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「……ええ、そうですね。私が貴方の立場だったら全力で阻止しています」

ロンさんは、気が抜け出てしまったかのように、強張らせていた全身の力を抜いた。

そんなロンさんを支えるように、スイが背にそっと手を添える。

青ざめ硬い表情のスイは、ロンさんをゆるりと見上げ、そして再び目を伏せた。

「俺がここに来た理由は、家の……劉家の後継者になる為に、凛に協力を――婚約を申し込むのが目的だったんだ」

圭一や先輩達の視線を感じ、私は自然と俯いてしまった。

「俺は、産まれたその時から、劉家の後継者になる為にと、性別を偽り生きてきた」

「おいおい、産まれた時からって……」

秋月先輩の戸惑ったような声を聞き、スイは自嘲気味に薄く笑った。

「母が、それを望んだんだ。後継者になる確率を少しでも上げる為にと」


スイの母は、劉家当主の愛人達の一人で、特に金銭に強い執着を持った人だった。

目に見える物しか信用出来ず、目に見えない物には価値を見出せないのだ。

そんな母親でも、スイにとっては唯一の肉親で、家族だ。

いつも何処か、満たされない母親を“幸せ”にしてあげたいと、スイは物心ついた頃から既に思っていた。

幼い頃から、まるで子守唄のように聞かされていた母親の願い。

切望している劉家の当主という地位を自分が得られれば、母親は“幸せ”になれる。

そしてそれが、自分の使命なのだとも。

「それに……俺は、産まれた時から周囲を騙してきたんだ。父親も、俺を当主にと支援してくれる人達も全てを。もう、引き返す事は出来ないんだ。俺一人の問題じゃない」

スイは、何かに耐えるように、ぎゅっと拳を握り締めた。

その握りこまれた手をロンさんは、優しく包み込むように握る。

彼女の華奢な肩には、数え切れない重りが伸し掛かっていて、スイは、その重みに潰されないように必死に歯を食いしばって耐えている。

スイが此処まで耐えてこられたのは、今のように、優しくそっと包み込んで守ってくれるロンさんが居たからだ。

「だから、俺は……人の不幸の上に成り立つ幸せだとしても、やめる訳にはいかない」

未だに顔色の優れないスイだが、その黒色の瞳には、強い意志が宿されていた。

「話は判りました。それで、尾崎君はどうするんだい? 婚約……するのか?」

私へと問いかける美咲先輩の声は、普段より少し低く、硬質だ。

圭一や他の先輩も、一様に顔色を曇らせている。

「私は……」

――もしかしたら、彼らは私を軽蔑するかもしれない。

「引き受けるつもりです」

瞠目したスイが目の端に映る。

「ちょっ、凛! 正気か!?」

慌てた様子の圭一が、私の肩を痛いほどに掴んできた。

だけど、圭一と目を合わせる事ができない。

理性で押さえつけている、胸の奥のモヤモヤとしたモノが私をそうさせているのだろう。

「正気だよ。スイとの婚約は、スイにも、尾崎の家にも有益な話だもの」

自分でも、驚くほどに淡々とした声が出た。

「なんだよそれっ! 結婚とかっていうのは、好きになった人と、するもんだろ?」

「確かにそれが、理想だよね」

「だったら!」

「今まで……多くの人が私に親切にしてくれたわ。でもそれはね、私が尾崎の娘だからなんだよ。将来、この先、尾崎の繁栄に繋がるようにと、期待されているからこそ、皆が優しくしてくれる。だから、私はその想いに答えなくちゃいけない」

スイと私は、何処となく似ている。

一族やそれに関わる人達の優しさは、期待という名の無言の重り。

優しくされれば、される程、その分の重りは増えていく。

降り積もった重りは、いつしか下ろす事が出来ないまでに膨れ上がっていた。

「それにね、私は心から、家族に恩返しがしたいって、思っているのよ。沢山の愛情を貰ったから、貰った愛情以上に幸せになって欲しいって……」

「……相変わらずの、自己犠牲論だね」

嘲笑うようにそう言ったのは、香山先輩だ。

軽く腕を組み、顔を少し斜めにして、見下ろすように私を見ている。

「ここまでくると、非常に滑稽だよね。てか、病気だよ」

「若、言い過ぎですよ」

窘める美咲先輩を無視し、香山先輩は私の目前に立った。

そして、怖いくらいに穏やかに微笑み、私の頬に片手を添える。

「君みたいな傲慢な人間を、身の程知らずっていうんだよ」

優しく触れている香山先輩の手は、とても冷たかった。





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あきゅろす。
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