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恋話の棚ニャ!
1
これで何通目になるのか分からないラブレターが、今日も郵便受けに入っていた。
今の僕を支えている唯一のものと言っても過言じゃない。
差出人は、折原由真。
故郷に残してきた、僕の彼女だ。
由真は幼なじみで、小さい頃から高校を卒業するまでいつも一緒だった。
僕らがお互いの気持ちに気づいたのは、中学2年の夏だった。
その夏由真は、夏風邪をひいて寝込んでいた。
もちろん僕は、毎日お見舞いに行った。
ある日偶然、由真の着替え中に遭遇した。
そこにいたのは、子供だった由真ではなく、大人の階段を登り始めた由真だった。
目があった瞬間、怒るのではなく、胸元を手で隠すようにして、真っ赤になって俯いた。
僕は突然の出来事に、慌ててごめんとだけ言って部屋を出た。
それから僕の胸は、由真を見る度にドキドキした。
夏休みに入って、由真の家族共々海に行くことになった。
と言うか、毎年恒例の行事だった。
海に行くのには、親父の車にみんなで乗って行った。
僕の隣には当たり前のように由真が座った。
車が揺れる度に触れ合う肩に、僕はドキドキが止まらなかった。
会話らしい会話もないまま、海に着くと、着替えて浜辺に集合となった。
僕はさっさと着替えると、浜辺にシートを敷いて、由真達が来るのを待っていた。
わいわいと騒ぎながらやってくる方を見ると、水着に着替えた由真達がいた。
由真は水着の上にパーカーを着ていたが、ビキニであることは分かった。
と言っても、パルオだかパレオだか言う布が腰に巻かれていて、へそと太股だけが見えている状態だった。
だけどその時の僕は、それさえも、目のやり場に困った。
由真はまたしても、当たり前のように、僕の隣に腰掛けた。
太陽が肌をジリジリと焼いていた。
それ以上に、やばい状態になりつつ僕は、立ち上がると、海へと向かった。
ちらっと由真を見ると、小さく手を振っていた。
海に入ると、火照った肌が少しピリピリとした。
ひとしきり泳ぐと、体が冷えてきたので浜辺に上がった。
由真は相変わらず座ったまま小さく手を振っていた。
母親共は、世間話に花を咲かせていた。
僕がシートまで戻ると、由真ちゃんと遊んであげなさいと、僕の気持ちを知ってか知らずか、母親が笑顔で言った。
僕が由真を見ると、少し頬を染めた由真が上目遣いで見ていた。
少し休憩と、僕は由真の隣に座った。
生暖かい風に乗って、由真の長い髪が肩に触れる。
ほとんど会話もなく、海を眺めていた。
ふと、由真の視線がこっちに向いているのに気づいた。
泳ぎに行くかと僕が立ち上がると、由真は頬を染めて頷いた。
由真が恥ずかしそうにパーカーを脱ぐと、僕の目は一点に釘付けになった。
バシッと背中を叩かれ、見つめ過ぎと母親に言われた。
由真は顔を赤くして、恥ずかしそうに、胸元を手で隠した。
減るもんじゃないんだから見せてあげなさいよと由真の母親はクスクス笑った。
僕は恥ずかしくなって、先に行くと言って海に向かって歩きだした。
待ってよーと走ってくる由真は、もう胸元を隠していなかった。

それから、水を掛け合ったり、泳ぐ競争などをして、日が傾くまで遊んだ。
その時の由真は、いつもと変わらない由真だった。
夕焼けが空一面をオレンジに染める頃、持ってきた花火を始めた。
パチパチ、シュワーと、色とりどりの光が空に向かって上がる。
僕は由真の顔に映る光をぼーっと見つめていた。
由真は僕の視線に気づいて、恥ずかしそうに微笑んだ。
最後は定番の線香花火で締めくくった。
何故だか、始まったばかりの夏が終わるように感じた。
夜は近くの旅館に泊まることになった。
中広間に案内され、6人は一息着いた。
晩ご飯が終わる頃には、4人の酔っぱらいが出来上がっていた。
僕はそんな雰囲気が嫌いで、旅館の前の海に1人で出かけた。
岩場に腰掛けて、夜の海を見ていた。
遠くに対岸の灯りが見える。
不意に人の気配がして振り返ると、笑顔の由真が立っていた。
あたしも出て来ちゃったと僕の隣に腰掛けた。
波の音と暖かな風、手が届きそうな星空。
二人は会話もなく、ただ海と空の境目を見ていた。
ねぇー…由真の声が夜の海に響いた。
正確には、触れ合っていた肩から響いた。
ん?僕は海を見たままで答えた。
あたし…夜の闇に吸い込まれそうな小さな声で由真は呟く。
あたしね…由真は覚悟を決めたように、少しだけ声を大きくした。
ストップ…僕は何かを言いかけた由真の言葉を遮った。
えっ…由真はあからさまに悲しい顔をした。
オレさぁー、由真が好きだ、分かっていたけど言えなかった言葉が、口からするりと出た。
うん、あたしも好きと由真は小さく微笑んで言った。
しばらくの沈黙の後、由真はいきなり、オレの膝に頭を置いた。
初めて感じる膝の上の重みに、思わず由真の髪を撫でていた。
全く、あんたたちは…突然上がった声に、自分が眠っていたのだと気づいた。
膝の上にはスヤスヤと寝息を立てる由真が相変わらずいた。
そんな僕たちを、二人の母親達は、ため息をついて微笑んで見ていた。

