◆死灰屠り(完/連)
第二話
◆◆◇
車が対向できる程の幅のある砂利が敷かれた道を進むと、洋風レンガと黒い鉄柵で造られた、アーチ状の門が待ち構えている。
門を潜れば、見慣れたアスファルトの一般道だ。
道路に出た瞬間、車のガラス越しに、夏特有の熱光線が、容赦なく俺の顔や腕に浴びせられた。
「流石に外は暑いですね」
俺は、車のクーラーのスイッチを押し、風気口へと手をかざす。
風気口からは、生暖かい風が、手の平を撫でながら吹き出してきた。
「今の季節は、こんなものよ。別館は常に涼しいから、外に出ると余計に暑く感じるんじゃないかしら?」
「確かに、そうかもしれませんね」
この時期の別館は、クーラーを点けなくとも、木々達が天然のクーラーの役割を果たしてくれているらしく、涼しく快適だ。
だが、その分、日中の蝉のオーケストラに悩まされている。
何かを得るためには、何かを我慢しなくてはならないと、いう事なのだろう。
駅は、街の中心にあり、車を走らせるにつれて、徐々に車の数も増えていく。
中心部は、ショッピング街と、オフィス街が入り混じっているので、常に人が絶えることがない。
特に夏場の季節になると、夜中でも若者達で賑わっていたりする。
中心部に程近い住宅街の住人は、この季節になると毎夜、騒音に悩まされているそうだ。
別館を後にして、かれこれ二十分が経過しようとしている。
次第に車の進みが悪くなり、毎度の事ながら、自然と渋滞へと巻き込まれてしまったのだ。
進まない車内では、気まずい沈黙が流れていた。
何故なら、最初の十分程で、あらかた社交的な会話は終えてしまったので、話題がないのだ。
羽柴とは確かに顔見知りだが、今まで会話らしい会話を交わしたことがなく、羽柴という人物像を殆ど、知らない。
知っている事と言えば、彼女が情報班で、“恐らく”春日や右京達と仲が良いという事だけだ。
“恐らく”というのは、実際に仲が良いとは本人達に聞いた事がないので、あくまで推測の域でしかない。
だが、以前に春日が羽柴の事を「楓」と名前を呼び捨てにしていた。
春日が、苗字ではなく名前を呼ぶ人間は、ごく小数だけなので、羽柴には他の一般社員達よりは、幾分、心を開いているは間違いないと思う。
「……小泉君は、どうして本部移動になったの?」
突如として静寂が破られ、羽柴が俺の表情を伺うように見上げてきた。
意志の強そうな双眼が、ひとつ瞬くと、僅かにその眼が細められる。
「違うわね、どうやって本部に入れたの?かしら」
どうやって?とは、どういう事なのだろうか。
質問をしなおした羽柴の真意が判らないまま、俺はハンドルを握りなおした。
「そう言われましても、俺にも、よく判らないのですが……」
「判らない?」
「えぇ。三、四ヶ月ほど前に急に本部移転の辞令がでまして、俺はそれに従ったまでです」
「――じゃぁ、サエや若宮兄弟達とは以前からの知り合いだったとか?」
「いえ、サエ達に初めて会ったのは、移動の辞令が出る少し前ぐらいです。俺が勤めていた支部に、あの三人が来た時に一度だけ」
支部で処理できないと判断された依頼を、一人の心霊班の人間が、周囲の反対を押し切り調査した。
その結果、その捜査員は、生死の危機に晒され、本部の春日達が呼ばれたのだ。
羽柴は、俺から視線を外し、その目を緩やかに流れる街並みへと向けた。
短く揃えられた黒髪が、クーラーの風に小さく揺れ、耳に付けられた、蝶を模ったピアスがチラチラと見え隠れする。
「ですが、何故そのようなことを?」
「……珍しいなと思ってね」
「珍しい……確かに、そうらしいですね」
「成るほど、小泉君も、それは知っているのね」
春日達は、滅多に他人を受け入れない。
表立って拒否している訳では無いのだが、幾重にも見えない壁が、常に張り巡らされている。
俺自身も、寝起きを共にし傍にいるというのに、未だに壁を感じるのだ。
「二年前は、心霊班の本部には十人の術者が居たのよ。多い時で、その倍の二十人」
「二十人……ですか」
羽柴の発言を聞き、俺は少なからず驚いた。
現在の本部には、俺を含めて四人だ。
本部にしては、随分と人員が少ないなとは思ったが……
「現在は、その中の二人が現役で働き、残りの八人は引退。その後、直ぐに、サエが入って、小泉君が補充された。そのままもう少し、補充されるのかと思ったけど、右京さんには、どうやらこれ以上、人員を増やす気はないみたいだし……本部移動の希望者は結構いるみたいなのにね」
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