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◆死灰屠り(完/連)
第二十話
◆◆


「こちらの資料によりますと、胸部にある傷痕の拡大。その傷痕は……」

ファイルに向けていた目を津田に変え、右京は自分の首元から胸にかけて一指し指をスライドさせる。

「死因となった傷と同じ場所にあったようですが、間違いはありませんか?」

津田は神妙な面持ちのまま深く頷いた。

「私が確認した時は、胸元から腰にかけて傷痕がありました。それに……」

目線だけを津田の隣に座る福原に向け、再び右京へと視線を戻す。

「福原も共に確認していますので間違いは無いと思います」

少し青ざめた顔色をした福原が、右京を見たまま小さく頭を上下させた。

田所氏のあの深い裂傷があった箇所には、生前は傷痕が存在したというのは、津田と福原の証言からも事実だと思われる。

と、いう事は、傷痕から肉が裂けて致命傷になった、という事なのだろうか。

にわかには信じ難いが、もしそうなのだとすれば衣服に損傷がなかった理由が判明したことになる。

右京の座る椅子が、僅かに軋んだ音を立てた。

「その傷痕というのは、いつ頃からあったものなのか、ご存知ですか?」

「我々が確認したのは丁度五日前になりますが、田所が言うには、二週間以上も前の事だったようです。最初は腹の辺りに二、三センチの小さな傷痕があったそうで、自分の知らぬ間に怪我でもして傷が残ったのだろうと思っていたようですが……」


傷痕は、日を追う毎に大きくなり、田所が異常だと感じた時には、既に片手を広げた大きさまで拡大していた。

痛みは感じられないものの、もしかしたらコレは、傷痕ではなく皮膚疾患なのではと、皮膚科にも行ったが、結果に異常は見られず、やはりただの傷痕だと診断を下された。

だが、目に見えて確実に拡大する傷痕を前に、医師の診断に安堵できるはずも無い。

田所は、自分を侵蝕するように広がる傷痕と言い知れぬ不安を抱え、同僚でもある津田と福原に相談を持ちかけた。

津田と福原も、不可思議な傷痕に頭を捻るだけだったが、たまたま相談を受けていた居酒屋のテレビで流れた一つのニュースを切っ掛けに、事態は変わった。

顔面を蒼白にしながらテレビを凝視していた田所は、こう呟いたのだ。

『呪いかもしれない』


「そのニュース、どんな内容だったんだ?」

佐々木は、まだ火の付いていないタバコを指に挟んだまま、津田を見下ろした。

津田は、顔だけを佐々木に向ける。

「通り魔殺人の報道です。路上で血を流した会社員の男性が発見されたという」

「それって」

細い目を大きく見開き驚く角田の隣で、佐々木は眉間に深い皺を刻んだ。

「田所は、水沢 孝雄(みずさわ たかお)と知り合いだったのか?」

睨みつけるように見下ろしてくる佐々木に津田は戸惑ったように身を反らせる。

「よ、よくは判りませんが、そのようでした」

知らない名前が佐々木の口から飛び出し、俺は軽く首を傾けた。

「あの、水沢 孝雄っていうのは……」

通り魔殺人事件と、どんな関係があるのかと問いかけようとしたが、それより先に自身の顎に手を添えた右京が答えをくれた。

「五日前、通り魔殺人事件でなくなった被害者だ。田所氏と同じ死因で亡くなった……な。一週間前にも、もう一人同じ死因で亡くなった人がいる」

「で、警察の方では連続通り魔殺人として捜査しているんだけど、どうにも不可思議な事が多くてね。最近では特殊な事件が担当となりつつある佐々木さんが、狩り出されてるって訳よ」

左京は人差し指を左右に揺らしていたが「よくご存知ですねー」と、いう感心した様子の角田に「でしょー」と、指を角田で止める。

「おい、こら、非公開の捜査情報だけならまだしも、何故俺の近情まで知ってやがるんだ?」

右京と津田の間を割るように、佐々木は長机に手を付いた。

眼つきの鋭い両眼が、右京へと刺すように注がれる。

佐々木の眼光は、傍から見ているだけの俺にすら冷や汗をもたらしているのだが、右京は悠然と口元に笑みを浮かべ佐々木を見上げた。

今まで聞こえなかった空調の音が、やけに耳につくような気がする中、二人は互いに見つめ合ったまま微動だにしない。

一時の間、沈黙が降り積もったが、穏やかに微笑むだけの右京をみて、話す気は無いと悟った佐々木は溜息を一つ落とし「話を続けてくれ」と、机から手を離した。


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あきゅろす。
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