◆一輪の花?(エムペ版)
D
ひとしきり泣いた尾崎は、俺が手渡したハンカチで、涙を拭い目元を赤らめながら鼻をすする。
屋上の手すりに背を預け、並んで腰を下ろす俺達の間に、ゆるゆると温かな風が通り抜けていった。
「幸田君、仕方なかったとはいえ、黙ってて……ごめんね」
尾崎は体育座りをしながら、俺のハンカチを両手で握り締める。
「実は、まだ言ってない事もあるんだけど、クライアントの許可がないといえないんだ」
「そっか」
「許可が下りたら、ちゃんと話すから」
「大丈夫、判ってる。尾崎が話してくれるまで待ってるからさ」
友情の前に、尾崎には社会人としての責務がある。
仕事に関しては、俺は口を挟む事は出来ないし、無理強いをして尾崎を困らせるつもりもない。
「幸田君……ありがとう」
尾崎は、花が綻ぶように満面の笑みを俺に向けた。
嬉しそうな尾崎を見ていると、俺の方も心が満たされるように幸せな気分になってくる。
――やっぱり、尾崎は笑顔の方がいい。
昨日のあんな悲しそうな顔は、もう二度と御免だ。
「なぁ、尾崎。前から思ってたんだけどさ、‘幸田君’じゃなくて‘圭一’って呼ばないか?俺も凛って呼ぶからさ」
「えっ?」
尾崎の顔が目に見えて一瞬で真っ赤になった。
そんな尾崎に俺も釣られて徐々に赤面していくのが判る。
顔だけが、温泉にでも入ったように熱い。
「な、なんで赤くなるんだよ。こっちまで恥ずかしいじゃん」
「ご、ごめん」
友人同士、名前で呼び合うのは、決して可笑しな事じゃないのに、なんとなく居心地が悪いというか、気恥ずかしいというか、ようするに居た堪れない気分になってくる。
向かい合ったまま、お互い頬を染め俯いていると、コホンというワザとらしい咳払いが聞こえてきた。
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