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「趣味で、こんな手の込んだ事しないで下さい!!」

怒り心頭の俺に、背後から秋月が「まぁまぁ、落ち着いて」と、声を掛けてきた。

宥めようとしているのだろうが、今の俺には逆効果だ。

あの、いつものヘラヘラ笑いが、俺の怒りのボルテージを更に上げてくる。

「秋月会長も、秋月会長ですよ!! なんだって、こんな事に協力してるんですか!!」

「あはは、ごめんねー。俺も色々と脅されててさー。それに、圭一と添い寝なんて役得だしなーと思っでぇっ」

理解したくない言語を口にし出した秋月の顔面に、俺の枕攻撃、第二段を放ち終えてから、香山を振り返ると不貞腐れた様子で隣に立つ美咲を見上げていた。

美咲の手には、いつの間に手に入れたのか、香山の携帯電話。

「美咲先輩?」

携帯電話を操作していた長く形の良い指が動きを止めたその瞬間、香山が舌打ちを漏らした。

「幸田君。画像は消去しておきました。もう大丈夫ですよ」

にっこりと華やかな笑顔の美咲の背後から後光が差して見える。

救世主様!!

「あ、有難うございます! 美咲先輩!! この御恩は忘れません!」

この、類稀なる美貌の持ち主のお陰で、待ち構えていたかもしれない、不安に駆られながらの生活を回避できたんだ。

「俺、この御恩を返す為にも、これからも美咲先輩に、ずっと付いていきます!」

「これぐらいの事で、大袈裟だよ。気にしないでくれ」

あぁ、そうやって謙遜する姿を見せる所も、神々しい。

「いえ、それでは俺の気が済みません。俺に出来る事があれば、何でも言って下さい!」

「幸田君……有難う」

そう言って微笑む美咲は、思わず手を合わせて拝んでしまいたくなる程、高雅だ。

聖人君子というのは、きっと美咲のような人物を指し示すのかもしれない。

「……玲も大概、いい性格してるよね」

ポツリと、呆れたように呟く香山の声は、美咲に陶酔中の俺には聞こえていなかった。



無機質なコンクリートの壁ではなく、真っ白なクロスが貼られた部屋。

床には赤い薔薇のような色をしたカーペットが一面に敷かれ、その中央には黒色の重厚なダイニングテーブルと十二脚のチェアが存在感を発している。

此処はスイが滞在する間に使用する部屋の内の一部屋だ。

その上座に位置する椅子に座るスイの下へ、兄が歩み寄る。

「では、こちらの書類にサインをお願い致します」

兄に手渡された書類に軽く眼を通したスイは、隣に立つロンさんへ手を伸ばした。

ロンさんは、その手に細工の施された金色の万年筆を差し出す。

洗練された流れるような動作で、書類にスイの名前が記入され――これで、契約は完了した。

スイから書類を受け取った兄は、私と視線を合わせ、一つ頷く。

「後は頼んだぞ」

「はい」

私の返事を聞いて、兄は静かにミーティングルームを後にした。

扉の閉まる音が、室内に響く。

暫らく沈黙が流れていたが、ゆっくりとした口調で、スイが私の名前が呼んだ。

扉へ向けていた身体ごとスイへと振り返る。

スイは此方を向いてはいるが、顔は俯いており、表情までは伺えないが、口を開いては、閉じるといった動作を繰り返しているのが判った。

言葉にする事を戸惑っているようだ。

つまりそれは“あの話”をしようとしていると、言う事なのだろうか。

だとすれば、スイには“迷い”があるのかもしれない。

その“迷い”の原因は、きっと――。

私の視線に気付いたロンさんは、憂いを帯びた微笑を浮かべた。

自らの望みの為に、全てを投げ打って行動を起す。

言葉にするのは簡単だが、実際に行動に起すとなると、そうそう容易く出来る事ではない。

望みとは別に大切なモノがあればある程、それは比例するように尚一層、困難なものへとなる。

大切なモノだからこそ、切り捨てられない、手放したくない――“迷い”が生じる。

それはスイに限らず、私だってそうなのだ。

心地いいこの環境を、仲間を、友人を、出来れば手放したくは無い。

だけど、同じ環境が永遠に続かない事も判っている。

いずれ決断しなくてはいけない時がくる。

理解はできている。

だけど“心”が理解したくないと、我が儘を言うのだ。

スイが、俯いていた顔をゆっくりと上げた。






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あきゅろす。
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