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俺の手からガラスコップを受け取ったロンさんは、ベッド脇のナイトテーブルにコップをそっと置いた。

「おそらく尾崎の建物内だとは思いますが、位置の特定までは……」

「あー、ここ、広いですもんね」

ここに来てから、二ヶ月以上経っているが未だに知らない場所が沢山ある。

従業員しか立ち入れない場所も多くあったりするので、建物全体の大きさも把握できていない。

この部屋も、見た事もない部屋だ。

間取りも、家具も、壁紙も俺の記憶にはない。

俺ですらこうなのだから、数日前にここに来たロンさんには、もっと判らないだろう。

「幸田君、怪我はございませんか? どこか痛む所は……」

ロンさんに問われ、改めて自分の身体に意識を向けるが、少し倦怠感はあるものの、痛みも無く比較的元気だ。

「なんとか大丈夫なようです」

「そうですか」と、ロンさんは、安堵した様子を見せた。

それにしても、何故ロンさんまで、ここに居るのだろう。

俺だけなら、ウイルス関連だろうとは推測できるけど……そういえば、あの不審者、誰かを担いでたよな?

もしかして、あれってロンさんだったのか?

だとすれば、順当に考えて狙われたのは、ロンさんだということになる。

多分俺は、犯行を目撃したから、ついでに拉致られた。

ようするに、とばっちりを受けたんじゃないだろうか。

「あの、ロンさんは、俺達をここに連れてきた奴等に心当たりありますか?」

問いかけにイエスともノーとも答えないが、悲しげに微笑むロンさんを見て、心当たりがあるのだと判った。

数分間、逡巡するように俯いていたが、軽く溜息を吐き出し居住まいを整えたロンさんの瞳には迷いの影は見られない。

「私達を捉えたのは、同胞の者でしょう」

はっきりと答えられた言葉には、俺の予想外な単語が含まれていた。

「同胞って、仲間って事ですか?」

「大まかにいえばそうです。おそらく当主の遣いの者かと」

「当主って、スイさんの父親ですよね? ――なんで、こんなこと」

スイにとってロンさんは大切な人だ。

父親が自分の子供が大切にしている人を拉致する目的が判らない。

「判りません……いえ、なんとなく判ってはいるのですが」

ロンさん自身も戸惑っているのか、視線を床に落とした。

「確信はありません。ですが、おそらく当主は、彗蓮が後継者になる事を望んでいないのだと思います」

跡継ぎにしたくないって――

「じゃあ、なんでスイさんは、後継者候補なんかになったんですか? 後継者にする気がないのなら、最初から候補になんか入れなければいいじゃないですか!」

こんな事実は、余りにも残酷すぎる。

今まで彼女は多くの犠牲を伴いながら頑張ってきたんだ。

あと少しで夢が叶うかもしれないと、いう所で無常にも実父がそれを妨げた。

しかも、妨げる方法が犯罪染みた、こんな形でだなんて……。

「私が知る限り当主は、理由なくこんな事をする方では、ありません」

ぎしりと、ベッドのスプリングを軋ませ俺の隣に腰を下ろしたロンさんの顔色は、なんだか青白く見えた。

「つまり、何らかの理由があるという事ですか?」

問いかけに力なく頷いたロンさんは、両手で頭を抱えうな垂れる。

「彗蓮には、大きなウィークポイントがあります」

「まさか……」

スイの弱点が――バレた?





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