◆死灰屠り(完/連)
第十二話
◆◆
深夜の境内に響いた女性の声は、神社を取り囲むように生えている木々まで広がり、眠っていた鳥達を起したのだろう。
葉擦れの音に混じり、羽音が幾重にも重なると、深々たる空にその黒い影を刻みながら声を響かせる。
「なんや、辰巳の娘やないか」
四郎は、軽く目を見開き、驚いたように裕子に振り返った。
月の光を真正面に浴びた裕子の表情は、何処か強張っている様にも見える。
「……山瀬のおじさん。加奈、行くわよ」
硬い声でそう告げると、裕子は俺達の視線から逃れるように身を翻した。
名前を呼ばれた加奈は、酷く狼狽した様子で「うん」と、小さく返事をすると、既に背を向け、石段を下り始めている裕子の後を追おうと、歩を進める。
加奈が顔を俯けながら、神社の入り口を塞ぐ形で立っていた俺達の間を通った時、俺の鼻腔にある臭いが掠めた。
「待って」
咄嗟に、加奈を呼び止める言葉が口から漏れる。
加奈は俺の呼びかけの返事の変わりに、足を止め、俺の方へ視線を向けた。
「あ、えっと、君は動物とか飼っている……かな?」
俺の言葉に、加奈の顔が畏怖に凍りつき、その身体は小刻みに震える。
「……いえ、今は……」
「加奈!!何をしているの!?早くしなさいよ!!」
裕子の甲高いヒステリックな声に急き立てられ、加奈は一瞬身を縮こませると、逃げるように俺達の前から走り去っていった。
「四郎さん、彼女は?」
走り去る加奈の姿を見送る四郎を春日が見上げる。
「あぁ、三芳(みよし)の娘でな、名は加奈(かな)。元々三芳はこの村の者でな、八年前に転勤で東京に引越しして、二年前に、また村に戻ってきたんや。辰巳と親戚関係で、辰巳の娘、裕子とは同い年や」
「あら、じゃあ、サエちゃんとも同い年なのね」
「そういやぁ、そうやなぁ」
四郎と左京の話に耳を傾けていると、石畳と、砂利が擦れる音が、俺の間近で鳴った。
「……要」
「右京さん」
「先程の、どういう意味だ?」
‘先程の’というのは、俺が彼女に問い掛けた内容の事なのだろう。
「俺の気のせいかもしれないのですが……臭いがしたんです」
「におい?」
俺は、薄く眉間に皺を寄せた右京に頷く。
「はい。彼女が俺達の間を通り抜けた時に」
土や草木の枯れたような香りと、饐(す)えたような生ぐさい臭いが交じり合った、何度か嗅いだ経験のある臭い。
「……獣の臭いのようでした」
白光する月が見下ろす中、俺達の間を冷ややかな風が吹きぬけて行った。
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