◆一輪の花?(エムペ版)
I
幸田君に話しかけようと、口を開くものの、やはり何を言えば良いのか判らず、押し黙ってしまう。
言葉にならない酷い焦燥感だけが、私の中を渦巻く。
すると、幸田君が怒気を含んだ、震える声でゆっくりと言葉を発し始めた。
「尾崎は……俺を守る為に……仕事の為に、俺に近付いたのか?」
微かに、幸田君の肩が震え、握られた拳は、白くなる程、力が込められている。
「……尾崎と友達になれて、嬉しかったのは俺だけだったのか!?」
「違う! 僕は……」
咄嗟に首を振り、幸田君に近付こうと立ち上がる。
「違わないだろっ!? ダチの振りして、俺を監視してたって事だろ!?」
空気を引き裂くような怒声は、足を踏み出そうとした、私の身体を硬直させた。
一瞬にして頭の中が真っ白になる。
「幸田君、少し落ち着け。そんなに興奮していては、通じる言葉も通じない」
美咲先輩は、優しく私の肩を叩きながら、ため息混じりに言った。
私から美咲先輩へと睨みつける相手を変えた幸田君は、苛立ちをぶつけるように拳を扉に叩きつける。
「どうせ俺は、美咲先輩みたいに、いつも冷静でなんかいられませんよ」
吐き捨てるようにそう言った幸田君は、傍にいた秋月先輩を押しのけるようにして、走り去って行った。
「ふーん。圭一があんなに怒るところ初めて見たな」
秋月先輩は、呆気に取られた様子で、幸田君が走り去っていった廊下を見つめる。
「珍しいな……」
相変わらずの無表情で腕を組む斉藤先輩は、ポツリと呟いた。
「そうですねぇ、幸田君は普段は温和な性格ですしね。あんな風に怒るなんて、滅多にありませんよねー」
香山先輩の意見に賛同するように、「ええ」と、美咲先輩も頷く。
「まあ、でも当事者ですし少し混乱しているんでしょう。幸田君も時間を置けば、冷静になってくれると思いますが……。尾崎君、気にしなくていい。後で、私の方から事情を話しておくから」
美咲先輩は宥めるかのように私の背中を撫でた。
このまま、美咲先輩に任せる?
――それは、なんだか違うように思える。
私は思いっきり、両の頬を強く平手打ちして、一度色んな感情を吹き飛ばす。
ゆっくり深呼吸をしてから、美咲先輩を見上げた。
「美咲先輩のお気遣いは有難いですが……幸田君には、僕から話をします」
これは、私の仕事だ。
この依頼を引き受けた時から、こうなる事は承知の上だったじゃないか。
あまりにも、幸田君と一緒に居る時間が楽しかったから、忘れそうになっていたけど――社員として、ケジメは自分でつけなくてはいけない。
私は、美咲先輩達に「失礼します」と、頭を下げて、急いで幸田君を追った。
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