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圭一は急いで低重音の唸り声を上げるマシンのスピードを落とし、停止させた。

ゆるゆると減速するマシンから下りると、凛は大きく肩を上下させて、せわしなく息を整える。

「今みたいにさ」

「え?」

額に汗を浮かべ、胸元のシャツを握り締める凛の傍へと、圭一は足を進めた。

「凛には限界の境界線を作って欲しいんだ」

汗で額に張り付いた凛の黒髪を、圭一は人差し指でそっとよけながら、微笑む。

「身体は限界がきたら、苦しくなるから判るけど、心の限界は、なかなか判らない。だから自分で、どこまでが許容できて、できないのか、その境界線を考えて欲しいんだ。じゃないと凛は、何もかも背負おうとするだろう?」

「私は……」

「少なくとも、俺はそう思っている。てか、凛が何時までもそんなんだったら、俺、毎日、凛の心配ばかりするぞ? メシ食ってる時も、勉強してる時も、遊んでいる時も、寝ている時だって、絶対に夢の中で心配してやる!」

睨みつけるような目で、語気荒く言う圭一を凛は、瞳を限界まで広げ見上げた。

「うわー、凛君ったら、圭一不幸者だなあ」

楽しげな中にも、からかいを含んだ声が、室内に響く。

「あ、ついでに素敵な会長不幸者も追加ね。玲達も追加しておくか?」

トレーニングルームの入り口で、へらりと笑み崩れた、いつもの笑顔の秋月が、背後に居た美咲達へと振り返る。

「そうですね、追加しちゃって下さい」

悪戯っぽく優美に微笑む美咲の隣で、香山はニヤニヤと口元を歪めた。

「僕を不幸にするなんて、いい度胸だよねー」

目を緩く細め、まるで獲物を狙う獣のように舌をなめずる。

ゾクリと背筋に冷たいものを感じた凛は、思わず身震いした。

「えっ、あの、そんなつもりは……」

オロオロとうろたえる凛の元に斉藤が近付く。

そして、そっと柔らかな手を握り凛の顔を覗きこんだ。

「俺は別に追加しなくていい。ただ、凛が心配だ」

一瞬、呆けた様子の凛だったが、我に返ると、頬を赤らめた。

「え、あ、はい。その……ありがとうございます」

はにかむように小さく微笑む凛と、見つめ合う斉藤を、香山は不貞腐れた様子で眺める。

「……なんかさあ、いいところ取られてない?」

必死に頷く圭一と、苦笑する美咲。

秋月は、貼り付けたような笑顔で、斉藤の肩を掴んだ。

「流れってあるよね? 周囲の流れに合わせるのもコミュニケーションには大切だよね? なんで一人だけ、抜け駆けみたいな事するかなー? ずるいんじゃないかなー? KYだよ修二くん」

ぐいぐいと斉藤に顔を近づけていく秋月にも斉藤は、微塵も怯むことなく、無表情ながらも、どこか真剣味を帯びた眼差しで、秋月達に身体ごと振り返る。

「……女性を困らせるような男は、男を主張するな。引っこ抜け! と、母に教わった」

「うわあ、出たよ。偏った漢道理論」

「斉藤君の母君は、色んな意味で強烈で最強ですからね」

呆れた様子の秋月に美咲は、軽く肩をすくませて見せた。

「この俺でも、あの人には一生勝てる気がしないんだよねえ」

香山は何処か遠くを見るような目線で、コンクリートが剥き出しの殺風景な天井を見上げる。

「えっ、香山先輩が!? さ、斉藤先輩のお母さんって……」

圭一のカルチャーショックを受けたような声を聞きながら、凛は、ぼんやりと彼等に視線を這わせた。

――境界線。

尾崎のフィルターを外して、凛という人間を見てくれる人達が、心配だといってくれている。

そんな彼等の存在は、大切で、愛おしくて、尊い。

それは、両親や、同僚、私をサポートしてくれた人達も同じだ。

皆が幸せになってくれるのが、一番の願いで、例え、自分が不幸のどん底に落ちようとも、皆を優先させたい。

だけど、彼等は私が不幸であれば、幸せになれないという。

そうなれば、皆も幸せで、自分も幸せになる方法を見つけなければならない。

見つけられるだろうか。

正直、境界線をどこに引けばいいのかなんて検討もつかない。

私なんかの幸せと、彼等の幸せが同じ重さだと、どうしても思えない。

――だって私は、ニセモノなのだから――





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