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小説
世界で1番なのは(烏辺)

「腹が減った、お菓子が食べたい」

いつものように困らすために言った言葉。それが幼なじみの痴話喧嘩を見ることになるとは思わなかった。

「はいベラルーシちゃん。サコティス焼けたよ」

「ベラ、パルシュキにチーズ入っとるからマジ美味しいし」

「…」

きっかけは些細なことだ。
いつものようにこのバカが私にまとわりつくから、困らせようと「お菓子が食べたい、手作りで」なんて言ったのだ。こいつのことだから、私のために時間をかけて作って来るだろう。その間に兄さんのところに行こうと思った。
だが、たまたま通りがかったポーランドがこいつの自慢話を鼻で笑った。私はリトアニアの作る菓子よりポーランドの作った菓子の方が好き、などと宣ったのだ。全く、迷惑な奴だ。
それがまた、たまたまリトアニアの不機嫌スイッチを押した。女装男は死ねばいい。そこでまあ色々不愉快なことがあり、今なぜか私は私の家で2人から手作りの菓子を振る舞われている。
しかも食べたあとどちらかを選ばなければならないらしい。いい加減にして欲しい。私は兄さんに会いたいのだ。なぜこんなところで油を…。

「ベラルーシちゃん、食べないの?食欲ない?」

「体調悪いなら病院まで送るし」

「待って。オレが送るよ」

「は?お前はここで待ってろし」

「…」

だから…なぜ…私は…。
ああ、わかった。食べればいいのだろう食べれば。
無言でフォークを取り、まず先に差し出されたリトアニアのサコティスに突き刺す。サクリ、と軽い音と共に一口サイズに切り取って、それを口に運ぶ。

「…美味しい」

結婚式に使う菓子だけあって、甘く少しボリューミーでがっつり食べたい奴向きの菓子だ。食感はどちらかと言えばケーキに近く、あれだ、ドーナツのようにしっとりしている。
食べ慣れた味に安心感と安定感が合って、私の中でこいつの料理はそもそも評価は高い(絶対に言わないが)。ちらりとポーランドを見上げて、パルシュキに手を伸ばす。

「…んむ」

香ばしいチーズの匂いにさっくりとした食感。菓子より軽食に近いな。でもこいつがいつも食べている理由もわかる。旨い。
見た目より柔らかくしっとりとしたパンのようだ。私は数本食べれば腹がいっぱいななるだろう。
こいつは全部食べるだろうが。

「んで、どっちがいい?」

ポーランドの言葉に思考が分散する。顔を上げればこちらをじっと見つめる男が2人。少々居たたまれない空間に、咳払いをして結論を話す。

「…どちらも美味しかった。それではダメか?」

「んー。オレらは選んでって言っとるんよ」

「ベラルーシちゃんはどっち方が好き?好みとかあるでしょう?」

いつもの蕩けそうな笑顔でリトアニアが私に問う。好み的に言えば多分私はサコティスを選ぶだろうが、今それを言えばポーランドがいじけて不貞腐れて、私がいなくなったあとがヤバイ。
私はポーランドやリトアニアがどうなろうと構わないが、万一兄さんや姉さんが被害を被るのは御免願いたい。もちろん私も巻き込まれるのは嫌だ。
面倒だな、と思うが、痴話喧嘩が始まれば基本的に周りの話など聞かないから放っておけ、とハンガリーから教えられている。だが放って置けないこともある、と言うことを学んだ。あとでハンガリーに教えよう。

「だから…どちらも美味しかったし、私は好きだ。また食べたいとも思う。それでは、ダメなのか?」

「ベラ、オレらに気を遣うなんて珍しいしー。今日は何かあったん?」

さらり、と私の銀糸に触れる。男に触らせるのは兄さんとこの2人だけだ。リトアニアはまあ、昔から一緒にいたから気にしないし、ポーランドは一緒に服を買ったりする。女物だが、もう慣れた。
私は首を振って否定する。もうそろそろ意地を張るポーランドが面倒臭くなって、良心の痛みやすいリトアニアがポーランドに頭を下げる頃だろう。そうしたら私は兄さんのところに行ける。

「そもそも…私が世界で1番美味しいお菓子が作れるのは姉さんだと思っている。その次は兄さんだ。お前らはその下だ。
だからお前らの菓子は旨いが私が選ぶなら姉さんを選ぶ。選択肢にないなんて言わせない」

わかったか?
私の言葉に2人が変な顔をする。片方はこちらを見てニヤついていて、もう片方は私の後ろを…後ろ?

「…あの、ベラちゃん。これから貴女が世界で1番美味しいと思ってるお菓子を作ろうと思うんだけど、いいかしら?」

「姉さん!!」

振り返った先には買い物袋を持った姉さんがいた。まさか、このクソ暑い中わざわざ私に食べさせるためだけに家に来たのか!?何を考えているんだこの姉は!!

「外は暑かっただろう、今冷たい水を」

「いいのよ、それよりごめんなさい。お友達来てるのに合鍵使って勝手に入っちゃって」

「構わない。こいつらは…友人では、ないから」

「幼なじみだよね」

「だな」

今殺意が湧いた。私が姉さんの心配してる間に仲直りか、なんとも腹の立つ奴らだ。私のナイフの錆びにしたい。
私の気遣いを返して欲しい。

「ウクライナさんすみません、ではオレらはこれで」

「使った器具片付けといたからなー、あとそれ全部食っていいしー」

「あらあら、お菓子までありがとうね。今度ミルクパン持っていくね」

玄関先まで姉さんは見送って、カチャンとしっかり鍵を閉めて戻ってくる。展開の速さに頭が付いていかない。
その私に近付いて、姉さんが下から顔を覗き込む。少し、恥ずかしそうで。

「ねぇベラちゃん。私が世界一って本当?」

「…あ、あれは…その」

「ベラちゃんのだーい好きなロシアちゃんより?本当に?」

「う…」

兄さんは大好きだ、結婚して欲しい。だけど、姉さんは。姉さんも、好き。
恥ずかしくて穴があったら埋まって死にたいくらいだけれど、私は俯きがちのまま頷く。
それに姉さんはぱあっと顔を輝かした。

「本当?やったぁ、お姉ちゃんベラちゃんの1番だぁ!」

「お、お菓子作りだけ!」

「うふふ。ベラちゃん大好き!」

ぎゅっと。柔らかい姉さんに抱き付かれる。そのまま頭を撫でられて、すごく安心した。
この安心感も兄さんより上かも知れない。

「…姉さん」

「んん?なぁに?」

「ミルクパン、私も食べたい」

「わかった、じゃあロシアちゃんの分も作って一緒に持って行きましょう!ロシアちゃん驚くわよ〜」

機嫌良く粉をかき混ぜる姉さんを眺めて、2人が置いていった菓子をつまむ。
…たまには幼なじみ達といるのもいいかも知れない。いつもは嫌だがな。


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あきゅろす。
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