恋話の棚ニャ! 1 「雪…って灰じゃん」 家をでて駅に向かう途中、空を見上げながらがっくりと肩を落とした。 「あらあら、ごめんなさいね、焼き芋食べる?」 近所に住む、自称びゅ〜てぃほ〜な女子大生絢香さんが、箒を振り回しながら言った。 「いいえ、学校に行く途中なんで」 顔の前で手を振って応えた。 「そうそう、今年のクリスマスイヴは、どうなの?」 「そちらこそどうなんです?」 オレはオウム替えしに言った。 「質問を質問で返すなんて…まあ、いいわ、ふふ、大人のクリスマスイヴを過ごすわよ」 絢香さんはニヤリと笑いながら言った。 「とか何とか言っちゃって、一人カラオケ大会なんじゃないですか?」 「ほ〜、このびゅ〜てぃほ〜な女子大生の絢香さんに、そんなこと言う口はこれか〜」 絢香さんはオレのほっぺたを引っ張りながら言った。 「いひゃひゃひゃひゃ、うほれす、もれもれれす」 「分かればいいのよ…つーか、あんたは今年もシングルベルなんでしょ?」 絢香さんはほっぺたから手を離しながら言った。 「男の予定を聞くなんて、いけないお嬢さんダーシュ」 オレはそう言いながら走り出した。 「こら〜」 振り返ると、絢香さんが箒を振り回していた。 「いや、いつまでも付き合ってたら、学校遅れるし(汗)」 [キーンコーンカーンコーン] 「すまん」 「良かったじゃん。1年の時から狙ってたし」 目の前で手を合わせているのは、悪友の正紀で、1年の時から好きだった娘に、告白してOKをもらった為、クリスマス会が出来なくなったと言う話だった。 「いつか、埋め合わせするから、じゃあな」 「おう、がんばれ」 オレは手を振って見送った。 放課後の誰もいなくなった教室。 遠くからブラバンの演奏する音楽が聞こえる。 [ガタン] 不意に教室の扉が開いて、女生徒が入ってくる。 無言のままオレに近づいてきた。 「寂しいヤツ」 直ぐ横の机から忘れ物を取りながら、紗織が言った。 「ほっとけ、お前だって変んねーだろ」 「あたしは…」 扉の方に視線を向けた。 「マジ!お前彼氏いたんだ!うわ〜可哀相〜」 「何で、可哀相なのよ」 [ビシッ] 紗織のデコピンが、オレのおでこに炸裂した。 「ぐほっ」 「じゃあね〜」 そう言うと、紗織は教室を出て行った。 「彼氏が出来ても同じじゃねーか」 オレはおでこを押さえて呟いた。 「は〜あ、帰ってでっかい靴下でも用意するかな」 オレの声は、虚しく教室に響いた。 教室を出て廊下を曲がって階段に向かった時、それは待っていた。 「きゃっ」 廊下を曲がった瞬間、目の前に、頭が見えた。 「わっ」 止まろうとしたが間に合わず、相手を抱き締めるような形になってしまった。 「はわわわ、最初は優しくしてくださいね」 腕の中の女の子は、オレを見上げながら言った。 「いやいやいや、ぶつかりそうになっただけだし(汗)」 オレは慌てて離れながら言った。 「はわわ、これが待ち伏せで、乱暴されると思ったです〜」 女の子は顔を真っ赤にして言った。 「1年生だろ?何で2年の階にいるんだ?」 「む、ぷく〜です。あたしはこれでも3年生なのです。しかも、クラス委員なのです」 ちっこいツインテーラーは、ほっぺたを膨らませながら、腰に手を当てて胸を反らした。 「え…先輩?…中学とかじゃなくて?」 「ち、違うです〜。正真正銘高校3年生です〜」 胸ポケットから取り出した生徒手帳を広げて見せながら言った。 「ひょいっと、ふむふむ、谷川留美…か。お姉ちゃんのを持って来ちゃダメだぞ」 オレは女の子の頭を撫でながら言った。 「だから〜、あたしのなの〜」 ぴょんぴょん飛びながら、生徒手帳を取り返そうとする姿が可愛くて、ついついイタズラ心に火が着いた。 「これは、オレが職員室に届けとくから、早く帰れよ」 「返してよ〜」 階段を降り始めたオレにすがりつくようにしながら言った。 階段の踊り場までくると、力尽きて座り込んで泣き出した。 「どうせ、牛乳沢山飲んで、お腹壊すだけのお子さまだもん、びえ〜ん」 「ちょ、ちょ、冗談だって(汗)」 オレは慌ててしゃがみ込むと、生徒手帳を留美の手に握らせた。 「どうせ、中学生だもん、いいんだもん」 「あ〜悪かったって、ケーキでも奢ってやるから、許してくれ」 オレがそう言うと、泣きやんでオレを見た。 「それって、デートのお誘いなの?」 「いや、デートでは…で、デートだぞ、すっげー留美と行きてえ(汗)」 言い出した途端に泣きそうになったので、慌てて言い直した。 「し、仕方ないから、付き合ってあげてもいいわよ」 留美は鼻をすすりながら言った。 「希少種だな(汗)」 「ん?」 「あの〜」 「何?」 並んで歩くと、オレの胸の辺りに頭があり、下手すると親子に間違われそうな感じだ。 