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◆死灰屠り(完/連)
第十九話
◆◆



「また、厄介そうな物を持ち込みやがって……」

嫌そうな声と同じ様に、しかめっ面をした結城が、椅子に座ったまま、こちらを振り返った。

相変わらず、部屋の中央に置かれた三つの机の上は、本や書類が乱雑に積みあけられ、微妙なバランスを保ちながら、その高さを維持している。

「まぁまぁ、そない嫌そうな顔すんなや」

四郎は、豪快に笑い声を上げ、左京から木箱を受け取ると、結城に見せるように木箱をつきだした。

「ちょちょいっと、コイツの中身調べてくれや」

「俺は便利屋じゃないぞ」

結城は呆れた目を四郎に向け、大きくため息を一つ吐く。

「鬼や蛇からは、きっちり守ってくれよ?」

四郎は「当然や」と、二カッと笑って見せた。



暖かな日の光が降り注ぐ中、結城が経営する病院の入り口近くに設置された、木製の古びたベンチに腰を下ろした。

先程の山道を全力疾走した疲れが、どっしりと俺の身体に伸し掛かってくるように感じる。

今、直ぐにでも布団に入って眠りたい心境だが、いつあの犬の形をした大きな影が襲ってくるか分からない。

まだ、気は抜けない。

俺が、疲れを振り払うように、大きく伸びをしていると、金属の軋む音が近くから聞こえてきた。

振り返れば、四郎が片手に紙コップを二つ持ち、病院の両開きのドアを押し開いている所だった。

「よう、お疲れさん。コーヒーでよかったか?」

俺はあわてて、ベンチから立ち上がり、お礼を述べる。

四郎は少し驚いた表情を見せたが、直ぐに肩を揺らして笑う。

「要は真面目やなぁ。こないな爺さんに固くなる必要はないで?気楽にしいや」

コーヒーを俺に手渡すと、四郎はドカリとベンチに腰を落ち着けた。

俺は、再度お礼を言い、おずおずと四郎の隣に座る。

「四郎さんは、結城さんの傍に居なくてよかったのですか?」

「あぁ、大丈夫やろ。俺の力はどちらかと言うと、攻撃に向いた力やからな。そう考えると、結城を守るなら、右京や左京の方が適任や。いざって時は、姫さんも居るし安心やろ」

そう言うと、四郎は紙コップのコーヒーを啜った。

俺も、四郎に倣うように、紙コップに口を付ける。

コーヒーの香りが鼻を擽り、香ばしい苦味と甘味の混じった液体が体内に入っていく。

「本部の仕事はどないや?配属されて、そんなに月日が経ってないんやろ?」

「えぇ、ようやく三ヶ月が過ぎたぐらいですね」

「そうか。そしたら、少し慣れてきたって、ところか」

四郎はまた一口コーヒーを飲み、ゆっくりと口を開いた。

「本部勤務は、正直、結構きついやろ?」

俺は、軽く目を見開き、隣に座る四郎に視線を向ける。

四郎は、俺に視線を向ける訳でもなく、目の前に広がる田んぼを眺めていた。

「……そうですね。お陰で、皆には迷惑をかけてばかりで……」

手元のコーヒーには、小さく揺れる茶色い水面に俺の情けない顔が映し出されている。

歴然とした力の差。

いつも助けられてばかりだ。

支部で勤務していた時は、こんな俺でも多少は仲間の力になることが出来た。

だが、あの日、サエの為に出来る事が、サエの負担にならぬように自らが逃げ出す事しかなかった。

情けなさと、悔しさ。

皆に対する劣等感。

今まで、自分の能力が消えれば良いとは思ったことはあるが、もっと強い能力が欲しいなんて思いもしなかった……

「……俺は、ここに居てもいいのでしょうか」

ぐるぐると、俺の内で、黒くて不快なモノが渦巻く。

そんな自分自身に酷く嫌悪する。

「姫さんと、右京と左京。あの三人の繋がりは強い。あまりの強さに、他者を寄せ付けへんぐらいにな」

四郎は、「よっこらせ」とベンチから立ち上がり、雲ひとつ無い空を眩しそうに見上げた。

「あいつらは、必要ない人間は受け入れんよ。まず、傍に置こうとしない。あいつらは、要の傍にいるだろう?」

「……はい」

落ち込んだ時、傷ついた時、どんな時だって、サエも右京も左京も俺の傍に居てくれた。

「ですが、俺は彼らの傍に居るには……力が無さ過ぎる。俺は、いつも足手まといにしかならない」

「そりゃぁ、比較する連中が間違っとんで」

四郎は、くっくっと笑うと俺を見据えた。

「姫さん達は別格や。あれの力は人が手に出来る力やない」

「それは、どういう……」

ふと、あの日の出来事が脳裏に浮かんだ。

蒼焔の青い身体ではなく、燃え盛る炎のような……

「――紅い獣」

「紅焔を見たんか」

「四郎さんも知っているんですか?」

四郎は「まぁな」と呟き、居心地悪そうに俺から視線を外す。

「……紅焔はな、本来、人が持てる力やないんや。俺の口からは、これ以上は話せへんが……要ならその内、知る事となるかもしれへんな」

春日達には、俺の入り込めない領域がある。

それは、以前から感じていた事だ。

聞いてみようかと思った事もあったが、結局は聞かず仕舞いだった。

聞いてしまえば、何かが壊れそうで恐いのだ。

「――まぁ、人として、要は十分な能力を持った人間や。気にすんなや」

四郎の手が、気合を入れるが如く、力強く俺の背中に打ち付けられる。

余りの勢いに、手に持っていた紙コップからは、コーヒーが勢いよく零れた。



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