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◆死灰屠り(完/連)
第十八話
◆◆


小さな風が脇を駆け抜け、草木のざわめきと共に後方から射すような青白い光が、目の前に一気に広がる。

「――っ、サエ!?」

俺は走っていた足に急ブレーキをかけ、背後を振り返った。

その途端、冷えきった風が、俺の身体を押し退けるように吹きつける。

俺は咄嗟に風を両腕で顔面をカバーしながら、青白い光が舞う中心を見据えた。

春日の繊細な手に握られた、青白い光と焔を纏った刀が、無数の弧を空中に描き、黒い影を霧散させる。

霧散させた影は瞬時に巨大な犬の形に戻ろうとするが、形作る前に、春日の振るう刀に再度散り散りになった。

「サエちゃん離れて!」

左京の言葉に、春日は瞬時にその場から飛び退ける。

その瞬間、軽い金属音がぶつかりあったような、甲高い音が周囲に響き渡った。

「この音は……」

俺は、音の出所であろう人物に視線を向ける。

案の定、悠然と立ち、印を結んだ右京の手元には、淡い緑の光が燈っていた。

――やはり結界だ。

恐らく、春日が黒い影を攻撃している隙に……。

回りの木々を見れば、右京の手元で光っている光と同じ光を放つ小刀が、黒い影を中心とした四方に刺さっている。

「今の内に行くわよ」

春日の凛とした涼やかな声と共に、俺達は再び足を走らせた。

高低差の激しい獣道の所為で、足の筋肉が悲鳴を上げ始めている。

それでも、気力で走り続け、数メートル先に、現在、走っている獣道よりかは、幾分、踏みならされた山道が見えてきた。

「あれ?」

「どうかしたの?」

隣を走っていた春日の上気した端正な顔が、俺に向けられる。

「あ、いえ……なんでもありません」

目の端に小さな黒い影が走って行くのが見えたような気がしたのだが……何かの気配を感じたという訳でもないし、気のせいだろう。

俺は一人納得し、セメントを塗り固められたような重さを感じる足を懸命に動かした。



森の入り口付近まで来ると、来た時と同じ清涼な空気と小鳥のさえずりが俺達を迎えてくれた。

その清らかな空間に、俺達の荒い呼吸音が混じる。

山道を全力疾走したお陰か、流石に誰も言葉を発しない。

俺と同様、皆、肺に酸素を送る事に必死なのだろう。

暫しの沈黙の後、右京が驚いたように山の入り口に視線を向けた。

「右京?どうかしたの?」

右京の変化に気付いた左京が怪訝な声で問いかける。

「破られた」

低く、硬い声で右京が呟く。

「破られたって……もしかして結界……ですか?」

まさかという思いが俺の胸を巡る中、返ってきた返事は「ああ」と、いう簡潔な言葉だった。

「おいおい、せやったらさっきの奴、また追いかけて来るんちゃうんか!?」

四郎はギョッとしながら、周囲を見渡す。

「……多分、それは大丈夫」

静かな声でそう言った春日は、ゆっくりと俺達を見た。

先程まで春日の傍らに居た蒼焔の姿が、いつの間にか消えている。

それは、春日を害するモノはやってこないという事だ。

「だけど、さっきの結界って……」

心配そうに右京を見る左京の肩に、右京が軽く触れる。

「あぁ、普段より強固な結界だったんだがな……、しかも内からは破れない結界だったのだが」

右京は考え込むように腕を組み、眉間に深く皺を寄せた。

「右京の結界を破るとなると、敵さん、よっぽどの力を持っているって事か……厄介やな」

四郎は、げんなりした表情を浮かべ、天を仰ぐ。

心霊班を統括している右京の術を破る敵。

いくら本部勤務の俺とはいえ、右京さんの力には到底及ばないのが現状だ。

また、俺は……足手まといになるのか?

脳裏に、忌々しい記憶が蘇る。

鬱々とした気分とは裏腹に、天上には透き通るような青い空が一面に広がり、清澄な風が優しく吹きぬけていった。



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