◆死灰屠り(完/連)
第十五話
◆◆
「この穴……何でしょう?」
俺はもっとよく見ようと、穴の方へ近付こうと足を踏み出した。
すると、今までで一番、濃く絡みつくような臭気が、俺の鼻腔を襲った。
余りにも強烈な臭いに吐き気を催すが、なんとか堪え、スーツの袖口で鼻元をガードしてみる。
だが、霊臭だけあって、臭気の濃度は変わらないようだ。
俺は堪らず、急いでその場から後退さる。
後退さった場所に、春日も眉間に皺を寄せながら、パーカーの袖元で鼻元を覆っていた。
恐らく、春日もこの臭いに苦しいのだろう。
そんな俺達をよそに、他の三人は穴の周辺にしゃがみこみ、内部を探っているようだった。
やはり、あの三人には、この臭いは感じられないようだ。
「皿の上に載っているのは、何かの食べ物か?」
右京は、子バエが舞う皿を持ち上げ、穴の外へ出す。
子バエは、よほど皿の上にある物がお気に入りなのか、一旦は皿から離れたものの、直ぐに皿の上に戻り、喜びの羽音を奏で始めた。
皿の上で無数に飛び回る子バエを、左京は片手を振り払いながら皿に載っている物を観察する。
「生臭くて、微かに甘い臭いも混じっている……断言は出来ないけど、何かのお肉じゃないかしら?お肉が腐ると、確かこんな臭いだったと思うわ」
「だとしたら、こんな辺鄙な所に肉、飾っとんのか?」
四郎は、呆れたような表情を浮かべ、土壁に掘られた穴を見る。
「花や菓子とかやったら、祠かとも思ったんやけどなぁ。肉は普通、供えんやろうし」
「じゃぁ、お墓かしら?ペットとかのお墓だったら、好物のお肉を供え……」
左京は、話の途中で口を閉ざし、再びゆっくりと口を開いた。
「いえ、もしかしたら……祠かも知れないわ」
祠(ほこら)とは神仏を祀る小さな社の事をいう。
道端などで、木製の小さな社の中にお地蔵様やお稲荷様が祀られている様は、多くの人が一度は目にした事があるだろう。
祀られる神仏は、恩恵を願う為の祠や、荒ぶる神を静める為の祠など様々だが、どれも、その土地に根付いた昔話、迷信などに因んで祀られる事が多い。
「祠かも知れないって、どういう事ですか?」
左京達と、三メートル程離れているので、俺は、心なし大きな声で問いかける。
左京は俺達に振り返り「確証はないんだけど」と、苦笑しながら、再び穴の方へ視線を向けた。
「とりあず、掘ってみましょうか」
「掘るって、何を掘るんや?」
あっけにとられた顔の四郎の視線を受け、左京は優美に微笑んでみせた。
そして、穴の方へ、形の良い指で示す。
「穴の下の地面よ」
左京はそう言うと、穴の前に屈み込み、地面に置かれた小さなテーブルやボールを穴の外へ移動させ始めた。
「……地面って事は、もしアレが墓やったら、死体とご対面やんか」
四郎は、大きなため息を吐き、左京の隣に座ると、左京はボールを、四郎は子バエが集っていた皿で地面の穴を掘り始めた。
右京は穴を掘る四郎達の背後に立ち、その右手には手の平に収まる程の大きさの小刀が三本、指の間に挟み、銀色の鈍い光を放っている。
もし、‘何か’が起こった時に素早く対応できるようにする為だ。
酷い霊臭の為、穴の近くに寄れない俺は、隣で腕組みしながら左京達を見ている春日を横目に見る。
俺の視線に気付いたのか、人形のように無表情で整った顔をこちらに向けた。
「要、直ぐに動けるようにしておいて」
そう言った、春日の脇には、いつの間にか青白い炎を纏った蒼焔の姿があった。
「もしかして、何か起きるんですか?」
春日は「判らない」と、視線を左京達に戻す。
「だけど、蒼焔がこうやって姿を現したって事は……」
青白い炎のような輪郭の無い体に、一層に映える真紅の目。
ルビーのようなその目は、真っ直ぐに右京達に向けられている。
蒼焔は、春日の身に危険が迫ったときに姿を現すという。
俺自身も、蒼焔の姿を見るのは、いつもなにかしら危機的状況時ばかりだ。
式神のように、使役するモノであれば、術者の命令がないと動く事はないが、蒼焔は、命令がなくとも自らの意思で動くのだ。
それはいつも、春日の身を危険から守る為。
つまりは、蒼焔が自ら現れたという事は、これから危険な事起こるという事でもある。
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