小説
8
ある日突然渡された卵。上司から話を聞けば、肌身離さず温め、そして共に行動しなければならないと言われた時、これは今まで経験した子育ての中で1番の試練かも知れないと思った。
と言う訳で絶賛温め中である。
「なあ坊っちゃん、そいつ種族なんだっけ?」
「メラルバと言うようですよ。ポケモンは数が多くて全てを覚えていませんが、確か、炎を司る虫、ではなかったですか?」
「ふうん。お前虫とか平気なのかよ」
「虫とポケモンの虫タイプは違いますよ」
そんなの知ってらぁ、ギルベルトは対面に座ってソファに脚を投げ出す。お行儀の悪い座り方に眉を潜めれば、アルトがひょっこりと顔を出す。
「ローデリヒの兄ちゃん」
「なんでしょう?」
「たまご…触っていいか?」
「いいですよ」
菊から教えてもらったおくるみから少しだけ卵を見せる。そっと撫でたアルトはあったけぇ、顔を綻ばせた。
アルトと言う少年はギルベルトが育てているとは思えないくらい素直でよい子である。少し頑固なのと融通が利かないところはギルベルトやルートヴィッヒにそっくりではあるが。
アシンメトリーの髪を掻き上げ、きょろきょろと色んな方向から卵を見ている。余程気になるようで、顔が近い。
「アルト、顔近ぇ。もう少し離れろ」
「うーん、だって何入ってるんだろうって思って」
「そりゃポケモンの卵なんだから、ポケモンだろうよ」
「そっかぁ」
最後に卵をよしよしと撫でて、アルトはギルベルトの座るソファに座る。そこにふわり、スカートを揺らしてエリザベータが紅茶を運んできた。
カチン、鮮やかなオレンジ色の液体。オレンジペコーの甘い匂い。
「姉ちゃん、これ甘い匂いするな!」
「美味しいわよ。
ほら、ギルベルト、紅茶飲む時くらいちゃんと座りなさい」
「へーへー」
ギルベルトは起き上がって膝の上にアルトを乗せる。ちゅう、熱い紅茶を舐めながらアルトの視線はまだ卵に注がれていた。
その時、卵が動いたような気がして、緩く揺らす。その動きに気が付いたギルベルトが瞳を瞬かせた。
「動いたか?」
「ええ。多分」
とんとアルトを降ろしてギルベルトは卵を撫でる。すると、また動いた気がした。
おおお!歓声を上げてギルベルトは卵に耳を当てる。
「動いてるぞ!?」
「貴方は父親か何かですか」
「さすがに1ヶ月も見守ってりゃ親心芽生える」
「既に息子がいるでしょう。我慢なさい」
自分の言葉にギルベルトは片眉を上げる。少々バカにしたような態度に腹が立つが、それよりも先ほどからカタカタと小刻みに震えるこの卵が心配である。
もう孵るのか、予定より少し早い。
それとも。
「カタカタしてるな」
「していますね」
「ローデリヒさん、どうしました?」
茶菓子を持ってやって来たエリザベータが卵の震えに気が付いて、あらどうしましょう、と慌てる。大丈夫だから、多分、と言うギルベルトも心配そうではある。
孵るならば準備が必要ではないか?ふと思い付いた言葉を発せば、途端に慌ただしくなる。お湯にタオルにと2人はあちこちへと駆け回った。アルトだけが茶菓子を食べてじっとこちらを見ていた。
「ほれタオル」
「ありがとうございます」
「もう!ローデリヒさんは落ち着き過ぎです!」
エリザベータの文句を受け流して、震えの大きくなった卵をおくるみの上からタオルで包む。カタカタカタ、震えは止まらず心配になる。
そう言えば。
「この卵は元々菊のところからもらい受けたものなのです。それに、彼はいくつか卵を孵したことが」
「それを早く言え!ちょっと電話かけるわ!」
言葉を切ると同時にギルベルトは電話をかける。
「おい爺!!卵孵りそうなんだ、何か用意するものないか!?」
直球で聞いたギルベルトに彼は答えているようで。いくつか追加でエリザベータに指示を出す。わたわたとエリザベータがキッチンへと引っ込む。
ふむ、阿鼻叫喚とはこのことですか。
のんびりとそんなことを考えたローデリヒの手元が震える。
カタカタカタ。
「あ」
「あって…おいぃ!!」
卵にヒビが入った。そこからゆっくりと爪が出てくる。
パキパキパキ。
「エリザ、孵るぞ!」
「えっ、待って今行くから!」
濡れたタオルを持ってエリザベータが飛び出してくる。
そのままヒビを見て卵とローデリヒ、ギルベルトの顔を見比べる。
「ヒビ入った。…ああ、特に以上はない」
電話から指示を受けて、外へと伸びる爪周りを広げる。中からのそり、角が出た。
そのままヒビを壊して頭が出る。
「…ああ、わかった。
そのまま取り上げろって」
「抱き上げればいいんですか?」
「ああ」
よいしょ。意外と重い体を殻から出してやる。びっしょりと濡れた体をエリザベータが持ってきた温かいタオルで拭く。
口周りの粘液を取り除けば、すう、息を吸って。
「…きゅー?」
「…かわいい〜!!」
鳴いたメラルバにエリザベータが歓声を上げた。短い手足をばたつかせ、頻りにまだよく見えていない瞳で周りを見上げる。
まず声を上げたエリザベータを。次に柔らかいタオルで拭いてくれるギルベルトを。最後にローデリヒを見上げる。
「きゅー」
しゅるしゅるしゅる。いきなり吐き出した糸でローデリヒの手を絡ませる。首を捻ったローデリヒに、ギルベルトが説明する。
「菊が言うには、親に甘えるやり方らしいから気にするな」
「親、ですか」
つまりは自分の親にと認められたらしい。嬉しいことだ。
「では貴方に名前を差し上げましょう。そうですね、元の生まれの国、東の国に咲くサクラを意味する、キルシェなどどうでしょう?」
「きゅー?」
「赤ん坊に聞いてどうする。ほらキルシェ、ミルク飲め」
いつの間にか持っていた哺乳瓶。それをキルシェの口に当てれば、ちゅう、少しずつ飲み込む。
なるほど、最初はミルクなのか。
ギルベルトから受け取ってキルシェを抱き上げ、哺乳瓶の先を咥えさせる。ちゅう、ちゅう、意外と飲む力も強い。
「これからよろしくお願いいたします」
「きゅー」
小さく鳴いてキルシェは頭をローデリヒの手に擦り付ける。
一方アルトはその様子を見ていて、いつの間にか寝ていた。
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