この後が大変だった。高校に入学したあたりから、母親ズの妨害が始まった。
家に由真が来ても、二人きりになれる時間がなかった。
あの頃はよく腹を立てていたが、今思えば分からなくもない。
母親ズの妨害がなくなったのは、僕たちが高校3年の春休みからだった。
二人は母親ズに呼ばれて、待ち合わせの喫茶店に向かった。
店の中では既に母親ズが揃ってケーキを食べていた。
僕たちが席に着くと、母親ズは真剣な顔で話し始める。
これからは自分達の責任で行動しなさい。
そう言い終わると、由真に近づき2言3言耳打ちした。
由真は顔を赤くしながらも真剣な顔で頷いていた。
高校卒業すると、由真は地元の短大、僕は地元に支社のある大手企業に就職した。
順調に思えた二人の交際に水を差すような辞令が僕に出た。
1年目にして、売り上げに貢献したと言うことで、本社への転勤が決定したのだ。
由真はほっぺたを膨らませて怒った。
もう1年待ってくれればいいのにと。

見送りに来た由真は、ずっと泣いていた。
ただ僕は、ごめんなと頭を撫でることしかできなかった。

ラブレターを開くと、由真の見慣れた文字が並んでいた。

『大切なあなたへ  

今日もあなたを愛してます。
今日はいいお知らせがあります。
実は…内緒
えへへ、ごめんね。
でも、楽しみにしててね!

あなたのハニー由真より
PS.驚くかも』

何度か読み返してみるが、よく分からない内容だ。
でも、気持ちは伝わってくる。
〈ピーンポーン〉
玄関のチャイムが聞こえてくる。
何かに呼ばれるように、玄関の扉を開けた。
来たよー!えへ、びっくりした?と由真が笑顔で立っていた。
全く、いつもいきなりなんだからと、僕は由真の体を抱き寄せた。
あのね、はいと腕をすり抜けて由真は後ろを向く。
髪には蝶結びがされた赤いリボンが結んであった。
ん?なんだよと僕が言うと、今日は何の日?と聞き返された。
しばらく考えて、自分の誕生日だと気がついた。
由真を後ろから抱きしめ、ありがとうと言うと、リ・ボ・ンと由真は解いてくれと言わんばかりに跳ねてみせる。
僕がゆっくりとリボンを解くと、長い髪が風に舞った。
えへへ、今年は、由真のファーストキスだよ。
あっ、思わず声を上げた。
何度かキスをしようとして避けられたこと。
ちょっと傷ついてたけど、今ので全部チャラ。
目の前で目を閉じてつま先立ちする由真を抱きしめキスをした。
えへへ、キスしちゃったね。
あぁ、キスしちゃったな。
勢いで押し倒そうとした僕の腕から由真はするりと逃げ出した。
えっ、戸惑う僕に、全部あげたら来年のプレゼントがなくなっちゃうよと可愛く舌を出して見せた。
はいはい、我慢させていただきますと改めて抱き寄せキスをした。
ごめんね、怒った?不安そうな顔で言った。
いや、ぜんぜん。由真の誕生日には、もっと驚くプレゼントあげるよ。
えっ、何?とまたまた不安顔。
僕は由真の耳元に口を近づけてそっと囁く。【婚姻届け。由真の誕生日に結婚しよう】
由真は一瞬驚いた顔をしたが、真っ赤な顔で、うんと頷いた。

〈おしまい〉


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あきゅろす。
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