◆死灰屠り(完/連)
第十三話
◆◆
歩を進める度に土を踏みしめる音が耳に付き、土や草木の濃厚な香りが肺に進入する。
朝の日の光を受け、葉と葉の隙間から褐色の地面に光が零れ落ちていた。
「えーと、丁度、あの辺りね」
左京は、ファイリングされた書類を片手に、地面を指差す。
そこは、第三の被害者となった、警察官の山崎 澄人が倒れていた場所だ。
木々に囲まれ、山へ続く細い道が蛇行しながら森の奥深くまで続いているここは、山への入り口の一つなのだという。
昨夜の約束通り、朝靄が立ち込める早朝から警察官が四郎の自宅を訪ねてきた。
辰巳 キヨ子が握っていた、千切られた札のような紙切れを持ってきてもらったのだ。
左京の見解では、梵字を見る限り‘何かの成就を願う札なのかもしれない’という事だった。
梵字とは、古代インドの文字として発展したもので、六世紀半ば仏教を通じて中国から日本に入ってきた文字だ。
梵字自体に霊力が宿っていると信じられている事から主に、呪札やお守り、卒塔婆等に用いられている。
だが、呪術に使用されるモノなのか、一般的なお守りのようなモノなのか、結局、判別は付かず、手掛りとはならなかった。
手掛りを失い、このまま振り出しに戻るのかとも思われたが、訪れた警察官からある情報を得る事ができた。
それが、今ここに俺達が居る理由だ。
「山崎さんは、ここで何をしていたのかしらねぇ」
左京は、周囲をグルリと見渡し首を傾げた。
第三の被害者となった警察官の山崎 澄人が殺害される前日、同僚の警察官が、山崎がこの森に入って行く所を目撃したそうだ。
つまり山崎は、連日ここに訪れたという事になる。
「単純に考えれば、何かを探していたって所でしょうが……」
辺りは、鬱蒼と木々が生い茂り、小鳥の甲高い鳴き声が響くばかりで、これといって何もない。
「とりあえず、少し中に入ってみる?」
春日は、朝日に照らし出された優美な指先を山道へ指し示した。
爽やかな日の光、清涼な空気、今回の事件がなければ、気持ちのよい散歩になっただろう。
だが、心霊班四人と依頼人である四郎は、早朝散歩を堪能出来る筈もなく、黙々と地面を踏み進めていく。
「しかしキヨさんは、なんであんなもん握ってはったんやろうなぁ」
先頭を歩く四郎が、ガシガシと頭を掻きながら唸った。
そんな四郎に、ファイルの背で肩を叩いていた左京が口を開く。
「あぁ、お札ね。そうよねー、しかも千切られていたしねぇ」
「警察も言っていたが、あの切れ端は明らかに誰かが意図的に千切った物だ。だとすれば、アレは大きな手掛りだったのかもしれないのだが、な……」
右京は軽く腕を組み、眉間に皺を刻んだ。
俺の隣で、静観していた春日が、ポツリと呟くように声を発した。
「キヨ子さんは何故、神社にいたのかしら」
「そうですね、確かに……」
監察医である結城の話だと、あの時点で死後ニ、三時間しか経っていなかったという話だ。
俺達が駆けつけた時間は、二十二時を既に回っていた。
つまり、十九時頃には亡くなっていた事になる。
十九時と言えば、既に日が暮れている時間だ。
街とは違い、この村には街灯が殆んど無い。
暗闇の中、わざわざ神社まで何をしに行っていたのだろう。
神社に忘れ物でもして取りに行ったのだろうか。
それとも……
「四郎さん、神社ではお札を配ったり、販売したりしているんですか?」
「いや、してない筈やで。そもそもあの神社は無人やしな」
「そうですか……だとすれば、あの札はキヨ子さん自身が持ってきたって事に」
俺がそこまで言った時だった、穏やかだった空気がザワリと揺れた。
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