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小説
2
ピリリリリッ、電話が鳴り響く。
びくりと肩を跳ねさせた少女は部屋を見回し、自分しかいないことに気付く。そんなことお構い無しに鳴り響く携帯を前にしばらく右往左往したあと、勇気を出して通話ボタンを押した。

「あ、アロー」

「ふっ、おっ!?シュエットか、フランシスどうした?」

大声を出そうとした相手は、電話の相手が少女だと瞬時に理解して、柔らかい声色に変えた。
それがわかっている少女は、緊張した面持ちで再度部屋に視線を走らすが、目当ての相手はいない。

「い、今はいなくて…携帯置いてあるので家にはいると思いますが」

「そうか、次うちに仕事に来るだろう。その資料を早く送るように言ってくれ」

若干の苛立ちを含んだ相手の声で、自分の主は仕事を溜め込んでいることがわかる。
はい、わかりました。
少女―シュエットは頷いて終了ボタンを押そうとして、背後から携帯を奪われる。振り返ればくるんと巻いた髪が見えた。ウィンクをした紫の瞳がいたずらっ子のように笑って、電話の相手に話しかける。

「アロー、アーサー」

「うぉっ!?フランシス、お前なぁ!」

電話の相手は怒鳴り声を上げる。それに怯えたように肩を跳ねさせた少女の頭を撫でて、フランシスは捲し立てる相手を適当に相手してさっさと通話を切った。
くすんだ灰色の髪、灰色の瞳。少女はシュエット、と名前を呼ばれて顔を上げる。その顔にはところどころ痣があり、それを隠すように前髪を触った。

「電話ありがとう。よく出てくれたね」

「い、いなくて、大切なお電話だったら大変だから…」

「うん。だからありがとう」

何度も礼を言う主に首を振る。わさわさと伸ばしっぱなしの髪が揺れて乱れた。
それを手櫛で直して、フランシスはシュエットを抱き上げる。壊れ物を扱うように慎重に運びソファへ座らせる。
戸惑う少女の後ろに回り、髪を手櫛でまとめて小さなバレッタで留める。
カチン。色石の付いた綺麗なバレッタは光を反射して輝いていた。

「ほら、可愛い」

「っ、う、あ」

白過ぎる肌がカッと赤くなる。
フランシスは優しく髪が乱れないように頭を撫でたあと、おやつにしようか、小さなバスケットを持ってくる。
中には菓子の山。フランシスの手作りだ。

「好きなものを選んで?」「…私、あの」

「…まだ慣れないかも知れないけどさ。ここでは君を否定なんてしないよ。好きなことをしていいんだ。だからお嬢さん」

おひとつどうぞ。
フランシスは優雅に手を取る。瞳を瞬かせたシュエットは、うんと悩んで砂糖のかかった小さなお菓子を手に取り、いただきます、口に運ぶ。
一口、口に入れてその甘さに目を丸くする少女に満足して、フランシスは自分も1つ口に放り込む。
それから腐れ縁に言われた仕事に取りかかった。


「クッソ、あいつ人の話聞いてんのかよ!!」

ガチンと年代物の受話器を置いてアーサーは机を殴る。その手をそっと撫でて、すぐに引っ込んだ小さな手があった。

「あ、ごめんなクレイ。驚かしたか?」

「もしぃ…」

大丈夫?と言いたげな視線でアーサーの顔と手を交互に見ている少年。その小さ過ぎる体を抱き上げ、膝の上に乗せる。
服越しに伝わる熱に柔らかく微笑んで、アーサーはフランシスが大量に送り付けてきた菓子の山から1つ、少年に渡す。
少年は嬉しそうに受け取るなりすぐにかじった。

「クレイ?さっき何してたんだ?」

クレヨンと紙を与えたらすぐに何か書き始めた少年を思い出し、アーサーは尋ねる。口いっぱいに頬張った少年はもぐもぐしながらこれこれ、と紙を引っ張ってくる。
ぱし、指を差した。

「もし!」

そこには黄色いクレヨンで描かれた何かと灰色のクレヨンで描かれた何か。
最初は首を傾げていたアーサーにクレイはひたすら紙を指差し、そのあとアーサーを指差す。そこでようやく理解する。

「…俺を描いてくれたのか!?」

「もし」

誇らしげな少年にアーサーは抱き付く。頬擦りして髪を掻き回す。

「ありがとなぁ!!」

「む、もしぃ、むむ」

苦しい。と腕を叩くクレイをようやく離して、アーサーは涙を拭う。
結婚すっ飛ばして子育てとか不安ばっかりだったが、子供は元気に成長するし可愛いし、すごく安心した。
などとアーサーは思い、ぼろぼろと涙が止まらなくなる。アーサーの涙にびっくりしたクレイがタオルを持ってきてアーサーに渡す。それにさらに感動したアーサーは涙を拭って泣きじゃくりながらクレイの頭を撫で回す。
構ってもらっていると勘違いしているクレイは楽しそうにはしゃいでいた。


ドタバタン、ガタンッ!
ベッドから転げ落ちたアルフレッドは寝癖の酷い髪を直し、白いシャツに袖を通す。タイを締めて寝惚け眼の少女を起こして寝間着を剥いで、ふんわりとしたワンピースを着せた。

