◆死灰屠り(完/連)
第三話
◆◆◆
老若男女で賑わいをみせる駅の周辺には、送迎の車や、バス、タクシーが、我先にと、ひしめき合っていた。
何台かの強引な車に先を越されつつも、俺の車も何とか、ターミナルに横付けする。
「送ってくれて有難う。気を付けて戻ってね」
「羽柴さんも、お気を付けて」
車の外に降り立った羽柴は、軽く屈み助手席側の窓越しに軽く頷く。
俺に背を向けると、一度も振り返ることなく颯爽と駅の方へと歩いていった。
あっという間に人込みに紛れた羽柴の姿を見失い、俺は一つため息を吐くと、再び車を動かそうとシフトレバーに手を掛けた――が、見知った人物を見つけ、その手を止めた。
モノクロな雑踏の中で、フルカラーのように一際目立って見えるその人物は、紛れもなく春日だ。
高校生である春日は、今日は登校予定のはずだったので、おそらく学校帰りなのだろう。
だとすれば、帰る場所は同じだ。
春日に電話しようと、携帯電話を取り出した時、春日の隣に見慣れない男が立っているのに気付いた。
春日と同じ学校の制服を着ているので、彼も学生のようだ。
風貌は、特記するような所はないのだが、あえていうのなら、よく街中で見かけるような、最近の若者で、春日に楽しそうに話しかけている。
春日はというと、表情は一切変えず、時折何かを言っているようだが、進める足の速度を緩める事なくバスターミナルの方へと歩いていた。
彼氏……なのだろうか?
春日だって、お年頃だ。
高校生なのだし、可愛いいし、美人でもある。
感情をあまり表に出さないので、何を考えているのか判りにくい所はあるものの、根本は優しくて、いつも人の事を気遣う、よい子でもあるのだから、恋人がいてもおかしくはないのだが……だが、なんだろう。
胸の奥から沸き起こってくる、この感情は――。
俺は素早く携帯電話のボタンを押し、春日に電話をした。
携帯電話のコール音が耳元で響く中、俺の視界では春日が自身の携帯電話を手にするのが見えた。
コール音が途切れ、代わって春日の声が聞こえてくる。
『要?どうかした?』
凛とした、よく通る声が、鼓膜を震わした。
耳障りのいい春日の声は、直に聞くのも勿論いいが、電話越しに聞くのも、いいものだと、心の中で噛み締める。
『何かあったの?』と、春日の声が怪訝そうな声に変わったので、俺は慌てて口を開いた。
「あ、いえ、今、丁度、車で駅に居るのですが……」
『そうなの?じゃぁ、乗せてってくれる?』
「勿論ですよ。その為に電話をしたのですから」
辺りを見回していた春日が、俺の車に気付き、こちらに軽く手を振った。
俺も、つられて手を振ると『今から行くね』の言葉を最後に通話が切れる。
足早に人混みをすり抜け、こちらに向かってくる春日の背後に、先程の男子学生も付いてくるのが見えた。
もしかすると、彼も一緒に送ってくれとでも言われるのだろうか。
複雑な心境の中、春日が助手席側のドアの前に来たので、俺は身を乗りだし、ドアを開く。
ドアの隙間から、太陽に照らされ熱をもった空気が、車内に流れ込んできた。
快適な温度に保たれた車の中が、一気に汗が滲み出る不快な温度へと変わっていく。
春日が車に乗り込もうと身を屈めた時、背後にいた男子学生が、春日の肩を掴んだ。
「春日さん、待って」
呼び止められた春日は、屈めていた身体を戻し、ゆっくりと男子学生を見上げる。
「やっぱり、返事は……変わらない?」
俺の位置からは男子学生の表情は見えないが、声からして、真剣なのは判った。
「ごめんなさい。何度言われても、誰とも付き合うつもりはないわ」
春日は、なんの表情も変えず淡々とした口調で男子学生を真っ直ぐに見つめる。
「――そっか、何回もゴメンな。それじゃ……」
微かに震える声でそう言った男子学生は、その場から逃げるように走り去っていった。
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