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「――つまり先刻のは、仕事の一環だったって事……ですか?」

「そうだ」

憮然とした態度の朔が、短く肯定した。

朔の隣の席では、五十嵐がぐったりと机に突っ伏している。

凛と龍巳、ケイトの三人をミーティングルームに残し、俺達は休憩室で先程の経緯と理由について、話し合いが執り行われていた。

龍巳の家、つまりは若林財閥では、尾崎総合警備保障会社の制服から防弾チョッキ等の防具まで生産、開発を請け負っているらしく、凛が着ていたコルセットは唯の下着という訳ではなく、防弾機能も付いたコルセットなのだそうだ。

だが現在は、まだ開発段階の物で、凛は開発の手伝いとして試着を行なっていたらしい。

「パーティ先で女性従業員がスーツ姿やったら、警護の人間やと直ぐにバレるやん? だから、ドレス姿でも警護出来るように、コルセットタイプの防弾チョッキを開発してるんや。胸開きドレス姿が拝めるという、なんとも嬉しい開発やな。ケイト辺りなんか、ええやろなー」

腕を組み、ウンウンと頷く五十嵐に秋月が賛同した。

「あー、いい身体してますもんねー。あのS字ラインとか、男のロマンですよ」

「お、秋月、お前よう判っとるやん!! なんや、お前からは同じ匂いがするわー」

「奇遇ですねー。俺もそんな感じしますよー」

アハハハーと、笑い合う二人に、俺の右隣に座っていた香山が「歩く生殖器がまた増えたか」と、低い声で呟いていたが、俺は聞かなかった事にしようと、平然を装い、首を正面に固定させた。

「――で、尾崎さん、今回の件はどういう事なんだ? 反故された理由を聞きたいのだが?」

俺の左隣から、怒りを抑えたような声が、朔に向けられた。

龍巳に襲い掛かった、スイと呼ばれる男だ。

華奢な体躯だが、俺より十センチ以上、背が高い。

座り組む足も長く、容姿も文句無しに美形。

こんな男が、凛と知り合いだっという事実に、焦りを覚えてしまうのは仕方のない事なのかもしれない。

それでなくても、先輩方で手に余るほどの焦燥を感じているのだ。

平凡な容姿、低めの身長、並みの学力、一般家庭。

どれをとっても、勝るものが無い現実。

それでも、凛を欲するのは、無謀というヤツなのだろうか。

「……理由も何も、この間お話した通りですよ。今回の件は、こちらの都合です。違約金と、凛と同等の能力を持つ代理人も準備させてもらうという事で、劉家御当主と話はついている筈ですが?」

「父が納得しようと、俺は納得が出来ない! 俺が指名したのは、凛だ。凛以外の人間を傍に置くのは嫌だ!」

「そう申されましても、我が社でも優先順位がありますし、凛の次の仕事は、凛にしか出来ない仕事なので、どうする事も出来ません。申し訳ありません。謝罪ならいくらでも致します」

言葉の内容は下手(したて)だが、朔の有無を言わせない雰囲気に、スイはグッと口を詰むんだ。

テーブルにのせられていた手は拳が握られ、形の良い爪が白くなっている。

もしかすると、スイも凛の事を……

「――いつから凛の仕事が始まるんだ?」

「九月からです」

「ならば、それまでで構わない。凛を雇う」

器用に片眉を上げ、朔の細められた目が、スイを捉える。

「凛は、九月まで、この場を動く事が出来ません……」

バンッ!と、机を叩きつける音と振動が、隣から発せられた。

勢いよく立ち上がった反動で、スイが座っていた椅子が、コンクリート床に倒れている。

「だったら! 俺がここで生活をする。それでいいか?」

数秒の静寂が場を支配し、朔の溜息がその静けさを破った。

「……まあ、いいでしょう」

どうやら、この尾崎のシェルターにもう一人、容姿端麗で凛に異様な執着を見せる住人が増える事になったようだ。





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あきゅろす。
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