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◆雑多集
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 俺の親友でもある、上杉(うえすぎ)は、超絶、不幸な奴だ。

 不幸な奴。と、下に見るのは誉められた事ではないのは、知っている。
それでも、そんな道徳心なんかは、メジャー級のバッターが豪快に打ったホームランボールのように遥か彼方へブッ飛んでしまう程、上杉は、不幸な人間なのだ。


 不幸は、上杉がこの世に生まれてきた時から、始まっていた。
上杉の母親は、昔から身体が弱く、上杉が産まれるのと同時に他界した。
母親は、子供を産めば自分の命がなくなる可能性がある事を承知の上で出産を選んだのだそうだ。
それは、自分の命よりも子供の命を優先させたという事なのだろう。
上杉の父親も、上杉の出生で病院に駆けつける時に、不運な事故に巻き込まれ亡くなってしまった。
事故というのは、信号待ちをしていた上杉の父親の車の後ろから、居眠りをしていたトラックがぶつかり、その反動で、上杉の父親の車が、道路の交差点へと飛び出してしまった。
そこに、青信号だと、安心しきって運転していた他の車が運転席の側面へ衝突。
トラックの運転手も側面に衝突した運転手も命に別状はなかったが、上杉の父親は即死だったそうだ。
不運だったとしか、いいようの無い事故だった。


 出生の日が、両親の命日でもある上杉は、その後、頑固な祖父と共に暮らす事になる。
頑固で横暴な彼の祖父は、何が気に入らないのか上杉に酷く当たっていた。
治る暇も無く顔や身体に付けられた無数の青痣。
一度、癇癪を起すと、手が付けられない上杉の祖父。
そうなると上杉は、よく俺の家へと避難しに来ていた。


 お世辞にも家庭環境が良いとは言えない上杉。
上杉自身は、というと、全くもって不幸を感じさせないぐらいに、いつも笑っている。
何が楽しいのか判らないが、常に笑顔全開だ。
俺と上杉は、家が近所だけあってか、幼い頃からの長い付き合いなのだが、悲しそうな顔など一度も見た記憶がない。
上杉の家庭環境を知らない人間からは、上杉は能天気な馬鹿男としか映らないだろう。


 そんな上杉だが……彼は超が付くほど鈍くさい。
何も無い所で、こけるのは当たり前。
上杉はこの鈍くさいの基本の更に上をいく。
こけた場所に水溜りは生易しいかもしれない。
カラスに食い荒らされた生ゴミ、酔っ払いが吐いたであろう吐瀉物。
極めつけは犬の糞。
これが原因で、上杉はクラスメイトから虐められた事もあった。
変わった所で、誰が撒いたのか、押しピンが大量に地面に落ちていた事もある。
腹に無数の針穴が開き、血が滲んでいても、上杉は、泣き言一つ言わなかった。

「そういやぁ、昔、何処かの国に大量の針で拷問や処刑されるっていうヤツがあったよな。鉄骨の処女だっけ?」

それどころか、暢気に笑っていた。
因みに、鉄骨は不正解。
鉄骨はコンクリートの建造物を造るときに骨組みとして用いられる物だ。
正しくは『鉄の処女』。
女性に関心が高い上杉らしく処女だけ正解。
そんな上杉の為に俺が出来る事といえば、常に消毒液と絆創膏、更にはタオルと着替えを持参する事ぐらいだ。
そうすれば、少なくとも俺が傍に居るところなら、最低限の処置が出来る。
微々たる事だが、俺が出来る事なんて、コレぐらいの事しかないのが現実だ。


 超鈍くさい上杉も、人並みに恋はする。
だが、恋が成就した事は無い。
告白する度に振られ、現在、十五戦中、十五敗。
小学校に入学して、一年に一回の割合で告白をしている計算になる。
一度も、成功した事は無いというのに、諦めず果敢に告白しにいく上杉は、いつも片想いで終わっていた俺より勇気のある奴だ。
同じ男として尊敬に値する奴だと思う。

「恋も懸賞と同じさ。数撃ちゃ当たる!」

一度も彼女が出来た事がない上杉が言っても、説得力に欠けるが、彼の思考は実に楽観的だ。
楽観的なのは恋愛だけではない。
普段の生活の中でも、上杉はポジティブだ。
テストで赤点をとっても、上杉は全く気にしない。

「勉強が出来なくても、生きていけるさ!」

確かに生きてはいけるが、留年はすると思う。
俺が留年しないようにと、テスト前にも関わらず、勉強を見てやるのが習慣となっているのはいうまでも無い。

「二、三日ぐらいなら、飯を抜いても大丈夫だ。水さえあれば一週間は生きられるぞ」

これは、上杉の祖父が、食費を置いていくことも無く、旅行に行ってしまった時に言っていた。

「外で寝るときは、新聞紙を身体に巻くと暖かいんだよ。充分、寝れるし、生きていけるって!」

この台詞は、小学生ぐらいの頃、俺と共に遠い所まで冒険に出てしまい、帰り道が判らず、更には日が暮れて、途方にくれていた俺に言った言葉だ。

「腎臓一個ぐらいなら、無くしても、もう一つあれば生活に支障はない。か……生き
る事が出来て、お金が貰えるなら、売っても別にいいと思わね?」

高校生になって、俺の部屋で、密売やらの特集の番組を見ているときの言葉だ。
要するに、上杉の思考は、常に『生きていられるなら、なんだって、大丈夫』なのだ。
それは、やはり、両親の死が影響しているのだろうなと思う。
上杉と共に居ると、しばしば、なんとも言い難い気持ちが俺の心の中で一杯になる事がある。
切なさとか、可哀想だとかの同情心と、苛立ちや、悔しさなんかが、ミックスされたような、出来れば、あまり感じたくない負の心。
こんな気持ちは、上杉には迷惑で失礼な感情なのかもしれないので、口には出した事はないが、常に俺の中で渦巻いているのだ。




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