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スイは慌てて紙を受け取り、紙面を目にした瞬間、瞳を見開く。

紙を持つ手が、小刻みに震え、悲しそうにも悔しそうにも見える表情を浮かべた。

「……何が後継者候補だ……最初から出来レースなんじゃないか」

軽い音を立て、スイの手元にある紙に大きな皺が出来る。

「出来レースって、どういうことです?」

怪訝そうに眉根を寄せた美咲先輩が、スイに問いかけた。

スイは手元にある紙を私達に見せるように突き出す。

「この紙には、竜胆(りんどう)の花を模した絵が薄く印刷されているだろ?」

言われて見れば確かに薄い紫の紙の上に、細やかな細工の大きな竜胆の花が淡い藍色で描かれている。

紙面の中央には、中国語で “即刻後継者の座を辞せよ。さもなくば人質の命は助からない”という内容の事が、真っ赤な毛筆のような字体で記されていた。

現実であるという証拠を目にし、胸を槍で突かれたような痛みが走る。

「この絵が描かれた紙は、劉家の主か、それに近しい者にしか使えないんだ」

「――成る程な。妨害や危害を加えた者は、相応の罰が待っている。候補者ならその権利も剥奪は免れない。今となって、こんな命知らずな事をする奴は、そうそういる筈がない中、堂々とやってのける者は……一人しか居ない」

兄は、盛大な溜息を吐き出した。


何故なのだろう。

スイの今までの頑張りは、多くの犠牲と我慢は、何のために……

心が強い力で締め付けられているようで、酷く苦しい。

だけど、私より、当事者であるスイの方が、もっと辛い筈だ。

私と目が合ったスイは、今にも泣き出しそうな顔で、笑った。





遠い所から誰かが俺の名を呼ぶのが聞こえる。

誰が呼んでいるのか確認したいのは山々だが、目を開けるのが酷く億劫で、なんだか頭も鈍い痛みが纏わり付いている。

俺が中々反応しないからだろうか、今度は身体を揺すりながら、しきりに俺の名を呼んできた

鉛でも乗っかっているんじゃないかと思えるほど重い目蓋を、なんとか開く。

まだ、完全に開ききっていないが、狭い視界に移るのは、心配そうに覗き込む男性の顔。

ああ、彼は確か――

「ロ……ンさ……」

自分が出した声だとは思えぬぐらい、掠れまくった酷い声だ。

異様に咽喉が渇いていて、上手く声がでない。

「幸田君。気が付きましたか?」

ロンさんの問いかけに、なんとか頷いてみせると、ロンさんは、ほんの少し強張っていた表情を緩めた。

「起き上がれますか?」

地面に縫いつけられているように感じる身体を、ロンさんの手助けを受け、どうにか座る事が出来た。

そして、ようやく自分が見覚えの無い部屋のベッドの上に居る事が判った。

「どうぞ、お水です」

ガラスコップに入った水をロンさんは優しい手つきで、俺の手に持たせてくれる。

俺は直ぐさま、水分に飢えた身体に一気に流し込んだ。

冷えた水が、身体に染み渡っていく。

飲み干したコップに、ロンさんは再び水を注ぎ入れてくれた。

「ゆっくり飲んでくださいね。あんまり急いで飲むと、身体がビックリしちゃいますよ?」

今度はロンさんの助言通り、ゆっくり飲み干す。

一息付けば、靄がかっていた思考が、徐々にクリアになっていく。

「お水、有難うございました」

「いいえ。私も此処で気が付いた時に、咽喉が異様に渇いていましたので、きっと幸田君もそうだろうと思いまして」

「そういえば、ここって、どこなんですか? 確か俺……」

休憩室で、何かを担いだ不信な男を見かけて……もう一人の男に羽交い絞めにされて口元に何か押し付けられて――そうか、あれ、眠らせる薬か何かだったんだ。

以前にも同じように意識飛ばした事あったよなあ。

こんな短期間に二回も経験するなんて、ここ最近の俺は、なんだか波乱万丈だ。




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