[携帯モード] [URL送信]

◆雑多集
A



 上杉と俺は、共通する習慣がある。
それは、もう幼稚園児の頃から続いている習慣。
近所にある、カトリック教会で、毎週日曜日の朝に行われるミサに出席する事だ。
俺も上杉も、敬虔な信者という訳ではない。
少なくとも俺は神など信じてはいない。
では、何故か。
理由は簡単、単純明快。
教会に通う理由は、ただ一つ。

出席すると、オヤツがもらえるからだ。

大学生となった俺には、もうオヤツは必要ないのだが、上杉は相変わらず嬉しそうに受け取っているし、俺自身も、ずっと続けていた習慣だったので、急に止めるのも、なんとなく気持ちが悪くて、どうにも落ち着かない。
初詣をしなかった、正月のような気分になるので、未だにずるずると続けている。


 そんなある日の、穏やかな日差しが降り注ぐ日曜日。
いつものようにミサに行き、帰宅の途中、上杉が、オヤツのお菓子を頬張りながら俺に問いかけてきた。

「なあ、神様って、いると思うか?」

この男は、突然、何を言い出すんだ。とも思ったが、上杉が『突然』な事は、いつもの事なので「いないと思う」と、答えた。
そして、会話のキャッチボールの基本に則り、問われたので問い返す。

「上杉は、どうなんだ?いると思うのか?」

「いると思う」

俺の問いに淀みなく答えた上杉に、少なからず驚いた。
まさか、上杉が神を信じているとは思いもしなかったからだ。

「……だとしたら、神様ってのは、不平等だよな」

神なのだから、生きる者には平等に接するべきだろう。
神に創られたとする人間ですら、人間、皆平等と謳っているではないか。
それともなんだ、不幸な人間は……上杉は神に見捨てられた存在だとでもいうのだろうか。

「俺は、別に不平等なんて思わないけどなあ」

何気もなくサラリと言ってのける、この男の思考回路が判らない。
何故、あれ程、嫌な目に遭っておきながら、神は平等だと言えるんだろう。

「な、なぜ、平等だと思うんだ?平等だったら、上杉はもっと……」

しまった。と、思った。
慌てて口元を押さえたが、もう後の祭りだ。
俺は、上杉にとんでもない事を言おうとした。

「もっと、幸せになれた筈だ――か?」

俺が口から出そうになった言葉の続きを、上杉は笑いながら言った。
上杉を傷つけた――それだけじゃない。
他人に同情されていると思った上杉は、表面は笑っているが、内面では怒っているかも知れない。
俺は、自分の不甲斐無さに隣で歩く上杉をただ、ただ、見つめる。

「俺さ、周りからは不幸体質だとか、不憫な奴だとか、よく同情されるけどさ、俺、自身、不幸だなんて思った事はないんだよなあ」

「――は?」

今までの人生が、不幸じゃない?
どうして、そんな事が言えるんだ?
俺から見れば、何処をどうみたって不幸にしか見えないぞ?
疑問符が俺の脳内を埋め尽くしていく。

「そりゃあ、凄く幸福で、辛い事も一つも無かったって、訳じゃないけどさ。でも……その分、お前が居てくれたからな。だから、不幸じゃない。神様は、ちゃんと平等だよ」

そう言った上杉が、照れくさそうにそっぽ向いて、残っていたお菓子の袋を開けた。
つまりだ、上杉は、俺を上杉の今までの不幸を帳消しにする程の存在だと思っていてくれていたようで――驚きと、恥ずかしさと、嬉しさに、不覚にも涙が出そうになった。
俺という存在が、上杉の生きる支えになれているのなら……幸せを少しでも感じていれたのなら、こんなに嬉しい事はない。

「恥ずかしい奴」

俺は、照れ隠しと、涙目になった顔を見られないように上杉に悪態を付きながら、帰路の道を足早に進む。
口一杯にお菓子を頬張っていた上杉は、何やらモゴモゴ言いながら、俺の後を追いかけていたのだが……やはりというか、当然というか……背後で、派手に転ぶ音がしたので、仕方なく足を止めた。
俺は、自然と沸き起こってきた、ため息を一つ吐くと、いつもの救済セット鞄を持ち直し上杉のもとへ駆け戻る。


 おそらく、俺は一生、こうやって上杉の傍にいるのだろう。
男同士なので、むさ苦しさや、欝陶しさを感じるが、不幸にめげる事なく、明るく笑い飛ばす上杉の傍は……嫌いではない。
だからこそ、今まで共にいられたのだろうと思う。
俺は、やはりそう易々と神の存在を信じる事は出来ないが、上杉がいつまでも神を信じていられる事を心から願っている。



上杉の神様がいつまでも平等であるようにと。





[前へ]

2/2ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!