A ☆ 「グラス行き渡ったかー?」 秋月は、満面の笑みを浮かべ、俺達を見渡す。 これから、どんちゃん騒ぎが出来るとあってか、よっぽど嬉しいのだろう。 そわそわと身体を揺らし、俺達の手元を確認すると「よしっ!」と満足げに頷いた。 「それではー、皆との再会を祝してぇー、カァンパァーイ!」 意気揚々と声高らかに祝杯を掲げる秋月に続き、俺達もグラスを上げた。 部屋の中央に陣をとった俺達の前には、大人が二人、両手を広げたぐらいの大きさのテーブルに、和、洋、中、色とりどりの料理が、てんこ盛り並んでいる。 どう見ても、六人分の食事の量ではない気がするのだが…… 目前にある俺の座高より少し高い茶色い山は、積みあがった唐揚げだ。 頂上には、日の丸旗が刺さっていて、微かに揺れている。 ……というか、絶対に違うだろ。 「圭一! 今日はお金が掛かるとか遠慮せずに好きなだけ食べてね! 祝い事なんだからお腹いっぱい食べなきゃ! 他に食べたい物があったら追加もできるよ」 もしかして、この大量の料理って―― 「俺の為に?」 凛は、肯定するように、にっこりと微笑んだ。 「あー、圭一の胃は、ブラックホールだもんな。一気に六食分ぐらいペロッと食べるし。よくもまぁ、そんな、可愛いらしい身体に入るよな」 俺の胃がブラックホールなのは、自分でも時々そう思うからいいとして―― 可愛いってなんだよ。 小さいって意味か?そうだよな? 「……小さくて悪かったですね」 秋月を睨み上げるが、俺の怒りは全くといっていい程、伝わっていないらしい。 へらへらと笑み崩れた顔で、俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。 「あれれー? 怒ったの? やだなー、可愛いって誉めてるんじゃないかー」 殴りたい。と、思ったのはコレが初めてではない。 だが、一応、い・ち・お・う、秋月は先輩だ。 しかも生徒会長で、生徒会役員の仲間でもある。 ここで殴り合いの喧嘩なんかしたら、今後の業務に支障をきたすかもしれない。 押さまれー、俺の怒り。 この怒りは、秋月が学園を卒業するその時まで、とっておくんだ! ビバ!お礼参り!! 一人、物騒な自己暗示をかけていると、斉藤の手が俺の背中にやんわりと置かれた。 どうやら、俺の怒りを宥めようとしてくれているらしい。 「有難うございます」と、お礼を言えば「いや」と、無表情にそっけなく返された。 「大丈夫」 「は?」 斉藤の大丈夫の意味が判らず、間抜け面をしていると、苦笑いを浮かべた凛が、補足してくれた。 「圭一は、まだまだ、これから身長が伸びるから、大丈夫だよって、事ですよね?」 凛に問いかけられ、コクリと斉藤が頷く。 最近判った事なのだが、傍から見れば、常に無表情にしか見えない斉藤は、自分では常に笑顔のつもりなのだという。 つまり、感情が乏しいと思われていた斉藤は、無表情の下でも喜怒哀楽はしっかりとあると言うわけだ。 だが、その喜怒哀楽を判断できる人間が少ない。 少なくとも、学園ではそういう人物は見たことがなかった……凛を除いては。 凛も斉藤の感情がなんとなく判るようになったのは、最近のことらしい。 『少しだけだけど、斉藤先輩ってちゃんと感情、顔に出てるんだよね』 とは、ついこの間、凛から聞いた言葉だ。 ――出てるのか? じっと斉藤を見つめてみるが、やはり能面のようで感情の“か”の字も伺えない。 それでも凛には判るのだから、俺とは比べ物にならない観察力を持っているということだろう。 素直に関心すると共に、それだけ、凛は斉藤を観察しているのだと思うと、心のどこかでドロリとした、不快なモノが溢れてくる。 自分の心の狭さに、ほとほと呆れてしまうが、それでも思う気持ちは留まる事を知らないかのように、膨らんでいくばかりだ。 いつの日か、この気持ちが破裂した時、俺はどうなってしまうのだろうか。 ふと、顔を上げれば、皆と楽しそうに談笑する凛が眼に映る。 あの笑顔を……凛を傷つける事だけは……したくない。 ☆ [前へ][次へ] [戻る] |