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◆死灰屠り(完/連)
第十六話
◆◆



土壁を掘っただけの洞穴。

左京さんは、祠かもしれないと言ったが……神仏を祀る祠にしては、粗末過ぎる気もする。

だが、もし墓なら、土壁を掘って、さらにその下の地面を掘るなどという事は、あまりしないだろう。

墓としては、地面を掘って盛り土をするのが、一般的だ。

だとすれば、やはり祠なのだろうか……それとも、もっと他のモノなのだろうか。

鳥の鳴き声一つしない静寂の中、地面を掘り起こす音だけが辺りに響き、依然、煙のような靄が俺達の周りを取り囲んでいた。

白い皿と、鈍い銀色の光沢をしたボールが、地面を掘り進める度に、獣の死体のような腐敗臭が更に濃度を強めて周囲に立ち込める。

既に、今、俺が居る場所でも辛いぐらいの臭気となり始めていた。

「なんやねん、この臭い」

四郎は嫌悪感丸出しに「たまらんわ」と、口にすると、ボールを脇に置き、俺達の方へ避難してきた。

「四郎さん、ずるいわよー」

そそくさと逃げた四郎の背に、左京が非難の声を上げた。

これ程強い臭気だと、流石に四郎達にも臭ったようだ。

「なに言うてんねん。老人は労るもんやで」

四郎は左京に振り返りもせず、ヒラヒラと手を振る。

どうやら、もう土掘りはしないと決めたようだ。

「おまえらが言うてた臭いってこれかいな」

「多分そうです」

俺は、気休めに袖元で鼻を覆いながら、一つ頷く。

「これは、ホンマ、きっついな」

四郎は苦笑を浮かべ、タバコを取り出すと、煙を燻らせた。

「あっ、出てきたわよ」

左京が、そう言った瞬間、辺りの空気が急速に冷え始めた。

風が吹いている様子は無いのにも関わらず、ザワザワと葉擦れのような音が、周囲を取り巻き、音が増幅するかのように徐々に大きくなる。

「来たか」

右京は短くそう言うと、持っていた三本の小刀を構えた。

それに習い、俺も懐から札を出す。

『うおおぉぉん』と、風のような、獣の咆哮のような音が聞こえたかと思うと、何処からともなく黒い影が、左京に襲い掛かった。

火花が散ったような音と共に、その黒い影は左京の目前で弾かれる。

「左京、無事か」

右京の手からは、三本あった小刀が一本消えていた。

黒い影が左京に衝突する前に、右京が小刀を放って結界を張ったのだろう。

「大丈夫よ。に、しても、もしかしたらとは思ったけど……」

左京は、黒い影を見据え、軽く目を細める。

黒い影は、唸り声を上げながら禍々しい程の赤い目を左京に向けていた。

「これって……犬……ですか?」

俺は、呆然とその黒い影を見る。

その容貌は、確かに犬に似ているが、明らかに“犬”というサイズではない。

「成る程な、どうりで歯形が大きい訳や」

四郎は、タバコを銜えたまま、自身の頭を掻いた。

犬に似たそれは、形状は犬そのものだが、四肢を地に着いた状態で、俺の胸元程の背丈がある。

頭部だけで、三トントラックのハンドル並だ。

立ち上がれば、三メートルはゆうに超えるだろう。

監察医である結城は、被害者達は“成獣したライオンより大きな獣の牙”で殺されたと言っていた。

恐らくは、この犬のような黒い影が、四人の人間を殺した犯人なのだろう。

黒い影は、空気がビリビリと震える程の遠吠えをすると、再度、左京に飛び掛かった。

しかし、先ほど右京に張られた結界にまたもや阻まれ、弾かれる。

それでも、黒い影は素早く体制を整え、再び左京に襲いかかった。

左京に触れる瞬間、白い光が勢いよく黒い影にぶつかる。

白い光が、衝突した部分の影を霧散させた。

だが、黒い影は何事もなかったように、瞬時に元の形に戻る。

「ありゃー、効いてへんなぁ」

切迫した状況の中、のんびりとした様子の四郎が、火の点いたタバコを胸元の前にかざす。

そして、素早く宙を切るように左から右へ、上から下へとタバコを動かし始めた。

「悪魔降伏(あくまこうふく)、怨敵退散(おんてきたいさん)」

タバコの先に燈った火の光と細い煙が舞う。

「七難速滅(しちなんそくめつ)、七復速生秘(しちふくそくしょうひ)」

四郎が言い終わると、和太鼓を力いっぱい叩いた時に生じる振動に似た衝撃が、俺の体を通り抜けた。



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あきゅろす。
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