「おはようなんだぞリューシュ、今日は寝坊したから菓子パンでいいかい?」

「みゅ…」

歯磨きを済ませて顔を洗い、その小さな手に菓子パンを握らせて、アルフレッドは家を飛び出した。
リューシュを助手席に座らせてアルフレッドは車を運転する。はぐはぐと菓子パンを食べるリューシュを見て、昼食はまともな物にしなければと心に決めた。またアーサーやフランシスに文句を言われてしまう。
栄養がどうのこうのと人のことを言えないアーサーならまだしも、ちゃんと子育て出来ているフランシスに言われたら堪ったものではない。
リューシュのことはきちんと育てている。他に言われる筋合いはない。

「みゅ〜」

「今日は稽古で忙しいから、いい子にしててくれよ」

「みゅ」

こくりと頷いた少女の長い髪を撫でて、散髪にも行かなきゃ、アルフレッドはやることの多さに目眩がする。
良い腕のサロンをフェリシアーノから教えてもらわなければ。もしかしたら本人がやってくれるかも知れない。このワンピースだってフェリシアーノが作ってくれた。センス最悪、とついでに前着せていた服を酷評されている。
いいじゃないか、俺の国旗は超かっこいいんだぞ。
この前会った時には可愛い裾がすぼまったズボンをくれた。きゅ、とした裾は愛らしかったことを思い出す。
…やはり今度買い物に付き合ってもらおう。
アルフレッドは深く頷き、遅刻せずに稽古場に着いた。


「シャールフ、そこの絵の具取って」

「かぶ」

小さな手を伸ばして取った深い緑の絵の具を主に渡す。出した絵の具を薄く引き、水で薄める。柔らかく紙に筆を滑らした。
背の高い主の後ろから小さな影が覗く。それに笑ってイヴァンは少年を抱き上げ、自分の描いた絵を見せた。

「ほらシャールフ、君だよ」

「かぶ!」

淡い色使いで浮かび上がった少年の姿。それを指差して嬉しそうに少年は笑った。
毛先だけ深い緑色の綺麗な髪色のシャールフは、灰銀のイヴァンの髪を引っ張る。痛いよ、イヴァンの言葉に手を引っ込めるがすぐに手を伸ばした。

「本当に君はボクの髪、好きだね」

「かぶ」

ふわふわとした主の髪に満足して、今度は大きな手を撫でる。撫でて欲しい、口にしなくてもわかるくらいにはお互いに信頼していた。

「はいはい」

指に付いた絵の具を拭ってシャールフの頭を撫でる。きゃっきゃっと声を上げる少年に笑って、イヴァンは絵を描くのを中断する。
今はまたスランプに陥っていた。この落書きさえかなり時間がかかっていた。

「ま…仕事で忙しいってのもあるけどね」

嘆息してシャールフを抱き上げ部屋を出る。リビングでは手紙と柔らかなパンが置かれていた。
そのパンにかぶり付いたシャールフを他所に手紙を読む。姉が置いていった物であることが判明した。姉さんたら、イヴァンは小さく笑ってパンを千切り口に運ぶ。

「うん、甘い」

「かぶ〜♪」

ご機嫌でシャールフは2つ目に手を伸ばした。


「はっ、はいっ、あいやっ」

「きゅっ」

朝日の昇る庭で王耀は腕を前に突き出す。それを真似てフォヤンは小さな手を突き出した。
タンクトップに短パンと同じ姿で同じ動きをする2人は、汗を流しながら毎朝続けている運動を続ける。
最後に一蹴りしてぴたりと止まる。ゆっくりと頭を下げた王耀にフォヤンも頭を下げて、ぽてんと座り込んだ。
汗だくで息が荒い。

「あいやー、今日は動き過ぎたあるねー。フォヤン、大丈夫あるか?」

小さな体を抱き上げて顔を覗き込む。フォヤンはきゅ、と声を上げた。額を触れば少し体温が上がっていることがわかった。

「…まさか熱あるあるか!?」

バタバタと家へと急ぐ。
冷蔵庫に入れて置いた冷えたタオルで汗を拭き、再度熱を計る。その間氷を舐めさせて水分を摂り、布団に寝かす。音の鳴った体温計を見るが炎タイプの平均的な体温だった。
熱はない。
じゃあ単純に疲れか。王耀は納得し、冷たいタオルを額に乗せパタパタと扇いでやる。
ふわふわの赤茶色の髪を散らして寝転がる少年は一見すると少女のようだ。

「フォヤン大丈夫あるか?あとで餡まんやるあるからな」

「きゅ〜」

弱々しいが返事をするフォヤンに安堵して、王耀は隣に転がる。朝寝、なんて呟いてぽんぽんと少年の腹を優しく叩く。
最初は主の黒髪を弄っていたフォヤンは次第にうとうとと眠りに付く。同じように王耀もこくりこくりと船を漕いだ。
涼しい風が2人の髪を撫でる。かくり、とうとう寝入った王耀の隣できゅう、と少年が寝言を言った。




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