「いや、留美は、イヴはどうすんだ?」 「予定なんかないわよ」 留美はほっぺたを膨らませながら言った。 「まっ、オレもないけどな」 「ふ〜ん」 肩を上げるオレを見て、留美は機嫌を直したように言った。 「いらっしゃいませ」 チョコケーキ専門店【チョコラハウス】に入ると、ウエイトレスらしいヒラヒラの服を着た人が笑顔で言った。 「ここ…や」 「お前なぁ、お前が連れてきて、やってなんだよ(汗)」 オレは溜息を吐きながら言った。 「だって…」 「お前、そりゃーくらべちゃいけないだろ」 留美の視線の先には、ウエイトレスのエベレストがそびえていた。 「む〜、ちょいや」 「きゃっ」 「こら、何やってんだよ」 留美はいきなりウエイトレスのスカートをめくった。 「ふん、あたしは、大人のだもん。あたしの勝ち」 「す、すみません」 「い、いえ…こちらにどうぞ」 ウエイトレスは、スカートをがっちりとガードしながら言った。 「只今、恋人キャンペーンとして、今だけハート型ショコラを実施しています。…どうされますか?」 「キシャー、どっからどう見ても恋人にしか見えないでしょ!」 留美は猫のように威嚇しながら言った。 「し、失礼しました」 ウエイトレスは慌てたように去って行った。 「お前、あれはダメだろ(汗)」 「ふん、凶器を持ってる人にはしてもいいんだもん」 留美は口を尖らせながら言った。 「て言うか、虚偽の申請はダメだろ」 「だって、友達に自慢されたから、食べたかったんだもん」 留美はほっぺたを膨らませて言った。 「お待たせしました」 テーブルの真ん中に、ハート型のショコラが置かれ、オレの前には、普通の皿とフォークが、留美の前には、プラスチック製の少し深い皿と持つ所にウサギの絵の付いたフォークが置かれた。 「ごゆっくりどうぞ」 「…ちょっと、何これ」 留美はキッとウエイトレスを睨んだ。 「お父さんとデートなんて素敵ですね」 ウエイトレスはニコッと笑うと立ち去った。 そのこめかみがピクピクしているのをオレは見逃さなかった(汗) 「ムッカ〜、何よあれ」 「最初にやったのお前だろ(汗)我慢して食えよ」 オレは呆れたように肩を上げた。 「はい」 「オレはこっちを使うからいいぞ」 オレは目の前のフォークを手に取りながら言った。 「違うわよ、見せつけてやるのよ」 「はいはい、オレはお前の彼氏じゃねーし、さっさとケーキ食って帰るぞ」 オレはケーキにフォークを差した。 「分かってるもん」 留美はほっぺたを膨らましながら、うさぎフォークでケーキを食べ始めた。 「お会計3268です」 「たけ…」 オレは軽くなった財布に肩を落とした。 「じゃあな」 オレは留美の頭を撫でながら言った。 「ちょっと、子供扱いしないでよ」 留美はほっぺたを膨らませた。 「はいはい、ツインテ似合ってんぞ、中学3年生」 オレは手を振りながら言った。 「だから、高校3年生だって言ってるでしょ!」 留美は地団駄を踏みながら言った。 「…ふむふむ、今年も一人…ププッ」 「こら、ドアの隙間から何言ってんだ」 家に戻ってベッドに寝ころんでいると、母親がニヤニヤと覗いていた。 「あのね〜、今年もパパがデートしようって言ってね、だから、明日は、自力でご飯確保してね」 母親はもじもじしながら言った。 「はぁ、毎年だから慣れてるよ」 オレがそう言うと、手を振りながら母親は部屋を出て行った。 そして、イヴの朝になった。 …学校中がなんだか落ち着かない。 「でさー、今晩レストランなんか予約しちゃってさぁー」 「あぁ、良かったな」 これで何度目か分からない相づちをしてやった。 「もしかして、そのままお泊まりもありかも…」 「腹減った」 オレは相づちに疲れて席を立った。 「よ〜し、今日の昼飯は、オレの奢りだ。食堂にしゅっぱーつ」 正紀は機嫌良く言うと、教室を出て行った。 「はぁ〜」 食堂でも永遠に聞かされるのだろうと、大きな溜息を吐いた。 「でよー、服装なんだけど…」 廊下を曲がって、階段まで来た時、逆光の中、人が降ってきた。 「と〜」 絶妙なタイミングといい、待ち伏せしていたのだろう。 「お前、何やって…グハッ」 オレはそいつに覆い被される様に、後ろに倒れた。 「お前…同級生に相手にされないからって、中学生に手を出しちゃ…」 「シャ〜、誰が中学生だ!上級生バカにしたら、残念なイヴにするぞ〜」 留美は正紀を威嚇しながら言った。 「す、すんません」 正紀はそう言うと、慌てて階段を降りて行った。 「つーか、何でお前は、空から降ってきてんだよ」 「待ってても、誘いに来ないからだ」 留美はほっぺたを膨らませながら言った。 「いや、昨日偶然会ったヤツを、イヴに誘うヤツなんかいねーだろ」 [次へ#] [戻る] |