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◆雑多集
未来を視る者4
―自室―

「このタオル、よかったら使って下さい」

玄関口で俯いたまま佇んでいる女性にタオルを手渡し、そのまま背を向け、キッチンに立った。
ガスレンジのボタンを押し、ヤカンに火を掛ける。
ヤカンに纏わり付く青い炎を横目にマグカップを二つ取り出していると、いつの間にか部屋に上がっていた女性が声を掛けてきた。

「……貴方、名前は?」

「――橿原 真(かしわら まこと)です。……貴女は?」

「……黒崎 美穂(くろさき みほ)」





「さっきは、ごめんなさい」

美穂は暖かいコーヒーが入ったマグカップに、視線を落としたままポツリとつぶやいた。

「私、ちょっと混乱していて……」

「――別に、気にしていませんよ」

恐らく、美穂と岩崎さんは親しい間柄だったのだろう。
大切な人亡くした痛みは俺にも経験がある。
あんな苦しみの中、冷静でいられる人間はそうはいない。

美穂は向かい合って座っている俺の表情を伺うように、おずおずと目線だけを上げた。

「……あの……事件のこと、本当に何も知らないの?」

俺は無言のまま、カップに口を付け、暖かい液体を身体の中に送り込む。
冷えていた身体に染み込みように温もりが広がっていくのを感じながら、美穂にどう話せばよいのか言葉を整理する。

「……たぶん、今から話す事は、貴女には信じられない話だと思うけど」

俺はカップをテーブルにそっと置き、窓の外を見た。
未だ雨は激しく降り、あの時の映像が脳裏を掠めていく。

「――俺は、あの事故現場を見たんですよ。いや、厳密に言えば見えたんです」

「……えっ?それっておかしくない?貴方、事件が起こる前、……公園で会った時に」

「ええ、だから、公園で岩崎さんと会った時に、岩崎さんが事故に会う映像を見たんです」

美穂は軽く目を見開いた状態で、彫刻のように動かなくなった。
おそらく、美穂の脳内では必死に先程の言葉の意味を理解しようと、思考を巡らしているのだろう。

そこに、更なる追い討ちとなるであろう言葉をゆっくりと紡ぎ出した。


「俺は、人が死ぬ時の映像を見ることが出来るんです」


「……何を言って」

「それは、少し未来の映像なんです。……だから俺は、彼に忠告したんですよ」

俺は真っ直ぐ美穂の目を見据えて言葉を続ける。


「信じるか信じないかは、……貴女次第です」







音を立てて降っていた雨はいつの間にか霧雨になり、遠く離れた空の向こうは微かに明るくなってきた。
その明るみは、赤みを帯び、夕暮れの時間だという事を知らせてくれる。

暫くの間、口を噤んでいた美穂が弱々しい声で言葉を発した。

「……じゃぁ、貴方は犯人の顔を見たの?」

その問いに、俺は軽く首を横に振る。

「岩崎さんを跳ねた車が白い乗用車だった事しか解りません」

「……そう」

もしかしたら、犯人の姿を見ていたのかもしれないが……
あの映像はたった一度しか見られない。
しかも、暴漢に襲われるように突然だ。
正直、印象に残った所ぐらいしか覚えていられない。

――ただ確実に判るのは“岩崎さんは狙われて殺された”という事。
あの時の車の動きは、明らかに岩崎さんをターゲットとしていた。
何者かが、岩崎さんの命を狙っていたのだ。

「……警察に情報提供とかはしないの?」

「そんな大した情報じゃないし……第一、こんな話、信用してくれないですよ」

自然と自嘲めいた笑みが出る。

‘誰も信じてくれない’

何度このフレーズを心に噛み締めたことか。
美穂もそうだ、本当に心から信じてはいないだろう。

信じるには余りにも非現実的過ぎる。

「……そう、そうね。コーヒーありがとう。そろそろお暇するわ」




玄関の扉を開け、美穂は少し戸惑いがちに、こちらに振り向いた。

「一つ……聞いてもいいかしら?」

「何ですか?」

「彼の死に場所は分かっていたのよね?」

「――はい」

「……助けようとは……思わなかったの?」

無言の俺をみつめる美穂の目は俺を責めているように見える。
いや、責めているのだろう。
事故現場が分かっていたのなら、なんとかすれば事故が防げたのではないのか?
美穂がそう思うのも当然の事だ。

「ご、ごめん、変なこと聞いちゃったね」

美穂は慌てた様に苦笑いを作り「じゃぁね」と、扉を閉め去っていった。

美穂が履いていたミュールの踵の音が徐々に小さくなり、消えてゆくのを聞きながら、俺は暫く閉じた扉の前で立ち尽くしていた。





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あきゅろす。
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