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見えないモノ



突然俯き黙り込んだ圭一の表情が、悲しそうに歪む。

この施設に来てからも、何度か見た事のあるこの表情。

笑って欲しい。そう思うのに、私には、どうすればよいのか判らない。

友人と接する機会が全く無かった故の、経験不足なのだろうか。

今まで、仕事仲間は居たが、友人と呼べる人は私の周りには居なかった。

仕事仲間は、私を尾崎財閥の娘というフィルター越しに見ているので、私もそれなりに振舞わなければならないし……スイも友人と言えば、友人だが、仕事の延長線上の付き合いなので、また少し違う気がする。

友人が落ち込んでいる時の対処法マニュアル――なんてのもないし、どうしたら圭一は微笑んでくれるだろうかと、思案していると、圭一が俯いていた顔を私に向けた。

「スイとの契約が完了したら、凛は俺……達の傍に居られなくなるのか?」

「圭一達の傍に……うーん、スイによるかな。スイが何処までの警護を望むかで、変わってくるからね」

私がそう言えば、圭一の眉間にギュッと皺がより、眉尻が下がる。

これは更に……悲しませた?

「でもまぁ、そんなにべったりとスイに張り付く事には、ならなさそうだけどね」

「え?」

ぱっと、輝くような瞳と、微かに浮かぶ笑みで、圭一が私を見る。

あれ?少し機嫌回復した?

もしかして、圭一の様子がおかしかったのは、コレが原因だったのかな。

だとしたら、素直に嬉しいと思う。

私と一緒に居たいという思いは、私が圭一や皆と一緒に居たいと思う気持ちと同じ。

圭一も私と同じように思ってくれている――それは、想いが通じ合っているという目に見えない証のようなモノ。

触る事も存在を目にする事も出来ないけど、確かにそこにあって、心を暖かいモノで満たしてくれる。

「この施設は要人の警護に使われる建物だからね、セキュリティーは万全だから外部からはそうそう入って来られないし、ロンさんも居るしね」

「……そっか。良かった」

そう言った圭一は、安堵するような微笑を浮かべる。

そして、私と視線が交じり合うと、少し照れたような、人懐っこい笑顔を見せた。

くりっとした大きな目を細め、柔和に上がる口角。

可愛らしい面立ちがより一層、輝きを増す。

あぁ、やっぱり圭一は笑った顔が一番いい。

自分の心の中がじんわりと温まる感じがする。

大切な人達が笑顔であれば、私の心は幸せに満ち溢れる。

これ以上の幸福はない。

「やっと笑ってくれたね」

今日の圭一は、一度も心からの笑顔を見せてくれなかったから。

「圭一の笑った顔、大好きだよ」

自分の心のままに思ったことをそのまま言えば、圭一は真っ赤な顔で口をパクパクと開閉しだした。

鯉の物真似だろうか?

私が首を傾げていると、圭一は大きく息を吐き出し、手元の紙コップに視線を落とす。

そして、ゆるゆると顔を上げ、私を見上げた。

「……俺も、凛の笑顔大好きだ」

――トクリと鼓動がざわついた気がした。

少し頬を赤らめ、優しい笑みでそう言ってくれた圭一に私も微笑む。

「有難う、圭一」

私を尾崎 凛、一個人として見てくれる、数少ない友人。

その中でも、全力で自分の気持ち真正面からぶつけてくれた人は兄貴達を除いて、圭一だけだ。

彼の傍は、兄貴達と居る時のように自然でいられる大切な空間。

そこはとても居心地が良すぎて、離れ難いが……いずれ離れなくてはならない時が来る。

だからその時まで、沢山の想いをこの身に刻みたいと思う。

先の未来、思い出だけで生きていけるように――。





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あきゅろす。
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