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◆死灰屠り(完/連)
第四話
◆◆◆


数十分前の羽柴との沈黙の気まずさより、更に輪を掛けた気まずさに俺は、無意味に何度もハンドルを握りなおしていた。

前方のアスファルトからは、目に見えて、ゆらゆらと揺らめく熱気が確認でき、見ているだけで、自分の周りの気温も上昇していく気がする。

うんざりとした気分で、車を走らせていると、隣で春日が身じろぐ気配がした。

助手席に乗り込んでから一度も口を開かない春日を横目で伺うと、相変わらずの無表情で、わずかに俺から顔を背けるようにして外の景色をぼんやりと見ていた。


他人の告白シーンを見たのは、産まれて初めての経験だった。

ふられた立場の人間の傍も気まずかっただろうが、ふった立場の人間の傍でも気まずいのだと、身をもって体験するとは思いもせず……何をどう話しかければよいのか、さっぱり判らない。

やはりここは、先程の事には触れず、差し障りのない会話をするべきなのだろうか。

だが、モロにみてしまった手前、この事に触れずに他の話をすると、気を遣わせてしまっていると春日が気にするかもしれない。

でも、だからといって、先程の話をするのも春日にとって不快なことかもしれないし……。

堂々巡りな思考がグルグルと渦巻き、思考の渦にのまれていると、小さな溜息が聞こえた。

「気を遣わせる場面を見せてしまったわね。ごめんなさい」

「――あ、いえ」

どうやら、気を遣うどころか、逆に気を遣わせてしまったらしい。

もしかすると、顔に悩んでいた事が出ていたのだろうかと、自分の頬に触れていると、隣の春日が笑った気配がした。

感情表現の乏しい春日のレアな笑顔を拝もうかとも思ったが、笑われたという事実に対し、年上としてのかけなしのプライドがそれを阻止する。

俺は軽く咳払いをし、ふと疑問に思っていたことを口にした。

「……恋人をつくる気はないのですか?」

「ないわ」

即答だった。

この仕事をしている時点で、普通と呼ばれる高校生ではないのは判るが、それでもやはり、年頃の女の子だ。

淡い恋心の一つや二つありそうなものだが――

「今まで、好きな人とか……あ、恋愛感情で、ですが、いなかったのですか?」

「……いなかった……ううん、正直判らない。いたのかもしれないけど」

春日は、僅かに伏せていた目をゆっくりと瞑り、またゆるやかに開く。

「……けど、いたとしても想いを告げる事は、なかったでしょうね」

それは、恐らく、今まで恋愛というものに目を向けなかったという事で、想いを告げる事もないと言い切ったということは、恋愛自体を拒否しているという事なのだろう。

「何故――と、聞いてもよろしいですか?」

「…………私には、先がないのよ」

儚げに苦笑する春日からは、憎しみや、嫌悪感を持っているから恋愛を拒否しているという訳ではなく、はなっから目にかけていない、どちらかというと諦めているといった感じがした。

再び、助手席側の窓へ視線を戻した春日を見て、この話はここで終了なのだという事を悟る。

先がないと言う、その理由は、春日達と俺との狭間にある壁に関係しているのだろう。

ならば、俺には、これ以上は聞けないし、踏み込めない。

それが、この数ヶ月に培った暗黙のルールで、そのルールに従っているからこそ、俺はこの場にいられるのだと本能的に了解している。

春日達が自ら壁を壊さない限り、俺は壁の向こう側へ行く事は出来ないだろう。

だが……実際に壁が壊された時、今の俺に、踏み込む勇気があるのだろうか……。


◆◆◆


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