◆死灰屠り(完/連)
第二十六話
◆◆
家鳴りのような乾いた音が鳴り響き、重苦しい空気が更に重みを増していく。
何かが、俺達に近付いてきているのだと気付くには、殆ど時間は要さなかった。
直径一メートル、長さは五メートル程の、巨大な大蛇のような影が地面を這うようにして、こちらに向かってきたからだ。
蛇のような形をしているにも関わらず、そのスピードは、自動車並みに速い。
禍々しい気を放っている事から、歓迎できる相手では無いのは確実だ。
俺は、左京や、女性達に背を向け、懐から呪符出し、身構える。
だが、巨大な大蛇のような影は、俺達には目もくれず、ある方向に一直線に突き進んだ。
その先に居るのは――
「サエっ!」
俺達から、十メートル程離れた、春日の元へと足を動かすが、大蛇の進むスピードを考えると、到底、間に合わない。
巨大な大蛇の影は、春日を目前にし、その身を空中へと躍らせた。
春日は、後方へ飛びのけながら、刀に変じた蒼焔を大蛇に滑らせる。
刀が触れた箇所の影が霧散するのと同時に、女性の悲鳴が上がった。
「……あれは」
校庭の端で、苦しそうに胸を押さえ立っている女性。
「裕子さん」
先程、辰巳家で会った時と同じ学生服を着て、こちらを睨みつけている。
「ゆう……こ?」
蹲っていた加奈が、顔を上げた。
「お、ようやく正気に戻ったか?」
四郎は、加奈の前に屈み込む。
「俺が誰だか判るか?」
「山瀬の……おじさん」
四郎は「よっしゃ」と、笑うと加奈の頭をポンポンと撫でた。
加奈の正気が戻ったお陰か、結界の中で暴れていた犬神の動きも止まったようだ。
だとすれば、やはりこの犬神は、加奈が使役していると考えていいのだろう。
「……ムカつく」
裕子の怒りを搾り出したような声が、校庭に響いた。
その声に呼応するように、再び大蛇が春日を襲う。
大蛇は身をうねらせ、長い身体を春日に突進させた。
春日は、寸前の所で、軽やかに避ける。
俺が、札に気を溜めながら、春日の元へ駆け寄ろうとした時、「要、手を出さないで!」と、春日が静止の声を上げた。
「右京、左京、四郎さんも、手を出しちゃ駄目」
そう言いながらも、春日は大蛇の攻撃を避け続け、俺達から距離を取るように大蛇を引き付ける。
「……どうして、サエは刀を使わないんだ?」
先程から、春日は攻撃を仕掛ける事はせず、逃げるだけだ。
「アレと、裕子さんは繋がっているのよ」
左京が俺の隣に立ち、細かい細工が施された小刀を抜く。
「え?」
「恐らく、アレを攻撃すれば、彼女の心が傷つく」
右京の手にも、小さなペーパーナイフのようなモノが握られていた。
「じゃぁ、あれは裕子さんが指示しているって事ですか!?」
「そうだ」
俺は、振り返り裕子を確認する。
裕子の目は、既に正気の色をしていなかった。
狂気に満ち溢れ、口元を小さく動かしている事から、何かを呟いているのだろう。
裕子自身からは、霊力等の力は感じないが、負の瘴気が裕子の周囲を渦巻くように取り囲んでいるのが見えた。
隣に居た左京が動く気配がする。
裕子から視線を戻すと、既に左京が春日の居る方向へ走り出していた。
見れば、右京も春日の元へ向かっている。
まさかという思いが、俺の心臓を一際、大きく鼓動させた。
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