◆雑多集 恋にやぶれた 『他に好きな奴が出来たんだ。だから、皐月とはもう……付き合えない』 そう、彼氏に告げられたのは、もう五時間も前の事。 涙が出るわけでもなく、憤りを感じるわけでもなく……ただただ、呆然と突っ立てたら、明るく輝いていた太陽が、いつの間にか、夕闇にとって代っていた。 ……そろそろ、帰らなきゃ。 ……そう言えば、今日、バイト入ってたんだっけ…… 無断欠勤しちゃったな……店長に怒られるかな…… そんな事を考えながらも、一向に動こうとしない足。 まるで、足の裏に根っこが生えたかのように、ピクリともしない。 ……弱ったな、これじゃぁ、家に帰れない。 このまま、ここで野宿? 「ねぇ、いつまでそうしてるの?」 突然、掛けられた声にビクリと身体が反応する。 「あ、ごめん。驚かすつもりは、なかったんだけど……」 声の主を確認しようと、目線を上げると、そこには、私と同じ学校の制服を着た、女の子が立っていた。 あれ?この子、見覚えが……… 「あぁー!!王子様だ!!」 私の通う、女子高には、王子様的存在の先輩が何人か居てたりする。 まぁ、所謂、女子高特有というか、……名物みたいなものだ。 でも、なんでここに王子が? 「あのさ、王子はやめてくれない?」 王子はげんなりとした表情を浮かべ、片手で中性的且つ、端正な顔を覆う。 「え?……私、王子って言い……ました?」 あー、なんか言ったかも。 普段、周りの友人らが、王子、王子って呼んでるから、知らない間に刷り込まれてたのかな。 「言った」 「す、すいません。えーと……」 確か名前は…… 「羽柴 楓(はしば かえで)よ。日向 皐月(ひむかい さつき)さん」 「なんで、私の名前……」 羽柴先輩は、クスリと微笑むと、自分の唇に一指し指を当て「内緒」と、笑った。 そんな仕草に、胸がドキリと音を立てる。 同じ、女の子同士なのに、ときめいてしまうとは、流石、王子の異名をもつだけの事はある。 「で、帰らないの?もう、結構遅い時間よ?」 携帯で時間を確認すると、既に九時を回っている。 ついでに、着信履歴が八件ほど入っていた。 うわっ、店長からだよ…… こりゃぁ、お叱りは免れないな。 「はぁ」と、溜め息が、自然にこぼれる。 「日向さんって、駅前の喫茶店でバイトしてるでしょ?」 「えっ……そうですけど……」 なんで、知ってるの? 「私、喫茶店前の花屋でバイトしててさ、よく日向さん、見掛けるんだよね」 羽柴先輩が花屋で……気付かなかった。 「……ね、私と、これから一週間の間、友達にならない?」 「は?」 あまりにも、突拍子な申し出に、思わず間抜けな声が出てしまった。 「駄目かな?」 そう言う羽柴先輩の綺麗な顔が、どんどんと曇っていく。 私の所為!? 「だ、駄目じゃありません!」 咄嗟に出た、自分の台詞に、私自身も驚いたけど、私以上に驚いた表情をした羽柴先輩が、私の手をギュっと握り締める。 「ありがとう!!」 満面の笑みを浮かべる、羽柴先輩は、まるで、無邪気な子供のようだった。 [次へ] [戻る] |