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◆一輪の花?(エムペ版)
A


割り当てられた部屋に戻ると、閉めた筈の鍵が開いていて、消した筈の蛍光灯までもが付いていた。

半畳ほどのスペースのある玄関には、見慣れない革靴が端に揃えて置かれている。

「お帰り」

そう言って、ひょっこりと顔を出したのは、スーツ姿の龍兄だ。

「た……だいま」

スーツ姿って事は、仕事帰りなんだろうか。

思わぬ来客に戸惑いながら、部屋へと上がる。

「この部屋、見事に何もないんだな」

龍兄は、ベッドに腰掛け、脚を組みながら室内を見渡した。

私の部屋は、パイプベッドと、ノートパソコンが置ける小さな簡易のテーブルしか置いていない。

「仕事に必要のない物は持ち込まないようにしてるから」

じろじろと部屋を見られる気恥ずかしさからか、龍兄の顔がまともに見れないでいると、ふと人影が動いた気がした。

いつの間にか、私の前に立っていた龍兄は、大きな手を私の頭へとのせる。

「辛い……想いをさせてしまったな」

――そうか、幸田君との一件、もう耳に入ったんだ。

だから、着替えもせず、スーツのままで……兄に続き、龍兄にまで心配をかけてしまったようだ。

「すまなかった」

私に謝ってくる龍兄は、とても辛そうに顔を歪めていて――優しい人だから、龍兄はきっと、自分を責めている。

自分がこんな任務を与えてしまったからだと……

「気にしないで。依頼を受けた時から、こうなる事は予測の範囲内だったし、それなりの心構えもしていたから平気だよ」

笑えているだろうか。

優しい龍兄をこれ以上悲しませたくは無い。

だから私は、辛い表情を見せちゃいけないんだ。

「ただ、今回のことで、龍兄と幸田君も……」

龍兄は眉間に皺を寄せたまま苦笑した。

「――そうだな。凛は俺の幼馴染って事になっているし、疑われるだろうな。ま、なるようになるさ」

頭にのせられていた手が、左右に動き私の髪を掻き撫でる。

「なるようにって」

髪がこんがらがっていそうで気になるが、未だ龍兄の手は動いているので、暫らくは放置だ。

「だってさ、圭一は良い子だろ?」

「うん?」

「凛だって、良い子なんだから、大丈夫だよ」

龍兄の大丈夫の理屈は、さっぱり判らないけど、明るい声色で「大丈夫」と、言い切る龍兄に‘相変わらず能天気だなぁ’と思いつつも、なんとかなるか。と、いつの間にか思っている自分に気付き、思わず笑みがこぼれる。

私は小さく頷き「そうだね」と、答えた。




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あきゅろす。
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