状況変化
☆
現在、俺達が居る部屋は、二十畳程のコンクリートむき出しの部屋だ。
小さめの丸いテーブルに椅子が二脚のセットが六つ。
リクライニングが出来る一人掛けのソファーが四つ。
入り口近くの壁際に、自動販売機のような物が二台。
“ような物”というのは、お金を入れなくてもボタン一つで好きな飲み物が飲めるからだ。
それから、半畳も無い小さな嵌め殺し窓が三つ。
この部屋の隣は、先程まで凛達がトレーニングをしていた部屋。
ようするにここは、休憩室のような場所であり、俺達は、よくここでのんびりと過ごしている。
「凛く−ん、手合わせしてよー」
秋月は、斉藤に首根っこを掴まれた状態のまま、不貞腐れたように凛を見下ろした。
「……まだ、やるんですか?」
凛は、一応、微笑んではいるが、その声にいつもの元気は無い。
それもそのはず、凛は、秋月と斉藤がこのシェルターに来て以来、朝から晩まで、みっちりと秋月のトレーニングに付き合わされているのだ。
流石の凛も、疲労を感じているようだ。
秋月は、高校卒業後の進路を、凛と同じ会社、【尾崎総合警備保障会社】に就職するつもりらしい。
凛達の仕事を間近で見て、ビビっときたのだそうだ。
「当然!だってさ、凛君、夏休みが終わったら、そうそう会えなくなるだろ?だ・か・ら、今の内に俺が満足するまで付き合って」
秋月の語尾にハートマークでも付いてそうな物言いに、俺の心は、苦いモノに満たされる。
だが、同時に締め付けられるような感覚も俺に襲い掛かってきた。
――夏休みが終われば、凛と会えなくなる。
元々、凛は俺のボディーガードとして、桜山学園に転入してきた。
そしてもう、俺にボディーガードは必要無い。
何故なら、狙われる理由となった問題は解決し、守られる理由が無くなってしまったからだ。
凛は、学生の俺とは違い立派な社会人で……当然の事ながら、次の仕事がある。
また、誰かのボディーガードをするのだろう。
俺を守ってくれたように、凛は全力でクライアントを守るんだろうな。
いつまでも、俺の傍に居てもらえるわけも無く――今までのように、毎日会う事は出来ない。
仕方のない事だという事は判っている。
判ってはいるが、離れたくない。
毎日顔を合わせて、話をして、凛の笑顔を傍で見たい。
と、いうのが、本音であって……
「圭一?どうかした?」
心配そうな凛の顔が、俺の顔を覗きこむ。
きっと、今の俺の顔は沈んだ表情をしているのだろう。
俺は慌てて、笑顔を作り「なんでもないよ」と凛に微笑みかけた――が、凛は、渋い顔で、じっと俺の目を見る。
大きな凛の瞳に俺が映り、その俺は見るからに嘘くさい笑顔を顔に貼り付けていた。
これは、凛が心配するのも無理は無い。
自然と、苦い笑いが浮かぶ。
凛が何かを言おうと口を開き掛けるのと同時に、斉藤が口を開いた。
「忘れる所だった。朔さんから、凛に言付を頼まれていた」
「兄貴から?」
「あぁ、『話があるからミーティングルームに来い』と。次の仕事の話のようだが……」
「……そうですか」
凛は、ちらりと俺を見上げたが、直ぐに斉藤に向き直った。
「判りました。修二先輩有難うございます。じゃ、そういう事なので、秋月先輩、手合わせは、また後ほどに」
「えぇぇー」
「……圭一も、また後でね」
「うん」
俺の返事に、ほんの少し頬を緩め小さく頷くと、凛は、ぶーぶー文句をたれる秋月から逃げるように室内を出て行った。
☆
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