠慮せず」

「するよ!? そ、それは駄目! だってあの」

「それに、私も我慢できないんです。……オーナーの、馬鹿」


美世はパジャマ姿のまま、僕へと飛び込んでくる。それで少し震えながら、左頬に優しく口付けをくれる。

それだけで美世の気持ちが伝わるというか……もしかしてあの、ずっとそう思ってくれていたの?


「恥を、かかせないでください。私だってこんな状況は初めてで、すごくドキドキ……しているんです」

「……本当にいいの? それなら僕、ちゃんとみんなにも言って」

「いいんです。だってみんな、気持ちは同じだから」


……その通りと言わんばかりに、全員で頷(うなず)いてくる。だったら……気持ちを改め、まず美世を優しく抱き締めた。


「ありがとう、美世。でもね、もし無理そうなら……我慢しなくていいからね」

「はい……って、オーナーがそれを言うのはおかしいんじゃ。こういうの、嬉(うれ)しいですよね」

「ま、まぁそれはね。うん……その、凄(すご)く嬉(うれ)しい」


その、二人や三人同時に……というのは、やっぱり嬉(うれ)しいです。それは紛(まぎ)れもない欲望なので否定しない。

だけどコミュニケーションはやっぱり特別なことで、それだけというのも違って。


「でもほら、やっぱり特別なことだし、僕だけの気持ちではしたくないんだ。だから」

「……そう言ってもらえただけで、十分です。オーナー」


みんなに囲まれた状態だけど、美世は少し離れて、瞳を閉じる。なのでまずは、さっきのお返し。

美世の左頬に、触れるだけの優しいキスを送る。……それが、コミュニケーションスタートの合図となった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


CGプロへのアフターフォローは完了。ヤミーを仕込まれていたのは城ヶ崎美嘉、ナターリア……ようは出ていくって言った面々だ。

仕込まれたのは昨日の夜、アイツが『ディープ・スロート』としてこっそり動いていたことが功(こう)を奏した。

いや、それも込みだったんだけどな? 藤原肇が寮にいる間は、やっぱり寮内のCGプロメンバーとも距離が近くなるわけで。


そしてやすっちは魔術師の本領発揮……でも、そうだよなぁ。GravityやAir、Vectorって普通にあるんだよなぁ。

どうやら俺が今まで想定していた以上に、魔導師の底は深いらしい。星や自然を司(つかさど)る摂理まで魔法にできるんだから。

だがヴンドールまで出てきて、また面倒になりそうだ。さぁどうする……どうする、俺。


そう思いながらも夜闇の中、ちょっとした実験を繰り返す。何度も何度も試した結果。


「……これだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ビンゴな『体型』を発見。そうだ、これだ。俺が求めていたのはこの愛らしさだ!

早速携帯で自画撮り。……いや、これじゃあ足りない! 証明写真だ! しっかり全身を撮影だ!

なので早速ダッシュ――待っていろよ、みんな! 俺は進化した! 明日はホームランだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「あー、君」

「はい?」


町を勢い良く走っていると、突然後ろから声をかけられる。足を止め、振り返ると……そこには黒髪短髪で、スタイルのいい男の警官。


「こんな時間に何をしているのかな。親御さんと一緒?」

「え、えっと」

「取りあえずお名前、いいかな」


今までとは違う意味で、職質を受けました。どうしよう、これは喜ぶべきか……ちょっと迷っちゃう。

てーかどうすればいい……俺はどうすればいい! この場合って、職質はどう切り抜ければいいんだ! 誰か教えてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


リザルト・ザ・メダル!


タカ×2


クワガタ×1

バッタ×1

カマキリ×2


トラ×1

ライオン×2

チーター×1


ゴリラ×1


シャチ×2

ウナギ×3

タコ×2


ワシ×1


オオカミ×2

キツネ×2

リカオン×2


カブト×2

ホタル×1


フェニックス×1

ドラゴン×1


(目覚めるP――おしまい)









あとがき


恭文「というわけで、本日幕間第38巻が販売開始。みなさん、どうかよろしくお願いします」


(よろしくお願いします)


恭文「そんなわけでお相手は蒼凪恭文と」

フェイト「フェイト・T・蒼凪です。えっと、カークスの能力や禁断魔法……特にGravityや、ゴルディオンエフェクトは」

恭文「以前頂いた、読者アイディアからになります。アイディア、ありがとうございました」


(ありがとうございました)


恭文「そして炎熱攻撃の一切を無力化するAir、一方通行も使っているVectorも解禁。ただそれぞれに弱点もあり」

フェイト「えっと、Airは真空状態だから、音が伝わらないんだよね。だからワードの詠唱が必要な魔法も使えなくなっちゃう」

恭文「もちろん空気――酸素に対する操作だから、下手をすれば毒ガス的なのも作れたりで危険」

フェイト「毒ガス!?」

恭文君「例えば鉄が錆(さ)びるのは酸化――酸素に触れた化学反応だし。そっか、メダルを錆(さ)びさせればいいんだ」

フェイト「ヤスフミー!?」


(普通ならともかく、突き詰めるとチートになっていく。これがとまとクオリティ)


恭文「そして重力操作によるメダル破壊。段階を踏んで、最高出力でなければできないという罠(わな)」

フェイト「二回目みたいに不意打ちされると、キャンセルなんだね」

恭文「更に上からの振り下ろし攻撃が強化……使い所は考えないと」


(不意打ちを食らってさようなら……怖い怖い)


恭文「でもそろそろフィリップもアテにできなくなるかぁ」

フェイト「え……あ、そっか」


(次回辺り、その話がくるかもしれません。でも大丈夫、炎熱系は無効化だ。
本日のED:『覚醒、ゼオライマー』)


ダーグ「やすっち、しかしAirとか……よく思いついたな」

恭文(OOO)「アルドノア・ゼロってアニメを見て、知恵が大事なんだと気づいたんだ」

ダーグ「そっちか!」

恭文「……空気操作かぁ。思い出すなぁ……前にシグナムさん相手に」

シグナム「あぁ、あったなぁ。ただしお前の場合、無効化ではなく倍増による爆破だったが」

ティアナ「倍増!?」

シグナム「私の周囲だけバックドラフト現象を起こしてな。非殺傷設定でなければ……死んでいたぞ! というか心臓が止まるかと思ったぞ、あれは!」

恭文「だってシグナムさんが本気でやれって言うからー」

シグナム「……そうだったな。そうだ、私が言った通りだ。問題はなかった」

ティアナ「それで納得しちゃ駄目ですよ!」


(おしまい)







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