◆死灰屠り(完/連)
第二十二話
◆◆
結城氏の病院から、十五分程の場所に、三芳 加奈の自宅はあった。
真っ白な壁に、グレーの屋根。
オーソドックスな一戸建てだ。
だが、建てられて、然程月日は経っていないようで、周囲の年代を感じさせる家々から、加奈の自宅の真新しさが、浮いたように見える。
インターホン越しに四郎が、その家の住人と言葉を交わす後ろで、俺は加奈の自宅の庭先に、犬小屋らしき物ある事に気付いた。
嫌な予感を告げるように、俺の心音が少し早まる。
「お待たせ致しました」
そう言いながら、出てきた女性は、加奈ではなく、加奈の母親だ。
加奈の母親は、洋装の喪服を着ていた。
俺は、ふと、三芳と辰巳は、親戚関係にあると、四郎が言っていたのを思い出し、加奈の母親は、神社で亡くなった辰巳 キヨ子の通夜に出席するのだと推測する。
「忙しい時にすまんな」
四郎の言葉に、加奈の母親は「いえ」と軽く首を振った。
「加奈でしたら、今、家に居ないみたいで……。今日は、忙しくなるから家に居ろと言っていたのですが」
加奈の母親は、溜息混じりに「どこに行ったのやら」と、肩を落とす。
「そうか……行き先とかは、知らんか?」
「多分、裕子ちゃんの所かしら?でも、今日は、裕子ちゃんも忙しい筈だし……、ほら、キヨ子さんが亡くなられたでしょ?十七時から、御通夜があるので、私も手伝いに行かなきゃいけないんですよ」
「あぁ、俺も通夜には顔を出すつもりや。ところで、加奈と裕子は仲がええんか?」
「えぇ、こっちに戻ってからは、よく裕子ちゃんと遊んでいるみたいで……他にも何人かお友達も一緒に」
四郎は「そうか」と頷く。
「犬を……飼われているのですか?」
右京が、庭先にある犬小屋を見つめ、その視線を加奈の母親に移した。
加奈の母親は、一瞬戸惑った表情を浮かべたが、苦笑いを浮かべ頷く。
「……えぇ。でも、一ヶ月ぐらい前から行方不明でして」
一ヶ月前……つまりは、事件前には、居なくなった事になる。
犬神を創る準備期間を入れれば、頃合はぴったりだ。
「行方不明ですか。それは心配ですね……どんな犬なのですか?」
「黒毛の雑種です。名前はそのまま“クロ”っていいます……加奈が、とても可愛がっていたのですが」
心痛を表すかの様に、加奈の母親は目を伏せた。
「そうですか。では、それらしい犬を見つけたら、連絡させてもらいますね」
右京の微笑みに、加奈の母親は「ご親切にどうも」と、頭を下げた。
住宅街の中だけあってか、ちらほらと村人の姿が確認できる。
そして、確認できる殆どの村人が、喪服を着ていた。
どうやら、皆、辰巳家の手伝いに向かうようだ。
辰巳家は、この村の多くの土地を持つ地主で、所謂、長的な家柄なのだそうだ。
大きな葬儀になるだろうと、四郎は言う。
加奈の母親も、そろそろ、辰巳の家に手伝いに行かなくてはならないと、足早に辰巳家に向かった。
「さて、俺も通夜の準備をせなあかんのやが……お前達はどうする?」
四郎の問いかけに、俺達は、一斉に右京に視線を集めた。
腕を組み、眉間に皺を寄せる事、数秒、右京の口が開く。
「我々も、出席します」
「そうね。もしかしたら、彼女も通夜に姿を見せるかもしれないし、それに裕子ちゃんにも話を聞きたいわね」
俺にも、春日にも否定する理由はなく、俺達は、辰巳家の通夜に向かう事に決めた。
備え付けのクローゼットの鏡に、憂鬱そうな自分の顔を映しながら、黒いネクタイを締める。
いつも思うのだが、やはり、黒いネクタイを締めるのは、気持ちの良いものじゃない。
黒のネクタイを締めるという行為が、不幸事がおきた家庭の下へ行く為の準備だということ事態が、気分を重くするのだ。
「加奈ちゃん、大丈夫かしら」
左京も、俺と同様、黒いネクタイを締めながら、呟く。
あの木箱に入っていたのも、行方不明中の三芳家で飼われていた犬“クロ”と同じ、黒毛の犬だった。
犬神となる犬は、術者の飼い犬で創られると言われている。
クロが、犬神の本体ならば、今までの状況を踏まえると、加奈がこの事件に関与している可能性が高い。
四郎への……拝み屋への相談事とは、犬神関連の内容だったのかもしれない。
「心配……ですよね。相談に来たって事は、何か困った事態になったから、なのかもしれませんし」
“手遅れ”とういう事態にならなければ、よいのだが……
隣室との狭間の障子が開き、学生服に身を包んだ春日が、顔を覗かせる。
「準備が出来たら、玄関に集まってくれって。私、先に行くわね」
俺と左京の了承の返事を聞いた春日は、さっさと離れを出て行った。
紺色のブレザーに、群青色を基調としたチェック柄のスカート。
臙脂色のリボンにベージュ色のベスト。
黒のハイソックスに、黒の革靴。
基本的に仕事時は、私服なのであまり気にはならないのだが、こうやって学生服姿を見ると、改めて子供なのだと思う。
「……サエも、彼女達と同じ高校生なのですよね」
「そうよ。出来れば、普通の学生生活を送らせてあげたかったけど……」
右京も、俺と同様、春日の後姿を見送る。
「……サエちゃんが、自分で決めた事だから」
そう言った左京は、酷く悲しげに微笑んだ。
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