◆一輪の花?(エムペ版)
L
「部屋に……行っても、幸田君……帰って……なくて……」
尾崎はゆっくりと俺に近付き、人、二人分程の距離を空け立ち止まる。
「寮の外に出たんじゃないかって、凄くヒヤヒヤした」
そういい終わると、尾崎は大きく深呼吸し、俺に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい! 幸田君を傷つけるつもりはなかったんだ」
頭を下げている尾崎の表情は見えないが、微かに声が震えているのは判った。
「確かに、仕事の為に、幸田君に近付いたのは事実なんだ。幸田君を守るには、身近な人間になった方が、都合がよかったから。幸田君に事情を話さなかったのは、それが、クライアントから出された条件だったんだ」
自然と、自分の手に力が入る。
「……だけど」と、言いながら尾崎は、下げていた頭を上げた。
泣いていないのが不思議なぐらい、悲しそうな瞳で俺を見上げてくる。
「だけど、これだけは信じて欲しい。僕は、仕事とかそいうの関係なく幸田君が大好きだよ。大切な友人だと思ってる。まだ、出会って、たった、一週間しか経ってないけど、幸田君と居た時間は、とても……とても楽しかった」
尾崎は、目を伏せるとクルリと俺に背を向けた。
「ごめんね。本当は僕にこんなこと言える資格なんてないのは、判ってるんだけど……幸田君には、ちゃんと僕の気持ち知っておいて欲しかったんだ。――これからは、あまり幸田君の視界に入らないように警護するね。見張られて、嫌かもしれないけど、事が終わるまで我慢して欲しい」
俺は無言で、尾崎の背中を見つめた。
小刻みに震える華奢な体が、更に小さく感じる。
そして、小さな背中が、目の前から消えても、俺は暫らくその場に、立ち尽くしていた。
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