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◆死灰屠り(完/連)
第十四話
◆◆

突如、俺を取り巻く空気に微かに嫌な気が混じり、緩めの水あめが肌を流れていくような感覚が襲った。

「空気が……変わった?」

俺の呟きに、一斉に皆の視線が集まる。

「何か居るんか?」

四郎の問いに、俺は「判りません」と、首を横に振った。

何かの気配を感じるという訳ではない。

だが、先程までとは全く異なる空気が、俺の身体にねっとりと絡みつくように纏わり付いてくるのは確かだ。

周囲に目を向けると、青々と茂っていた葉や草が、徐々に薄い煙がたち込めたかの様に色褪せていく。

そして、俺達が歩いていた山道から外れた方向。

ツツジの様な低木が茂る方向に一際濃い煙の様なモノが渦を巻き、こちらに流れてくるのが見えた。

俺は渦巻く中心部に指を差す。

「どうやら、あちらの方向に何かあるみたいですね」

「あっちって……道が無いわねえ」

左京は、ため息混じりにそう言うと、右京に‘どうする?’と問いかけるように視線をやった。

「行ってみるしかないだろ」

迷いも躊躇も見せず言い放つと、右京は足を進める。

右京の後を追うように、俺達も踏みならされていない地面に足を入れた。

胸元まで伸びる低木を掻き分けながら突進んで行く度に、白っぽい煙の様なモノだったのが、空気の密度が増していくかのように、黒い煙のようなモノへと変化していく。

道なき道を百メートル程進んだところで、昨夜嗅いだ臭いが、再び俺の嗅覚を刺激しだした。

「――この臭い」

「もしかして、この臭いって昨日言っていた?」

俺の真後ろを歩いていた春日の言葉に肩越しに頷く。

昨夜、深夜の境内で出会った、三芳 加奈から発していた臭い。

――獣の臭いだ。

「ええ、そうです。サエも感じるんですか?」

「微かにだけど、ね。確かに獣の……死体が腐ったような臭いだわ」

「あら、私は何も臭わないのだけど」

春日の背後を歩いていた、左京が鼻をスンスンと鳴らしながら、周囲に視線を這わした。

先頭を歩く右京は、進む速度を少し落とし、俺達がいる背後に振り返る。

「四郎さんはどうです?何か臭いますか?」

「いや、なーんも」

右京は「そうですか」と、頷き、視線を進む先に戻した。

「俺も臭いは感じません。感受性の高い要と、サエだけが臭いを感じるというのならば……これは、霊臭なのかもしれませんね」

「成る程。霊やあやかしが、発する臭いってヤツか」

四郎はそう言うと、不機嫌そうにガシガシと頭を掻く。

“霊臭(れいしゅう)”言葉の通り、この世のものでないモノから発せられる臭いの事をいう。

一説によれば霊臭は、生ゴミの腐った臭い、又はドブの臭いなどがするといわれているが、定かではない。

中には、線香の匂いがした、香水の匂いがした、病院の匂いがした、など様々な報告があったりするからだ。

だとすれば、この獣の臭いも霊臭と言えるだろう。

「この臭いが霊臭なのだとしたら、やはり今回の事件は……」

俺の言葉に続き、左京がため息交じりに口を開いた。

「私達の管轄決定って事になるわねぇ」

「……なんだ、あれは?」

突然、前方から右京の訝しげな声が耳に入ってきた。

「どうかしたんですか?」

俺は、急いで立ち止まっている右京の隣に立つ。

そこには、土壁の側面が掘られ、幼児が納まりそうなぐらいの大きさの出口の無いトンネルのような穴が開いていた。

中には、両方の手の平を広げた程の足の低い長方形のテーブル、その上には白い皿が置いてあり、その隣には、鈍い光沢の直径六センチ程のボール。


皿の上には、濃い灰色の物が載っており、小バエが歓喜する様に集っていた。




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