◆デコ&ボコ(連載中)
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予想だにしなかったツカサの台詞にうろたえている俺の前で、水原は酷く落ち込んだように肩をがっくりと落とし俯いた――が、数秒後には、俯いた顔はそのままに、一重の下から覗く瞳が俺を捕らえた。
眼力で親の敵でも射殺そうとしているような強い憎悪を感じ、背中に嫌な汗が浮かぶ。
地を這うような声で、水原は口を開いた。
「お前、大学生だよな?」
「ええ、まあ」
「何処の大学だ?」
瞬間、頭の中を過ぎったのは、短ラン姿のヤンキーと呼ばれる部類の人が『お前どこ中だよ?』(どこの中学校出身だよ?)と、睨みを効かせている場面。
もしかすると、俺は今、凄く貴重な人間と対峙しているのではないだろうか。
水原は、まさか現実にいるとは思わなかった、学校の名前を武器に喧嘩をするヤンキー属性なのかもしれない。
驚きと感動で黙り込んだ俺を見て、水原は口元を醜く歪めた。
「なんだ、もしかして口に出来ないほどの三流大学なのか?」
どうやら、水原は、俺が黙っているのは、名前を出すのが恥ずかしい大学に通っているからだと思われたらしい。
「いるんだよなあ。馬鹿なのにとりあえず大学を出ようとして、くだらない大学に入っちゃうやつ。結局、大学名で自分の程度が知れちゃうから、人に言えないんだよな」
水原はAカップぐらいありそうな胸を張り、自信満々な顔で雄弁に語る。
「俺はね、人には分相応というものがあると思うんだよ。つまりだね、君のような学のない人間にはマホちゃんは吊り合わないって事だ。君には、その辺の馬鹿女を相手にしてる方が合っているよ。全く、こんな事も判らないなんて、コレだから頭の悪いヤツは嫌いなんだよ」
フンっと、水原が鼻息を荒く吐き出したその瞬間、隕石でも落ちてきたような轟音と風圧が俺達を襲った。
音の出所を見れば、右側面の壁にツカサの手が突き刺さっている。
厳密に言えば、右手首から先が壁の中に消えている。
――手品か?
「おい、ツカサ、社の備品に傷をつけるな。ていうか、穴をあけるな。修理費どうする気だ」
……あな。
「斉藤さんにつけといて」
ツカサが、すっと手を引っ込めると、そこには拳大の穴がポッカリと開いていて、向こう側のブース内にある椅子と机が見えた。
え、あれ?
「なんで、俺!? て、穴、ええっ、開けたのか!?」
「えへ、開けちゃった」
悪びれた様子など微塵もなく、ツカサは可愛らしく微笑んだ。
だが瞬時に不貞腐れた表情へと変わる。
「だいたいさ、斉藤さんが怒らないから悪いんだよ。思わず私の中の怒り虫さんが、暴れちゃったじゃないか。もう虫さんプンプンだぞ」
怒り虫って、プンプンって……
「なんだ、その微妙に他人がやりましたーみたいな言い訳は! 可愛いじゃないか!」
「えっ」と、ツカサは戸惑った様子ながらも頬を朱に染めている。
これは……照れている、のだろうか。
先程の俺の発言でツカサが照れる言葉――
「可愛い」
確認のために、もう一度言葉にして、ツカサを観察する。
パクパクと口を開閉させたツカサは、顔は勿論、耳まで赤くなっていた。
こんな一言でツカサが照れるとは、言葉の力は侮れない。
「斉藤、お前、趣味悪いな」
呆れた様子のスガに俺は首を傾ける。
「趣味って、何の趣味の事だ? 風呂洗いとか窓拭きの事か?」
「……天然か」
「てんねん?」
「いや、斉藤の趣味は高尚過ぎて俺には理解できないだけだ。気にするな」
スガは俺にヒラヒラと、片手を振り、呆然と正面に座る水原に視線を戻した。
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