◆雑多集 恋をしよう 久しぶりに、清々しい朝を迎えた気がする。 あの日から、胸にあった、もやもやが、嘘のように解消されたからかもしれない。 泣くという行為は、人間に必要なモノなのだと、再確認できた。 そして、誰かに優しくされるという事も。 学校の校門で、羽柴先輩がキョロキョロと辺りを見回している姿が目に入った。 声を掛けようかと思った矢先、先に羽柴先輩に声を掛けられ「話があるの」と、屋上へ連れて行かれた。 「この間は、ありがとうございました。先輩のおかげで、随分とスッキリしました」 「そっかぁ、よかったね」 先輩が、私に柔らかく微笑んでくれる。 ただ、それだけなのに、とても、とても嬉しい気持ちになる。 私も負けじと、笑顔で「はい」と返事をしたとたん、不意に、視界が暗くなったかと思ったら、唇に柔らかいものが、触れていた。 先輩にキスをされているのだと、理解するまで、数秒の時を有した。 「餞別代りにもらうね」 そう言った先輩の顔は、今にも泣きそうな表情をしている。 「先輩?」 「今日で、一週間経ったの……気付いてる?」 一週間? ……あ……そう言えば…… 『私と、これから一週間の間、友達にならない?』 先輩にそう言われて、友達になったんだっけ…… 「今日ね、私、転校するの」 「……転校?」 「うん。だから、今日で、さようならなんだ」 先輩は、私に背を向けて、屋上の手摺を掴む。 「私ね、皐月が好きだったの。友達としてじゃなくて、……恋愛対象で。……気持ち悪いよね?」 私は、顔をブンブンと横に振る。 そんな私を見て、先輩は、いつもの笑顔でクスクスと笑う。 「最初は、皐月をバイト先から良く見掛けていて、可愛い子だなぁって思ってたの。その内、皐月が、彼氏を連れて歩いてる所を見掛けて……皐月が、幸せそうに彼氏に笑いかけてる姿を見たら、もうノックアウトだった」 「ノックアウトって……」 「あら、本当の事よ。それだけ、皐月の笑顔は魅力的って事よ」 私、今、絶対、顔赤いと思う。 体中の血液が、顔に大集合!って感じだもん。 「だから、あの日、皐月を放っておけなかった。皐月のあの笑顔が消えてしまうのだと思ったら、居ても立ってもいられなくなって……」 だから、先輩はあの日、声を掛けてくれたんだ…… そして、私の心を癒してくれた。 「ありがとう……ございます」 先輩は、少し驚いた顔をしたが、すぐにまた、微笑むと、私の頭を優しく撫でる。 「少しの間だったけど、すごく楽しかった。ありがとう」 「……なんか、それって、もう一生会わないみたいな言い方ですね」 「うん、もう会わないと思う」 「えっ、なんで?そんなに遠い所なんですか?」 「……皐月は私の気持ち受け止めれる?」 先輩の気持ち…… 私は、先輩を好き……だけどこの気持ちは、友情なのか恋なのか判らない。 ……だけど 「私が、先輩を好きだったら、また会ってくれるんですか?」 先輩と別れてしまうぐらいなら…… だったら私は…… 「駄目よ。皐月は駄目」 「どうして!?」 「皐月はノーマルでしょ?わざわざ、こちら側に入る必要は……ないわ」 そう言う先輩は、とてもとても辛そうで…… 泣いていないのが、不思議なぐらいで…… 私の頬に生暖かい水が流れていく。 ……これは、泣かない先輩の代わりに私が泣くんだ。 「皐月、たくさん恋をしてね。そして、たくさん笑って。……私、皐月の笑顔が大好きだから」 先輩の鮮やかな笑顔が、涙で滲んで…… ちょっと、勿体ないなって思った。 もっともっと、先輩の笑った顔……見たかった。 恋をしよう。 前の疲れは先輩が癒してくれた。 だから、新しい恋をしよう。 先輩が好きだといってくれた笑顔をたくさん出来るように。 恋をしよう! ※終※ [前へ] [戻る] |