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燈りだす



閉じられた扉を見つめたまま、動かない彗蓮の姿を、崙は胸が締め付けられる想いで黙って見守っていた。

いや、見守ることしか、崙には選択肢がなかったのだ。

心を痛めているで、あろう彗蓮に、自分が、どのような言葉を掛けられるというのだろうか。

今、口を開いてしまえば、弱っている彗蓮の隙をここぞとばかりに突いてしまいそうな浅ましい自分自身がいる。

だが、そんな自分は、なにがなんでも押さえつけなくてならない。

けして口にしてはいけない禁句を漏らさぬよう。

細い腕を掴み手繰り寄せ、自らの檻に閉じ込めぬよう。

自分の積み重ねてきた想いは、彗蓮の夢の妨げにしかならないのだから。


「なあ、ロン。――俺は、間違っているのだろうか」

依然、扉を凝視している彗蓮が、覇気の無い声を吐き出した。

一生、男として生きていく事に迷いがなかった訳じゃない。

身体の成長と共に嫌でも自分が女だと実感させられる。

このまま隠しきれるのか、不安でたまらないのも事実。

それでも――

「私、には、判りません。ですが私は、スイがどのような道を選ぼうとも、スイの――彗蓮の味方です。何があろうとも、この命が尽きるまで、彗蓮の傍にいます」

こうやって、真っ直ぐに、自分を見てくれる彼が居たから、共に生き、共に罪を背負ってくれると言ってくれたから、この道を貫こうと思えた。

沢山の時間、葛藤や迷いを乗り越え手にした答えだったから、これが正しいのだと。

なのに自分は、何処かで迷っている。いや、受け入れたくない心がまだ……残っている。

――ああ、そうか、捨てきれないんだ。

幸せそうに微笑む客が、妬ましくて仕方がないのは、自分がそうなりたいと願っているから。

「俺は、ほとほと貪欲な人間のようだ」

崙は、自嘲気味に笑みを浮かべる彗蓮を見下ろし、苦笑した。

「それが、“人”というモノなのかもしれませんね」

「ああ、そうだな」


“願わくば――”



「だあーっ、もう無理! げんっかい!!」

あれから、有無を言わさずトレーニングルームへと連行してきた凛と共に“ストレスが溜まった時は、身体を動かすのが一番だ!”と、いう俺、自慢の持論のもと、ロードランナーで全力疾走中だったのだが、俺は凛より先にリタイヤだ。

激しく酸素を補給しながら、隣で走る凛を観察する。

やはり、普段からの身体の鍛え方が違うようで、その表情には、辛そうな色を微塵にも見せていない。

「さすがだなー。まだまだ余裕?」

「え? いや、私もそろそろ限界だよ」

「ふーん?」

ほんの少し、呼吸を荒げ苦笑する凛のマシンに近付き、スピード設定のボタンを押してやる。

ボタンを押す度に単音の電子音が小さく鳴り、そのつど凛が、俺とスピード表示のモニターを交互に見ながら、慌てだした。

「けっ、圭一っ! わわっ、はっ、はやっ」

スピードアップしたマシンの上で、凛は必死にそのスピードについて行こうとするが、息が乱れ、先程には見られなかった、苦しそうな表情を浮かべる。

今にも泣きだしそうな瞳で、俺を見てくるが……まだ、言って欲しい言葉を聞いていないので、止めてやらない。

今すぐマシンをぶっ壊してでも止めてやりたいと思う程度の罪悪感は、おおいにある。

それでも凛に、言って欲しい。

「けっいっ、もっ、げんかっ」

切羽詰ったその声を聞き、思わず口元がゆるんだ。





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