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小説
頂き物(2016.7.4)

毎年、この日が迫ると酷い頭痛と吐き気に襲われる。
胃がひっくりかえって、腸をかき回されているみたいな酷い違和感と、大音量のスピーカーを耳元に付けられているみたいな耳鳴りが酷い。美しい娼婦が傍にいるわけでも無いくせに、その日はベッドから這い出ることも叶わないのだ。


ああ、腹立たしく痛みを伴う日。まるで子を孕んだ母の如く、大英帝国は苦しみに足を取られる。
今日はその出産の日と思えば、少しは報われるだろうか。



窓を叩く酷い豪雨に、イギリスは顔を顰めた。あの時と同じような光景が、またイギリスの苛立ちを強める。駄々をこねる子供の様に手近なものを蹴り飛ばして、言葉にもならない何かを喚く。掴んだカーテンが自分の体重に耐え切れずに悲鳴を上げて割かれる。
勢いのままテーブルが倒れて、そこから花瓶が転げて花は散る。こんな風に連鎖的に起った事でもあったし、いずれは来る誕生の時だった。

それでも過去に縋るしかないのは、あの子からすれば爺さんだからなのだろうか。思い出しか今はもうこの手に無いのだから、責めて夢くらいは幸福なままでありたい。
床に転がって仰向けになると、このまま痛みと共に静かに腐って死ねそうな気がする。国である己がそう感単にくたばる筈も無いのに、それはただの願望だろうか。


「苦しい、」

無いはずの子宮が痛むように、腹部を摩る。
いっそ自分で腹を抉って、中の臓器ごと取り出して洗浄すべきなのではないだろうか?
頭が痛みで可笑しくなっているのだろうか、そう考えてはあほらしいと鼻で笑う。


(ああ、アメリカ。)

今頃はパーティを開いて、大勢の友人に囲まれながら馬鹿面晒しているに違いない。
手から離れれば親のことなど知ったことではないと、ただ愉快に、楽しげに、手放しに、彼は己の生誕を喜ぶのだろう。間違いなくそれは栄光の歴史であったのだから。

ただ間違いなくこの日、己の弟は死んだのだ。彼自身に殺されて、すべては過去の記憶よ。


「折角の俺の誕生日なのに、祝い言葉も無しかい。」
「…ゆめか?」
「ワオ、遂にボケた?やめてよね、国がボケたなんて話になったら洒落にならないから。」

全く、と変わらぬ悪態をつく顔はそうしてわずらわしそうに歪む。
そんなに嫌なら俺の顔なんて見に来なきゃいいだろうと言えば、あからさまに不機嫌になるだろうから、聡明である自分は決して口にしないのだ。


「この度はお誕生日おめでとうございます、アメリカ合衆国様。勝手に家にあがるんじゃねえ馬鹿野郎。」
「チャイム鳴らしたのに一向に出ないから心配して上がって来たってのに、あーあ。やっぱり来るんじゃなかったぞ!」

ふん、と膨れ面になる青年に大国としての威厳はまるで感じられなかったが、力で何でも押し通すことが出来るその底知れぬパワーは確かに彼のものである。きっととてつもないバリアフリーになっているだろう扉を思うと、涙が出てくる。

「んで、お前は何しに来たんだよ。まさか俺の苦しむ顔を見に来たのでもあるまいに。」
「ハハ、そのまさかさ。」
「あン?」

なんつった、と痛む体を抑えながら可愛い弟の皮を被った青年を睨む。にやにや、と言うのが正しいだろうその妙に自信満々な笑みが気に障るのだ。
しかもちょっとした嫌味をものともせずに返すなんて、まあなんと可愛くなくなったもんだ。子供のころはあんなにも可愛らしく天使のようであったのに。
可愛さ余って憎さ百倍とはこのことか、思わずぶん殴ってやりたくなる。

握り締めた拳は当然振り下ろされることも無く、男の掌に包まれてそっとベッドに下ろされるだけ。まるで暴漢がやってきた後の様に荒れた部屋とベッドにそっと肩が沈む。
雨の音が未だざあざあと鳴り止まず、小さな息の音を簡単に消してみせる。

べっこう飴の様に溶けそうな瞳が、イギリスを見下ろして笑う。
今日は俺の誕生日で、主役は俺だもの、そういう自信が透けて見える嫌に純粋な瞳だった。

「こうやって、分かりやすく君が俺のことで苦しんでいると。ああ、俺って思われているんだなあ、って安心するんだ。」
「…お前って本当に嫌なヤツだな。」
「ごめんね、イギリス。でももっと苦しんで、ずっと俺を孕んでいてね。」

それがきっと俺達の繋がりなんだ。
優しさや美しい過去では無く、痛みだけが俺達を確かに繋いでくれているんだ。

そういうアメリカの手は大切なものなど触れたことの無い子供の様に拙く、イギリスのくすんだ金糸に触れた。
エメラルドの瞳は、弟でも独立した合衆国でもないただの男を見て、静かに瞬いて己を嗤った。



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