⑥
☆
「いいよ」と、一番に即答したのは、圭一だった。
「凛が言う“共犯者”って、要するに協力して欲しいって事だろ？ だったら、いくらでも協力してやるよ」
そう言って圭一は、大きな目を少し細め、歯を覗かせて笑う。
「僕も協力しますよー」
香山先輩が、口元に弧を描き私にチロリと目をやった。
「なんだかとても楽しそうなニオイがしますからねえ」
獲物を見つけたトラのような笑みを浮かべ、私の後方にいるスイを見やる。
その瞬間、背後で息を呑んだような小さな悲鳴が上がった。
「大丈夫ですよ」と、ロンさんの諭すような声がボソボソと聞こえる。
香山先輩の視線を受けるだけで悲鳴が上がるとは……どうやら、スイの香山先輩に対する恐怖心は、更に倍増されてしまっているようだ。
「香山君、女性をあまり怖がらせてはいけませんよ」
「心外だなあ。そんなつもりは、更々ありませんよー？ 彼女が勝手に怯えているだけじゃないですか」
美咲先輩の窘めに、貼り付けたような笑顔で返す香山先輩を見ていると、なんだか薄ら寒く感じる。
「で、玲も協力しますよね？」
「尾崎君の為ですからね。協力は惜しみませんよ。ね、斉藤君」
斉藤先輩は無言ながらも、しっかりと頭を縦に振った。
そして、返事をしていない最後の一人でもある秋月先輩へと、皆の視線が集まる。
秋月先輩は、満足そうに一つ頷き、普段に見せる笑顔とは別の笑みを浮かべた。
へらへらとした笑みではなく、精悍で、男らしい普通の笑顔。
「流石は凛君。俺達の行動パターンをよく理解しているようだ」
「秋月先輩？」
「もしここで、凛君がこの事を黙っていてくれと言い出していたら、世間にバラシてやろうって、思ってたけど……」
ロンさんとスイは、ギョッとした様子で、私と秋月先輩に交互に見やる。
そんな二人に、秋月先輩は笑みを引っ込め、射抜くような視線を向けた。
「ちゃんと、隠さずに俺達を頼ってくれましたからね。今回は見逃してあげますよ。それから……凛君」
横目で私を見下ろす秋月先輩と目が合う。
何もかも見透かされるのではないかと錯覚しそうな程の強い眼だ。
「言っとくけど俺、少し怒ってるんだからな」
ドクリと冷えた鼓動が、耳に付いた。
「……あ、き月先輩……」
――秋月先輩は、どこまで勘付いているのだろうか。
「凛君はさ、自分を犠牲にし過ぎだよ。もっと、自分を大切にしなきゃ。周りを思いやってるつもりだろうけど、それじゃ、全く思いやれてないよ。知ってる？ 大事な人が、我慢する姿を見てるのって、拷問と同じなんだぞ？」
「それに……」と、言葉を続けて、再びスイ達に口を開いた。
「人の不幸の上に成り立つ幸せなんて、少なくとも俺は欲しくない」
瞠目したスイの瞳は、大きく揺らぎ、そしてゆっくりと目を伏せていく。
秋月先輩の言う事は、理想だ。
現実は、そんなに優しくない。
だけど――ぽんと、頭に置かれた秋月先輩の手は、何故だか酷く……温かく感じる。
「……貴方に、彗蓮の何が判るというのです」
ポツリと、だが硬く鋭い声が、ロンさんから発せられた。
「彗蓮が、どれだけ多くのモノを我慢し！ 犠牲にし！ 計り知れない重責に耐えてきたのか！」
「ロン！」
「貴方に何が判るというのです！！」
「止めろっ！ ロン！」
今にも秋月先輩に掴みかかりそうなロンさんを押しとめるように、スイはロンさんの身体を必死に抱き留める。
私が、秋月先輩を背に庇おうとするより先に、秋月先輩は自らロンさんの目の前にと歩み寄った。
「そんなの判る訳ないじゃないですか」
ピタリと、ロンさんの動きが止まる。
「ですが、ロンさんがスイ君を大切なのだという事は理解できますよ。ロンさんは、凛君よりスイ君の方が大切なんでしょう？ だけど、俺はスイ君より凛君の方が断然大切なんですよ。見す見す凛君が犠牲になるのを黙って見ていられる訳が無いでしょう」
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