◆死灰屠り(完/連) 第二十八話 ◆◆ 「アレ、邪魔ね。行って」 裕子が、加奈達が居る方向を指差す。 怪物は、地面を強く蹴ると、まるで重力を感じないとでもいうように、加奈達に向かって空高く跳躍した。 「なんや!?」 加奈の傍に居た四郎は、加奈を守るように背後に匿うと、二本指で空を切る。 その瞬間、空気が振動し、怪物の片腕に一筋の切り傷を負わした。 どうやら、先程の四郎の攻撃は、かまいたちのような衝撃波だったのだろう。 だが、怪物は痛みを感じないのか、気にした様子もなく、犬神の元へ降り立つ。 そして、骨ばった両腕を犬神に向けた。 火花が散るような激しい音が校庭に響く。 「まさか、こいつ……破る気か?」 ここに駆けつけた時、暴れる犬神を右京が結界を張って、押さえていた筈だ。 「つっ!」 右京が、眉間に皺を寄せ、辛そうに眉を顰める。 「四郎さん、その場を離れて下さい!結界がもちません!」 四郎が慌てて、加奈の腕を引き走り出した時、獣の咆哮が赤く染まった校庭に響き渡った。 「ああぁぁっっ!!」 加奈が苦痛に満ちた叫び声を上げる。 「おい、加奈!?」 急に頭を抱え蹲る加奈に、四郎は驚き、加奈の身体を支えるようにして抱き起こした。 「……めて、裕子ちゃん、止めて」 「加奈?」 「私、もうこれ以上、誰も殺したくない」 苦しいのか、声は酷く弱々しいが、その言葉は俺達の耳にしっかりと届いた。 やはり、あの連続殺人は、彼女達の仕業だと言うのだろうか。 「駄目よ、そんな事、私が許さない。勝手に都会に出た加奈を許して、仲間にしてあげたんだから、私の言うことに逆らうんじゃないわよ」 裕子は冷たく言い放つと、ブレザーのポケットから、一枚の紙を出した。 大きさは、俺が使用している呪符とほぼ同じぐらいの大きさで、遠目には、その紙に何が書いてあるのかは判らないが、書かれている文字が、梵字だという事が判った。 「ほら、犬神。命令よ、あの女を殺して」 裕子が、底冷えしそうな声で、そう言った瞬間、持っていた紙が音を立てて発火した。 紙は見る見る真っ黒な灰になる。 犬神は、オオォォンと、地の底から轟くような雄叫びを上げると、真っ赤な自身の目を春日に向けた。 ついで、大蛇も動きを再開し、赤い空を背景に身体を起す。 犬神に気を取られていた春日は、大蛇の長い身体を衝突する寸前でかわした。 突然の攻撃の為、崩れた体勢を整えようとした所に、犬神の黒光りした鋭い爪が、春日に振り下ろされた。 「左京!」 右京のナイフが、犬神が振り下ろす足に突き刺さる。 その隙に、左京が春日の腕を引っ張り、犬神との距離を取った。 黒い靄のような身体は、一旦は霧散するが、やはり直ぐに元の形に戻っていく。 「くそ、このままじゃ……」 このままでは、ただ悪戯に俺達の体力が削られていくだけだ。 最悪な結果が、俺の脳裏をよぎる。 やはり、あの大蛇だけでも浄化させるべきだったのだろうか。 右京の邪魔をしたのは、間違いだったのではないのか? 俺がした事は、皆を危険に晒すだけの選択だったのでは、ないのか? ――また、俺は足手纏いでしかないのか? 情けなさや後悔、焦燥感に苛立ち。 早鐘のような俺の心臓と共に、心に黒いモノがどんどんと増えていくように感じた。 ◆◆ [前へ][次へ] [戻る] |