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「若」と、美咲が呆れたように凛に触れていた香山の腕を掴んだ。
「もう、それぐらいで、いいでしょう?」
香山は、美咲に暫らく視線を留めた後「そうだね」と、呟き凛から離れた。
「尾崎君、すまないね」
苦笑する美咲に凛は、どこか呆然とした様子のまま「……いえ」と、首を横に振る。
「ああ、でも、一つだけ」
覗き込むようにして凛と視線を合わせた美咲は、すっと波が引くように笑みを消した。
「“君”は、それで幸せになれるのかい?」
おそらく、俺と同じように美咲も感じたのだろう。
周りの幸せばかりを願う凛の未来には、自分の幸せというものが、組み込まれていない。
凛は美咲から視線を逸らすように俯いた。
「幸せでは、ないかもしれません。でも、私は……いいんです」
「それって、幸せになりたくないって事か?」
俺の問いかけに、凛は俯いたまま小さく頭を左右に振る。
「幸せになれるなら、幸せになりたいと思う。だけど……きっと、これが一番いい選択だとも思うんだ」
コレが一番いい選択?
「スイの長年の夢が叶えられて、私の恩返しという夢も叶う。スイは私にとって、いい友達だし、それなりに楽しく過ごせると思うんだ」
自分の未来を棒に振って、周りの幸せを優先させるのが、一番良い選択?
そんな選択されて、見ているこっちは、まさしく秋月のいう“拷問”そのもだ。
「……なあ、凛」
ピクリと、凛は肩を震わせ、ゆるゆると顔を上げた。
俺は、不安げに揺れる凛の瞳を真っ直ぐに見やる。
本当にそれで良いと思えるなら、もっと堂々と俺を見返せる筈だ。
だが、今の凛は、堂々という言葉とは正反対の表情をしている。
こんな表情をしているのに、どうして、それで良いと言えるんだろう。
「なんでそんなに簡単に諦めるようなこと言うんだよ。自分の未来だろ? 凛は、本当にそれが一番良い方法だと思ってるのか?」
「圭一」
「凛の他人を思いやれる心は、美徳だと思うよ。だけどな、限度があるだろ? 俺なら欲しいものは全て手放さなくていいように最後まで悪足掻きする。望むものが、多く自分の手元に残るように、必死に足掻く。自分も、周りも幸せになれるように、ギリギリまで考えて、行動して、絶対に諦めない」
俺は、凛の手を取り、スイへと視線を滑らせた。
「て、な訳で、俺は俺の幸せの為に、スイに凛は渡さないし、凛もスイに協力なんかで結婚なんて馬鹿げた事はさせない。てか、んなもんは、禁止だ。禁止」
スイに同情する部分はあるし、凛の言い分も判る。
本来なら、それぞれの意志を尊重してあげるのが、いいのかもしれない。
だけど、それは俺が我慢ならないし、何より、こんな状態で決断を下すには、早すぎるような気がする。
まだ、もう少し足掻いてもいいんじゃないかと、思うのだ――いや、足掻いて欲しい。
唖然としたスイを横目に俺は、戸惑う凛の手を強引にひっぱり、胸くそ悪い空間から脱出した。
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