隠されたモノ
☆
深夜の休憩室から見える空は、雲が厚く覆われているのか、昨夜見た星の光は一つも見つからない。
少しがっかりした気持ちで、湯気立つココアに口を付けた。
甘く温かな液体が、咽喉を通過していくのを感じながら、自然と意識は休憩室の入り口へと向かう。
今夜も凛が現れないかと、淡い期待を抱いているのだ。
我ながら女々しいとは思うが、想う気持ちの止め方を知らない俺には、どうする事も出来ない。
「……婚約か」
凛とスイの婚約。
恐らくこのままいけば、二人の婚約は成立するのだろう。
たとえ俺がどんなに反対しても、なんら影響はないのは、十分過ぎるほど判っている。
事は子供の戯言ではないんだ。
今思えば、スイがここにやってきた時、凛の兄である朔は、既にこの事を知っていたようだった。
だからこそ、凛に仕事を引き受けるのか、拒否するのかを問いかけたのではないだろうか。
そして、仕事を正式に引き受けたという事は、朔は婚約に関して反対は、していないという事だろう。
二人を婚約させない為に俺が出来ること。
何度も反芻していた考えは、やはりシンプルな答えしか浮かび上がらない。
元凶であるスイを説得すること。
なんとか、説得して凛との婚約を諦めてもらう。
巧みな話術を持っているわけではないので説得出来るか判らないが、何もやらないよりはマシだ。
よし、早速、明日にでも、掛け合ってみよう。
気合を入れて椅子から立ち上がった時、僅かな物音がしたような気がした。
視線を上げれば、休憩室の入り口に人影らしきモノが横切り通り過ぎようとしている所で――こんな夜更けに誰だろう。
俺はココアが三分の一程入った紙コップを持ったまま、入り口へと近寄り、廊下を覗き込んだ。
足元の青白いダウンライトしか点いていない廊下は薄暗いが、かろうじて大人の男性らしきシルエットが二人見える。
厳密にいえば、もう一人はどうやら肩に担がれているようで……もしかしてこれって拉致現場とか?
一瞬にして嫌な汗が体中から噴出すのを感じたその時、背後から身体を拘束され、口元に何かを押さえ付けられた。
脳を直接揺らされるような感覚が俺を襲い、持っていた紙コップが、俺の意思とは関係無しに手を離れていく。
ああ、この感じ、前にも一度経験した。
身を捩り、せめて背後の人物を確認しようとしたが、その前に俺の意識は完全に途絶えてしまった。
「凛、起きろ」
肩を揺す振られ、沈んでいた意識を浮上させると、目の前には不機嫌な顔をした、とても見覚えのある人がいた。
「……兄貴?」
まだ夢を見ているのだろうかと、目を擦ってみるが、やはり目の前にいるのは、我が兄。
私がベッドから体を起こしたところで、兄は飄々と告げた。
「命知らずな侵入者が来たぞ」
「……は?」
寝起きでまどろんでいた眠気が、一瞬で空の彼方に放り出された。
「着替えたら司令室に来い」
「圭一達は?」
「ケイトに頼んである。スイ達も他の奴等に手配済みだ」
「判った」
返事と共にベッドから立ち上がり、クローゼットへと手を掛ける。
背後で扉の閉まる音がしたので、兄が部屋を出て行ったのだろう。
尾崎所有のシェルターに侵入者だなんて、初めての事だ。
しかも、此処は一つの島だ。
一般には公表していないから、日本に無数とある無人島の一つでしかない筈なのに……侵入してきた者。
この島は常に隅々まで監視の目を光らせている。
知らずと訪れた者達ならば、監視の者に見つかっている筈だし、兄が侵入者という言い方をするはずがない。
少なくとも此処の存在を知っている者達なのは確かだ。
ここを知っていて、このシェルター内の“何か”に用事があり、表からは訪問できない者。
――何が目的なんだろう。
☆
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