◆一輪の花?(エムペ版)
B
「用がないのなら、失礼します」
げんなりとした気分で五十嵐さんを力一杯、押しのけ保健室の出口へ歩き出そうとしたが、腰元に素早く腕を回され軽々と持ち上げられた。
「なんやあ、凛、ちゃんと飯食ってるかあ? こんな細っこい腰してたら、ガキ産むとき大変やでー?」
「ちょっ、離して下さい!! だいたい、そんな事、五十嵐さんには関係ないでしょっ!!」
私は、意外とガッチリと筋肉のついた腕から抜け出そうと必死にもがく。
「なに言うてんねん。俺ら婚約してるんやで? その内、結婚して俺の子供を産むんやから……」
どしっ!と、いう鈍い音が保健室に響いた。
「いーっ!!」
私の渾身の蹴りが、綺麗に五十嵐さんの脛にヒットしたのだ。
「子供の前に五十嵐さんんとの結婚なんてありえませんよ!」
私は怒鳴りながら、痛みの所為で緩んだ五十嵐さんの腕を振りほどき、出口の戸に手をかける。
「こ、こら、凛、待たんか! 用件終わってへん!!」
五十嵐さんは痛みを堪えるように蹲ったまま、顔だけを上げて私を呼び止めた。
クライアントである龍兄は、仕事の関係で今日は学校に来ていなかったので、おそらく五十嵐さんが伝言役になったのだろう。
だったら無視する訳にもいかないし――仕方がない。
渋々、足を止め五十嵐さんを見据える。
「幸田が本格的にヤバクなってくるかもしれへん。……今以上に目ぇ離すなや」
そう言った五十嵐さんの顔は、滅多にお目にかかれないほど酷く真面目で、私にも微かに緊張が走る。
「判りました」
私は、五十嵐さんを一瞥してから保健室を出た。
保健室の扉を閉め、そのまま背を預ける。
――本格的に幸田君が狙われ始めた……か。
気を引き締めないと。
ふと、廊下の窓を見ると、外はどんより曇りだし、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
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